表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第5話 逃げた姉さんと迷子の少女





 ───休憩スペースに戻ってきた俺たち。


 姉さん、何を言うつもりだ?



「4人のデート見せてもらったけど…」


「「「「ゴクリ…」」」」


「及第点ね。」



 ガクンと項垂(うなだ)れる4人。


「いやいや姉さん、俺は楽しかったよ?」


「貴司が楽しくてもやっぱり認められないものは認められないわ!」


「どうして?」


「まずは唯ちゃんと琉卯ちゃん。」


「は、はい~…」「は、はいっ!」


「観覧車もジェットコースターを選んでたけど、事故が起こったら大変だったわよね?」


「「………」」


「いや、姉さんそんなのそうそうあり得るわけが…」


「次に華ちゃん。」


「はい…。」



 姉さんは俺の言葉を無視して続ける。話は終わってないということらしい。



「オバケ屋敷なんて暗い場所に貴司を連れ込んで何を考えてるつもり?私がいなかったら何かするつもりだったんじゃないの?」


「…す、すみません。ですがそんなつもりじゃ…」



 それは邪推が過ぎるんじゃないか?別に何かあっても華なら俺的には問題無いけどさ。と、姉さんには言えないけど…



「最後に紫苑ちゃん。」


「は、はひっ!」


「メリーゴーランドは、正直良かったわ。」


「え………あ、ありがとう、ございます!!」


「けどね。貴司と一緒に幸せになるってどういこと?ちょっとそこは見逃せないわ。まさか学生結婚なんて夢見てるわけじゃないわよね?」


「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!!わ、わた、わ、私、調子に、の、の、乗ってましたっ!!そ、そ、そんなつもりは、あ、あ、ありませんっ!!」



 ドスのきいた姉さんの声に紫苑が震えている。

 ちょっと怯えすぎじゃないか紫苑?観覧車、ジェットコースター、オバケ屋敷と姉さんのヘタレた部分を見ているのに、年上が苦手なのかな?



「それならいいんだけどね…。」


「は、はぃぃ…。」


「わかってくれた貴司?」


「…どういうこと?」



 俺が心配なのはわかったが、抽象的で真意までは理解できない。



「つまりね。お姉ちゃんは貴司が心配だってことよ。」


「うん、心配してくれるのは嬉しいけど…」


「お姉ちゃんだけじゃない、もちろんお母さんだって心配してるわ。貴司が私たち家族にとってどんな存在なのかを理解してほしいの。」


「どんな存在って、家族の中で生まれた男だからってこと?」


「そうよ。だけどそれだけじゃないわ。お姉ちゃんもお母さんもね、貴司が男の子じゃなかったとしても同じことよ。

 今日、貴司は私たちに男友達と遊んでくるって言ってたわよね?」


「そ、それは…」


「けど、それは真っ赤な嘘で女と遊園地に来ていた。それがお姉ちゃんをどれほど心配させたかわかる?」


「………」


「確かに観覧車もジェットコースターも滅多に事故は起こらないだろうし、オバケ屋敷も問題無いと思うよ。でもね、お姉ちゃんやお母さんが知らないところで貴司が事故にあったり、女に襲われでもしたらって思うとすごく恐ろしいことよ。

 この4人には今日初めて会ったし、どんな子なのかは知らない。貴司が言うように良い子かもしれないわ。だけど、もし良い子の皮を被った悪い子だったら?たまたま私がいるから今日は大人しくしてるだけかもしれない。


