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第6話 貴司のピンチ





━━━SIDE琉卯━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 ───琉卯はお城の形をした休憩所に向かっていた。


 途中、貴司くんからのメールが来る。

 『我慢出来ないので、ちょっとだけトイレに行ってきます』



「…………。」



 貴司くん、こんなの返信できないよ。正直に言ってくれるのは嬉しいけど男の子なんだから、もう少し恥じらいを持って…。



「…どした?」



 隣を歩く唯ちゃんが聞いてきたので、メールを見せる。



「え?あら~…貴司ってば相変わらず大胆~!」


「だよね。」


「う~、こんなこと言われると想像して…あそこがぬ…」


「唯ちゃん!言わせないよっ!!!」


「もごもご…」



 私は唯ちゃんの口を封じた。

 卑猥なことなんて言ったら、誰がどこで聞いてるかわからない。私も女だから気持ちはわかるけど…男の人の…いや、貴司くんの耳に入ったら大変だ!ましてや、貴司くんのお姉さんだって見つかっていないのにもし近くにいたら…

 貴司くんは初めて心から好きになった人だもん。身体目当てだとなんか思われたりしたくないっ!そ、そりゃ、最終的には結ばれたいけど…



「エッチなのは禁止だよ!」



 唯ちゃんがコクコクと頷いたので、口から手を放してあげる。



「なはは…ごめん。ちょっと、調子乗った…」


「もう!男の人に聞かれたらどうするの?セクハラになるよっ?」


「琉卯は心配性だな~。男なんてそうそういないって…」


「あ…貴司くんと電話つながったままだった…」


「………え?!」


「嘘だよ。」



 もちろん電話はつながってなどいない。唯ちゃんに反省してもらうためについた嘘だ。



「ちょっ!!ふざけんなしっ!本当にビックリしたっていうのっ!!」


「でしょ?本当につながってたら、いくら優しい貴司くんでも唯ちゃん嫌われてたかもしれないよ?」


「うっ…」



 言葉につまる唯。まだ付き合って1ヵ月の彼女たちは貴司の優しさに触れて多少は変わったものの、そう簡単には変われない。この世界の女であれば男の潔癖さが身に染みてわかっているのだ。

 貴司の正体を知らない女たちは、この世界の男であると思っているがゆえに心が優しかったとしても、エッチなことに関しては寛容では無いかもしれないと考え嫌われるのを恐れている。だから、彼女たちはひたすら自分たちの性欲を見せないよう振舞っているのだった。



「嫌われたくない…。」


「今のは内緒にしててあげるから、私たち友達でしょ?」


「琉卯。ありがと。」


「うん。」



 待ち合わせの場所へと急いだ。






━━━SIDE琉卯 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 一方、貴司は男子トイレへと来ていた。


 それにしても、トイレに誰もいない。あまり使われていないのか便器も床も壁も綺麗だ。男が少ないのもあるけど、おそらく遊園地に来ないのかもしれない。


 貴司の予想はほとんど当たっていた。この世界において、男が女とデートするなどその女によほどの利益がある場合である。また、女性が多い場所に男同士で好き好んで遊びに来ることもない。

 例外といえば、男の子供が親に遊びに連れてこられる場合であり、男子トイレははっきり言ってしまえばそのために存在しているといっても過言ではない。その証拠にトイレの作りは、子供用に作られた便器が並んでいて一つだけ万が一の保証で大人用便器を設置しているのみ。


 さっさと済ませて、二人と合流しよう。






◆◆◆◆◆






「ふぅ…」



 事を済ませるてトイレを出ようとすると、ガタンと個室から音が鳴った。

 他にも使ってる人がいたようだ。特に気にすることでもない貴司はトイレを出る。



「待ちな…。」


「え?……女の人?」



 トイレの出入口前に金に染めた髪をオールバックにした女の人が立ちはだかっていた。



「へへへ…」「ひひひ…」「ふふ…」



 オールバックの女の人の後ろから、ぞろぞろと現れる女の人たち、みんなアーティストにでもなるのかというくらい派手で赤、青、ピンクに髪を染めておりモヒカンやブロック、ロングにしているようだ。

 10人くらいだろうか、完全に出入口をふさがれてしまった。



「な、何だ?」



 なんで男子トイレに女の人が…

 まさかと思って振り返って確認するが、♂マークで間違いない。じゃあどうして?



