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第十四章 新たな男

 ショウビは、小さいころに自分の家の庭で友だちと遊んでいた時の事を思い出す。


 虫を捕まえて遊んだ事だ。


 そのころのショウビは今のようなゆがんだ性格ではなく、その友だちも素直な思いやりのある子供だった。


 だが二人は何のためらいもなく、捕まえた虫に残虐な行為をした。


 羽や足や頭をちぎり、その身体に木の枝を突き刺したのだ。


 もちろん二人とも、虫以外の生き物にそんな残虐な行為はしない。


 虫だからやったのだ。


 そしてそんな事をやったのは、その二人が特別だったからではない。


 どんな人間も、自分たちとはあまりにも違う生き物に対してなら、あらゆる残虐な行為ができるのだ。


 その二人の行為を見たショウビの父親も、それを止める事なく、ただ笑っていただけだった。


 ところでショウビの父親は、やさしくまじめで仲間たちから信頼され、その地域の多くの人々から尊敬された人物だった。


 ショウビもそんな父親が大好きで、三年前の事故で死んでしまうまでは、よくいっしょに遊んだ。


 しかし彼は極端な人種差別主義者だった。


 その上、裏でこっそり、違う人種の子供たちに対してかなりひどい事をしていたらしい。


 ショウビは、三年前の事故で父親が死んだ後にそれを知った。


 その事故で手足と片目を失い火傷で全身がただれ、首から下が動かない身体になったショウビは、人里離れた屋敷に隔離されてから、そこで働く看護師たちにその事を教えられたのだ。


 その看護師たちは、ショウビの父親がした事も含めて、そういう人種差別主義者たちが違う人種の子供たちにどんな事をするのかを、十一才のショウビに話した。


 人種差別主義者たちは、自分と同じ人種の子供には絶対にできないようなひどい事でも、違う人種の子供になら平気でできる。


 人間は自分が受け入れられない人間を、違う生き物とみなすからだ。


 人種差別主義者たちにとって違う人種の子供は、虫と同じなのだ。


 そう話してから、その看護師たちは、自分たちが話した内容と同じ事をショウビにした。


 差別される側の人種だった看護師たちにとって、人種差別主義者の子供は虫と同じだったからだ。


 外から誰かが来るような時は薬で眠らせられたので、手足がなく首から下の身体を動かせないショウビは、紙に字を書く事も携帯電話やパソコンに近付く事もできないので、誰にも助けを求められなかった。


 そして、そんな環境で三年もの月日が流れるうちに、やがてショウビは気が付いた。


 その看護師たちは、人種差別主義者の子供を虫だと思っているからひどい事ができるが、ショウビの父親が自分の家族や仲間たちの前では善良だったように、たぶんその看護師たちも家族や仲間たちの前では善良なのだろう。


 つまり人間は、どれだけ善良であっても、虫だと思った人間にだけはあらゆる残虐な行為ができてしまうのだ。


 ある宗教の信者は、違う宗教の信者を虫だと思って、あらゆる残虐な行為ができる。


 反戦活動をする者は、軍事関係者を虫だと思って、あらゆる残虐な行為ができる。


 自然を愛する者は、環境を破壊する者を虫だと思って、あらゆる残虐な行為ができる。


 動物を愛する者は、動物を虐待する者を虫だと思って、あらゆる残虐な行為ができる。


 犯罪の被害者は、犯罪者を虫だと思って、あらゆる残虐な行為ができる。


 ショウビは、クロの母親が村の外の男たちに襲われた事があったという話をクロから聞いたが、その男たちにとっては遠くの村に住む女たちが虫と同じであり、クロの母親にとってはその男たちが虫と同じだったのだろう。


 さらにヒイラギを悪魔だと思い込んでいる男たちにとってはヒイラギが虫と同じで、クロにとってはその男たちが虫と同じなのだ。


 けれど、どんな理由があっても、同じ人間を虫だと思ってひどい事をするのは悪だ。


 ならばこの世に悪い人間というものが存在するのではなく、同じ人間を虫だと思う事ができる、人間の性質そのものが悪なのではないだろうか。


 男たちが自分の子供には絶対にしないような残虐な行為を、十四才の自分や、十才のクロや、わずか七才のヒイラギに対して平気でやっている中で、ショウビはそんな事を考える。


