俺にとって初めての本格的な戦闘
時間もないので慌てて魔族に接近しているが、よく考えたら4対1なんだよな。魔族は強いっていう話しか聞かないし、俺の力だどこまで通用するのかさっぱりわからない。
それに、今更ながら重要なことに気がついた。
(これ、俺にとって初めての本格的な殺し合いなんだよな)
相手は魔族だから違うといえば違うかもしれない。けど、人間とほぼ同じ姿をしているから、どうしても人間相手に思えてしまう。以前、盗賊退治のときのライナスをそばで見ていたが、そうだよな、俺にだってこういうときが来るよな。今になってこんな当たり前のことに気づくなんて、くそ、所詮他人事としてしか見ていなかったってことか!
俺の内心の不安をよそに、魔族との彼我の距離は急速に縮まる。もう時間がない。今はこいつらに人間を攻撃させないようにしないといけない。
(空中で4人全員を足止めできるような魔法なんてあったか?)
散開してこちらに向かってくる魔族の集団は、お互いの間隔が最低30アーテムくらいはある。各個人で好き勝手に攻撃するつもりなのかそれとも連絡手段があるのかはわからないが、1度の攻撃でやられないようにやって来ていた。そういえば、元の世界の軍隊でも危ないところだと1度にやられないよう散開して動くんだっけ。
(どうしよう。全員を狙うのは無理だよな……)
まずい、いい方法が思いつかない。完全に姿を隠しているから何もしなければ気づかれることはないだろうけど、放っておくと地上の支援部隊を攻撃し始めてしまう。
(とりあえず、真ん中の奴を狙うか!)
1人が攻撃されると他の魔族も自分が攻撃されると思って警戒するだろう。そうしたら地上を攻撃するどころじゃないはず。そうか、だったら全員を攻撃しなくてもいいのか。
ようやくその結論に至った俺は、大体真ん中にいる魔族に向かって見えない手をかざす。
(我が下に集いし魔力よ、風の刃となりて敵を討て、風刃)
俺はとある魔族の顔面めがけて風刃を撃ち込んだ。
風の魔法にしたのは、魔法を生成してもほとんど気づかれないほど見えにくいからだ。いくら意識が地上に向いているとはいっても、夜目が利くはずの魔族相手に奇襲をかけるなら魔法の発動を気づかれるとまずい。
幸い、空を飛んでいる魔族は鎧を身につけているものの重装備じゃない。頭部を始め所々防具のない部分が見える。
高圧縮をかけた風刃を頭部に受けた魔族は、短い悲鳴を上げると頭を血だらけにして墜落していった。不意打ちで加減なしの風刃をぶつけた上にこの高さから地上に落ちたら、いくら魔族でも生きてはいられないだろう。傭兵とぶつかってなければいいんだけど。
(よし、警戒した!)
