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最前線での寝床

 イーストフォート方面での魔王軍との戦いは、その侵攻直後から続いている。人間と魔族の居住地域と隔てる大北方山脈の比較的厚みの薄い部分を通り抜けて、魔王軍は王国に侵攻してきたのだ。その経路は全部で3ヵ所あり、イーストフォートの北側にもその経路が1つあった。

 大北方山脈と死の砂漠を乗り越えてやって来たのは、巨人ジャイアントを中心とした魔王軍である。人間の倍以上も大きい巨人ジャイアントが当たり前のようにいる魔王軍は、当初迎撃準備の整わない王国軍を簡単に打ち破った。しかし、さすがに大山脈と大砂漠を乗り越えて補給路を維持するのは難しいのか、戦えば破竹の勢いの割にあまり勢力を拡大できずにいる。更に、数がそれ程多くないというのも王国軍にとっては救いだった。

 この巨人ジャイアントを中心とした軍団を率いているのは、ダンという将軍だ。巨人ジャイアントであり魔王の四天王と呼ばれる腹心の1人でもある。たまに最前線へ出てきて名乗りながら暴れ回っているらしい。本当に将軍なのか疑いたくなるような行動だが、それで今まで生き残れたのだから相当な強者なのだろう。




 イーストフォートに駐屯していた聖騎士団と傭兵部隊が最前線に到着したのは2週間後だった。既に季節は雨期に入っており、連日小雨や大雨が降り続けている。


 「あれが最前線の陣地か」


 雨に濡れながら最前線の陣地を見たライナスは思わず呟いた。

 イーストフォートから北西に約300オリクの場所に魔王軍と対峙する王国軍の陣地がある。20年以上も魔王軍と戦っているのだからさぞ立派な砦ができているのだろうと思っていたら、予想以上にこぢんまりとしていてライナス達は驚いた。


 「なぁ、ジャック。あれで魔王軍をくい止められるのか?」

 「魔王軍がまっすぐイーストフォートに侵攻するってわかってたらわかりやすかったんだけどな。あいつら、自分達の拠点を中心に全方位へ攻めるから、こっちも戦力を分散してあちこちを守らないといけないらしいんだ」


 てっきり大軍同士のぶつかり合いを繰り返していると思っていたら、どうも様子が違うらしい。


 「まずは全力でイーストフォートを落としてから、ゆっくりと周辺を支配していったらええと思うねんけどなぁ」

 「魔族の考えることはわからないわね」


 メリッサとメイは魔法使い同士並んで歩きながらしゃべっている。杖をついて歩いていないということは、まだ体力に余裕があるということなんだろう。

 やがて陣地の前まで来ると聖騎士団と傭兵部隊は止まる。意外と長く待った後、各集団に指示が下った。


 「聖騎士団は陣地に入って野営の準備、傭兵は陣地の外の南側で野営しろ!」


 伝令役の聖騎士が傭兵に対して指示を出す。それに対して傭兵から不満が出た。


 「おい、なんで俺達は陣地の外なんだよ!」

 「中が一杯でこれ以上入れんのだ! 陣地の拡張はこれからするそうだから、それまで我慢しろ!」


 何とも乱暴な話だ。当然、それで傭兵が納得するはずもない。


 「拡張する前に魔王軍が攻めてきたらどうするんだよ!」

 「ここ2年間、この陣地に魔王軍は攻めてきていない!」


 俺には全く根拠になっていないように思える。ライナス達もその聖騎士の言い分に呆れていたが、ジャック達は平然としていた。


 「ジャック、随分と落ち着いてるな」

 「どこの陣地に回されても同じだからな。抗議するだけ無駄だろ」

 「抗議してるのは、初めて来た傭兵ね。1回でもこっちに来たことのある奴はみんな黙ってるわ」


 確かによく見ると食ってかかる奴とじっとしている奴の温度差が激しい。

 聖騎士団や王国軍側の対応はともかく、それに対して経験者は慣れた感じだった。


 「どうせなら先にいい場所に陣取っちゃいましょう」


 ロビンも慣れた様子で行動を開始する。なるほど、無駄なことをするよりも、少しでも実利を得ようというわけか。冒険者なんてやってると僧侶でも逞しくなるんだなぁ。

 見れば他の傭兵もさっさと指定された近辺で用意を始めている。恐らく古参の傭兵なんだろう。

 ライナス達もジャック達に従ってテントを張り始める。まだ聖騎士に食ってかかっている傭兵がいたが、一部の初参加者は古参の動きに気づいたらしく慌てて場所取りを始めていた。


