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ファースト・リトル・レディ 3

 瑠璃99の物語

7.不安

 合流した瑠璃9達が目指したのは……予め決められた合流ポイント。万平連のPKFが野営しているであろうシグマ国との国境。

 将軍を瑠璃99が背負い、警護アンドロイド達は瑠璃90と瑠璃97が2体ずつ背負って移動を開始した。

 密林の中を走る瑠璃9達の4脚ユニットは想像を越えるスピードでの移動を可能としていた。が、……

「(停止)」

 先頭を行く瑠璃93が赤外線信号と共に片腕を後ろに突き出し、停止を指示した。

「(どうした?)」

 その後ろについていた瑠璃90が尋ねると瑠璃93は黙って先の木々の間を指差した。そこには……極、細い糸が張られている。

「(罠か?)」

「(恐らく……)」

 回り込んでみると、案の定、指向性爆発地雷らしき蜂の巣のような形の金属の箱に繋がっている。ただ……その大きさは本来の対人用のモノを遥かに越えた大きさ。

「(なんだ? これは?)」

「(分析は後だ。先を急ぐぞ)」

 瑠璃90は爆弾の解析を始めようとする瑠璃93を急きたてて先へと進む。


 結局、罠の存在に阻まれ、瑠璃9達は予定の距離を移動する事ができず……夜となり、見つけた窪地で野営する事にした。

 無論、瑠璃9達に昼も夜も関係無い。変わりない速度で移動できる。だが、負傷している将軍には休息が必要だった。

 密林とはいえ夜は寒い。警護アンドロイド達の廃熱を布団として将軍は床に着いていた。その状態で休息している限り、不羈に襲われても被弾することは無いだろう。そして、将軍を取囲むように瑠璃達は立ったまま、周囲を警戒していた。

「(まいったな)」

「(ああ、ここまで地形情報がアテにならんとは……)」

 瑠璃11から受取った情報に間違いは無い。だが、石灰岩台地の地形は予想以上に複雑だった。上空から……低軌道とはいえ衛星からのサーチでは細かな地形、突如として口をあけている洞穴や断崖を察知できず、平均値をその地形として把握できるだけだった。そして、密林の木々がさらにその下の地面の把握を困難にしていたのだろう。

「(ここいらの樹々の葉は石灰質でコーティングされているらしいからな)」

「(生きている化石樹林帯……と、異名を取るだけはありますね)」

「(まぁ、敵達も追っては来れまい)」

「(主力は人間だろうからな。移動速度は我々の数分の一。まだまだ、砲撃距離にも達していない……だろうからな)」

「(その前に位置も特定はできんだろう。赤外線ならば察知可能だが……)」

 不意に木々の上から奇声が発せられた。夜行性の何かの動物の声だろう。

「(……別の動物だらけで特定できんだろうからな)」

 瑠璃9達が赤外線信号で会話しているのは常に情報を交換する事で、互いの無事を確認する為、そして自身の状況判断の錯誤を取除く為、つまりは不安を取除く為の無音の会話だった。

 不意に……少し離れた場所から倒れた朽ちいた小枝を踏み折る音。

 その方向の瑠璃97と瑠璃98が瞬時に銃を構える。その音の主は……偵察に出ていた瑠璃99だった。

「(遅いぞ)」

「(すみません。将軍の明日の食事を……)」

 見れば背の箱に一杯の硬そうな果実。

「(何してたんだ? オマエ)」

「(そう言われましても……将軍の食料が心もとありませんし……)」

 実際、これ程までに移動が遅れるとは思っていなかった。故に食料として用意していたのはほんの少しの非常食パックだけ。

「(傷の具合も良くは無いようですから、できるだけ栄養つけないと……)」

 手早く、幾つかの果実を分けて捌いていく。

「(……なんだ? それ)」

「(カタツメシビレバナナです。殻を外して灰汁につけて一晩干すと毒が抜け、それに保存が利くようになるんです)」

「(灰汁なんて無いぞ?)」

「(灰は敵陣に突入した時に民家の竃で拾っておきました。将軍を捜していて別の家に行ったら誰も居なかったので……。それに待合わせ場所で汲んで置いた水がありますから灰汁はできますよ)」