そして俺の思惑通り、いきなり仲間の1人が突然の攻撃で落ちていったことで、残る3人の魔族は急停止して周囲に視線を巡らせる。
『レイン!』
『いきなり風刃だと?!』
『南東から飛んできたみたいだが、誰もおらんぞ?!』
魔族語で会話をしているのがかすかに聞こえる。やっぱり今の俺は見つけられないようだな。
(どうせ俺を見つけられないんだから、いっそ至近距離まで近づいて攻撃しようか)
ほぼゼロ距離で魔法を撃ち込むわけだ。相手がこちらを見つけられないならばその方が確実に倒せる。そう思って近づこうとした。
『真下にいる人間じゃないのか?』
『連中には俺達は見えないはずだ。落ちたレインで気づいたろうが』
『どうだろうな。隠蔽で隠れてる人間が近くにいるか、あるいは人が手なずけた精霊か幽霊が姿を隠してるのかもしれんな』
うっ、鋭い。俺は思わずその場に止まる。
『このどこかに隠れている敵がいるはず。ベフィルは捜索で空中にいる人間、幽霊を探せ。それで駄目なら精霊だ。ソーマはベフィルの指示する一帯に魔力分解で隠蔽を解除しろ。人間ならこれで姿が見える。俺は攻撃を仕掛ける』
隊長らしき魔族が部下に指示を出す。
そうか、姿が見えなくても捜索には引っかかるのか。今まで一方的に仕掛けるばかりだったから、自分が捜索される可能性があることを忘れてた。
『捜索……いました! 正面40!』
『魔力分解!……見えない?!』
『ちっ、幽霊か。闇槍!』
俺は隊長格の魔族が闇槍と叫んだ瞬間、慌てて避ける。
一連の動作によどみがない。しかも見事な連携だ。おおよその位置を特定し、発動している魔法の魔力を分解して魔法を維持できなくし、そして攻撃を叩き込む。俺の姿は霊体の特殊能力だそうだから魔力分解の効果はなかったが、ほとんど正体を特定されてしまう。
しかしもっと驚いたのは、3人とも無詠唱で呪文を使うという点だ。こっちからするといきなり魔法を使われるわけだから対処しづらい。
『全員、捜索で幽霊を検知し続けて各自対処しろ! いいか、まとまるなよ!』
『了解! 幽霊って戦うときは姿を見せるんじゃなかったのか?』
『承知! 特殊な奴なんだろう。案外知能が高いのかもしれん』
ここから本格的な戦闘が始まる。1対3と数では不利で、更に戦闘経験から見ても間違いなくあっちの方が上だ。俺は姿を隠したままなので常に捜索を使わせ続けているというのが有利な点だな。
『範囲魔法で攻撃しろ! その方が当てやすい!』
『闇散弾!』
『嵐刃!』
くそう、頭いいなぁ!
俺はいきなり放たれた闇散弾と嵐刃を避けられなかった。全身に黒い小さな弾と鎌鼬の刃が襲いかかってくる。
(いってぇぇぇぇ!!!)
痛い痛い痛い痛い!! いてぇぞ、てめぇらぁ!
(我が下に集いし魔力よ、光の槍となりて敵を討て、光槍!)
痛みで我を忘れそうになりながらも何とか絶えて、俺は嵐刃を撃ってきた魔族に反撃した。加減なしで思い切り魔力を込めたので丸太みたいな槍となり射出される。
『うぉ?!』
しかし、相手はぎりぎりのところで回避した。どうも一撃離脱を心がけているようで、攻撃を仕掛けた直後から回避行動を取っているようだ。くそっ、むかつく!
『今のは光槍なのか』
『でかすぎるだろう……』
夜空に向かって消えてゆく光槍をちらりと見た他の魔族の表情が驚愕の色に染まる。
『隊長! こいつ普通の幽霊じゃないぞ!』
『あれだけの光槍を撃てる幽霊か。生前は余程高名な術者だったんだろう』
『位置は把握できるんだ。攻撃を当て続けていれば必ず消滅するはず。続けるぞ!』
その後も3人の魔族は一撃離脱で範囲魔法を撃ってくる。俺はそれをひたすら受け続けた。いや、別に無抵抗だったわけではない。どう頑張っても避けられなかったんだ。というのも、相手は無詠唱で範囲魔法を使ってくるため、魔法名を聞いた時点で移動による回避ができない。俺の移動速度はそこまで速くないからだ。しかも、俺は呪文を詠唱しないと魔法を使えないから、無詠唱で魔法を使われると防御魔法は絶対に間に合わない。だから無防備に喰らい続けるしかなかった。
