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第7話 救援とお姉ちゃんパワー





 ドスっとトイレに響く音。何回繰り返されただろうか、加奈は限界に達していた。口からは嘔吐物を垂れ流し、目は虚ろになっている。



「フフフ…限界だね?」


「…………。」



 何も答えない加奈。



「言葉も出ないかい?でも、良く耐えたよあんたは。普通の奴なら数回で気絶してる。これだけやられて気絶しないなんてよっぽど鍛えてないとできないからね。」


「姉さんっ!姉さんっ!くそっ!離せええぇぇぇっ!!」



 その状況を目の前で見せられた貴司は、ナイフなぞお構いなしに暴れていた。目からは涙を流し、突きつけられたナイフにかすり切り傷をつけながらでも逃れようとする。

 さすがに、そこまでやられては刃物で脅されようとも黙っていることなどできない。



「フフフ…姉の行為を無駄にしないことだね!」



 ぐいっと今まで以上に腕を捻りあげられる貴司。



「ぐああああぁぁぁぁっっ!!!」


「関心するよ、坊やみたいな弟がいるなんてさ。姉のために傷ついても助けに行こうとする男が世の中にはいることにね?」



 ミシミシと嫌な音を立てる肩と腕。関節が極まると動けなくなってしまうというのは本当で、貴司は完全に身動きが取れなくなってしまう。



「がぁ……ね、姉さん………」


「鉄美、岩子、もういいよ。どうせそいつはもう何もできないさ。」


「「ウス。」」



 岩見が羽交い絞めにした加奈から手と腕を離す。

 鬼崎の言う通り加奈はドサリと力無くその場に倒れこんだ。



「フフフ…さぁ、邪魔ものはもういない。楽しい時間の始まりだよ!」


「鬼崎さん。舎弟たちがまだ…」


「放っておきな。そのうち回復するだろ?」


「ウス。」



 鉄美は加奈にやられた今だ立ち上がれず悶えている7人を心配したようだが、鬼崎は冷たくあしらった。



「岩子、交代しな。」


「ウス。」



 捻られた腕とは逆の腕を岩子に捻られる貴司。



「ぐああぁぁっ!」


「悪いね。また暴れると困るから我慢しておくれよ?」



 二人に連れられていった先は個室だった。すると、鬼崎が腕を離す。



「?」


「岩子。しっかり押さえておきな!」



 鬼崎の離した腕を握る岩子。貴司は暴れたくても、鬼崎に痛められたせいで関節に力が入らなかったので簡単に抑えられてしまう。


 岩子ごしに便器に座らされた貴司は何となく察した。



「じゃあ、始めようか?」



 貴司の服に手を掛ける鬼崎。がばっと着ていた上着をまくられる。



「フフフフフフ………まぁまぁの身体だねぇ。」



 イヤらしい手つきで貴司の身体をまさぐる鬼崎。



「き、気持ち悪い…」



 正直な感想が声から出ていた。



「フフフ…何とでもいいな。アタシらは、そんな言葉いくらでも言われて慣れっこさ。せいぜい、天井のシミでも数えてるんだね?」


「く………」


「さてと、“御開帳(ごかいちょう)”と行こうじゃないか?」


「「ゴクリ…」」



 鬼崎の言葉に鉄美と岩子が唾を飲み込む。ゴツゴツした鬼崎の手が貴司のズボンへと手が伸びる。



「みんな、ごめん…」


「フフフ…」






「メェーーーン!!」



 ゴンッ!!!