「なぁ、あんた一人?」



 オールバックの女の人が話しかけてきた。



「そうですけど…」


「男の一人歩きは危険だよ?」


「な、何を…」



 オールバックの女の人が後ろに合図をすると、出てきた体格のいい二人の女の人に俺は両腕を捕まれた。



「アタシらと楽しく遊ぼうぜ~?」


「は、離してくださいよ!」



 振りほどこうとするが、掴まれた腕はビクともしない。



「くっ!なんて力だよっ!!」


「フフフ…軟弱な男の力で女に勝てる訳ないだろ?」


「まったくね」「男はプライドしかない」「へへへ…」



 この世界に男勝りという言葉は存在しない。女は力強く、男は守られる立場にあるからだ。当然、貴司もこの世界の肉体に宿っているため例外では無い。



「離せ!待ち合わせしてるんだよっ!」


「待ち合わせ?」


「そうだよ!だから、離して…」


「男とか?」


「え?」



 オールバックの女は懐からナイフを取り出して首に突き付けてきた。



「おい!男と待ち合わせしてんのか?」


「え?え?」



 な、ナイフ?!

 何だよこの女、怖すぎるぞ!!



「殺されたいのかい?」


「い、いえ…」


「男と待ち合わせしてるのか?」


「ち、違います。か、彼女………です。」


「嘘つくんじゃないよ!!男が女と付き合う訳ないだろう!!」



 ナイフを押し付けられる。ひんやりした金属の感触が伝わる。



「う、嘘じゃないです!本当です!」


「信じられないねぇ!!」


「信じてくださいよ。嘘だと思うなら電話を見てくれればわかりますよ?」


「ふん!何を…」



 そう言いながら、彼女は俺のポケットから携帯電話を取り出して調べる。


 これでわかってくれるだろう。悲しいことに俺の携帯電話には母、姉、唯、琉卯、華、紫苑の6人しか登録されてない。4人のグループ名が恋人の欄に入っているのを見ればいい。



「………フフフ。本当なのかい?これ?」


「そうですよ。残念ながら、男とは縁がなかったみたいでして…」


「ふ~ん。わかったよ。」



 突き付けていたナイフを下したので、信じてはくれたようだ。



「でも、待ち合わせが女なら別に問題ないね。」


「え?」


「まぁ、男が付き合うほどの利用価値がある女なんだろうさ。けど、女なんか待たせててもいいじゃないか?男のためなら待っててくれるよ!」


「いや、そういう訳には…」


「随分と執心するんだね?羨ましいじゃないか。え?」



 再びナイフを突きつけてくるオールバックの女。



「ちょ………」


「へへへ…坊や。鬼崎さんは怒ると怖いのよ?」


「そうそう、言うこと聞いた方がいいわ。」


「わ、わかりました…。」



 オールバックの女は鬼崎と言うらしい。ナイフを突きつけられて怖かった俺は素直に言うことを聞くことにした。



「ちっ!最初からそう言えば怖い思いしなかったのにね!」



 鬼崎はナイフを懐に戻す。



「それで、俺に何の用ですか?」


「そりゃあ、ちょっと遊んでほしいだけさ。」


「遊ぶ?」


「フフフ…」






◆◆◆◆◆






 男子トイレの中に戻された俺。



「遊ぶんじゃないんですか?」


「キャハハ…」「グヘヘ…」



 いやらしい笑みを浮かべる女たち。



「こんなところで一体何の遊びを…」


「大人の遊びだよ。」



 不意に羽交い絞めにされ、ズボンのチャックを下ろされる。



「なっ!!!何を…ま、まさか!?」


「フフフ…。大人しくしてればすぐ済むからね?」


「や、やめろっ!」



 俺をレ○プするつもりなのか!?