「(は? い?)」

「(灰? 何でそんなものを拾っておいたんだ?)」

 問う瑠璃97と瑠璃98を不思議な顔で見つめ直して瑠璃99は応えた。

「(なんでって……料理には必要じゃないですか。基本ですよ。基本)」

 その時、瑠璃97と瑠璃98はあることを想い出していた。

「(そっか。こいつの増設演算メモリーは瑠璃8のお古……)」

「(とはいっても、こんなとこで料理するとは思わなかったぞ。……ん!?)」

 二人はあることに気がついて互いに顔を見合わせた。

「(まさか……瑠璃1達……)」

「(将軍を接待する事を考えて部品を選んだんじゃ……)」

 その傍らで嬉しそうに調理する瑠璃99を離れた場所から瑠璃90と瑠璃93が呆れた顔で見つめていた。

「(能天気でいいですね。こんな時に……)」

「(ま、気にするな。作戦チーフとしては人間の接待も重要案件として処理するのは間違ってはいない)」

「(気づいていないんですか?)」

「(何をだ?)」

「(昼間、最初に見つけた罠ですよ)」

「(あの初歩的なブービートラップの事か? それが? ゲンドゥル)」

 瑠璃93のアドレスネームはゲンドゥル。その言葉が意味する『魔力を持つモノ』に相応しく罠に長けている。

「(問題なのはアレが対人用では無く、対装甲車用だという事です)」

「(確かに不相応にデカかったな。ふむ……(検索終了)……対軽装甲車用指向性爆弾『クレイランス』。小型の成形炸薬弾を至近距離にバラ撒くヤツだな。それが? ゲリラ達もそれぐらいは持っているだろう? 政府軍に攻められる事を考えたかも知れんさ)」

「(装甲車なぞ通るはずもない密林の中に?)」

 確かに……装甲車はもちろん、どんな車両も通れない密林に設置する事は無意味といえた。

「(さらに……問題なのは、その方向です)」

「(方向?)」

「(アレはラインを切った時にその後方に向けて弾丸がバラ撒くような向きに設置されてました)」

「(それで?)」

「(政府軍……いや、ゲリラ達にとっての敵に対しての者ならば向きはラインの前方に向けなければ為りません。アレは明らかに、ゲリラの居留地から逃げ出すモノに対しての設置方向です)」

「(つまり……我々が来る事も逃げる方向も知っていたと?)」

「(そういう事になります)」

「(……それは有り得ない)」

「(何故です?)」

「(敵、ゲリラ達が我々が来る事を知っていたのならば、通るかどうかも判らない場所に掛るかどうか判らない罠に頼るよりも迎撃体制を整えるはずだ。その方が確実だからな。時が判らぬのは同じだが、場所は明確だからな)」

「(確かに……そうなんですが……)」

「(ならば気にするな。なぁに。手持ちの対人用地雷が品切れで対装甲車用のを使ったのかも知れんさ。奴等は国際戦争協定を遵守する必要は無いのだからな。方向は初歩的なミスだろう)」

「(ならば……ただの取り越し苦労ならばいいのですが……この電波も……)」

「(……ああ。この探知用のpingらしき電波か。瑠璃99が気にしているヤツだな。それが?)」

 電波の存在は敵陣に突撃する前から判っていた。だが、レーダー探知にしては短過ぎ、また、指向性も持たない長波帯での電波で在るが故に瑠璃9達は気にもしていなかった。ただ……1体、瑠璃99が違和感を唱えていた。

「(ええ。私も気にする事はないと思うのですが……ただ、『罠』達が返信しているようなのです)」

「(ならば、動作確認の調査用電波だろう。『罠』達の返信にもなんの情報も入っていないのだろうからな)」

「(ええ。そうなのですが……)」

 その時、瑠璃9達の『耳』が電波を聞きつけた。電波に応えて『罠』の制御部が返信する電波が続いて発信される。

「(気にするな。ま、『罠』の大まかな位置の確認には役立つだろう。反響なんかのノイズが多過ぎて、どこまで判るか判らんが、後で……明朝、出発する前に我々の個々の受信タイミングを突合わせて計算すれば大体は判るだろう。……ただ、そうはいっても明日の移動は注意せねばなるまい。制御部の近くにトラップそのモノが在るとは限らんだろうからな。……頼むぞ。ゲンドゥル。その名に恥じぬ働きを期待する)」