 変な音がした。






◆◆◆◆◆






 笑って俺を脱がしにかかっていた鬼崎から一瞬で笑みが消える。



「痛いな。何するんだい?」



 鬼崎が見上げるその先には警棒を持った紫苑がいた。



「あ、あなた達!!よくも貴司をっ!!!」


「紫苑っ!」



 よく見れば華も唯も琉卯もいる。



「貴司っ!!」「貴司くんっ!!」「貴司さんっ!!」


「み、みんな…」


「あれ?お姉さんが倒れてるよ?」


「「「え?」」」


「本当ですね。何でこんなところに…。大丈夫ですか?」


「う、うぅぅ……」



 介抱する華。意識はまだあるようだ。



「やってくれたね。痛いじゃないか?」



 鬼崎は頭から血を垂らしながら、4人を睨みつけた。



「当たり前でしょっ!!貴司にそんなことされて黙ってられないわよっ!!」


「うん!」「そうです!」「絶対許さないし!」



 一歩も引かない姿勢を見せる4人。



「みんな、気持ちは嬉しいけど逃げてっ!そいつはナイフを隠し持ってるんだっ!!」


「フフフ…おしゃべりな口だねぇ。」



 懐からナイフを取り出す鬼崎。



「「「「っ!!!」」」」


「フフフ…怖いかい?でも、もう遅いよ。」



 刃物を突きつけられれば誰だって恐い。4人はナイフを見て今までの勢いが消えそうなほどに黙り、ビクビクする。



「フフフ…フフフフハハハハハッ!!」



 鬼崎は突然笑い出す。



「坊やの姉が強かったから、どんな奴かと思ったらとんだ腰抜けじゃないか?何だい警戒して損したよ!」


「「「「…っ!」」」」



 4人の息が詰まる。



「鉄美、あんたはそっちの相手をしな。アタシは、こっちだ。」


「ウス。」


「や、やめろっ!!」


「坊やも女を見る目が無いねぇ。こんな奴らを取り巻きにするなんてさ?」


「取り巻き?」


「違うのかい?」


「違う!!その子たちは俺の彼女だっっ!!!」


「「「「っ!!!」」」」


「……………フフフ……フフフフフ…フフハハハハハハハハハッ!!!彼女だって?こいつらがかい?」


「何がおかしいんだよっ?」


「そりゃおかしいさっ!こんな奴らのどこがいいのさ?金でも持ってるのかい?それとも将来有望だったりするのかい?」


「性格かな。」


「フフフ…なんだいそれは?そんなの何の役にも立たないじゃないか?坊や本当に男なのかい?」


「男だよ。だけど、その辺の男とは一緒にしてほしくないな。」


「…ふ~ん。まぁいいさ、後でアタシらがじっくりと女のことを教えてやるからね。フフ…」



 鬼崎は嫌な笑みを浮かべた。



「ちょ、ちょっと!」


「ん?」



 紫苑が声を上げる。



「わ、私はた、貴司のためなら…し、死ぬのも怖く、な、無いんだからねっ!!」


「わ、私もですっ!」


「わ、私も!た、貴司くんのためならっ!!」


「私もよっ。」



 紫苑に続いて4人も続ける。勇ましい言葉とは逆にその足はみんな震えていた。



「フフフ…まぁ、威勢は認めるてやるさ。けど、その震えた手足で何ができるんだろうね?鉄美。」


「ウス。」



 鉄美が拳を構える。それを見た唯が震えながら前に出た。鉄美は元ボクシング部らしく自然体に構えているが唯はまったくの素人、震えが止まらないばかりか構えすらせず棒立ちだ。

 必然的に唯に鉄美の拳が突きささった。続けてドスンドスンとフェイントを混ぜた上下のワンツーコンビネーションが全て的確に当たる。



「かっ!うっ!こはっ!!」



 苦しそうに崩れる唯。ガードを知らない素人は簡単なテクニック一つでいとも簡単に倒される。まるで弱いものイジメように。



「唯っ!!」



 紫苑が近づこうとすると、目の前を銀色の線が通過する。



「待ちな!アタシを無視するんじゃないよ?」


「ひっ!」



 鬼崎はナイフをチラつかせて紫苑の目を釘付けにする。



「ふん。口ではいくら何を言おうが現実はこんなものさね。」


「うぅ…」


「所詮、綺麗事を言ったところで実際は何もできないのさ。坊やの彼女を見てごらん?命を懸けるなんて言っておきながら、たった数発のパンチで沈んでるじゃないか。

 大方、男の前で恰好つけたかったんだろうね。フフフ…何が命だ笑わせるね!なぁ、坊や?」



 鬼崎が言いたいのはこうだ。命を懸けるとは死ぬまでは簡単に倒れるなということ。苦しかろうが限界だろうが死ぬまでは倒れるなということだ。確かに言葉通りならどうだろう。

