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第十一章 新しい守護者

 自分があの時ちゃんとしていれば、ヒイラギがこうなる事もなかった。


 月明かりの下でヒイラギの裸の身体を抱いて走りながら、クロはひたすら後悔する。


 だがもうヒイラギは、そんなクロに何の反応も示さない。


 男たちに数えきれないほど殺され続けて、心が完全に死んでしまったからだ。


 しかしクロはそうやって自分を責めるが、あの時ヒスイたちがとるべきだった行動は、男たちを救おうとする事でも殺そうとする事でもなかった。


 本当は男の一人が暴走した時点で、すぐにその男を放って逃げれば良かったのだ。


 そうしていれば暴走した男が力を使い果たすか完全に殺されるまで、何人かの男たちが殺されはしただろうが、被害はそれだけで済んだ。


 それなのにヒスイたちは暴走した男を救おうとしたから、ヒイラギの力を見られて悪魔と思われ、その結果ヒスイが殺され、ヒイラギとクロが捕まって地獄を見せられ、男たちは自分たちの町を魔物たちに破壊されるはめになったのだ。


 男たちの町を破壊した、体長五メートルの『浮遊イソギンチャク』たちの群れは、木々の間をすり抜けながら、ヒイラギを抱いたクロの背後に迫って来いている。


 クロにはヒイラギから大量の力が流れ込んでいるので、本当ならもっとスピードを上げて魔物たちを引き離す事ができるのだが、彼女の力を吸収しながら自分の足で走るのは初めてなので、森の木々を避けるのにこれ以上スピードを上げられない。


 後ろを見ると、迫って来る魔物たちの向こうの空が夜なのに赤く染まっている。


 男たちの町が燃えているのだ。


 あの町にも多くの女や子供たちがいたのだろう。


 だからその復讐のために、生き残った男たちは、これからどこまでもヒイラギを追って来るはずだ。


 町を破壊した魔物たちは、男たちから見れば、ヒイラギが自分の意思で呼び寄せたとしか思えなかっただろうからだ。


 けれどクロは、男たちが復讐のためにヒイラギを追って来る事に、強い怒りを感じる。


 先にヒイラギや自分に対して筆舌に尽くしがたい事をしたのは、男たちの方だからだ。


 なのでそんな男たちを殺す事に、クロはもうなんのためらいもない。


 実際にクロは、魔物たちが出現した騒ぎに乗じて逃げる時に、その場にいた男たち五~六人をすでに抹殺していた。


 だが最後の世話役だったヒスイが死に親しかったユキとも離れてしまって、頼れる者が誰もいない状況で、クロの精神状態はそろそろ限界だ。


 今のクロは自分のせいでこんな事態になったと思い込み、それをつぐなうために、なんとしてでもヒイラギを守らなければいけないという使命感によって、かろうじて踏ん張っているにすぎない。


 そんなクロがこのままたった一人で、魔物たちや男たちからヒイラギを守っていくのは、いくらなんでも無理がある。


 そして無情にも、しばらくすると走るスピードを上げられないクロと、それを追いかける『浮遊イソギンチャク』たちの距離が詰まりだす。


 魔物は人間の世界にいられる時間が限られるので、クロはその時間が過ぎるまで逃げ続けようとしているのだが、このままでは戦いを避けられそうにない。


 そんな時、森の中に大きな屋敷が見える。


 それはどこかの金持ちの別荘のようで、あまり手入れがされておらず今は使われているのかも分からないが、石造りの建物は魔物でも簡単には壊せないくらい頑丈そうだ。


 その建物の中なら魔物に囲まれないように戦えるのではと考えたクロは、抱いているヒイラギをかばって背中から窓を突き破って、その中に飛び込む。


 割れたガラスで身体のあちこちを切り裂かれるが、流れ込む力でその傷を一瞬で再生させたクロは、部屋の中でヒイラギを降ろして手をつなぎ、その反対の手で肩から下げたカバンの中の黒い玉を取り出す。


 しかし、もともとはたくさんあった黒い玉も、今はわずか七つしかない。


 ヒイラギを連れて魔物たちから逃げるのに精一杯で、それだけしか回収できなかったのだ。


 他の玉は男たちの町に残されたままなので、いつかもう一度あの町に戻って残りの玉も回収しなければと思いながら、クロはその玉の一つを、本来の姿である溶けてゆがんだような剣の形に戻す。


 それは女たちが『苦悶の剣』と呼んでいた武器だ。


 ヒイラギを助ける時に、その武器で男たちを殺していたクロは、うっかりその時の様子を思い出して、思わず吐きそうになる。


 そこへ『浮遊イソギンチャク』の一体が、クロが破った窓から侵入しようと、ぐにゃぐにゃの身体を無理やり押し込んでくるので、急いでそいつに『苦悶の剣』を突き刺す。


 その剣は魔物に差し込まれた瞬間、その体内で触手のようにうごめいて内臓をかき回す。


 グシャ! グシャ! グシャ! グシャ!


