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第2話 姉さんとのお出かけとGW予定





 ───土曜日。


 今日は母さんが町内会とその付き合いで夕方まで出かけると言われ、俺と姉さんは町に外食に来ていた。

 地元で有名なグルメ通り。姉さんが大学の友達から聞いた情報によれば、ここに最近新しく出来た店があるらしい。



「あれじゃない?」



 姉さんが指差す店の前に数人が待っているようだった。



「行ってみよっか?」


「うん。」



 店の前に来ると5人の客が順番を待っていた。



「あれれ?ツキちん?」


「あら?みくりん?」



 待っていた一人の小柄な少女が姉さんに話しかけてきた。

 ツキちんってなんだ?姉さんの名前は鹿倉加奈(かくらかな)なんだが…一文字もあってないぞ?



「すごい偶然だね!ツキちんも食べに来たの?」


「そうだよ!新しく店が出来たって話聞いて、弟と一緒に食べに来たんだ!」


「弟?」


「あの、はじめまして弟の貴司と言います。」


「え?えぇ?!いつもツキちんの話に出てくる弟…さん?」



 いつも話に出てくるって、何を話してるんだよ姉さん?



「そうだよ!むふふ~。自慢の弟なんだぁ!」


「う、嘘だぁ!雇ったんでしょ?いくら払ったの?」


「払ってないわよ!」


「わかった!雄んなの子なんでしょ!」


「本物の弟よっ!失礼でしょ!」



 雄んなの子とは男に見える女の子のことで男の娘の逆のこと。男っぽい女を男装させているんじゃないかと疑う言葉に加奈が怒りの表情を見せる。



「ま、まさか本当に…?」


「はい。…本当です。俺は姉さんの弟です。」



 この世界の男たちはプライドが高く女の子を嫌悪している。だから、弟が姉に付き合い一緒にご飯を食べるなどありえないことは常識で、みくりんさんは俺の存在が信じられないのだ。ちょっと言いすぎだとも思うが…。


 論より証拠、言ってわからなければ証明してやればいい。彼女に学生証を見せてやれば苗字が同じだしわかってくれるだろう。



「鹿倉貴司………ツキちんの弟って、本当に存在してたんだ。今まで、妄想だとばかり思ってたよ。」


「本当に失礼っ!!」


「いやだって、弟って言っても男だもん。子供ならともかく、そのぐらいの年齢になったら普通は一緒にご飯なんかあり得ないよ…」



 彼女は一般的な男の性格像を話しているんだろうが、弟で男の俺からするとあまり良い気分じゃない。



「みくりんは、そんなこと言ってるから大学の男に無視されるんだよ!」


「なっ!!そんなの弟の話でドン引きされてるツキちんに言われたくないよ!私は無視されてる程度だけど、ツキちんなんか避けられてるんだからねっ!」


「ちょっ!貴司の前でそんなことバラさないでよ!!そんなこと言うなら、みくりんの妹にもバラすからね!!」


「や、やめてよっ!妹は純粋なんだから、変なこと吹き込まないでよっ!」


「いいじゃない。私だって、貴司に…うぅ…」


「姉さん…。」


「た、貴司…。情けないお姉ちゃんでごめんね?幻滅しちゃったよね?でも嫌いにならないでね?嫌われたらお姉ちゃん…」



 大学生活の暗い部分を暴露されて落ち込む姉さん。

 いつも気丈な姉さんにもこんな弱い部分があったとはね。

 けど、俺も中学時代同じだったからすごくわかるよ。異性に相手にされないっていうのは寂しいもんな。俺なんてそのせいでボッチだったし。



「大丈夫だよ、姉さん。俺がそんなことで嫌いになる訳ないじゃないか。」



 そう言って抱きしめてあげる。優しく撫でるのも忘れない。



「ふあぁ…貴司……」


「覚えてる?一年前、俺が落ち込んでたときに、姉さんも俺にこうやって優しく慰めてくれたんだよ?嬉しかったんだ。すごく…」






 今でも覚えている。中学時代の忘れられないボッチ生活の始まりを。

 男の俺が有利な世界。逆の価値観を持った世界から来た俺は完全に勝ち組だと思って行動した結果…女の子に話しかけても、切っ掛けを作ろうとしても逃げられる日々。こんなはずじゃ無かった。期待した分の落差は大きかったよ。