しかし一応反撃もしている。途中からはこちらも範囲魔法を使えばいいということに気づいて光散弾などで応戦したが、逆にこっちの魔法攻撃はほとんど当たらなかった。というのも、魔族の3人は無詠唱で防御魔法を使えるので、こちらの攻撃魔法を確認してからでも対処できるからだ。
『こいつ、これだけ魔法攻撃を喰らってなぜ消滅しないんだ?』
肩で息をするようになってきた魔族の隊長は、焦りとも恐怖ともいえるような表情で呟く。
そういえば、もう何回攻撃されたのかわからないくらい当たってる。風に切られ、炎に焼かれ、闇に貫かれる。よく生きているもんだ。幽霊だけど。
『隊長、もう魔力が……』
『俺達だけじゃ無理だ』
俺は攻撃の痛さとあまりに一方的な展開に心が折れそうだったが、相手もいくら攻撃しても消滅しない俺を相手に挫けそうになっているようだった。
『やむを得ん。引き上げるぞ!』
3人とも疲労している様子からこれ以上は攻めきれないと判断したらしく、やって来た方角へと一斉に引き上げる。俺としては最低限の役目は果たせたという言い訳が手に入ったことをいいことに、追撃しようとしなかった。
しかし今の戦闘で、どうしてばーさんが俺に無詠唱を覚えさせようとしているのかやっとわかった。無詠唱の使い手と戦うときに無詠唱で魔法を使えないと、こんな一方的な展開になるんだ。いくら魔法の威力が高くても、そもそも当てられないと意味がない。複合魔法も覚えさせようとはしているが、本命は無詠唱なんだろうな。あんなやられっ放しの状態だと、どんな魔法が最適なのか考える余裕すらない。
このとき、突然ペイリン爺さんの言葉を思い出す。ばーさんは1度実行したことは必ず成功させると言っていた。そして、俺は本命らしいライナスと一緒にいる。つまり、本当に魔王と戦う可能性があるわけだ。こんな最前線に出てくるような下っ端の魔族にすら一方的にやられるというのに。
(くそ、なんてことをさせようとしてるんだよ……)
俺は今になって、魔王を討伐するということの大変さを体の痛みと共に思い知ることになった。
体の痛みはしばらく続いたが、それもやがて収まった。ばーさんから与えられた使命の重さに愕然としながらも、とりあえずは今の状態を何とかしないといけない。俺はみんなが戦っていることを思い出すと地上に視線を向けた。
するとどうだろう、巨人を中心に獣の群れが北西へ向かって移動しつつある。たぶんあの魔族も一緒なんだろうな。
とりあえず去って行く魔族のことは放っておいて、俺は光明の光が届く範囲にライナス達がいないか見て回った。
すると、いた。よく見ると、戦闘が始まる直前の場所からほとんど変わっていない。
(みんな、無事か?)
俺は4人に話しかける。するとすぐに返事があった。
(ユージ、空の魔族は追い払ったんか?!)
(ああ、何も攻撃させなかったはずだけど……)
(でもなんか落ちてきたで?)
(それたぶん魔族の死体)
最初に声をかけてきたのはメリッサだった。俺の返事に驚く。
(こっちに何もなかったってことは、撃退できたんだ)
(4人いたんだろ? すげーな!)
ライナスとバリーは全身どす黒く濡れている。尋ねてみたら全部返り血らしい。
(地上はどうだった?)
(巨人は1体だけ相手にしたけど、以前の単眼巨人ほどじゃなかったよな)
(魔力付与してもらってたからなんだろうが、体に攻撃を当てるとちゃんと痛がってたもんな)
ほとんどの攻撃を受け付けなかったあのときの単眼巨人が特殊なんだろう。
(でっかい獣の方は?)
(厄介だったよ。大きい分だけなかなか死んでくれなくてね……)
(そうか? 死ににくかっただけのような気がすんだけどな、俺)
同じ獣相手でも感じ方は全然違うんだ。
(困ったのは、流れ矢や流れ魔法よね。1回こっちに飛んできたから驚いたわ)
(あれ、ローラが注意してくれなかったら俺に当たってたよな……)
(はっはっはっ、危なかったよなぁ、ライナス!)
乱戦だからそんな可能性もあるのか。完全に意識の埒外だった。
(そうだ、下にも魔族が6人いただろう? 戦ったか?)