 だけど、彼女たちは勇気を出して立ち向かっているんだ。たとえ喧嘩に弱くても俺のために頑張ってくれたんだ!だから俺は…そんな主張を認めるわけにはいかない!



「違うっ!」


「違わないね!これは事実さ。この女どもは口先だけの存在なのさ!!」


「そんなこと無いっ!!」


「ふぅ~。本当に強情な坊やだね。」



 ピッ!



「くぅ!!」



 紫苑が手首を押さえ、カランと持っていた警棒を落とす。苦しそうな顔。腕から赤い線走りやがてポタポタと滴が落ちる。ナイフで切られたのだ。反応できない速度だったのだろう、紫苑は切られた手首を押さえるのがやっとだった。



「紫苑っ?!」


「だ、大丈夫よ…。」


「フフフ…坊やが強情だからね。それなら現実を見せてやった方がいいと思ってね。」


「そ、そんな…」


「きゃあっ!!」



 琉卯の声だ。振り向くと倒れた琉卯と拳を握りしめた鉄美がいた。



「琉卯っ!!」


「…………ぅあ…」



 倒れて返事を返さない。琉卯は身体が小さいので体重差のある鉄美の攻撃にとても耐えられるはずがなく、完全に満身創痍であった。



「フフフ…残すは手負いの剣道かじりとそこのロングの女だねぇ。」



 ギラリとナイフを構えながら死刑宣言する鬼崎。



「や、やめてくれ!わかったから!!これ以上は…」


「無理さね。この女たちは坊やのために頑張るらしいじゃないか?動けなくなるまではやめられないよっ!!」



 畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソッタレ!何でこんなことになってしまったんだ!

 俺が油断したから?この世界を甘く見ていたから?前の世界の男のままの感覚だったから?あぁ、その通りだ。見通しが甘かった。何が中身は30代で大人だ?全然、そんなことない!俺はまだまだガキのままじゃないかっ!

 これじゃ痴漢されて助けられたときと変わらない。まったく成長してないじゃないか俺は…。情けない。



「…………」



 冷静になるんだ。むやみに暴れて無駄な抵抗するのが大人じゃないだろう?考えろ。何かないか?この状況を好転させるなにかがあるはずだ。使えるものは何でも使うのが大人のやり方だ。



「フフフ…だんまりかい。そこで大人しく…」



 ん?

 今、動いた?まさか…



「ちょっと待って!一つだけ聞いてくれ!!」


「何さ?今さら何を言ったって遅いと言ったじゃ…」


「それはわかってるよ。でも、答えてくれたら抵抗はしないって約束するからさ。」


「約束ねぇ…そんなのしなくたって別に…」


「ねぇ、俺を犯すつもりなんでしょ?その後、どうするつもりなの?俺を殺すの?」


「犯すって、フフフ…男がそんな言葉使うなんてね。一つだけと言っておきながら3つも聞いてるじゃないか?やっぱり約束なんて信じられないね。」


「ごめん。伝わらないかと思ってつい…。」


「フフフ…それで、何が言いたいのさ?」


「えっと、俺を殺すつもり?」


「どうして、そう思うのさ?」


「それは俺が警察に届けるかもしれないってことだよ。」


「!!!」



 普通に考えればそう思う。俺がレ○プされたと言えば警察が動かない訳が無い。この世界は男尊女卑の世界だし、痴漢のオバサンだって事情を伝えただけで警察に連れていかれたのだ。鬼崎たちは俺にここまでしておいて無事で済むとは思っていないからだ。



