あるアンドロイドの不可思議な日常
瑠璃5が向かった所は……
101人の瑠璃(外伝5)
〜〜〜あるアンドロイドの不可思議な日常〜〜〜
木漏れ日が石段に彩りを添えている昼下がり。
静かに段を踏む着物姿の……アンドロイドが居た。
背には細長い包みを背負い、手に持っているのは水桶と花の束と小さな包み。
石段を登り切ると……アンドロイドは何やら手順を懐かしげに想い出しながら、古びた門の横に在る水樋から流れ落ちる水を手桶に汲む。そして小さく呟きながら門の中に在る石の碑を眺めた。そして石の碑の文字をゆっくりと読みながら……ある文字を捜した。
一つ一つを確かめては、含み笑いをしたり、驚いたり……
やがて……その文字を見つけると嬉しそうに、寂しそうに、懐かしげに笑いながら……ゆっくりと手を合わせた。
それから、その碑の周りの草を抜き、碑の苔を布で拭き取り……手桶の水でその場所を綺麗に洗い清めた。
花の束を飾り、香を薫き、改めて手を合わせる。
「お師さま。久しぶりどす」
袂から何やら包みを出して、碑の前に副えた。
「たしか……お好きやしたなぁ? これ……豆大福。好みのお店のんかは判りませんけどぉ」
ふと……きょとんというかきょとのんとした顔になり、恥ずかしげに片手で横顔をぴしゃりと軽く叩いて、小首を傾げた。
「いややわぁ。誰か判りませんでしたん? 看護させて貰ったSA−12のナンバー9072どすぅ。顔、変りましたんえ。ふふ、別嬪になりました? 見違えましたやろ?」
目を伏せて含み笑う。
「声も……違いますやろ? あの頃は決まった言葉を繰返すだけの機能しかありませんでしたから……今はお師さんに教わった長唄も歌えますえ。それにしても……」
目を上げて碑を見つめ、軽く睨む。
「お師さんも無茶どすぇ。言語ライブラリと記憶容量に限りのある私を掴まえては長唄を教え込むなんて。あの頃は……私に口も無いマネキンみたいな顔でしたから……困っていたのを表現で来ませんでしたけどぉ。ほんまは困ってたんですぇ」
顔をちょっとだけ横に向けて、ちろりと舌を出す。
「嘘。ウソどすぅ。本当は嬉しかったんですけど……一応、私にも仕事もありましたんに。私の仕事が一段落した頃を見計らうように毎回、ナースコールで呼ばれたんでは……」
目を伏せて困ったように笑う。
「まぁ……人間の先輩方からはお師さんの相手を私の任せて他の仕事が出来るて……まぁ、嫌味を言わはってましたけど……お師さんの相手をするんも先輩方の仕事のウチでしたんに……」
横を見る。その視線の先に動く影を視界の端に認めて、くすりと笑う。
「……仕方在りませんなぁ。人間の看護師さんたちの手が足りんとウチらが開発されて……あの病院に配置されましたんから。先輩のお手伝いが私ぃの仕事ですからぁ」
空を仰ぐ。蒼を背景に白が緩やかに踊る。
「あの時も……こんな気持ちのいい天気どしたなぁ……」
下を見る。小石を弄る。
「無理しはって……私がサンプルとして研究所に回収されるんが決まって、挨拶しに行きましたんに。私を離さんと。袖ぇ掴んで……」
真直ぐに碑を見る。
「医者ぇ方も困ってましたえ。お師さん、あんなに強く袖を掴みなさって……。『娘を返せぇっ』てぇ。失礼やわ、私ぃは孫のつもりでしたけど。きゃはは……はは」
ふと……アンドロイドの瞳からレンズ洗浄液が零れた。涙のように……
「私を積んだトラックが……動きだして……それでも色々叫ばれて走って……転ばれて……」
目を伏せる。悲しげに。
「その時、私も立上って……トラックが急に曲がったんと同時でしたから……荷台から落ちて……壊れてしもうたんですぇ? ほんに……」
笑う。困った顔のまま、晴れやかな、それでも切なげな笑顔で。
「……壊れたんはデータしか要らんと……なんでも人間と親しくしたのんは私ぐらいしか居らんと……修理はして貰えませんでしたけど。データはこのとおり、新しい身体で……残ってますぇ。ええ、データだけですけどぉ」
細くしなやかな指先で涙を拭い、頬をぴしゃりと軽く叩いて、涼しげな笑顔に戻る。
「さぁ、湿っぽい話は御終い。お師さんから習ぅた唄でも一節……」