(うん、ジャックが言ってたように強かったよ。馬上の魔族と戦ったんだけど、近づくのもやっとだった)
(槍捌きが恐ろしくうまい上に、魔法も的確に使ってきたんだぜ)
(うちとローラは邪魔が入らんように周りの獣を押さえてたんやけど、ライナスとバリーの2人でやっと互角やったもんな)
やっぱり下にいた魔族も結構な使い手だったんだ。かなり苦戦したんだろうな。
(バリーが負傷したときは驚いたわ)
(へへ、あんなのじゃ死なねぇって!)
聞けば、バリーは真っ正面から戦っていたらしい。相変わらず無茶をする。
(それでさっきの話やと、1人倒して3人を追い払ったっちゅーことなんか?)
(1人は奇襲で倒せただけで、残りの3人には一方的にやられていたんだ……)
俺の返事にみんなが驚く。この中じゃ魔法を上手に使える方なので、その俺がやられっ放しというのが意外だったようだ。どんなことがあったのか簡単に説明すると、誰もが愕然とする。
(3人とも無詠唱の使い手やって?! そんなん相手にしてたんか!)
(いや、下の魔族もそうだったんだろう?)
(そんなわけあるかいな! 無詠唱の使い手なんておったら、うちら瞬殺やん! 一方的に魔法を使われて終いや!)
その話に今度は俺が驚く。あれ、それじゃ俺が相手をしていた3人って一体なんだったんだ?
(人間にだって、優秀な人とそうでない人がいるんだから、魔族にもいるんじゃないのかしら? 全員が例外なく優秀っていうのはいくら何でもおかしいと思うのよ)
(俺達が戦っていた馬上の魔族は、少なくとも呪文を唱えていたよ)
(複合魔法は使っていたか?)
(上にいた魔族はそんなんを無詠唱で使ってきたんか……)
(いや、覚えている限りだと複合魔法はなかった。ちょっと気になったんで聞いただけ)
話を聞いていると、どうやら上空の魔族は特別だったようだ。根本的な解決にはなっていないが少し慰めにはなった。
(しかしユージは丈夫だな! 魔法をいくら喰らっても平気だったんだろ?)
(馬鹿言え、あれものすごく痛いんだぞ!)
随分と簡単に言ってくれるバリーに向かって俺は怒った。文字通り切り裂かれるような痛みで、今思い出すだけでも震えてくる。
(どのくらいの魔力を込められた魔法かはわからんけど、結構な使い手が攻めきれん程の手数に耐えきったっちゅーのは異常やな)
(普通は幽霊を倒すのにどのくらい魔法で攻撃するんだ?)
(ピンからキリやから一概には言えんけど普通は20発も喰らったら確実に消滅するで)
死霊系は浄化するのが基本だが、光の魔法を使える人物がいない場合だと他の魔法で倒すことになる。そのときのことを聞いたのだ。
(痛いだけで済んでいるっていうのが凄いと思うわ)
(なんでそんな丈夫なんやろな?)
そうは言われてもな。俺も知らん。そこでふと気づいたことがあった。
(あれ、そう言えば、ジャック達はどこにいるんだ?)
俺の質問に4人もお互い顔を見合わせた。
(途中までは一緒に戦ってたけど……)
(俺も途中から目の前の敵しか目に入らなくなってたなぁ)
(北西の方にだんだんと移っていった見たいよ。途中からは見失っちゃったけど)
俺は少し上に上がって北西の方向を眺める。すると、しばらくしてジャック達4人を見つけた。ここから50アーテムくらい先か? 何やら話し込んでいる。
(見つけた。ここから北西に50アーテムくらいのところで話をしているみたい)
全員がそちら顔を向けて目を凝らす。まだ光明は煌々と周囲を照らしているので、見つけるのに時間はそうかからない。
ジャック達4人の無事な姿を見て、ライナス達はようやく戦闘が終わったことを実感したようだった。