 貴司はまだ高校生になったばかりの未成年なの。お願いだからお姉ちゃんの言うことわかってくれないかな?」



 姉さんの言いたいことはわかった。ようするに俺が未成年で、家族の知らないところで危ないことをしないでほしいということだな。

 なまじ中身が30代のせいで、俺は未成年であることを忘れがちだ。確かに姉さんから見れば俺は常識はずれで軽率かもしれない。それは申し訳なく思う。



「姉さん、ごめんね。」


「わかってくれた?」


「うん。俺がどれだけ姉さんを心配させたかわかったよ。」



 ほっとした表情を見せる姉さん。


 しかし、この世界の男は知らないが俺の知る男には間違えてはいけない道がある。例え世間からズレていようが守りたいものがあるなら決して譲ってはいけない。

 男は大切な彼女のためなら、ここで引き下がってはいけない。



「だけど、姉さん。改めて言うね。」


「え?」


「この4人を認めてほしい。」


「………貴司?」


「4人を知らないなら、これから知ってほしい。遊びに行くところは全て正直に話す。今度、4人を家に連れてきて母さんにも紹介する。だから、お願い!!」



 頭を下げてお願いする。



「………なんで?貴司…わかってくれたんじゃ?」



 姉さんが困惑する。



「姉さんの気持ちはわかったよ。だから、これからは全部さらけ出していくから。」


「私の気持ち………」


「うん。もう姉さんには心配かけることはしない!」


「………本気なのね?」


「本気じゃなきゃ、こんなこと言わないよ。唯も琉卯も華も紫苑も好き。これからも付き合っていきたい。」


「そ、そうなのね………でも…」


「?」


「お姉ちゃんの気持ちは全然わかってないよ?」


「え?」


「貴司はわかってないっ!」


「ね、姉さん?!」


「っっ!!!」



 姉さんは突然走り出した。



「あ………」



 いきなりのことに反応できなかった俺は姉さんを追いかけられなかった。あっという間に人ごみの中に消えてしまった姉さん。



「貴司…」「貴司くん。」「貴司さん。」「た、貴司…」


「………皆、ごめんね。なんか変なことになっちゃって…。」


「ううん…私だって貴司みたいな弟がいたら…」


「うん。心配するもんね?」


「気持ちは…わかるわ。」


「ですが、このまま放っておくわけにもいきません。」


「追いかけよう!」


「でも…せっかくの4人のデートなのに…」



 ただでさえ姉さんのせいでデートを邪魔されたんだ。これ以上、俺のことで迷惑をかけるわけにはいかない。



「私たちのことなら気にしないで。」


「そうです!貴司さんが私たちを大事に思ってくれているのを知れただけでも十分です。」


「うん…。本気って言ってくれて…嬉しかった。」


「家族と喧嘩することになっちゃったのも私たちのせいだもん。ごめんは私たちだよ?」


「それに、女が男の後ろで庇われたままで終わるわけにはいかないし。」


「本当…情けなかったよね?でも…今度は私たちから貴司の…お姉様にお願いする!認めてくださいって…」


「そうだねっ!だから、貴司くん…一緒に追いかけよう!」



 4人はやっぱりいい子たちだよ。

 俺の行動は間違ってなかった。



「ありがとう、皆。」



 俺たちは姉さんを追いかけることにした。






◆◆◆◆◆






 人ごみに紛れて逃げていった姉さんを見つけるのは、この広い遊園地の中では困難を極める。正直、公園の砂場の中からBB弾を見つけるくらいの難しさがあると思う。


 そういう訳で、俺たちは2人と3人に手分けして姉さんを探すことになった。唯と琉卯、俺と華と紫苑に分かれる。1時間して見つからなかったら、一度合流して情報を交換しつつ俺は唯と琉卯の方に加わる予定だ。