「フフフ…フフフフフ……まさか、男が女に無理矢理されたって警察に言うのかい?」


「何かおかしいのかな?」


「…………。」



 目を見開き無言になる鬼崎。



「多分だけど、男を無理矢理に犯したなんて罪…重いよね。だから、顔を見られた俺を殺すのかな?」



 前の世界でも強姦罪は3年以上の懲役で、集団強姦となれば4年以上の懲役。ナイフで傷ついた俺には強姦致傷も当てはまる可能性だってあるし、他にも姉さんや彼女たちに傷害を負わせている。

 この世界の法律には詳しくないが、おそらく捕まれば恐ろしい程の罰則刑が待っているはずだ。



「坊やは何だか不思議な男だね。ちょっと、見直したよ。」


「え?」


「まさか、無理矢理やられても警察に届けるなんて言い出すなんてね。男が警察に届けるなんて言う訳ないのにさ。

 知ってるかい坊や?警察に届けるってことは、全てを晒すってことなんだよ?どういう風にされたとか、身体検査だってある。それでも届けるっていうのかい?」


「あ…そういうことか。」



 ようするに、プライドの高い男が女に無理矢理やられておいて警察で全てをさらけ出すはずが無いと言いたいんだな。確かに裁判となれば、血縁や関係者に知られることになるのはもちろん、下手をすれば友人や他人に噂が流れる可能性もある。前の世界の女性もそれを恐れて警察に届けないことが多いって聞いたことあるし、この世界の男なら尚更だろう。


 でも、そんなものは俺には関係ない。別に気にしない。

 俺が嫌がっていたのは、彼女たちに貞操を守るためだからな。



「構わないよ。それぐらい。」


「ハッタリ…じゃないのかい?」


「もちろん。」


「フフフ…困ったねぇ。坊やはアタシたちを殺人犯にしたいらしいよ岩子?」


「ウッス。」


「ぐああああぁぁぁぁっっ!!!」



 再び腕を捻りあげられる。



「別に殺さなくても(さら)っちまうのもありだしね。腕を折れば、カバンにでも入れられるだろ?」


「ウッス!」


「うううぅぅぅ…」


「鬼崎さんをあんまり挑発するな。本当に折ることになる。」



 すでに限界寸前まで腕を極められ貴司の腕は折れる寸前だ。


 痛い!痛い!痛い!痛い!もう無理!もう折れる!これ以上は無理!筋がミシミシいってるっつーの!折る気満々じゃないかよ!!



「さてと、さっさとやっちまうか。鉄美、そっちは任せたよ?」


「ウス!」



 華へと迫る鉄美、紫苑にゆっくりとナイフを向ける鬼崎。



「っっ!!!」



 ドサリ…



「フフフ…どうやら鉄美に先を越されちまったようだねっ!!」


「き、鬼崎さんっ!!鉄美がっ!!」



 鬼崎が視線を向けると、そこには鉄美の倒れた姿があった。今まさに紫苑に刺さろうとしたナイフを寸前で止める。



「はっ?!」



 一体何がと混乱する鬼崎は後ろに下がった。



「鉄美っ!どうしたっ?!一体何が……えっ?!」


「…………。」



 ゆらぁと無言で立ち上がるその人は幽鬼のように虚ろな瞳の中に炎を宿していた。


 何でそんなに強いかは知らないけど、唯一助かりそうな可能性を考えたらこれしかないと思った。一瞬、目が開いたのが見えたから時間稼ぎして起きてくれることに賭けて良かったよ…。


