第十五章 謎の計画
アオ(青)が八年前、二十四才の時に、十六才のその少女と出会ったのは本当に偶然だった。
夜中に一人で車を運転していた時に、飛び出した野生動物を避けて木にぶつけてしまい、携帯電話もつながらず他に通る車もなく途方にくれて、遠くに見付けた明かりをたどって村に着き、その少女と出会ったのだ。
ところが二人はその瞬間に恋に落ち、それから週末ごとにアオが村に通って、今から七年前、アオが二十五才、少女が十七才の時に、ヒイラギが生まれた。
ちなみにヒイラギという名前は、生まれる半年も前から、アオと少女が二人で決めていたものだ。
だが生まれたヒイラギが無限の命を持つ者だったせいで、アオは二つの不運に同時にみまわれてしまう。
一つ目の不運は、無限の命を持つ者の存在は、村の直系の女でないアオには教えられない事。
そして二つ目の不運は、無限の命を持つ子供を産んだ女は、その時に必ず死んでしまう事だ。
そのため少女の家で子供が生まれるのを待っていたアオは、少女もその子供であるヒイラギも二人とも死んだと言われて、運ばれてきた少女の亡骸を見て呆然とする。
しかもヒイラギの方は、本当は生きているので亡骸はなく、女たちがその言い訳として、子供には先天的な異常があったので父親であるアオには見せられないと説明したために、彼は怒り狂う。
「ふざけるな! だから私が、あれほど彼女を都会の病院に連れて行くと言っただろ! 子供に異常があると検査で分かっていれば、対処のしようがあったはずなのに! 彼女と子供が死んだのは、この村から彼女を出す事を許さなかったお前たちのせいだぞ!」
そこに他に男がいたなら、そいつの事を殴って怒りをぶつける事ができたのだが、女たちばかりだったから殴る事もできず、感情を抑える事ができなくなったアオは少女の家を飛び出す。
それから夜の森の中で、一人で暴れて疲れ果てたアオは、少女の葬式が終わったらもうこの村には二度と来ないだろうと思いながら、彼女の家に戻ろうとする。
ところがそこでアオは、月明かりの下に、何だか様子がおかしい女たちがいるのに気が付く。
それは十人ほどの女たちが、一言もしゃべらずに夜の村をどこかへ歩いて行く姿だった。
女たちが大勢いながら、みんな黙っているのは絶対に変だ。
その上その女たちは、誰も近寄ってはいけないと決められているはずの、村の奥にある湖の方へ向かっている。
こっそりその跡をつけながらアオは考える。
そういえばこの村では、出産に男が立ち会う事は禁じられていたので、自分は少女の家で子供が生まれるのを待っていたが、彼女はこの村のどこで出産したのだろうか?
女たちはアオが跡をつけているとも知らずに、湖の向こうの森に隠された家に向かって歩いて行く。
実はこの村では、無限の命を持つ者がいつ生まれても大丈夫なように、村の全ての女がその家で出産するようにしていたのだ。
さらにその出産の時は、過去に無限の命を持つ者から力を吸収した経験がある女が、子供を取り上げるようにしていた。
もしも生まれた子供が無限の命を持つ者だった場合に、取り上げる者が力を吸収した経験がなければ、暴走してしまって危険だからだ。
ちなみに無限の命を持つ者も老化は避けられず寿命が来れば死ぬが、最低でも八十才くらいまでは生きるし、ほぼ百年ごとに新しい者が生まれるので、最後に世話役になった女が四十才になる頃までには次の者が生まれる。
そして今アオが跡をつけている女たちこそ、さっき生まれたヒイラギの新しい世話役に選ばれた者たちだった。
その世話役には、二十代の女の中でもなるべく若い者が選ばれるが、それはより身体能力が高い者の方がヒイラギの安全を保てるからで、十代の女が選ばれないのは、無茶な行動をしてヒイラギを危険にさらすのを避けるためだ。
今回、世話役に選ばれた女たちは、最も上が二十七才、最も下は二十才で、その最も若い女がスミレだった。
この時のスミレは子供のクロがまだ三才になったばかりだったので、本当は世話役を断ろうとしたのだが、他の二十代の女にはもっと小さな子供がいたので断り切れなかったのだ。
ただし世話役の女は、これから毎年、新しく二十才になった女と入れ替わっていくので、七年後にはスミレが最年長になり、その次の年には引退するはずだった。
やがて湖の向こうの森にまでたどり着いたアオは、そこで四十才くらいの女が抱いた生まれたばかりの子供を見てまさかと思うが、その後、女たちが順番にその子供に触れて暴走する様子を見て愕然とする。
