第8話(完) 姉のあだ名とハーレムIN
俺は病院に駆け付けた母さんに抱きしめられ、そして怒られた。親不孝者で本当にごめん。姉さんの病室に行くと姉さんを交えて母さんと家族全員で抱きしめあう。母さんも姉さんも泣いていた。
「嘘ついてて、ごめんなさい。もうしません。」
俺がそう言うと、二人の手が頭に置かれ撫でられる。もう悲しませないと心に誓う。
遅い時間になり面会の時間が過ぎると、母さんは名残惜しそうに病室を出て行った。ゴールデンウィークだったため、母さんは近くのホテルに泊まるらしいので、また朝に来るそうだ。
俺と姉さんは同じ病室で一緒で泊まる。姉さんは入院するし、俺も2、3日は入院して治療する必要があるからだ。
姉さんは事件のことを話さないよう他愛もない話をして、時間は過ぎていく。その表情はどこか暗い表情をしていた。
◆◆◆◆◆
消灯時間が過ぎて暗くなる病室。俺は姉さんに少し話があった。
「あの、姉さん…」
「ん?どうしたの貴司?」
「ちょっとだけ話してもいいかな?」
「眠れないの?」
「うん。」
「わかった。」
カーテンを開ける姉さん。窓から月明りが入ると優しい顔が見えた。
「姉さんて、剣道強かったんだね。」
「あはは…まぁね。でも、今は大学のお遊びサークル程度だけどね。」
「聞いたよ“ツキヒメ”って呼ばれてるんでしょ?」
ツキヒメのあだ名は剣道の“突き”から来ていて、姉さんは恐ろしい突き技を秘めた選手。突き秘めと呼ばれていることを聞いた。
「むぅ~。それ、恥ずかしいからやめてほしいんだけど…。」
「だから、みくりさんからツキちんって呼ばれてたんだね。」
「やめてよ。“中二病”みたいなあだ名だからあんまり好きじゃないの。」
加奈がむくれる。しかし、貴司は続ける。
「でも、俺は好きだなぁ…」
「えぇ~…」
「ツキヒメって、なんか可愛い。」
「貴司、私と話したいことってそんなことなの?」
姉さんは訝しんで聞いてくる。
「えっと…」
「むふふ。お姉ちゃんにもう嘘はつかないんでしょ?」
「嘘なんか…」
「わかってわよ。あの4人を認めてほしいって話なんでしょ?」
「え?」
「いいわよ。認めてあげる。身体を張って貴司を守ろうとしたし、まぁまぁ大負けに負けて及第点だけど。」
「えぇっ!?」
「でも、今はまだ仮でだからね?お姉ちゃんとはまだ離れられないよ?」
「そりゃあ、離れるつもりないよ?」
「ありがと。嬉しいな。」
「そりゃ、姉さんのこと好きだもん。」
「私もだよ。貴司は優しいね。」
姉さんは当然のように返してくれる。家族として愛していると。
しかし、その顔はどこか無理をしている。
「わかってる?」
「え?どういう意味?」
俺は聞き返した。あのとき、姉さんが逃げる前に言った言葉だからだ。
『お姉ちゃんの気持ちは全然わかってないよ?貴司はわかってないっ!』
本当は知ってる。その気持ちを。
「どういう意味もこういう意味もないよ───」
この先を言えば引き返せない。
けど、もう俺はこの世界に甘えるのはやめたんだ。世間がなんだ姉弟がなんだというんだ!そんなのこの世界の男と決別した俺には関係無い!今まで何を恐れる必要があったんだ?
ボッチから最初に救ってくれたのは姉さん。今まで大事にしてくれていた姉さん。今回、助けてくれた一人の姉さん。弟の為に身を粉にして尽くしてくれる姉さん。そこまでさせておいて、男の俺が全てを掛けられなくてどうする?そんなの男じゃない!!
「こういうことだよ。」
「んぅ………」
姉さんの唇を奪う。
「加奈姉さん。愛してます。」
「…………………………………………。」
言ってしまった。キスまでしてしまった…。
姉さんが完全に固まってしまったぞ。やりすぎたか?