 幸い姉さんの走っていった方向はわかっているから、そっちへと向かおう。


 まずは聞き込みだ。



「あの、ちょっといいですか?」



 ちょっと遊んでそうだけど、金髪のギャルっぽい二人組に聞いてみることにした。



「え…男!?私に何かしら…何でも聞いてっ!私のスリーサイズとかどう?」


「若いわね。友達とでも来たの?あら、よく見たら可愛いんじゃない?」


「い、いや…すいません。あの、このくらいの髪の女性を見かけませんでしたか?」


「えぇ~。他の女さがしてるの~?」


「そんな女よりも私たちと遊ぼ?お姉さん、何でも奢ってあげるよ?」


「えと…そうじゃなくて。」


「あの!貴司さんには私たちがいますから!」



 華が割り込んできた。



「え?何よぉ。あんた、この男の子の付き添い?」


「独り占めしないで、私たちも一緒に遊ばせてよ?いいでしょ?」


「困ります!」


「ただとは言わないわよ。ちゃんとお金出すから。ね?」


「うんうん。」


「貴司は私たちの彼氏なの!だ、だからナンパはやめてもらえないかな…」



 紫苑も割り込んでくる。ちょっと頬を赤く染めていた。



「ちょ…何なのよ?彼氏?あんた勘違いしてんじゃない?」


「そうそう、男が恋人にするような女には見えないよ?」


「自惚れてんじゃない?」


「く………」



 顔を真っ赤にして悔しい顔をする紫苑。



「そんなことないですよ。紫苑は俺の彼女です。」


「「え?」」


「もちろんこっちの華も。」


「「は?」」



 俺は二人を抱き寄せて、ギャルに見せつけるように身体を密着させる。



「そんなのあるわけ…」


「そうよ。そんな男見たことないっつーの。いくら払ったんだよ?」


「払う?お金はもらってないですよ。何なら証拠見せましょうか?」


「「し、証拠?」」


「二人にキスすればいいですか?」


「なっ?!」


「貴司さん。嬉しいですけど、それどころでは…」


「そうだよね。」


「悪いけど、貴司は忙しいから…失礼するね。」



 口を開けて塞がらないギャル二人を残して、そそくさと立ち去る。






「貴司さん!駄目ですよ、不用意に女の人に声を掛けないでください!」


「まったくよ!貴司はもう少し男である自覚を持ってほしいわ。女に声を掛けたら、ナンパされるに決まってるじゃない!」


「ご、ごめん。」



 怒られてしまった。闇雲に探すよりいいかと思ったんだけど甘かったなぁ。



「ま、まぁ…嬉しかったけど。」


「そうですね。彼女と言葉にして頂けるだけで、嬉しいですよ。」


「そう?それなら、いくらでも言ってあげるけど…」


「とにかく、聞くのは私たちでやります。」


「そうね。貴司はお姉様の行きそうなところを考えてくれればいいわ。」


「わ、わかった…。」



 失敗したなぁ。俺の予定では「あのぉ…」「どうしたの?」「こういう人を探してるんですぅ」「見かけたら教えてあげようか?」「ありがとうございますぅ」といった展開になるはずだったんだけどなぁ。前世の男とこの世界の女では出会いに差があるからか、こっちの女の子のがっつき方は半端ない。

 中学までは全然そんなこと無かったから、まさかこんな風になるとは思わなかった。彼女できるとモテるのってこういうことなんだろうな。一つ勉強になったよ。



「それにしてもどこに行ったのかな姉さん…」



 その後、1時間探し回ったが俺たちは姉さんを見つけることができなかった。






◆◆◆◆◆






 時間が来たので、合流した俺は唯、琉卯と一緒に行動する。


 華と紫苑とは反対側を探す。次こそはさっきのような失敗はしない。

 唯と琉卯に聞き込みを任せて、俺は探すだけに専念していた。そこにトボトボと歩く小学生くらいの女の子が歩いていた。


 キョロキョロと付近を見渡すが、親らしき存在はいない。もしかして迷子かな?だとすれば放ってはおけないと思い、声を掛けることにした。



「こんにちは。」


「っ!!」



 ビクンと驚いて固まってしまう女の子。



「ごめんごめん。びっくりしちゃったかな?」


「………は、はぃ。」


「どうしたのかなぁ?」



 怯えているので、優しく語り掛ける。



「………え、えっと。」


「うん。」


「ママと…」


「うん?」


「いつの間にか…はぐれちゃって…」


「そっか。それは大変だったね。」


「う…うん……。」



 よく見れば女の子は涙目になっている。

 不安になってたんだろう、頭を優しく撫でてあげた。



「ふぁ…」



 気持ちよさそうに目を細め、身をあずけてくる。良かった、少しは安心してもらえたようだ。


 さて、どうしたものか。唯も琉卯も聞き込みしているようだった。必死に姉さんを探してくれているにもかかわらず、俺の勝手で迷子の親を探す手伝いをしてくれとは言えない。自分で何とかしよう。