 その感触がにぎった手から伝わってきて、クロの全身に鳥肌が立つ。


 自分がその剣に刺されるのだけは、絶対に避けたい。


 けれどその一体と戦っているうちに、他の『浮遊イソギンチャク』たちも、別の窓を割って部屋に侵入してくる。


 それでクロはヒイラギの手を引いて廊下に出て、その場所で魔物たちを迎え撃つ。


 だがそこで四体目の魔物を倒した直後に、クロは廊下の反対側から侵入して来た魔物に前後を挟まれた事に気が付く。


「くそっ!」


 ボロボロと腐っていく魔物の身体から『苦悶の剣』を引き抜いたクロは、あわててヒイラギを連れてさっきの部屋の隣に入る。


 しかしその部屋は病院のような設備がいっぱいで、他の部屋とはあまりにも違うので、クロは一瞬キョトンとしてしまう。


 そして、そこのベッドに寝かされている人間の姿を見て、クロは息をのむ。


 その人間は両腕も両脚もなく、皮膚は焼けただれて髪の毛もなく、目は片方しかなかったからだ。


 クロを片目で見つめるその人間は、身体の大きさからすると、まだ十三~十四才くらいか。


 そこで、うっかりその人間に気を取られてしまったクロは、『苦悶の剣』を持つ方の腕を『浮遊イソギンチャク』の触手に絡まれて、その腕を溶かされてしまう。


「ぐわああああああああああああああああ!」


 『苦悶の剣』を落としながらヒイラギの手を引いて部屋の奥に下がったクロは、溶かされた腕を瞬時に再生して、カバンから別の玉を出そうとする。


 けれど、さらに伸びる『浮遊イソギンチャク』の触手に今度は両脚を溶かされてしまい、倒れたクロはカバンの中の玉をつかみ損ねて、それが部屋に散らばってしまう。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 しかも倒れた時にヒイラギとつないでいた手を離してしまったクロは、吸収していた力では両脚の再生に時間がかかるので、床を這って転がる玉の一つをつかもうと手を伸ばす。


 ところがその瞬間、その部屋の中で誰かが絶叫する声が響く。


「がががががががががががががががが!」


 そう叫びながらベッドの前に立ち、まとわりついている衣服を両手で引きちぎって、全裸になった髪の長い少女の姿を見て、それがついさっきまでそのベッドで寝ていた、手足も髪も片目もなかった人間だと気が付くまでに数瞬かかる。


 どうやら両脚を溶かされたクロが倒れた時に、よろけたヒイラギが倒れながら、ベッドに寝ていたその少女に触ってしまったらしい。


 失っていた手足と片目と髪と、焼けただれた皮膚を再生した少女の手には、黒い玉まで握られている。


 部屋に散らばった玉の一つが、少女が寝ていたベッドの上に跳ねたのだろう。


 その玉は少女が吸収した力によってもとの形に戻るが、それが『腐食大うちわ』だったのでクロはぎょっとする。


 室内でそれを振り下ろせば、そこから発生した黒い風が建物の中に充満して、この中にいる全ての生物の身体が腐ってしまうからだ。


 だがそうなれば、その少女自身の身体も腐るし、『腐食大うちわ』は両手武器なので長くても十秒くらいしか使えないはずだ。


 それならば何とか助かるかもと思ったクロは、その少女の足元を見て愕然とする。


 その少女は倒れたヒイラギの頭を踏んでいたのだ。


 ヒイラギの身体に触れていれば、その少女の身体はたとえ腐っても瞬時に再生するし、両手武器も無限に使う事ができる。


 暴走した者が正気に戻って動きを止めるまでに、どのくらいの時間がかかるのだろうかと考えて、クロは気が遠くなる。


 少女はそんなクロの事など構わずに、奇声を発しながら『腐食大うちわ』を振り下ろす。


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」


 次の瞬間そこから発生した黒い風で、集まっていた魔物たちもろとも全身を腐らせたクロは、脳も腐って意識を失ってしまう。

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