「姉さん?」
「ふぁっ?!え………あ…の………いや、私お姉ちゃんで……えぇっ?!」
「姉さんのこと前から好きだったんだ。けど、俺は弟だから今まで我慢してた。」
この世界では一応兄妹、姉弟の婚姻が認められている。しかし、それをするものはまずいない。男性自体が結婚しないことが多いのもあるが、それは男と縁のないこの世界の女性に疎まれてしまうのだ。
姉や妹という家族の立場を利用して男と結婚することは女性にタブー視されている。
今のところは…ね。これから覆していけばいいことだ。
せいぜい、この世界の男という立場を利用させてもらうとしよう。姉さんを悲しませるようなことにはさせない。
将来的にはね。だけど今はこっちが先だ…
「姉さん。俺と付き合って?」
「……………嘘。」
「嘘ってどういうこと?」
「お姉ちゃんをからかわないで…」
「俺は本気だよ。」
「っ!お、お姉ちゃんなんだよ?貴司が周りから白い目で見られちゃう。」
「姉さんと付き合えるなら構わない。」
「っっ!!今ならまだ引き返せるよ?後から無理だって言われても貴司から絶対離れないよ?いいの?」
「もちろん。」
姉さんを思い切り抱きしめる。
「離さないのは俺の方だよ。」
「………あぁ。貴司………ほ、本当に。」
「姉さんは誰にも渡さない。」
「っっっ!」
「んんっ」
唇を強引に奪われる。さっきより長い長いキス。
髪を撫でながら、苦しい程に抱き合って心が重なるように。
「んっ」
お互いに名残惜しそうに唇を離す。
姉さんは泣いていた。指先でそっと涙をすくってやる。
「あ………」
「姉さん。これからもよろしくね。」
「う、うん。貴司大好きっ!」
姉さんは月明りに照らされて笑顔が綺麗だった。
「………あのさ。」
「うん?」
「姉さん………やっぱり何でもない。」
「えぇ?何?隠し事はしないで教えなさい!」
「あはは。大事な人だよ。」
「むふふ。私も貴司は大事な弟…ううん大事な人よ。」
再び抱き合ってキスをする。
ごめん、姉さん。やっぱり恥ずかしくて言えなかったよ…俺のツキヒメになってほしいなんて。
俺の暗闇を優しく照らしてくれる月光のお姫様。それが俺の大切な姉さんだ。
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~後日談~
姉さんと付き合うことになった次の日。
「うぅ…ん。」
あれ…朝か?
「おはよ。貴司。」
「あ…姉さんおはよう。」
姉さんが俺の顔を覗いていた。
もう朝か…
「むふふ。お寝坊さん、つんつん。」
姉さんが俺の頬を突いてくる。寝ている俺のベッドに肘をつけながら尻を後ろに突き出す格好だった。ベッドの上に桃が二つのっているんですけど…
色っぽいぞ姉さん!
「あはは…何か疲れてたみたい。姉さんは身体、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。お姉ちゃん、剣道で身体鍛えてたから。」
「でも、1週間も入院するんだよね?結構な怪我なんじゃ…」
剣道ってそんなに丈夫になるスポーツなんだろうか…過酷だな。
「むふふふ~。心配してくれてありがと。」
頭を撫でられる。蕩けるような顔で嬉しそうだ。
「おはよう二人とも。朝から仲が良いわね?お母さんも混ぜて。」
「あっ、母さん!おはよう。」
昨日の言葉通り母さんが来た。起き上がり髪を手ぐしで直す。
「むぅ。せっかく貴司と二人きりだったのにぃ…。」
「あらあら。加奈ちゃん、お母さんを除け者にするつもり?」
母さんはそう言ってくいっと姉さんから俺を遠ざけるように引き寄せる。ベッドに足を残したまま腰に腕を回されて抱っこされた。
「むっ!お母さん酷ぉい!」
「酷いのはどっちだと思う貴司くん?除け者にする加奈ちゃん?それともお母さん?」
「えっと…」
「貴司は関係ないでしょ!お母さんの意地悪っ!」
「うふふ。意地悪は加奈ちゃんでしょう?お母さんはホテルで一人寂しい夜を過ごしていたのよ。今くらい、譲ってくれてもいいじゃない?」
「それはそうだけどぉ。むむぅ~。」
むくれる姉さん。
「母さん。姉さんは怪我人だよ?あんまりストレスになるようなことはしないであげて?」
「むふふ~。お母さん聞いた?」
「あら、貴司は加奈ちゃんの味方をするの?」
「俺は両方の味方だよ。」
「えぇ~。何かつまらないわ。」
「つまらないって母さん、俺がもし姉さんの味方になったらどうするつもりなんだよ?」
「え?加奈ちゃんがこの病院から転院するかもしれないわ。別に貴司と一緒でなくても治療はできるんだし。」