スミレを含めた二十代の女が一人ずつ、四十才くらいの二人の女に押さえ付けられて、別の女が抱く子供に触れた瞬間に奇声を発して暴れ出す姿は、どう見ても悪魔の儀式としか思えない。
しかも女が奇声を発するたびに、直径三メートルもある巨大な玉が、まるで魔法のように突然その足もとに出現して、女がおとなしくなるとその玉も消えるのだ。
アオの理性はこれには絶対にかかわってはいけないと告げるが、同時に自分がこれを見たのは神のお導きかもしれないと、心の中のなにかがささやく。
それからしばらく何かを考えていたアオは、女たちに見付からないようにそこを離れ、すぐに自分の車に乗って村を出て、何日かしてから再び村に戻ってどうにか少女の葬式に出席する。
「あの日の夜は彼女の死で気が動転してしまい、みなさんにひどい事を言ってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
アオがそう謝ってから、これからも時々少女との思い出があるこの村を訪ねたいと言うと、ヒイラギが死んだとウソをついている事に負い目がある女たちは、それを許してしまう。
けれどしばらく村を出ていたアオは、その時に盗聴器や監視カメラを大量に用意していたのだ。
そしてアオは葬式の後であちこちの家を訪れ、こっそりそれらの機器を設置し、さらに夜になると村の奥に隠された家やその周辺にも、それらを設置していった。
もしも女たちがその機器を見付けても、村にはインターネットの環境がないので、それが何かを自分たちで調べる事はできず、アオに聞きに来るだろうから、いくらでも誤魔化せる。
ただし、たまに村を訪れるユキという名前の男にそれを見付けられるとマズいが、つい一ヶ月ほど前にここに来ていた彼は、少なくともあと二ヶ月くらいは来ないだろうから、それまでに全ての機器を回収すれば問題ない。
そうやってアオは、その日から三週間のうちに、村の奥に隠されているのが本物の自分の子供のヒイラギだという事や、その子に関する秘密の全てを探り出す。
それからさらに一週間が経って、ヒイラギが生まれた日から一ヶ月が過ぎた頃、アオは、世話役の二人の女がその子を抱いて外に散歩に出た隙に、村の奥に隠された家の二階の寝室に忍び込み、そこのクローゼットの中に隠れる。
やがて夜になり、ヒイラギを寝かしつけた世話役の女が、その子を起こしてしまわないように一階のリビングに降りると、アオはクローゼットから出て、その子のそばに行く。
そしてアオは、叫ばないように自分の口にダクトテープを貼ってから床に寝そべり、ベビーベッドの柵のすき間からヒイラギの手に触れると同時に、口の中のカプセルを噛み砕く。
そのカプセルの中身は、致死量の何十倍もの猛毒だった。
アオはわざと大量の毒を飲み、それを中和する事で吸収した力を一気に消費して、暴走を一瞬で終わらせようとしたのだ。
だがもしも毒の量が多すぎれば、力を使い果たした後に口の中に残っている毒で死んでしまうし、少なければ、暴走が始まって一階にいる世話役の女に見付かってしまう。
その毒を丁度いい量にピタリと合わせるなど、普通に考えれば絶対に不可能だ。
しかしアオは、それが不可能だとは考えてもみない。
なぜなら、これからやろうとする計画が本当に正しい事ならば、神が自分を死なせる訳がないからだ。
全身を硬直させ苦痛に顔をゆがめたアオは、すぐに力を抜いて目を開き、口に貼ったダクトテープをはがして、ゆっくりと立ち上がる。
そうやって本当に勘だけで毒の量をピタリと合わせてしまったアオは、世話役の女たちにも気付かれないままヒイラギの力を吸収して、全ての機器を回収した後で堂々と村を出て行く。
そしてそれから七年後、三十二才になったアオは、七年前に吸収した力を最低限しか使わずにちゃんと残しておいたので、ショウビが落とした黒い玉を拾って『波動の指輪』に戻し、ヒイラギを捕まえた男たちを粉砕する事ができたのだ。
アオは、男たちから助け出して胸に抱いたヒイラギに語りかける。
「ヒイラギ。迎えに来るのが遅くなって本当にすまない…………。私の計画の準備に思ったよりも時間がかかってしまったんだ……。でもそれも、もう心配ない。もうすぐお前の力で、この世界の全ての人々を救える…………」
ショウビは、机の上に横たわるボロボロの自分の身体が少しずつ再生されていくのを待ちながら、もうろうとする意識で思う。
全ての人々を救うだなんて、こいつは何を計画しているんだ?