 この世界に来て、こういうことになる可能性があるとは思っていた。だけど、まさか自分がそうなるとは考えてもいなかったし、遊園地でこんなことになるなんて思いもしなかった。



「は、離せっ!!くそっっ!!」



 俺はこの世界とは価値観がほぼ逆転した世界から来たのだから、別に襲われても逆レ○プ気分で問題は無いと思っていた。


 しかし、この女たちだけは絶対に嫌だ。ずん胴の体、おかしな髪、太い腕、がっちりした肩、武骨な顔面。前世の男を思わせるのである。モデル系か可愛い系かダイナマイト系の美人が多いこの世界では()()()()()()のガチムチ系の強面だ。失礼で申し訳ないが胸の膨らみが無ければ勘違いしてしまう。

 もちろん、外見だけでなく異性をレ○プするような屑に身体を許したいなど思う訳がない。

 それに俺には4人の彼女がいる。いくらハーレムが認められている世界でも彼女たちのために貞操を守るのは当然だ。


 畜生!畜生!腕がビクともしない!!

 この世界の女、力強すぎだろう?!



「おい!暴れるな!!」



 バッチィィィン!!


 思いっきり頬を平手打ちされた。



「うぐ………」



 いててて…本気で殴ったね?一瞬、星が見えたよ?

 だけど、俺は男だからな。この程度じゃ怯まな………



「おい!暴れるなって言っただろっ!!!」



 ナイフを取り出す鬼崎。大人しくなる俺。


 ずるいよ。刃物はずるい!

 しかも、この世界ではか弱い男に集団で暴力って卑怯極まりない!



「わ、わかった…。わかりました。大人しくするから…」


「わかればいいんだよ。」



 仕方ない。減るもんじゃないし、犬に噛まれたと思って今回は諦め…



「鬼崎さん!」


「個室に誰かいますっ!」


「何!?」



 そういえばそうだった。

 トイレを出るとき、個室から物音が聞こえてたのを思い出す貴司。


 可哀想に。見つかってしまったんだな。

 でも良かった。こんな人数の女性を相手にすると思ったら血の気が引いてたからな。一緒に頑張ろうじゃないか同士よ。



「オラ!出てこい!!」「ぶち破るぞ!!」



 ゴンと個室の扉を殴りつけるモヒカン女子。何度も蹴りをいれる赤い髪のリーゼント女子。



「………」



 返事は無かったが、個室の扉が開いた。



「お、女!?」


「何だこいつ!男子トイレに入って変態か!?」



 中にいたのは女の人。俺のよく知っている顔だった…



「ね、姉さん!?」


「え?た、貴司っ!!?」



 姉さんはこんなところにいた。






━━━SIDE加奈━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 ───少し時は遡る。


 貴司の姉、加奈は弟から逃げてきてしまった。



 どうして貴司はわかってくれないの?お姉ちゃんはこんなに貴司を愛しているのに。


 姉が弟と愛し合えるわけがない。わかっている。そんなことはずっと前に理解している。だから、せめて家族として愛そうと、貴司が成長するまでは私が貴司を守ると決めたんだ。



 それなのに、貴司は私の言葉を聞いてくれない。私よりあの4人を選ぶというの?


 私は谷底へ真っ逆さまに突き落とされるような気持ちだった。

 今まで私だけの優しい貴司が取られたと思った。もちろん、将来大人になった貴司が他の女のところに行くのは覚悟していたつもり。でも、こんなに早い段階で他の女に、まだ高校生の弟を任せるつもりなど毛頭ない。

 聞けば同じ高校の同級生ではないか!そんなの絶対に許せるはずがない!