 今まで、大事にしてもらってたのに本当にごめん。今日、嘘ついた分も迷惑かけた分も絶対返すから。だからお願いだよ…



「姉さん…助けてっ…」



 今までの虚ろの瞳が嘘のように見開かれる。一瞬にして鬼崎の目の前へ移動した加奈の手には落としたはずの警棒が握られていた。



「うん!後はお姉ちゃんに任せておいてっ!」


「どういうことだいっ?!あれだけボロボロになってて、動けるはずが…」


「すごく痛かったし、苦しかったわよ…一瞬、気絶しちゃったわ。」


「あんた、本当に何者だいっ?」


「私は貴司の姉。それだけよ。」


「ふざけるなっっ!!!」


「ふざけてなんかいないわっ!大事な弟のためなら、姉はどこまでも強くなれるものなの。苦しみも痛みも乗り越えられるのよっっ!!」


「はぁぁ?」


「よくもやってくれたわね。私だけならいざ知らず、貴司を傷つけたことは絶対に許さない!!万死に値するわっ!!!」


「ちぃ。」



 距離を取る鬼崎。しかし、すぅっとまるでそこに有ったかのように鬼崎の目の前へと移動する加奈。



「なっ!?」


「逃がさないわよ。」


「す、すごい…」「し、紫苑さんがおっしゃってたことって本当だったんですね…」


「くっっ…これでどうさぁっ!!」



 逆手に持ったナイフを振り回す。右から左へ、左から上へ、上から下へと撹乱させるような動きで前に進みながら間合いへと踏み込む鬼崎。



「アタシだって、伊達に鍛えてないんだよ!ボクシング部の鉄美も柔道部の岩子もナイフ一本でねじ伏せてきたんだ。通信制のナイフ術だと思ってナメないでほしいねっ!」



 鬼崎は通信制で学んだナイフ術を実践で磨くに磨き、素人の域を超えていたのだ。流れるようなナイフの型。自分流にアレンジを加えた独特の動きが慣れている自然さを感じる。それなのに…



「………。」



 無言でそれを紙一重に躱す加奈。まるで幽霊を切りつけて透けるように全然当たらない。全て読まれているかのようだった。



「くそっ!するすると当たらないねっ!?」


「っ!!!」



 一瞬のイラつきを見逃さない加奈、ズンという衝撃が鬼崎のみぞおちに突き刺さる。今まで経験したことの無い感覚。それもそうだ。こんなにピンポイントに棒を穿(うが)たれたことなど滅多に経験できるものではない。


 加奈は鬼崎に“突き”をしたのだ。



「ぐはぁっ!?」



 腹を押さえて膝を折る鬼崎。たった一撃の突きでしかも片手の突きでなんという衝撃と正確性なのか。恐ろしい程の腕前。鬼崎は一瞬で舎弟が何故いまだに立ち上がれないかを理解した。



「そ、そう…か、こいつ……を……首に…くらっ……たの…かい…」



 普通の剣道少女である紫苑の面を受けて血を流してももなお倒れなかった鬼崎が首では無いものの腹への一撃で膝を折ったのだ。並の一撃では無い瀕死は確実。この一撃をもし首にでも受けたらと思うと鉄美が一撃で倒されたのも頷けるし、自分も間違いなく倒れ立ち上がれないだろう。鬼崎は精いっぱいの根性で再びナイフを構える。



「私ね。こんなに怒ったのは初めてなの。だから覚悟してねっ!!」


「…これは参ったね。敵わないよ。」


「謝っても許さないっ!!」


「知ってるさ。岩子っっ!!!」


「ウッス!」


「うぅ…」



 首を絞められる貴司。



「貴司っ!!」


「アタシが離れても、まだ岩子がいる。ナイフが無いからって安心したかい?残念だけどそうはいかないよ。元柔道部とはいえ柔道部の絞め技、死んでしまうかもしれないねぇ…フフフ。」


「あなた…どこまで…」



 警棒を握る腕がが白くなるほどに握りしめ、怒りをあらわにする加奈。



「ね、姉さん……俺…は……だい…じょ……ぶ………だか……ら………」



 絞められて苦しみながら姉さんに鬼崎を倒すよう伝えたいが、うまく声が出ない。このままでは振り出しに戻る。そう思ったとき、入り口から小さな影が近づいてきた。



「お兄ちゃんをはなせぇ~っ!!」


「こらっ!待ちなさいっ!」


「…え?!」



 そこに現れたのはりんちゃんだった。りんちゃんを追いかけて久留美さんも飛び出してくる。


 何でこんなところに?!