「名前、聞いてもいいかな?」


「……………りん。」


「りんちゃん。俺は貴司だよ、よろしくね。」


「…はぃ。」


「りんちゃんはどこから来たの?」


「………あっち。」



 名前を“りん”という迷子少女はお土産屋の方を指さした。



「もしかして、あそこで一人になっちゃった?」



 コクリと頷くりんちゃん。

 お土産屋の方を見ると、結構な人だかりが見えた。


 確かにあれだけ混んでいれば子供がはぐれてしまってもおかしくないかもしれない。

 幸いにもお土産屋はすぐ近くだったので、母親を探してみることにした。はぐれないよう、りんちゃんの手を引いてお土産屋へ向かう。



「りんちゃん。一人になっちゃったのはここ?」



 お土産屋の前で聞いてみるとコクリと頷き肯定するりんちゃん。

 それなら近くに母親がいる可能性がある。りんちゃんを連れて歩きながら探してみる。



「どうかなぁ?」



 ふるふると首を振るりんちゃん。

 近くにはいないのだろうか、やはり案内所にでも連れて行った方が良いかもしれない。アナウンスは流れていないが、もしかすると母親の方がそっちにいる可能性もある。雰囲気を壊さないよう、あえてアナウンスを流さないようにしている遊園地もあると聞くし行ってみよう。


 そう思って、俺はりんちゃんの手を引いて案内所へ向かおうとしたとき。



「あっ!!」



 りんちゃんが何かに気づいたと同時に声がする。



「りん~~~~~っ!」


「ママっ!!」



 母親が見つかった。






 りんちゃんの母親はすごく若い感じだった。女子高生、女子大生でも通じるくらい。おそらく学生で出産したんじゃないだろうか?そんなことは聞けないが…



「りんを保護して頂いて本当にありがとうございます~!」


「いやいや、見つかって良かったですよ。」



 ペコペコと腰が折れそうなくらいお礼をするりんちゃんママ。

 なんでも、お土産を選んでいるときにりんちゃんと離れてしまったということだ。手をつないでいたが、一瞬手を放してしまい繋ぎなおしてみれば別な子の手を握ってしまったらしい。その隙にりんちゃんは外に出て行ってしまったのである。


 ただ、迷子にた事実は変わらず注意しようと思ったが、多少おっとりとしたところが母さんに似ている気がして、他人とは思えずあまり強くは言えなかった。



「良かったね。りんちゃん?」


「………は、はぃ。ありがとう…お兄ちゃん。」



 上目遣いで頬を赤くしながらお礼をいうりんちゃん。可愛かったのでついつい頭をなでなでしてしまう。



「よしよし。りんちゃんはいい子だなぁ。」


「はぅぅぅ…。」



 目をつぶってもじもじするりんちゃん。嫌がってはいないようなので撫で続けながらりんちゃんママの方を向く。



「もう、りんちゃんを離さないでくださいね?」


「はい!それはもちろんです~!」


「それじゃ、俺はこれで。またねりんちゃ…」



 姉さんを探しに戻ろうとしたが、呼び止められる。



「あ!ちょっと待ってください!」


「?」


「なにもお礼をせずに帰せません。どうか待っててもらえませんか?」


「え?別にそういうつもりじゃ…」


「りん。このお兄ちゃんと待っててもらえるかしら?」


「うん、ママ。」


「ちょ…待っ……」



 俺の静止を聞かず、りんちゃんを置いて走っていくりんちゃんママ。

 おいおい、りんちゃんはさっきまで迷子だったのに置いてくなよ!せっかく愛しの母親と再会したのに置いていったら、子供がどう思うか…


 なぁ、りんちゃん?



「えへへへ…」



 あ…れ?