 絶対に諦めてもらうつもりなのに、私はたくさんの失態をしてしまった。

 私は人が及ばないものがすごく苦手である。高所、絶叫、オバケ…と苦手なものに怯えていた。さぞかし幻滅されてしまっただろう。


 貴司は私から離れていくつもりなのだろうか?


 その答えを聞くのが怖い…。



 今は貴司に会いたくない。

 見つからない場所に隠れよう。トイレの中なら…




 そう思って隠れたのに、なぜかそこは男子トイレだった。

 え?間違えた??確か♀マークが貼ってあったはずなのに…そう思って外に出ようとすると



「ママ~!僕ちょっとトイレ!!」


「わかったわ。ここで待ってるから、行ってきなさい。」



 小さい男の子の声が聞こえた。タタタと走ってくる男の子の足音に私は咄嗟に個室へと入ってしまった。



「あれ?マークが違う??…あっ!やっぱり合ってる。変なの~?

 まずいよっ!もれちゃう~。」



 チョロロロと音がする。


 大変なことになってしまった。もし見つかったら、間違いなく痴姦で逮捕されてしまう。そんなことになったら、絶対に貴司に嫌悪されることになるだろう。それどころか私を捨てあの4人が貴司を…絶対に見つかるわけにはいかない。


 男の子が出て行ったら、私も出ていくつもりだったのに…。


 もし間違ってでも鉢合わせになってしまったらという恐怖でなかなか動き出せず、いざ覚悟を決めて出ようとすると自動洗浄の音や変な物音で利用者がいると思い込み、疑心暗鬼になって個室にずっと身を潜めることになる。

 加奈は不運にも滅多に利用されないトイレの利用者がいた為に、個室の中で葛藤することになったのだった。






 しばらくして、変な声が聞こえ始めた。女の声と男の声のようだったが、どうも様子がおかしい。



「は、離せ~!!」



 え?なんか聞いたことのある声?

 っていうか、まさか男をレ○プしようとしてるんじゃ!?


 ガタンと音を立てて便座から立ち上がる。



「「「誰だ!!」」」






━━━SIDE加奈 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 なぜかはわからないが、姉さんは男子トイレにいた。



「姉さんどうしてこんなところに?」


「こ、これには訳があって…」



 どういう訳だよ!こんなところに入る理由って何?