 「けれど、こんな水浸しの地面にテントを張っても、中には入れないんじゃないのかしら?」


 とりあえず場所は確保できたものの、連日の雨で緩みきっている地面を見下ろしたローラがロビンに尋ねた。

 意外なことだが、ライナス達は宿屋街が整備された王国公路を中心に各地を渡り歩いてきたので、こういったときの対処に弱かった。小森林のときは、木の根や枝葉など色々と利用できたしな。


 「こういうときの魔法ですよ。土の魔法で床を作って、その上にテントを張るんです」

 「土壁アースウォールで平らな土台を作ってから、小さい煉瓦れんがみたいなのをたくさん作って、その上に敷き詰めるのよ。だから、火の魔法も必要なの」


 ロビンに続いてメイが説明をする。煉瓦を作って並べるわけか。建築の基礎工事みたいだな。しかし、土壁アースウォールで平らな土台を作るっていうのはどういうことだ?


 「なぁ、メイ。土壁アースウォールで平らな土台を作るのってどうするんや?」

 「普通は何かから身を守るために土壁アースウォールを盾代わりに使うでしょ。だから、土壁アースウォールを使うときは板みたいに平べったい土の壁を地面に垂直に出すわよね? 今回はその平べったい面を地面に対して水平にして出すのよ」


 そうか、壁みたいに突き出すんじゃなく、畳みたいに地面に寝かすように土壁アースウォールを出すのか。更に話を聞いていると、大体20イトゥネックくらい地面から盛り上げるらしい。大雨が降っても浸水しないようにするためだそうだ。


 「あれ、その土壁アースウォールで盛り上げた土台だけで充分じゃないのか?」

 「2日や3日くらいならこれでもいいんだけどね。何週間も雨が降る地域で過ごすとなるとそうもいかないのよ。土壁アースウォールで作った土の壁も水を吸うから、次第に湿ってくるの」


 ライナスの問いにもメイは丁寧に答える。

 なるほどなぁ。ちなみに、煉瓦も最終的には湿ってしまうそうだが、加工している分だけ湿りにくいそうだ。これで1ヶ月くらいなら過ごせるらしい。それならこれで雨期はしのげるか。