 りんちゃんは満面の笑みで俺に抱き着いていた。






 りんちゃんママはすぐに戻ってきて、お礼にとたくさんの飲み物やお菓子を買ってきたようだ。紙袋に満杯になるほどに…

 え?!遊園地って、いちいち割増の料金なんだからこんなにたくさん買ったら結構な出費なんじゃ…?



「いやいや、そんなに受け取れませんよ。」


「いいんです!これは気持ちですからぁ!それに、もう買ってしまったので返品はできません!」


「た、確かにそうですけど…」


「それにこれはとりあえずのお返しで、後日また改めて何かお礼をしますから。」


「え?」


「あの!誤解しないでください。口説いてるわけじゃないんです~!りんのことは本当に感謝してて、できれば改めてお礼の品を贈らせてもらいたいので住所を教えてもらえると助かるのですが…駄目でしょうか?」


「えぇっ!?」


「そ、そうですよね。男性に住んでる場所を教えてほしいなんて、信じられませんよね。お礼は一体どうしたら…せめてご家族の住所を…」


「いやいや、そんなことしなくてもいいですよ!」


「そ、そういう訳にはいけません!男性にお世話になっておいて、この程度のお礼なんて、常識がないと言われてしまいますぅ…」



 とんでもない常識だなこの世界の常識は…女の子は男に世話になったら、そこまでしないといけないのか?下手な女子なら破産してしまうのではないだろうか。女の子には本当に恐ろしい世界だな…



「あの、気持ちだけもらいますから。それに、こんなにお菓子も飲み物ももらってるし…」


「そ、そんな…本当にいいんですか??」


「いや本当にいいですから。」


「わ、わかりました………。」



 やっとわかってくれたか…。

 良かった…これ以上のお礼なんてもらえない。

 それに、このりんちゃんママはりんちゃんを置いてお礼を買ってきたことを考えても少し心配だ。りんちゃんのご飯を質素にしてでも、俺のお礼にお金をかけられたらたまったもんじゃない。



「あ、あの…せ、せめてお名前を聞いても?」



 そういえば名乗って無かったな。



「貴司です。」


「貴司さん…。」


「えっと、そちらは?」


「はっ!!す、すいません!!名乗りもせずに名前を聞くなんて!!」



 ペコペコ謝りだすりんちゃんママ。「ドジだなぁママ」とりんちゃんに突っ込まれつつ、名乗ってくれた。

 りんちゃんママは久留美さんというそうだ。そして、りんちゃんというのは愛称で果琳ちゃんという名前であった。りんちゃんママ改め久留美さんからは、果琳の方ではなくりんちゃんと呼んでほしいと言われたので呼び方は直さないことにした。