「…そ、それは後で訳を話すわ。それより…」



 加奈は鬼崎たちを睨みつける。



「まさか、貴司が襲われているなんてね。あなた達、一体どういうつもり?」


「はぁ?何?」


「何じゃないわ。貴司を離しなさい!!」


「うっせぇ!あんただってアタシたちと同じ穴の(むじな)だろ?トイレの個室に入って何を狙ってたんだよ?」


「ち、違う!私は間違って入っただけよっ!!」


「へっ!どうだか?」


「くっ!」


「まぁ、いいや。あんた、坊やの姉なんだろ?」


「そうよ。」


「じゃあさ。取引だ。あんたはここに入っていなかった。代わりにアタシたちは弟を頂く。どう?」


「なっ!!!」



 目を見開く姉さん。彼女たちはトイレに入っていたことを内緒にする代わりに俺を売れと言っているのだ。



「あ、あんた達…まさか本当に貴司を…」


「別に返事はしなくていいさ。アタシらで勝手に頂くだけだから…フフ。」


「こんなことして、ただで済むと…」



 バチィンと頬を叩かれる。



「ぐ…」


「おいおい。あんまりナメんなよ?弟が無事で帰れなくなる。」


「た、貴司…」


「俺のことはいいから。姉さんは逃げて…」


「そんなことできる訳ないじゃないっ!」



 姉さんは震えながら、一歩も動けないでいる。そりゃ怖いよな、特に姉さんは遊園地のアトラクションですら怖がるんだから…

 逃げてほしい。これから起こることを姉さんには見られたくない。



「姉さん。俺は大丈夫だから、逃げてくれ。」


「フフフ…へぇ、信じられないくらい優しい坊やじゃないか。良かったねこんなに可愛い弟がいてさ。」


「あなた達…貴司にこれ以上何かしてみなさいよ。全員、後悔することになるんだからねっ!!」


「ぎゃはは!」「何だよそれ!」「後悔だって!」「やってみろよ!」「一人で何言ってるのぉ?」「はははっ!」


「どうなるんだ?え?」



 鬼崎はペロリと首筋を舐めてきた。気持ち悪い。



「う………」


「………私、これ以上貴司に何かしたらって言ったわよね?」


「は?ぐえ!!」



 姉さんの近くの青髪の女が急に倒れる。



「え?」


「あら、いいもの持ってるわね。」



 倒れていた青髪から姉さんが警棒を拾う。

 …まさか姉さんが?



「ふん。一人倒したくらいで調子に乗らないでほしいね。あんた達、フクロにしてやんな。」


「「「ハイ!」」」



 3人が姉さんを囲み、拳を構える。3対1なんて卑怯だ!



「姉さん!!」


「待っててね貴司。今、助けてあげるからね?」


「余裕かましてんじゃねぇよ!」「死になさいよっ!!」「しゃあっ!!」



 一斉に姉さんへ飛び掛かる3人。



「…遅いわね。」



 すうっとと一人目の拳がすり抜けると、二人目、三人目の攻撃もすり抜けるように(かわ)す。



「なっ?!」「にっ?!」「はっ?!」


「行くわよ。」


「ぐえ!」「ごあ!」「いご!」



 警棒を正眼に構えたと同時に三人が後ろへ飛ぶように倒れた。


 倒れた3人はひゅうひゅうと息苦しく悶えている。

 一体何が起こったかわからなかった。






━━━SIDE紫苑・華━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 華と紫苑は唯、琉卯に合流しようとしていた。