 学校にいる間は、ほとんど一人の時間だ。言葉を交わすのは朝と帰りのホームルームで「おはよう」と「さよなら」、あとはプリントが渡されて「ありがとう」くらい。俺の中身がもう少し若かったら登校拒否したかもしれない。


 だから休日は母と姉がいて、一人じゃない唯一の時間で希望だった。けれど、中学の開校記念日で俺だけが休みになったとき、家には俺一人。きっとボッチ生活に追い込まれていたんだろう、まるで学校にいるときのような孤独感に襲われてしまった。

 誰もいない家で俺は情けなくも少し泣いてしまったんだ。


 でも、そこに姉さんがそっと後ろから抱きしめてくれた。

 「うふふ、貴司が寂しいと思って学校ズル休みしちゃった。」この時の姉さんの言葉は一言一句忘れてはいない。俺にとっては本当の家族…“本当”の姉さんになった瞬間だったから。


 まぁ、涙を見られてしまったせいで土日は姉さんや母さんと過ごすことになった訳だけどね。






「大学にいる男は見る目が無いね。こんなに姉さんは魅力的なのに。」


「……本当?お姉ちゃんおかしくない?」


「当たり前だよ。俺の自慢の姉さんだよ!」


「嬉しい!!」



 貴司最高!と顔をスリスリしてくる。



「……………………………。」



 みくりんさんは絶句していた。



「むふふっ♪」



 姉さんが彼女に振り返ると、これ以上ないドヤ顔を見せた。



「が、ががが…」



 みくりんさんは急に機械が壊れたような声を出した。



「あの…みくりんさん?」


「あ、ありえない…そんなの…ありえない……いる訳がない…そんな男……いる訳がない………男が……男が……そんな優しい訳…………」


「みくりん大丈夫?」


「くっ!何よ!何だよ!?見せつけてくれちゃってさぁっ!!

 もう悔しいぃ!そんな弟がいるんだったら最初から言ってよね!」



 みくりんさんは言っていることが無茶苦茶だった。



「最初から言ってるのに勝手に勘違いしたのはみくりんでしょ?」



 正論を返す姉さん。その通りだけど、それを言ったら駄目な気が…



「いいよいいよ!どうせ私は男に無視される喪女だよ!

 けど、大半の女が男に相手にされてないんだから恥ずかしくもなんともないんだからねっ!」


「みくりんさん…」


「私だって…私だって……自慢の妹がいるんだからあぁぁーーーっ!!!」



 みくりんさんが走っていってしまった。



「あっ!みくりんさぁーーん!?」



 お店に並んでいたんじゃ…



「みくりん、行っちゃったね。」



 ちょっと可哀想だったな。






 ん?あれ?戻ってきたぞ。



「一言だけ弟くんに言い忘れてたよ。私は伴みくりだよ!

 みくりんじゃなくてみくりって呼んでね!」


「あ、はい…。」


「え~!みくりんでいいじゃん!」


「ツキちんのいじわるうぅーーーーーーっ!!!」



 再びみくりん…もといみくりさんは走り去ってしまった。






「お待ちのお客様、お待たせしました。」



 みくりさんが去ってすぐ、俺たちの順番が来たのだった。



「何食べようかなぁ?」


「何か、みくりさんに悪いなぁ…」


「あはは!大丈夫よ。いつものことだから!」



 いつもって…どんな付き合い方してるんだよ姉さん。






◆◆◆◆◆






 ───最近出来た店と言うのが、このステーキ屋〝ニクアツ〟。


 店に入ると熱気と美味しそうな匂いが漂っている。木の無骨な内装が山小屋をイメージさせる。


 ジュワ~~~~ッ


 肉の焼ける音だ。すごい食欲を誘う。

 席に座ってメニューを選ぶ姉さんと俺の脇を、カートに乗せられたアツアツの分厚いステーキがジュワジュワ焼き音をたてて横切った。



「美味しそうだね~。」


「うん。」



 運ばれていくステーキ。俺たちはその行く末を見守るように眺めていた。



「貴司は何を食べるの?」


「えっと、どうしようかなぁ…」



 サーロイン、ヒレ、骨付きどれも美味しそうだ。

 想像するだけで口のなかに涎が溜まる。


 しかし、せっかく新しい店に来たのだからこの店の特徴が出ているものを食べたい。そうすると、必然的にこの店長イチオシ〝アツアツ肉食ステーキ〟で決まりだろう!