「お母さん酷いっ!!」
「まさかぁ。そんな訳無いよね母さん?」
「うふふ。半分冗談よ。」
おいおい、半分って…。
本当に母さんは姉さんをからかうのが好きだな。もしかして俺もそのうち………ここは将来を見据えて釘を刺しておこう。
「早くからお見舞いに来てくれてありがとう。いつまでも優しい母さんでいてね?」
「まぁ!聞いた加奈ちゃん?息子はこんなに優しい言葉をくれたわよ?それに比べて娘ときたら…」
「わかったてば、悪かったわよ。お母さん、来てくれてありがとー。」
「うふふ。ちょっと適当な感じがするけど、どういたしまして~。」
「お母さん、誤ったんだから私にも貴司を…」
「まだ駄~目。」
俺を撫で回す母さん。
「ちょ…母さん?」
「貴司くん。もう心配させないでね?お母さん、次何かあったら心臓止まっちゃうかもしれないわ。」
「う、うん…。」
ぎゅっと俺を離さないように抱き着いた腕に力を込める母さん。
「加奈ちゃんも貴司くんのこと、ちゃんと見ててね?」
「言われなくてもわかってる。私もまだまだだったわ、貴司が怪我しないようにもっと鍛えるね!」
「え…?!」
いやいや、姉さんもう充分過ぎるって。それ以上って、野菜人でも目指す気なの?ブロッコリーな姉さんとか嫌だよ?手加減は大事だよ?
「その意気よ加奈ちゃん。」
「うん。…ところでお母さん、後ろで看護師さんが待ってるよ?」
「え?あら…何かしら??」
「あの…。盛り上がってるところ恐縮ですが、娘さんと息子様の治療のことで先生から話があるのですが。」
看護師は申し訳なさそうに言う。
「そうですか。わかりました。」
話は保護者の母さんだけが聞くようだ。「ちょっと行ってくるわね」と看護師について部屋を出ていく。
「むふ♪」
「姉さん?」
「貴司げっとぉ~っ!」
母さんがいなくなったので、これ見よがしに姉さんは俺を抱きしめる。
「もう、姉さんってば…」
「えいっ!」
「んんっ!」
不意にキスされる。
「むふふ~。おはようのチューよ。」
「………うん。」
ちょっとびっくりしたけど、いいなこういうの。
「ねぇ貴司。退院したらお姉ちゃんとデートしよう?」
「うん。…でも大丈夫かな?」
「どういう意味?」
「こんなことあったばかりで、母さんが心配するんじゃない?」
「地元なら大丈夫よ。お姉ちゃん地元の悪いのみんな…ゲフンゲフン!悪い子いないから。」
え?なんか不穏な単語が…え?みんな?みんな何?姉さん、何かしたの?
「わ、わかった。」
「どこに行こう?この前のお肉も美味しかったし、また別な店に行くのもいいね?むふふ。」
幸せそうな笑顔の姉さん。今はまだ守られている俺には、まだこの人を幸せにすることはできない。
だけど、あくまで“今は”だ。いつか姉さんを幸せにできるように頑張るから少しだけ待っててね姉さん?
これは戦線布告だ。俺がなぜこの世界に来たのかはわからないけど、このまま世界の状況に甘んじて流されたままじゃいけない。“周り”の女の子を幸せにするために俺はこの世界で本当の男になると決めた。
チートな存在でも、絶対に無敵というわけじゃない。どこかで必ず何か困難が立ちはだかる。そこで立ち止まるだろうか?
俺は立ち止まらない。諦めない。前に進んでいく。俺は男なのだから!
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こんな異世界に行って姉が出来たらどうしますか?と問われたら紆余曲折して俺はこう答えたい。
『ハーレムに加えます。』
(終わり)
≪あとがきのようなもの≫
この度は、私の妄想小説に付き合って頂きありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
暇つぶしにでもなって頂いたのなら、幸いと存じます。
今回もまた、つい勢いで書いたのですが様々なところで設定の甘さがあり読者様におかれましても疑問符を浮かべることが多かったかもしれません。ご都合主義的展開や無茶すぎる箇所は私の好みで、ついやってしまいました。お許しください。
【100分の1プラス1の男】はもともと練習のつもりで書いてみたのですが、思いのほかネタがわいてくるもので続きを書くことができました。しかしながら、男女あべこべが全然いかされていないのではないか?表現できていないのではないか?と思うところもあり、考えさせられる部分が多くありました。
次の作品に生かせるよう頑張りたいと思います。
読者の皆様方、ここまでお読みくださり本当にありがとうございました。