 貴司とはぐれたから、一度合流することにしたからだ。



「それにしても、全然見つかりませんね?」



 貴司の姉、加奈のことだ。



「本当にどこに行ったのかしら?」


「もしかすると、遊園地にはもういないのかもしれません。帰ってしまった可能性もありますよ?」


「………それは無いと思う。」


「そうでしょうか?」


「“あの人”が逃げるとは思えないわ。」



 紫苑はまるで貴司の姉を知っているような口ぶりだった。



「確かに貴司さんのお姉さんは苦手なアトラクションが多い中、怖がりながらも付き添っていました。胆力があるとは思います。」



 弟の貴司のために苦手な観覧車、ジェットコースター、オバケ屋敷と一緒についてきた。しかし、こうも見つからないなら逃げ帰ったとしてもおかしくないと思う華。



「紫苑さん。貴司さんのお姉さんのこと何か知ってるのですか?」


「う…うん。多分ね。」


「でも、向こうは紫苑さんを知らないようでしたが?」


「私が一方的に知ってるだけ。貴司のお姉様って、おそらく鹿倉加奈さんだよ…。」


「加奈さん??聞いたことありません。」


「当然よ。中学の時、華は私とは部活違うでしょ?」


「そうですね。部活?紫苑さんの部活って確か剣道ですよね?」


「うん、そうよ。剣道の大会あるでしょ?」


「それが、何か関係あるんですか?失礼ですけど、私たちの中学は剣道強いわけでもないですよね?」


「まぁ、そうなんだけどね。中学の2年生の頃、顧問の先生の後輩が試合に出ることになって一回だけ高校生の試合を見に行ったことがあるの。」


「ふ~ん。その時に会ったんですか?で、向こうは覚えてないと。」


「違うわ。加奈お姉様は試合に出場してたのよ。」


「え!?そうなんですか?」


「し、しかもね…。決勝まで勝ち進んだのよ。」


「えぇっ!?まさか、優勝…」


「残念ながら準優勝だったわ。」


「………ぜ、全国準優勝…2位ですか。すごい…ですね。」


「うん。けど、本当は優勝してもおかしくないくらい強かったらしいわ。だって、決勝なのに反則負けって聞いたもの。」


「………。」


「だからね。私はまだ遊園地にいると思うわ。」


「…そうですか。紫苑さんがいつも以上に緊張してた理由がわかりました。」


「わ、わかってくれて良かったわ。本当に私ギリギリだったのよ!私たちのこと認めないって言われて漏らしそうだったのよ。」


「………できれば、私も知らない方が良かったです。」


「そうよね。けど、私の記憶違いかもしれないし…お姉様の名前聞けなかったから確実では無いけどね。」


「できれば、加奈さんで無いこと祈りたいです。」


「まったくね。」



 しかし、残念ながら紫苑の記憶は正しい。貴司の姉は鹿倉加奈本人であったのだ。






━━━SIDE紫苑・華 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 一瞬で3人をのした姉。貴司はその光景に驚いていた。



「へぇ…あんた、もしかして何かやってたのかい?」


「…………。」



 一瞬にして3人の仲間がやられたのに鬼崎は不自然なほどに冷静だった。

 対して加奈もまたスイッチが入ったかのように集中している。鬼崎の問いは答えず、周りを警戒しているようだ。



「ふん、だんまりかい。そこの3人ヤった程度で調子に乗らないでほしいね。」



 首で合図をする鬼崎。5人の仲間が加奈を囲む。

 手にはそれぞれ武器を持っていて、警棒、鉄パイプ、トンカチ、メリケンサック、ヌンチャクを構えている。



「素手の相手なら楽勝でも、武器を持った相手にどこまで出来るか見ものだね。お前らやっちまいな!」


「へへへ…」「ひひひ…」



 ジリジリと間合いを詰める5人。



「…………。」



 加奈は警棒を正眼に構え動かないままだ。



「っ!!」



 先に動いたのは鉄パイプを持った金髪の女だった。

 狙うは頭と言わんばかりに振りかぶりブンという音と共に振り下ろされる鈍器。当たれば、頭蓋骨骨折は確実だろう。

 しかし、鉄パイプは加奈の横を抜けていく。同時に首に痛みを感じる金髪の女。それが警棒で突かれたとわかったころには、もう地面に倒れて喉を押さえながらのたうちまわっている自分に気づく。



「ひゅう…ひゅう…」



 息が苦しく喉が焼けるように熱い。涙が溢れるように流れる。

 嗚咽が止まらない。もう完全に立ち上がれないほどに瀕死だ。


 鉄パイプを持った少女が倒れると同時に、一斉に動き出した4人。全員で攻撃すれば躱すことは不可能だと知っているからだ。普通ならば…


 加奈は全国で準優勝の腕を持つ。せめて、4人が地区大会で良いところまで行くくらい何かしらの武道をやっていれば躱すことなどできなかっただろう。だが、4人は体を鍛えているだけの力自慢。1人の攻撃にはカウンターを合わせ、3人の攻撃は全て躱される。

 躱されても次の攻撃に移る3人。一旦、体制を立て直さないところは素人の悪い癖だ。攻撃に移る直前に1人、攻撃のカウンターを合わせられて1人、攻撃を躱されて驚いた隙に1人と倒される。