 「そうなんか。それでメイのパーティやと、メイ以外に土と火の魔法を使えるのは誰なんや?」

 「ロビンが土魔法を少し使えるくらいね。大半はわたしよ」


 メリッサの問いにメイ自身が答えた。それは大変じゃないのか。


 「それ、魔力は足りるんか?」

 「その日はもう魔法を使えなくなるわね。メリッサのところはどうなの?」

 「土と火か。うちとライナスと……っと、ローラは無理やったよね?」

 「ええ。四大属性は水だけよ」


 メリッサが途中で慌てたのは、たぶん俺の名前を出しかけたからだろうな。なんとかローラに話を振れたみたいだけど。


 「それじゃ、メリッサとライナスはわたしと一緒に煉瓦を作ってよ」

 「うちはかまへんで。っちゅーか、はよ作ってテントの中に入りたいわ」

 「俺もいいよ」


 ローラの提案にメリッサとライナスも頷く。それを見たメイは嬉しそうだ。


 「助かるわぁ! あれかなり疲れるのよね」

 「私は生煉瓦を作るだけですけどね。でも、いないよりはましでしょう」


 ロビンも煉瓦作製に参加する。そうなると残る4人は出来上がった煉瓦を敷き詰めていくことになるな。


 「俺とドリーとバリーとローラが煉瓦を敷き詰める役か。でも、ローラに力仕事は難しいだろ」


 戦士である3人と僧侶のローラでは体力がまるで違う。その辺りをジャックは気にしているようだ。


 「そうだ! ねぇ、ローラ。敷き詰める場所から水を取り除けない?」

 「水を取り除く?」

 「そう。雨が降ってる中で作業するから、土台の水分を取り除いてから煉瓦を敷き詰める方がいいでしょ?」


 おお、ドリーにしては頭のいい発言だ! どうやらそう感じたのは他のみんなも同じらしく、目を開いて驚いている。


 「ドリー、あなたが頭を使うようになって姉さんは嬉しいわ」

 「そこ! 思いっきり馬鹿にしないの! それでローラ、できるの?!」

 「え、ええ。まぁ、水吸収ウォーターアブソービングっていうのがあるから」


 この水吸収ウォーターアブソービングという魔法は、水系統の魔法だ。一定の範囲内の水を吸い取ることができる。もちろん、吸い取る水分の量や範囲を調整することも可能だ。


 「煉瓦を作る泥って、あんまり水が多すぎると困るんやんな?」

 「ええ。それと、粘土が入ってないからどうやっても脆いわよ。だから、固めて焼いた後に割れたりしてもそのまま使って。あくまでも急場しのぎでしかないからそのつもりでね」


 土台にいつも水吸収ウォーターアブソービングをかけていればいいような気がするけど、そうなるといつも魔力不足に悩むことになるのか。

 けど、メイの話を聞いていると、焼くのは水分を飛ばすためだけっぽいな。


 「それなら水吸収ウォーターアブソービングを使って煉瓦の水分を抜いたらええんと違うんか? 火で炙るのはしばらく時間がかかるけど、それならすぐやん」


 お、メリッサも気づいたか。すると、メイが苦笑いをしながら答えた。


 「わたし、水の魔法は使えても、水吸収ウォーターアブソービングは使えないのよ」

 「ライナスは使えるんか?」

 「メリッサ程じゃないけどね」


 そうなると、大体役割が見えてきたな。


 「それなら、メイとロビンで生煉瓦を作って、うちとライナスで脱水させたらええな。あとは、ローラが土台を乾燥させたところにバリー、ジャック、ドリーの3人が煉瓦を敷き詰めていく、っちゅーことになるんか」

 「そうだな。みんな、それでいいだろ?」

 「よし、それなら、作業を始めようぜ!」


 みんなは頷くと、それぞれの作業に移った。


 まずやらないといけないことは土台作りだ。テントを張るための場所を確保しないといけない。


 「4人パーティ2組だから5アーテム四方あればいいだろ」

 「それじゃ、わたしとメリッサで作るわよ」

 「縦5アーテム、横2.5アーテムでええか?」

 「いいわよ。それと、盾として使うわけじゃないけど、簡単に崩れてしまうのもまずいから、しっかり作ってね」


 最初にメイがその土壁アースウォールを発動させる。目測になるが、おおよそ縦5アーテム、横2.5アーテムだ。メリッサもそれに続く。当然だが、せり上がってきた土台はどことなく湿っていた。


 「メイ、この土台の湿り気は取らんでええの?」

 「まだ小雨が降ってるから、土煉瓦を置くところから少しずつ取りましょう」


 2度手間になるだけじゃなく、魔力の無駄遣いだもんな。

 次に、メイは少し離れた場所にもう1つ土壁アースウォールで土の塊を出す。ただし、これは泥の塊という感じで壁のようには見えない。


 「ロビン、生煉瓦を作るわよ」

 「はい」


 2人はその泥の塊を使って生煉瓦を作り始める。随分と慣れたものだ。要領としては土壁アースウォールと似ているそうだが、遙かに小さいので細かいところまで流し込む魔力量などを加減しやすいらしい。