「(了解。チーフ)」

「(……念の為にもう一度行っておくが、まだ作戦は続行中だ。従って、チーフは……)」

 瑠璃90はもう一度後ろを見てから言葉を繋げた。

「(後ろで緑色の果実をいじっている瑠璃99だ)」

 促されて瑠璃99を見た瑠璃93は溜め息混じりに姿勢を正して応えた。

「(……あの嬉々として料理している瑠璃99ですね)」

「(そういう事だ。ま、それも明日中には終るだろうがな)」

「(……ポイント到着予想、了解)」

 アンドロイド達の囁きと不安を夜空の二つの月が見つめていた。


8.追撃

「位置確認。方位修正、9−8−10」

「了解。修正完了」

「そのまま。待機」

 密林を望む岩山の上に設置していた3門の旧式の野戦砲を馴れた手で操作する部下の動きを目を細めて見ていたのは……ゲリラの首領、ダーク・ルビーと呼ばれていた男。手に持っていたマグカップの中の茶褐色の液体を実に不味そうに飲干すと、そのまま後ろに放り投げる。後ろに控えた部下がそのカップを見事にキャッチするのと同時に首領は号令を発した。

「砲撃開始! 人形共をあぶり出せっ!」

「撃ッぇーー!」

 重なる轟音の後、遥か彼方に着弾し、爆煙を上げる。暫くしてから乾いた破壊音が聞える。

「ふむ? 狙いすぎだ。もう少し散らばらせろ」

 首領の指示に従い、部下達は手早く砲身の向きを調整し、第2射を放つ。

「そうそう。狙うのはその程度でいい。さぁ、目覚ましは済んだぞ。起きてくれ。黒き人形さん達。くくくくく……」


 早朝の霧を引裂く砲弾の音に素早く反応し、将軍の身体に素早くしがみついたのは警護アンドロイド達。音源の位置を即座に割出し、着弾が外れる事を判断し、次の行動に移ったのは瑠璃9達だった。

 将軍にしがみついている警護アンドロイドを引離し……それでも1体はそのまま引っ付いていたが……共々、防弾箱に放り込み、素早くその場を離れる。

 次に襲って来る砲弾の音を聞いては着弾予想点を判断し、そのポイントから素早く離れる。が、岩壁や断崖に阻まれ、楽には行かない。

「(何処だ? 何処から撃っている!?)」

「(川向こうの岩山の上と推定っ!)」

「(反撃は? 反撃手段はッ!?)」

「(ありませんっ! 遠距離攻撃用のロケット弾は使い切りましたっ!)」

「(了解っ! 回避っ! 回避ッ!)」

 長きに渡る……実際には数十分程度だったろうが瑠璃達には数時間にも感じられた砲撃が止んだのは、瑠璃達が野戦砲の有効射程距離から離れるのとほとんど同時だった。


「砲弾、打ち尽くしましたっ!」

 部下の敬礼には目もくれずに首領は時計を見た。

「ふん。37分で全弾か……。2分遅いぞ」

「はっ! すみませんでしたっ!」

「ん。次の位置へ移動」

「了解っ! 撤収っ! 撤収っ!」

 撤収する部下達を尻目に首領は対岸の着弾跡を双眼鏡で見つめていた。

「さぁ? あんなひょろひょろ弾で全滅なんてしないでくれよ。……逃げ回って私を楽しませてくれ。くっくっくっくっ……」


「なんだ? 今の砲撃は?」

 素早く移動する瑠璃99の背の箱から将軍が乗出して尋ねた。

「判りません! 判っているのは攻撃されたという事だけです」

「……それで、これからどうする?」

「予定地点までの移動は遠まわりに向かいます。到着予定は……不明です」

「了解した。私に何かできる事は?」

「ありませんっ! ……あ、お腹がすいたのでしたら、箱の中の乾しバナナでお願いします」

「……了解」

 やれやれといった顔で将軍は箱の中に身を隠した。

(うぅむ。確かに彼女達に任せたら私はただの御荷物だな)

 半ば呆れながら安心する将軍をしがみつく警護アンドロイドは不思議な顔で見つめていた。


 それからの移動は困難を極めた。

 進む方向に張巡らされているブービートラップ。簡単な仕掛けだが作動させた時の被害は愚直に大きいが為に見逃す訳にはいかない。

 そして時折、訪れる敵の砲撃に進行ルートの再確認もままならない。やっとの思いで、野営地を捜した時は夜中になっていた。

 それは台地の端の岩山の近くの窪地。そこを砲撃する場所は正面の岩山だけ。その頂上からの攻撃の可能性は否定できなかったが、その場に野戦砲を上げたとしても、遥か下方への砲撃は野戦砲には無理。爆薬をただ単に転がした方が効率的だろうが、その方法ならば途中の崖に衝突して精度の高い攻撃にはならない。