「アツアツ肉食ステーキがいいな。」


「うふふ。貴司は随分食べるのね!」


「姉さんは?」


「お姉ちゃんはこれ!」



 〝2倍ステーキ〟を指差していた。

 どれどれ?〝ステーキの厚さ2倍。タレも増量してますので安心してください。※このステーキの厚さ2倍は他店に比べてでは無く、当店のレギュラーステーキの2倍という意味です。〟と書いてあった。


 すごいボリュームになりそうだな。

 姉さん食いきれるのか?



「すいませ~ん!」



 姉さんが通りがかりのホール店員を呼び止めた。



「はい。ご注文がお決まりですか?」


「この〝アツアツ肉食ステーキ〟と〝2倍ステーキ〟ください。」


「こちらですと、セットでスープの他にライスかパンが付いてきます。いかがしますか?」


「ライスでお願いします。」「俺も。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」



 ペコリと頭を下げて、店員さんは奥の方へ下がっていった。



「楽しみだね~。」


「うん。さっきからお腹が空いて仕方ないよ。」


「うふふ。本当に待ちきれないわね。」



 ステーキが来るまで時間がある。

 さっきから気になっていることがあったので、姉さんに聞いてみることにした。



「あのさ、姉さん。」


「ん?改まってどうしたの?」


「姉さん、名前が加奈なのに何でツキちんなの?」


「………。」


「普通は加奈ちんとかじゃないの?みくりさんみたいに。」


「……それ、聞いちゃうの?」


「え?なんかマズかったかな?」


「いや、だって………恥ずかしい。」


「恥ずかしい?」


「恥ずかしいよ。なんかすごいアレだし…」


「え?」


「な、何でもないよ。この話はやめよう?」



 よっぽど恥ずかしい理由らしい。聞くのは無理そうだな。



「わかった。」



 ホッとした顔する姉さん。

 その後、料理が来るまでこの話題に触れることは無かった。






◆◆◆◆◆






「お待たせしました。」



 ジュワ~~~~~ッ


 注文した料理が来た。さっきまで眺めるだけだったステーキが自分のところに来ると、何ともいえない達成感がある。

 横切るステーキ…お預けされた分の我慢から開放されたからだろう。



「ご注文はこれで全部でしょうか?」


「「はい。」」


「かしこまりました。また、何かございましたらお呼びください。」



 そう言って下がる店員。



「やっと来たねぇ。」


「うん。さっそく食べよう?」


 お預けをくらって我慢出来ない俺たちは、邪道にもスープを飛ばして肉にフォークを伸ばした。


 パクっ!



「熱っ!!」



 肉が熱い!焼かれた鉄板の皿でいまだにジュワジュワ音を出す肉が熱くない訳がない。油断した。



「貴司、大丈夫?」


「うん。ちょっとびっくりした。」


「もう。ちゃんと〝フーフー〟して食べなきゃ駄目よ?」


「だ、大丈夫だよ。」


「駄目よ!火傷したら大変じゃないっ!」



 姉さんはヒョイッと俺からフォークごと肉を奪うと「フーフー」してくれる。



「はい貴司、あーん。」


「あ、あーん。」



 モグモグ。美味い!