 こういった魔法での物作りを見ているとやりたくなるよなぁ。

 メイとロビンは作った生煉瓦をジャックとドリーに1つずつ手渡してゆく。その手渡された生煉瓦を2人は土台の上に並べ始めた。


 「よっしゃ、ライナス、やるで!」

 「ああ」


 その並べられた生煉瓦に対して、ライナスとメリッサは水吸収ウォーターアブソービングで水分を抜き取る。メイとロビンが1つずつ作っているのに対して、ライナスとメリッサは一定範囲内の生煉瓦を一斉に脱水する。おお、早回しで脱水する様子が見えるぞ。

 その乾いた1つをジャックが手にとって見てみる。一見すると脆そうだが、適度に混ざっている雑草がばらばらになるのを防いでいるらしく、一応原型をとどめていた。


 「おいおい、いっぺんに乾かせるんだったら、生煉瓦のまま敷き詰めて一気に乾かした方がいいだろ」


 俺もジャックの言う通りだと思う。その声に思わずメイとロビンも手を止めて土台の方を見た。


 「ほんとね……だったら、メリッサもライナスも生煉瓦を作って」


 てっきり生煉瓦を1つずつ乾かすと思っていたらしいメイは、思わぬ工期短縮を喜んだ。


 ということで最終的に、ライナス、メリッサ、メイ、ロビンの生煉瓦生成組とバリー、ローラ、ジャック、ドリーの生煉瓦設置組に分かれて作業することになった。

 最初はうまく煉瓦の形にできなかったライナスとメリッサだったが、最後の方はだいぶ慣れてきていた。

 そして生煉瓦を5アーテム四方の土台に大体敷き詰めると、いよいよ一斉脱水である。


 「「「我が下に集いし魔力マナよ、に在りし水を奪え、水吸収ウォーターアブソービング」」」


 ライナス、ローラ、メリッサの3人が一斉に呪文を唱えた。すると、3人に最も近い煉瓦から急速に乾いてゆく。


 「おお~、すげぇ!」

 「すごいわね」


 魔法を発動させてからほとんど時間をかけずに煉瓦が乾燥した。あちこちひび割れているが、メイの説明を信じるなら許容範囲ということになる。


 「はぁ、やっと終わっただろ……」


 小雨の降る中、8人が眠れるだけの煉瓦の床を全員が眺めていた。バリー以外の顔には疲労が浮かんでいる。


 「それじゃ、次にテントをもらいに行こう。俺とメイとバリーとライナスの4人だ」

 「私達はどうすればいいの?」

 「ここで待ってればいいのよ」

 「ええ。たまに場所を横取りする輩もいますからね……」


 ローラの質問にメイとロビンが答えてくれた。あー、やっぱりいるんだな、そういう奴って。

 それから4人でテントをもらいに陣地の中へ入ったところ、天幕の支給は大体終わっていた。多くのパーティが最初に押しかけて俺達が行く頃には行列もすっかりなくなっていたのだ。

 4人用のテントを2つもらって戻ってくると、すぐに設営に取りかかった。


 「お、ぴったりだな!」


 バリーは設営が終わって張られたテントを見て思わずそう漏らした。敷き詰めた土煉瓦の広さがちょうどいい具合だったのだ。ライナス達はよくわからないままにジャック達の指示で作業をしていたが、さすが経験者は違う。


 「さて、これで設営は終わりだな。今後のことは明日に聖騎士団から聞くことにする」


 張り終えたテントを見ながら、ジャックはみんなにそう伝える。


 「ということは、今日はもう終わり?」

 「ああ。後は飯を食って寝るだけだ」


 最前線ということでもっと緊迫感があると思っていたのだが、何やら思っていたよりものんびりとしているな。周囲に何もないということもあって、本当に魔王軍と戦争しているのか疑わしく思ってしまう程だ。


 「ライナス、これから嫌でも魔王軍と戦うことになる。だから、休めるときは休んどくべきだろ」

 「はい」


 確かにそうなんだが、できれば主導権を握って戦いたいよなぁ。


 「ということで、今日は解散だ」

 「ライナス、飯にしようぜ!」


 ジャックの話が終わると、バリーはすぐに食べる話を持ちかけてくる。苦笑しつつもライナスはそれに応えてテントに入ることにした。

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