「離せ~っ!!!」



 ポカポカと岩子を殴る。子供の力で一生懸命に俺を助けてくれようとしているのだろう。でも



「あ……ぶ…なぃ……や…め……」


「どいてろガキ!」



 りんちゃんがヤクザキックが吹っ飛ぶ。

 こいつ、子供になんてことを!



「っっ…っっ…ふあああぁぁぁぁぁんん!!!」



 りんちゃん!!!



「なっ!果琳っっ!!!」


「ま、ママぁっ…痛いよぅ。ああああああぁぁぁぁぁっ!!!」



 りんちゃんの鳴き声がトイレに響き渡る。よしよしと久留美が慰める。



「軽く蹴っただけだ。そんなに泣くな。」


「ご、ごふ……おま……」



 コイツ…子供に暴力を振るっておいて何言ってんだ。許せない。

 クソ、俺にもっと力があれば…

 あ………やば…もう……意識が…飛びそう…



「………よくも果琳に」


「む?」



 優しい目をした久留美が岩子を睨む。どうみても優しい目をしているように見えるのに何か恐ろしいものを感じる岩子。どこか(きら)びやかなのに黒さを感じる瞳。



「な、何だ?」


「何だはないでしょう?人の家の子を蹴っておいて…」


「邪魔するからだ。」


「子供のやることです。許してくれてもいいじゃないですか?」



 久留美はまるでモンスターペアレントの如く静かな怒りの声を出す。子供に暴力を振るわれて黙っている親もいないのだから当然だ。



「うるせぇ!子持ちのババアは引っ込んでろっ!!」



 ブチ。久留美は何かが切れる音が聞こえるような気がした。



「ちょっと、その手をどけてもらえる?」


「え?うぉっ!!いてててぇっ!!」



 久留美が岩子の手を掴むと貴司の首から離れる。



「ごほっ!ごほっ!」



 何が?!落ちそうになっていた意識がかろうじて戻る。



「貴司さん。またお会いしましたね。」



 ニッコリとほほ笑んだ久留美さんがいた。



「離せ離せ!いてぇっいてぇっ!!」


「嫌です。」



 痛がる岩子にあっけらかんと答える久留美。



「貴司さん、ちょっと待っててくださいね?」


「え?あ、はい。」



 何が起こったのかわからないまま、ふわぁするりと便器に座った俺。気づけば岩子だけが久留美さんに手を掴まれたまますくい上げられていた。



「や、やめっ」


「やめません。」


「あ、あぁあぁあああぁぁぁっ!」



 これは関節を極めているのだ。親指固め。知っているものは知っている指の関節技である。



「離せえええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」



 岩子は関節の痛みを我慢しながら渾身のローキックを放つ。元柔道部の脚力を持った蹴り。並の一般人であれば簡単に倒れてしまう威力を持つ。

 当たればだが…



「柔道ですか~?ちょっと精進が足りませんね。」



 いつの間にか真横に立つ久留美。ローキックが空を切り関節を極められたまま引っ張られる岩子。必然的に変な体勢になる。片足の不安定な状態から引っ張れれば着地させるもう片方の足がバランスを取ろうとして安定する場所に行くからだ。