 その場所は、男たちが最初にヒイラギと出会った、害獣を駆除するための道具を保管する森の中の小屋で、まわりには何もなく、未舗装の道路はそこで行き止まりになるので滅多に人が来ず、男たちは誰にも気兼ねせずに残虐な行為ができるのだ。


 ヒイラギは無限の命を持っているので何をしても死なないが、魔物たちに町を破壊され家族を失った男たちは、溜め込んだ憎しみをぶつけるために、ショウビやクロの事も簡単には殺しそうにない。


 前にも捕まった事があるヒイラギが、男たちに殺され続けるうちに身体を再生させるスピードが遅くなってしまったのは、たぶん苦痛から逃れるための本能だろう。


 身体が再生を行なっている間だけは痛みが消えるので、その時間を長引かせれば苦痛を先延ばしにできるからだ。


 以前のヒイラギは瞬時に身体が再生されたので、それだけ短時間に多くの苦痛を受ける事になって、あっという間に心が壊れてしまったのだ。


 だが、看護師たちに三年もの間ひどい事をされ続けて心がゆがんでしまったショウビも、死ぬほど容赦のない残虐な行為をくり返し受けていれば、やがてヒイラギと同じように心が壊れてしまうだろう。


 何とか深夜を過ぎればヒイラギを狙う魔物たちが出現するだろうから、反撃するチャンスはあると思うが、問題はそれまで自分たちの心がもつかどうか……。


 特に捕まったのが二回目のクロの心は、そろそろ限界のはずだ。


 ショウビがそう思っていると、新たな男が突然、小屋の中に現れたので、周りにいた男たちがみんな驚く。


 しかし苦痛のせいで意識がはっきりしないショウビには、もうそれが現実かどうかもよく分からない。


 その新たな男は、クロから話に聞いていたユキという名前の男かもしれないと一瞬思うが、でも彼は男たちにショットガンで撃たれて、その傷を再生するために力を使い果たしているだろうから、いきなり男たちの前に現れるような無茶はしないはずだ。


 ならばその男はいったい何者だろうか?


 するとその新たな男は、高速で動いて男たちの一人に拳を叩き込む。


 ズガンッ!


 轟音とともに黒い波動が広がって、拳を叩き込まれた男の身体が粉々になって真っ赤な血煙りになるのを見て、ショウビはやはりこれは夢だと思う。


 人間が素手で他の人間の身体を粉々にするなど、あり得ないからだ。


 ただし、もちろん魔物の武器を使えばそんな事も簡単にできる。


 たとえばクロが回収していた七つの黒い玉の中にあった『波動の指輪』をはめれば、その男がやったように、拳で殴っただけで人間の身体を粉々にする事もできるだろう。


 そういえば黒い玉は、自分が手に握っていたものも、カバンに入っていたものも全て、男たちに頭を撃たれた時に、その場所に落としてきてしまった事をショウビは思い出す。


 けれどそれを拾っても、黒い玉を魔物の武器に戻すには、ヒイラギに触れてその力を吸収してからでないと無理だ。


 だがその新たな男は、ここに現れてから、まだヒイラギの身体には触れていない。


 だからこれは絶対に夢だ。


 そう考えながらショウビが見ていると、その新たな男は、人間には不可能な速さで、そこにいる男たちの身体を次々と粉砕していく。


 ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!


 それは本当に一瞬の出来事で、吸収していた力がまだ残っていたから、ショウビもその動きを見る事ができたが、粉砕された男たちには何が起こったのかも分からなかっただろう。


 そしてその新たな男は、男たちの身体を全て粉砕し終わってから、机の上に横たわるヒイラギに近付く。


「ヒイラギ、大丈夫か?」


 ショウビはこれが夢だと思いつつも、なぜその男がヒイラギの名前を知っているのか不思議に思う。


 するとその新たな男は、ヒイラギの身体を抱き上げて、予想もしなかった言葉を口にする。


「お父さんが助けに来たよ」

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