「な、何だあんた…一体何者だ?」



 あっという間に、5人が床で痛みに悶え苦しむ阿鼻叫喚な光景になった。

 先ほどまで冷静だった鬼崎も動揺する。



「あと…3人ね?」



 恐ろしいほどに無表情で言葉を発する加奈。



「き、鬼崎さん…」


「な、なんかあいつヤバくないっすか?」


「こりゃ、アタシでも勝てないかもしれないねぇ…」



 加奈の異常な強さに飲まれる3人。



「まったく…あんたをナメてたよ。」



 懐からナイフを取り出し貴司へと向ける。



「なっ!?貴司!!!」



 無表情だった加奈の表情が崩れる。

 その表情を見て、鬼崎がニイッと嫌な笑みを浮かべた。



「フフフ……やっぱり弟は大事だよねぇ?」


「やめなさい!もし貴司を傷つけたら…絶対許さないからねっ!」


「へ~、そんなこと言っていいのかい?」



 貴司の頬にナイフの腹を滑らせる鬼崎。



「やめてっ!!」


「手に持っている警棒を捨てな!」


「く………」



 加奈は持っていた警棒を床に落とす。カランと音が鳴った。



「鉄美、岩子。坊やを貸しな。」


「ウス」「ウッス」



 鉄美と岩子から拘束していた貴司の腕を取って捻りあげ、後ろに抱き着いてナイフを突きつける。来るな来たら刺すという体勢だ。



「痛っ……」



 捻りあげた腕をさらに捻り、加奈をけん制する鬼崎。



「貴司っ!!やめて、貴司に乱暴しないで!!」


「フフフ…さっきまでの強気な態度が嘘のようだね?」


「貴司は大事な弟だもの。当然よ…」


「姉さん…」


「そうこなくちゃね。弟が大事なら動くんじゃないよ?」


「ぐぅ………」


「よくも舎弟をやってくれたねぇ。今度はこっちの番だよ!」






◆◆◆◆◆






「あいつをやっちまいな。」


「「ウス。」」



 邪悪な笑みを浮かべた鬼崎は鉄美と岩子に命令する。



「…………」



 鉄美と岩子は加奈の前に立つ。加奈は無言で睨み返していた。



「少しでも変な真似するんじゃないよ?弟が大事ならね。」


「くっ!!」


「姉さん!俺のことはいいから…痛っ!」


「黙ってな!!」



 鬼崎は貴司の腕を捻りあげ言葉を遮った。



「貴司!!」


「動くんじゃないよ!」



 ナイフを貴司の顔に近づける。それを見て身体が固まる加奈。



「フフフ…それでいい。坊やもあんまり姉を困らせるようなことをしないでやんなよ。」


「うぅ………」


「鉄美、岩子!」


「ウス!」「ウッス!」



 鬼崎に呼ばれた岩子は動けない加奈を羽交い絞めにする。



「さぁ、どこまで耐えられるかね?」



 鉄美がぐっと拳を握ると岩のように大きかった。喧嘩で作られた拳。まずは肩慣らしと言わんばかりに加奈のお腹へ向けて短いパンチを放つ。



「く!!!」



 拳が当たるとドムッと弾む音をさせた。鉄美にしてみれば肩慣らしのジャブ程度であるものの、羽交い絞めにされた無防備な加奈には苦しい一撃である。



「次、行くぞ。」



 冷酷な一言を放つ鉄美。次からが本番だということだ。

 腕を引いて少し溜めをつくり、一気に拳を下から上に振りぬく。加奈のお腹に大きな衝撃が走った。



「くはあぁっっ!!!」



 先ほどの比ではない。恐ろしいほどの苦しみが加奈を襲う。いくら腹筋を固めていようが動けない状態では衝撃を逃がすことはできない。加えてみぞおちに二度目だ。



 さらに鉄美は容赦なく同じ場所に三度、四度とピンポイントに拳を当てる。その度にドスッドスッと重い音が響く。



「うぁっ!」「くぅぅっ!」



 加奈は歯を噛み締めて何とか耐える。



「フフフ…頑張るねぇ。あんたが何者かは知らないけど、鉄美は元ボクシング部なんだよ。降参したらどうだい?」


「………無理ね。」


「根性あるんだね。あんたを押さえてるのは元柔道部の岩子だから、あんたが倒れそうになっても支え続ける。内臓が壊れてもしらないよ?」


「………貴司の……ためならいいわ。」


「フフフ…フフフフフフ……わかったよ。鉄美、そいつを壊してやんな!」


「ウス!」


「姉さんっ!!!」



 もう容赦はしない。鬼崎の最後の通告だった。

 鉄美は拳を握り、加奈のお腹目がけてパンチを繰り返す。ドンという音が定期的に鳴り、次第に加奈の口から涎が垂れはじめる。


 鬼崎は限界が近いなと感じて口角を上げた。






━━━SIDE4人━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 唯、琉卯は華、紫苑と合流していた。