 岩子は元とはいえ柔道部。普段なら対処できるはずだが、関節を極められている状態では素人のように足が踊ってしまう。



「それっ!」


「へあうあうぅぇぇあぁぁぁぁっっっ!!?」



 ぽーんと岩子の巨体が宙を舞う。人間大車輪。久留美の手を起点に文字通り一回転する。グシャ。潰れるような音で身体の真正面から床に激突した。



「ふが!!!」



 ピクピクと震えて動かない岩子。



「あら、ついやってしまいました。でも仕方ありませんよね?貴司さんが危なかったんですもの。オホホ。」


「「「「「「………………。」」」」」」



 口に手を当ててもう片方の手をフリフリさせる。一斉に黙ってしまう4人の彼女と俺。



「むむむっ!何だか嫌な感じね。まさか、貴司に…」



 加奈は何かを感じているようだった。



「………何だい何だい!何なんだいっ!!どうなってるんだい!!意味がわからないねこれは?えぇっ!!!」



 鬼崎は完全に混乱していた。一心不乱にナイフを振り回し、もう完全に我を忘れているようだ。だからこそ危険。先を読めないグチャグチャな軌道で加奈を襲う。



「姉さんっ!」



 ハッと気づいてナイフに警棒を合わせる。つばぜり合いだ。油断していたせいで初めて加奈は躱さずにナイフを受け止めた。



「危なかったわ。」


「ちぃぃっ!!」



 そのまま力を込める二人。



「うらあああぁぁぁぁっっっ!!!」


「このおおおぉぉぉぉっっっ!!!」



 バキン!



 二人の力に耐えられなかったのか。折れたのはナイフ。前かがみにバランスを崩す鬼崎。加奈の目が光る。鬼崎が後ろへ下がろうと飛ぶ瞬間に加奈は言った。



「…巻き上げって知ってるかしら?」


「っ?!」



 加奈は今まで片手で持っていた警棒を両手で持つ。何故と思った鬼崎。加奈の重心を一気に下げながら足へと警棒を引っかける。そのまま持ち上げ投げる。



「巻き上げえええぇぇぇぇぇぇぃっっっ!!!」


「はああああぁぁぁぁぁぇぇぇええええぇぇぇぇっっ?」



 気合の入った加奈の声。同時におかしな声を上げて、変な体勢のまま浮いた鬼崎。人一人分空中へ。その無茶苦茶な光景にその場にいる全員の目が点になる。


 えええええぇぇぇぇぇぇっっっ!?人間ってあんな簡単に飛んじゃうものなのっっ?!



「トドメよ。」



 加奈の冷たい一言。落ちてくる鬼崎に再び重心を低く備えていた加奈は渾身の突きを放つ。ズクンと埋まる警棒。内臓を抉る一撃だった。空中で衝撃が逃げられない状態からの下からの疑似カウンターの刺突。鬼崎は変な声を上げて床に落ち動かなくなった。



「大丈夫、峰打ちよ。」



 死んではないらしい。

 っていうか、無茶苦茶だ。巻き上げってなんだよ?それって剣を取る技なんじゃなかったっけ?人間巻き上げなんて聞いたこと無いんですけどぉっ!一体、姉さん何をやってたの?剣道???



「あわあわわあわわわわわ…」

「「「……………」」」



 紫苑は目を見開いたままあわあわ言っている。華は無言で下を向いていた。唯や琉卯も華に解放されていたようで意識はあったが、姉さんの異常な技を見てブルブル震えていた。



「…でも、ちょっと疲れちゃった。」



 腹を押さえながらガクンと膝を折る姉さん。



「ね、姉さん!!」



 俺は姉さんに駆け寄って抱きしめる。



「貴司…。そんなに怪我をさせちゃってごめんね?」


「ううん。いいんだ…これは俺のせいだよ。」


「ちょっと無理しちゃったみたい。」


「姉さん?」



 加奈はよほどダメージが残っていたのか貴司に身を預けてに眠る。



「こんなになるまで俺を…」



 体重だけではない姉の重みが俺にズシリと伝わる。






◆◆◆◆◆






 その後すぐに警察が来て鬼崎たちは逮捕された。

 久留美さんと華以外は怪我をしていたので、病院に行くことになる。幸い後遺症も無く、あれだけ殴られた姉さんも1週間の入院で済むそうだ。治療が終わり次第、警察の事情聴取される予定。