 もういいだろう。帰ろうとするとりんちゃんが、ズボンの裾をつかんで涙目になる。



「りんちゃん?」


「貴司お兄ちゃん。もう行っちゃうの?」


「りん!我儘を言っては駄目ですよ?」


「うぅ…」


「すいません。ご迷惑を…」


「あはは、いいんですよ。これぐらいの子供にはよくあることですから…」



 すっかり懐かれてしまったな。姉さんのことが無ければ、少しは遊んであげられたかもしれない。



「ごめんね、りんちゃん。俺、探さないといけない人がもう一人いるんだ?」


「そう…なの?」


「その人もりんちゃんと同じように、寂しい思いをしてるかもしれないから迎えにいってあげないとね?」


「…私と同じ?」


「うん。そうだよ。りんちゃんは良い子だから、その人の気持ちわかってくれるよね?」


「……わかり…ます。」


「ありがとう。わかってくれて。りんちゃんは本当に優しい子だな。」



 頭を撫でてりんちゃんを褒めてあげる。



「行ってあげて…ください…。その人…も…待ってると………思う…から…」



 うるると涙を溜めて泣きそうになるのを堪えながら、言葉を振り絞るりんちゃん。



「よしよし。ごめんね、りんちゃん。」


「は……ぃ……。グスングスン…。」


「優しいりんちゃんはきっと良い女の子になるよ。」



 せめてもの慰めにりんちゃんを抱きしめて背中を撫でる。



「りん。お兄ちゃんをそれ以上困らせたら駄目ですよ?」


「………う、うん。グスングスン…。」



 久留美さんがりんちゃんを引き離し、抱きしめる。



「貴司さん。なにからなにまでお世話になりました。」


「いえ。」


「この子はもう大丈夫ですから、行ってください。」


「はい。それじゃあね、りんちゃん?」



 久留美さんに顔を埋めて泣いているりんちゃん。グスングスンと泣いていて最後の挨拶は聞こえなかったようだ。

 子供が泣いているところを後にするのは罪悪感があるな。俺は心を鬼にしてその場を去った。





━━━SIDE久留美━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






「行っちゃった…」



 久留美は泣いている娘を抱きながら一人呟いた。


 あんな男の子が世の中にはいるのね…。

 娘の果琳を連れてきたときは、てっきりお礼が目的なんだと思ってたのにまさか断られるなんて思ってもいなかった。最後も娘のために優しく言葉をかけてくれて…あんなに優しい男性がいたの?


 久留美は夢を見ている気分だった。今まで生きてきて見てきた男といえば、傲慢で子供といえども女には厳しい。一度だって自分が謝礼として贈ったものを断られたことは無く、それどころか不足だと言われる始末。

 後日、お礼をと言ったのはそういった経験があったからだ。


 生まれて初めて本当に欲しいものが見つかった気がした。



「貴司さん…。」



 ほろりと涙が落ちた。



「ぐす………ママ?」



 泣いていた果琳がクシャクシャの顔で私を見上げる。



「ごめんね。何でもないの。」


「ぐす…貴司お兄ちゃんとお別れして……ママも悲しいの?」


「っ!」



 果琳に言い当てられてしまう。



「うふ。違うわ、ちょっと目にゴミが入っただけ…」



 無理して果琳に精一杯笑いかける。


 貴司さんには、もう二度と会えないだろう。

 子持ちの私がなんて高望みを…これは夢なんだと心に言い聞かせた。追いかければ、つきまとい行為で警察のお世話になる。娘にはそんな姿を見せられない。



「そうなんだ。」


「そうよ。」


「貴司お兄ちゃんにまた会いたいなぁ…」


「そうね…。」



 でも、もう会えることは無いでしょうね…。


 貴司が去っていく方向を見て、久留美は帰らずにもう少しだけ遊園地に残ることにした。何となく今日という日がまだ終わってほしくないと思ったからだ。






━━━SIDE久留美 終━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 貴司は久留美からもらった紙袋を持ちながら唯と琉卯のもとに向かっていた。






「ごめん。今どこにいる?」


『え?貴司くん!?どこに行ってたの?』


「本当にごめん。放っておけないことがあって…」


『放っておけないことって?』


「それはちょっと迷子を…」


『え?迷子?』


「うん。実は…」



 琉卯に電話をかけた俺は、りんちゃんの迷子の一件を話して謝罪した。



『私も唯ちゃんも聞き込みしてて気づけなかった。

 そういうことなら仕方ないよ。私だって見つけたら放ってはおけないかもしれないし…。けど、貴司くんが急にいなくなってビックリしちゃったんだからね?せめて、私か唯ちゃんに言ってほしかったな…』


「ごめん。」



 琉卯の心配はもっともだ。元社会人にあるまじき行為。

 連絡の一つもしなかったなんて、少し若くなった自分に甘えていた。


 琉卯は俺にこれ以上動かれるのは困ると言われ、目立つ場所で待つことになった。黙っていなくなった自分が悪いのだから、俺が琉卯のもとに向かうのが筋だと思うが先手を打たれてしまい罰悪くなりながら指定のお城の形をした休憩スペースへと向かう。


 途中、不意にトイレに行きたくなってしまった。



「お、おしっこ…」



 近くを見回すと、建物の陰に男子トイレのマークがあった。



「おっと…」



 同じことは繰り返さない。俺は琉卯にトイレに寄るとメールを送った。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

(続く)


 残り3話です。もうしばらくお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