「貴司はまだ来てないの?」


「うん。トイレに行くって言ってたんだけど…」


「遅くありませんか?」


「貴司、また厄介なことに捲き込まれたんじゃない?」


「「「…………」」」



 華と紫苑のときはナンパされ、唯と琉卯ときは迷子を見つけて親を探していた。今までの貴司の行動を考えれば、また何かしらのトラブルに首を突っ込んでいると考えるには十分だった。



「私は探しに行くべきだと思うっ!」


「賛成ね。」



 口火を切ったのは琉卯だった。紫苑もその提案に同調する。



「でも、そうなれば誰かがここに残らないといけないですよ?」



 しかし、だからといって待ち合わせ場所を離れて探しに行くわけにはいかない。貴司の状況を知らない4人は、すれ違いになる可能性を捨てきれないからだ。



「私は探しに行くわ。」


「私も。」「私も~。」



 紫苑が言うと琉卯と唯も手を上げる。



「………そうですか。なら、私がここに残ります。」



 華はそんな3人を見て、待つことを選ぶ。



「いいの?」


「えぇ。私、待つの得意ですから。」



 にっこりとほほ笑んで3人を見送った。






━━━SIDE4人 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


━━━SIDE琉卯・久留美━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 琉卯は皆と別れてすぐ、ある親子に話しかけた。



「あの!ちょっといいですか?」


「はい…?」



 琉卯が声を掛けると母親が返事をする。よく見れば母親の方は自分と歳が近いようにも思えるほど若かった。娘は小学生くらいなのか、不思議そうに見ている。



「すいません。あのこの辺でこんな人を見ませんでしたか?」


「あれ…お兄ちゃんだ。」「貴司さんっ!?」



 以前、携帯電話で撮った写真を親子に見せた。すると娘はあっけらかんと答え驚いたように母親が声を上げる。



「え?!知ってるんですかっ!!」


「え?えぇ…先ほどこの子を私と会わせてくれたんです。」


「うん!お兄ちゃんすごく優しかった!」


「えぇっ!?迷子って、あなた達だったんですかっ?」



 琉卯が話しかけたのは偶然にも貴司が先ほど会った久留美と果琳だった。



「あ、あの…貴司さんの写真を持っているって、そちらは一体?」



 琉卯は自分が貴司の彼女だと名乗ると、久留美は一瞬驚くもどこか納得した表情になる。続いて、貴司を探していると伝えると久留美は快く事情を話してくれた。


 普通の男ならともかく、貴司という男ならあり得ると思った久留美は納得したと同時にチャンスだと思ったからだ。あんなに優しい男は世界中に片手の指程も存在しないだろう、貴司との縁を絶対に逃がしたくない。彼女は貴司と別れた場所を案内する代わりに探すのを手伝うことを提案する。


 琉卯は久留美の提案を受けて、多少警戒したが



「お兄ちゃんいなくなったの?私と同じだね。」


「そうね。今度は私たちが見つけてあげましょう?」


「うん!」



 という久留美と果琳のやり取りを見て、気が変わり案内してもらうことにした。






 3人は貴司と親子が別れたお土産屋の近くに来ると、貴司が向かった方向を指さした。



「貴司さんはあの方向に向かいました。」


「あっちの方向…。」



 琉卯が遊園地の案内パンフレットを見ると、久留美がのぞき込んでくる。



「遊園地のトイレというと、この辺ではないですか?」


「え?」


「私、この遊園地に果琳とよく来てるので詳しいんです。」



 久留美の指さした場所には確かにトイレのマークがあった。



「確かに貴司くんが進んだ場所から待ち合わせていた場所を考えると、一番近い…。」



 意外な戦力になってくれた久留美の提案は正解だと思い、琉卯は親子と一緒にトイレへ向かうことにした。






━━━SIDE琉卯・久留美 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

(続く)


 残り2話です。

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