 彼女4人がなぜ俺を見つけられたのかを聞いてみると、久留美さんのお陰だったようだ。


 様子がおかしいと思って来た彼女たちが向かった先は、久留美さんが指したトイレ。何故か男子用トイレに女子用のマークの紙が貼られていて、ご丁寧に清掃中の看板を設置されていた。

 姉さんが勘違いして男子トイレに入ったのはこれが原因。鬼崎たちは俺が来る前に試しに張っていたようだ。それにしても、随分と計画的な犯行である。


 偶然にも久留美さんは遊園地の関係者でおかしいと感じたのもあるが、お礼としてもらった紙袋を入り口に置いたままにしていたこともあって完全に異常だと思ったらしい。中を確認すると俺が襲われていたが、ちょうど姉さんが暴れていた最中だったようで大丈夫かもと思った久留美さんは警察を呼びに行った。


 その間に事情を聞いた琉卯は他の3人に連絡を取ってすぐに合流。中を確認すると俺が今にも襲われそうだったのでとっさに中に入ってきたという訳である。


 さらに、久留美さんが警察の到着を外で待っているとりんちゃんがお兄ちゃんに会いたいとトイレに走り出す。追いかけてきた久留美さんが追ってきたようだ。



 もし、久留美さんがいなかったら今頃はどうなっていたか…

 感謝の極みである。久留美さんは「果琳の恩人ですもの」といって優しい笑みを浮かべた。しかし、すぐに暗い顔になり自分が遊園地の関係者でありながら不備があることを悔やみ謝っても来た。

 でも、今回は久留美さんが悪い訳じゃ無い。鬼崎たちがたまたま遊園地で事を起こしただけだ。俺は遊園地が悪いとは思っていないのだが、こういうことが起こってしまった以上そうはいかないとのこと。大人の世界は厳しいね。せめて、俺がこのことを口外しないようにすることを言うと久留美さんは涙を流す。

 聞けば久留美さんにもりんちゃんにも大事な場所だったらしく、今回の騒動で閉園を覚悟してもしきれなかったらしい。どうしてもお礼をと言われたが、助けられたのはお互い様だし断っていると土下座までし始めたのだ。しかも、りんちゃんの前で。子供のいる前で土下座しないでほしい。無理にでも起き上がらせて俺は了承した。

 連絡先を教えると、ぱぁっとまるで希望の光を見つけたような安心した顔をする。「ありがとうございます。必ずやお礼に伺いますね」と言って病室を出て行った。



 唯、琉卯、華、紫苑はと言うとすっかり落ち込んでいる。

 俺を守れなかったことで彼女の資格がないと言い出す始末。そんなことを言い出されて焦るのは俺の方だ。せっかく出来た彼女をこんな形で失いたくない!大体にして、男の俺が不甲斐ないから彼女たちに怪我までさせてしまったのだ。

 何とか考え直してもらい答えは一時保留となった。



 今さらながら、この状況になって俺も考えを改める必要があると確信した。高校生になって彼女が出来て浮かれていた。自分は男尊女卑の価値観逆転世界でチートで無敵な英雄だとすら思っていた。でも、それは違っていた。


 姉さんが守ってくれていたんだ。俺が危険な目に合わないように、俺のために自分の身を粉にして。それに甘えて、調子に乗ってこんなことになったのは俺も傲慢だったということ。そんな姉さんを俺のせいで傷つけてしまった…。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆(続く)

 強すぎるお姉ちゃんがどうしてもやりたかったんです。とんでも展開を何卒、お許しを。ギャグだと思ってください。ちなみに本物の“巻き上げ”技はもっとスマートで格好良いです。

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