 肉厚と肉汁とタレが絶妙じゃないか!ボリュームだけじゃないなこの店。



「あーん。」



 次を食べようするが、姉さんが口を開けて待機していた。



「はい、あーん。」



 パクっモグモグ…



「~~~~~~っ」



 肉を頬張り、幸せと言わんばかりの顔をする。

 可愛いな姉さん。まったく、血が繋がっていなきゃ良かったのに。



「美味しいね!」


「来て良かったね!」



 厚切りのステーキがみるみる減っていくのだった。





 さてと、食事でご機嫌な今がチャンスだろう。さりげなく姉さんの予定を聞いておこう。



「姉さん。」


「モグモグ…ゴクン。ん?」


「来週のゴールデンウィークって、カレンダー通りの休み?」


「ん?そうだよ。お母さんと一緒。」


「そうなんだ。」



 なるほど、母さんと一緒か。カレンダー通りなら平日は大学があるってことだな。



「何でそんなこと聞いたの?」


「いや、別に。ただ聞いてみただけだよ。」


「ふ~ん………?」



 あれ?ちょっと不自然だったかな?



「もしかして、寂しいの?」


「ううん。そんなことないよ。心配しなくても大丈夫だから。」


「そんなこと言って~、寂しいんじゃないの~?」


「いや、平日は友達と約束があるからさ。」


「え?月曜日?」


「うん。」



 ゴールデンウィークは火水木曜日が祝日だ。そうなると月曜日と金曜日は平日で母さんは仕事、姉さんは学校があり家にいない。つまり、この2日ならこっそりデートが可能なのである。



「そうなんだ………。それって前に言ってた彼?」



 彼…?あぁ、奴か…


 おそらく清也のことを言っているのだろう。奴とは4人との一件で完全に決別した。しかし、俺は他の男の知り合いがいないので彼の名を利用させてもらうにした。



「うん。清也。」


「………ふ~ん。どこ行くの?」


「え?それは…」


「それは?」


「秘密。」


「え~!教えてくれたっていいじゃない!」



 食い下がる姉さん。



「それなら姉さんのあだ名は何でツキちんなのか教えてよ。」


「う………それは……」


「答えられないんだ。じゃあ、お互い秘密ってことでいいよね?」


「む~~。」



 姉さんはむくれた顔をしたが、あだ名は本当に恥ずかしいようで仕方ないと引き下がった。


 よし!上手くいったな。

 これでデートのことはバレないだろう。


 なぜ、俺がこんな回りくどい探りをいれるのかというと、姉さんがブラコンだからだ。

 姉さんは俺のこととなると、心配性で過保護になる。普段はこんないい姉いないのですごく嬉しく思うのだが、今回に限っては困る。


 もし、俺が4人の女の子と付き合っていることを姉さんが知ったらどうなるかわからない。4人との交流を許してはくれないどころか、家から出してもらえない可能性だってある。


 以前、学校の帰りにナンパされたときのこと。おそらく20代くらいの女の人だったが、帰ったら姉さんと買い物の約束をしていたので断った。だが、その女の人は食い下がり、約束が終わったら遊びに行こうとしつこく誘ってきて家の前まで付いてくる。家の前で言い合いをしていると異変に気づいた近所の人が警察を呼んでナンパしてきた女の人はつきまとい行為で捕まった。

 そのとき、姉さんは激昂して「うちの貴司にぃ!」と叫びながら箒をブンブン振り回し家から出てきたが、気づいた警察3人が止めに入った出来ごとがあった。その後、姉さんは大学の講義を遅刻してでも送り迎えすると言い始めるが、通学路は定期的に警察が巡回することで何とか落ち着く。


 それ以来、姉さんはさらに俺を過保護に扱うようになってしまった。痴姦防止のため、俺が女の子と登下校をするのも渋ったくらいに。もちろん、痴姦にあったことも恥ずかしいからと、知られないよう母さんには内緒にしてもらっている。


 そんな姉さんにデートすることがバレる訳にはいかない。



「姉さん、むくれてないで早く食べなきゃ覚めちゃうよ?」


「わ、わかってるわよ!」



 欲しい情報を手に入れた俺は、満面の笑みで肉を頬張るのだった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

(続く)

9連休、私も欲しいです。ここ8年ほど2連休以上の休みはもらったことが一度も無いので…


ちなみに貴司が言っているのはこんな感じです。

 土曜 日曜 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜 土曜 日曜

 休日 休日 平日 祝日 祝日 祝日 平日 休日 休日

 ↑今回の話 ↑デート日

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