 そこまでを瑠璃9達は議論してやっと決めたのである。

「ふぅ。予定どおりには進んでいないようだな?」

 将軍の言葉に移動中に手に入れた果物を調理しながら瑠璃99はすまなさそうに応えた。

「すみません。ここまで時間がかかるとは……」

「あ、いや。いい。戦争とは予定通りには進まぬものだ。特にこういう特殊な作戦は……な」

 将軍は懐かしげに想い出を語り始めた。

「ゼータ国の軍事基地を攻撃した時もそんな感じだった。私達、デルタ解放戦線が受持ったのは背後からの揺動攻撃。だが、そこは想定以上に手薄だった。……そこで」

「どうしたんですか?」

 思わず身を乗り出す瑠璃99を警戒して、警護アンドロイド達は将軍の身を守ろうとする動作を行い……つまりは将軍にしがみつく。その警護アンドロイドを優しく手で抱え退けて将軍は言葉を続けた。

「突撃したのさ。僅かな手勢だったが、突破して基地の中で暴れようと突撃したんだ」

「そ、それで?」

 瑠璃99の問いに将軍は笑って応えた。

「運良く……我々はほとんど無傷で突破し、さぁっ! 中で暴れようとした矢先、我々の目の前に倉庫があった。『弾薬庫』と看板のついた倉庫がな」

「つまり……それに……」

「ああ。爆薬を仕掛けようかとも思ったが、突撃した身としては敵の反撃がいつ来るか判らない。バズーカをお見舞いしてさっさと逃げた。丁度、後ろから敵が追って来たんで前に一目散に逃げた。そしたら……」

「そしたら?」

「後ろで大爆発。追撃して来た敵はふっ飛んだ。その場から逃げる我々の前に友軍、シグマ独立戦線と戦っている敵軍がいた。背後を突かれた敵は散り散りになって逃亡さ。だが、逃込みたい基地は爆発に継ぐ爆発。戦意喪失で降参しちまったよ。数万の敵軍が僅か千人程度の我々に……な。で、程なくして停戦。めでたく独立を果したと言う訳さ」

「それは将軍が英雄としての名を高められた、あの『基地壊滅作戦』ですねっ!」

 感動する瑠璃99に片手を振って将軍は笑いながら否定した。

「そんな作戦名は無かったさ。後からついたものだよ。最初の作戦名は……」

「なんだったのですか?」

「『ゼータ軍、足留め』作戦。精々、相手の武器、弾薬と戦意を消耗させるだけの作戦だったよ。それが怪我の功名で壊滅させちまった。それだけだよ」

 感動した面持ちで頷く瑠璃99に将軍は含羞んで下を向いた。

「当時の我々に君たちのような優秀な部下が居たら、もっと楽に独立を果せたかも知れん」

 将軍の言葉を瑠璃99は凛とした面持ちで否定した。

「お言葉を返すようですが……その頃はまだアンドロイドもロボットも実用化は……」

 生真面目な瑠璃99の言葉に将軍は笑った。

「ははは。やっとアンドロイドらしい応えを聞いたぞ。ははは。ひょっとしたら中に誰か入っているのかと疑っていたが、これでやっと信用できる。うん、君達、瑠璃9シリーズは確かにアンドロイドだ」

「なんですか? それは?」

 ちょっと怒って瑠璃99は尋ね返した。

「ははは。いや、すまん。コイツ達を『教育』して来た身としては御主達の対応に疑問が涌いて仕様が無かったのだ。赦してくれ。このとおり」

 胡坐に座り直し、頭を下げる将軍に瑠璃99は最敬礼して応えた。

「あ、いえ。謝られては我が所有者の御主人様に叱られます。どうか、頭を上げて下さい。……あ」

 急に顔を正面の岩山に向けた瑠璃99に将軍は顔を上げ、その方向を見た。

「ん? どうした? ……敵か?」

「……いえ。違う『音』が聞えたモノですから」

「音? 何も聞えなかったが?」

「いえ。聞き間違いだったようです。どうぞ、これを。御口に合いますかどうか……」

 将軍に調理した果物を差出して瑠璃は、もう一度、岩山を見、そして警護アンドロイド達を繁々と見つめた。

(まさか……そんな事が……)

 外で警戒している他の瑠璃9達も将軍にも気づかないある事に瑠璃99が気づき……そして、その対応を考え始めた。

 ただ、1体で。



 ニフティのFSFにUPしていたモノです。


 感想など戴けると有り難いです

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