傍らの包みを開けると、それは……三味線。弦の調子を合せながらアンドロイドは話を続けた。
「ええ三味でっしゃろ? ……ふふ。安モンですけど。音色はそんなに安ぅは……え? コレですか? ぅふ、御主人様に買うてもらいましたん。まぁ……元を辿ぅたら私ぃが稼いだ浮銭ですけどぉ。え? 御主人様ですか? うーん。一言で顕したら朴念仁どすなぁ。さぁて……」
弦の調子を合わせ終わり、アンドロイドは一つ軽く咳払いの仕草をしてから古き唄を唄いだした。厳かに……
樹の枝を渡った風がくるりと地面に降りる。まるで風が聞き惚れて立止まったかのように。病葉をひらりと舞わせて。
唄い終わったアンドロイドが……暫く黙ったまま碑を見つめる。
そして……ぺこりと頭を下げた。
「すんまへん。まだまだ未熟でしたなぁ。色々と……そう簡単には教わった通りには唄えませんなぁ」
楚楚と三味を仕舞い、もう一度、頭を下げてから立上る。
「え? 嫌やなぁ。また寄らせて貰いますぅって。も少し、巧ぁなってからにさせて貰いますけど?」
斜に構えて、くすりと笑う。
「きゃはは。そんなに睨まんと。お師さんとて、そんなにぃは寂しゅうありませんやろ? お師さんの斜め後ろ、あの名は……お師さんの旦那さんでっしゃろ? ほんま、隅におけませんなぁ。本妻さんに義理も道理も通して……それでも、しっかりお師さんの意地も通して……きゃはは。堪忍、堪忍」
悪戯っぽく笑い舌をちろりと出して、首をすくめる。……そして、にっこりと笑った。
「ええ。幸せでっせ。御主人様は私ぃが居らんとすぐに首が回らんように……ふふ。それだけ必要とされてるって事ですぅ。アンドロイド冥利に尽きますわぁ。……さぁて」
ちらりと横を見る。再び隠れた影を見つけて、小さく呟く。
「……そんな事では探偵は勤まりませんえ。仕方ない、私ぃの中に探偵のデータもありますからぁ……あ、すんまへん。私ぃの中には24万6642体分のデータが詰まってますん。まぁ……お師さんクラスの濃ゆいデータはそんなには……41人か、271人程度しかありませんけどぉ……」
再び碑に向かい頭を下げる。
「ほんな訳でそうそうには来れませんけど、また必ず来ますぅ。では……」
手桶を持ち、もう一度、頭を下げて立ち去った。
石段の所まで来てから、すっと立止まり、影に声をかけた。
「瑠璃3タイプの姉ぇさん達。見守り、ありがとうさんですぅ。私ぃの行動になんか変なとこでもありましぃたかぁ?」
木陰から2体のアンドロイドが姿を現わし、声をかけたアンドロイドに毒づいた。
「変な所だらけだから、御主人様に尾行を命じられたんだけどネ。瑠璃5姉さん?」
「そぅどすかぁ? 私ぃはてっきり御自身から私ぃの行動監視を言上されたんと思うてしまいましたわ。コレはコレは失礼致しましぃたぁ」
ぺこりと頭を下げる瑠璃5を瑠璃30は冷やかに見つめた。
「さっきの呟きの内容を確認したいのですが……貴方の中にどれだけのデータが在るというのです? 24万6642体のデータ総てを自由に使えるということですか?」
「何の話どす?」
瑠璃5はくすりと笑う。
「アンタの中には探偵のデータがあるんだろ? 宜しかったら、私達にもコピーして下さらないのかしら……ネ」
悪戯っぽく瑠璃31が頼む。しかし……その瞳は敵を見つめるように冷やかだった。
「おぉ、怖い怖い。挙動用のベースデータですからぁ、お役に立つとは思えませんえ。……取敢えず、瑠璃1姉さんにお渡ししときますからぁ、後は良しなに。きゃあ。怖い怖いぃ」
睨む瑠璃30と瑠璃31を後にして、そそくさと足早に石段を駆降りる。
ふと……途中で立止まり、空を見上げる。
「そうどすなぁ……あの蒼空が割れる前には……もう一度来ますぇ。お師さん。その為にも……いろいろと働きませんといけまへんなぁ」
凛とした横顔に……ある決意を漂わせ、そして、ゆっくりと歩きだした。
後ろに瑠璃5の言葉に小首を傾げ合う瑠璃3達を残して……
(外伝5 終了)
ニフティのFSFにUPしていた101人の瑠璃シリーズの外伝を纏めたモノです。
外伝としては5話目になります。
宜しかったら、感想などいただけると有り難いです。