─幕間─ 次の策
王国の水軍施設に通じる港門近くで、僕はライナス達の乗ったガレー船を眺めていた。
「行ったか」
何事もなければ3週間以内にエディセカルへ到着するだろう。帆船とは違うので風がなくても進むことができるガレー船は、風の影響を受けにくいところがいい。
「けど、どうして馬を使わせなかったんだろうね」
ハーティアからエディセカルまでの距離は、湖上を往来する場合だと約450オリクであり、湖の周囲を移動する場合だと約550オリクだ。一見すると船で一直線に行った方が速い。
しかしだ、ガレー船の場合速度が遅いので最短でも17日間はかかる。帆船なら全日最適な風が吹けばそれよりも速いが、そんなことはあり得ない。それに対して豊穣の湖の周囲を巡る街道だと、馬なら10日もあれば着く。
「まぁ、急ぐ旅ってわけじゃないから別にいいんだけど」
波止場から遠ざかりながら僕は更に考える。
ライナス達にゆっくりと船の旅を楽しんでもらうため? あるかもしれないけど、一番の理由じゃないよね。旧イーストフォートのことも知ってるけど、1週間ずらして何かあるとも思えないし。
「……ああ、もしかして、魔族側?」
イーストフォートの北側には、大北方山脈と海の間に広がる死の砂漠がある。魔王軍の軍団がこの死の砂漠を越えて王国軍と戦ってるんだけど、関係があるとしたらこちらかな?
「まぁいいや。それよりも……」
ライナスだよね。昨日会ったけど、普通の若者っていう感じしかしなかったけどなぁ。他の子らも優秀だとは思うけど、何か特別なものを持ってるとは思えなかったし。
そういえば、ベラは魂について何か言ってたっけ。とても強い霊魂を持っている……だったよね。普通だともっと才能とかに影響を及ぼしているはずなんだけどな。
「う~ん、研究の主導権があっちにあるもんだから、どうにもわからないところがあってもどかしいや」
自分に悪影響がない程度なんだけど、やっぱり面白くないよね。
「それと、相変わらず守護霊ってのは見えなかったな」
ベラの話だとよほど用心深い奴のようだ。任務を遂行してくれる分には頼もしいけど、少しくらいはその正体を知っておきたいな。
「さてと、それじゃまたお話ししに行きましょうか」
色々考えながら僕は王城へと足を向けた。
ここはハーティア城の一角にある地下、アレブの研究所兼自宅だ。自宅らしくはないけど、ここ以外に住んでいるなんて見たことも聞いたこともないのでそういうことにしておこう。
「なんじゃ、お主か」
で、せっかくやって来た僕に対する第一声がそれなんだ。前は「また来るがよい」なんて言ってたくせに。
「久しぶりだね。1年ぶりくらいかな?」
「わしと会うのは1年と1ヵ月じゃな。それはともかく、ライナス達と会ったのか?」
なら、ベラと最後に会ったのは11ヵ月前か。思ったよりも長いな。まぁ、ベラとアレブは通じてるから、最後に会ったのはどちらかなんてことには意味がないんだけどね。
アレブの言葉を聞き流しながら僕は思考に耽ろうとしたが、ライナスという言葉に反応してしまう。
「ああ、会ったよ。どうにも評価しにくいね」
「なにがじゃ?」
「まだ僕が見てないからなんだろうけど、なんだか頼りなくてね。念のために確認しておきたいんだけど、本当に強い霊魂をライナスは持ってるのかい?」
最後の最後で計画が破綻するなんてことは困る。だから、これだけはどうしても確認しておかないといけない。
「まだその才覚が現れていないのはもどかしいじゃろうが、確かじゃよ。きっかけがあればはっきりとするんじゃが」
「そっか。きっかけかぁ。例えばそれってどんなの?」
「才覚を引き出す強い動機であれば何でもかまわん。一番引き出しやすいのが、怒りや悲しみじゃな。挫折を乗り越えて人は強くなるからの」
あーなるほど、確かにそうだよね。けど、皮肉げに笑みを浮かべているのは何とも意地が悪いなぁ。僕も人のことは言えないけど。
「それで、そのきっかけって用意してるのかな?」
「いや、まだ用意はしておらぬが」
「それじゃ、僕の用意した駒を使っていいかな?」
「えらく手回しがいいの」
確かにそう思われるのも無理はない。たまたま偶然使えるようになっただけだからね。
「何かに使えたらと思って前々から準備しておいたのを使うだけさ」
「一体何を準備しておったんじゃ?」
「魔王様に報告した後にイーストフォートに行くって行ってたろ? 実はさ、その前に王都へ寄っていたんだ」
アレブが興味深そうにこちらを見る。
「そのときに改めてライナスについて色々調べてたんだけど、冒険者見習いだったときに仲の良いパーティが1組いたんだよね。それで、この子達をイーストフォートに誘導しておいたんだ」
それを聞いたアレブは何をするのかある程度予想できたらしく、こちらを見たままにやりとわらった。
「それはよいきっかけになりそうじゃのう」
「成長するきっかけに喜びや楽しみっていうのも含まれていたら、僕はそっちを優先するつもりだったんだけどねぇ」
「ひぇひぇひぇ、そうじゃのう」
いや、これは皮肉じゃなくて本心だよ? そんな悪意たっぷりな笑顔で同意しないでほしい。
「そうなると、その子達とライナスを引き合わせるように仕向けて、その後はダンに連絡すればいいか」
ダンっていうのは死の砂漠辺りで暴れている魔王軍団の一軍団長だ。巨人族でとても大きい。馬鹿だけど。
「すると、再びイーストフォートへ出向くことになるの」
うげ、とんぼ返りじゃないか。面倒だなぁ。
嫌そうな顔をする僕に対して、アレブは満面の笑みを浮かべながら提案をする。
「早馬が必要ならばこちらで用意してやるぞ」
「うーん、そうだね。それならガレー船よりも早く着く……」
そうだ、思い出した。ライナス達はガレー船に乗ってるんだよね。早馬なら半分くらいの時間でエディセカルに先回りできる。イーストフォートまで早馬を使ったら更にだ。細工は10日もあったら何とかなると思う。
「ねぇ、アレブ。ライナス達をガレー船に乗せたのはこのためかい?」
「ひぇひぇひぇ、さぁてのう。と言いたいところじゃが、単なる偶然じゃよ。たまにはのんびりと旅でもさせてやろうかと思っての」
僕は驚いた。まさか、一番あり得ないと思っていた理由だったなんて。
「いやいや、人には優しくしておくものじゃのぅ」
「皮肉にしか聞こえないね」
思わず僕はそう漏らした。しかし、アレブは気にした様子もなく楽しそうに笑う。
「あーあ、何だかんだと言って、結局思いっきりこき使われてるなぁ」
「自分から言い出したことなんじゃし、わしを恨むのは筋違いじゃぞ」
だから腹が立つんだよね。自分のためにもなることだとわかってるから我慢できるけど。
「それで、いつ出発するんじゃ?」
「そうだねぇ……時間に余裕があるって言っても早い方がいいし……はぁ、今すぐ出た方がいいよね」
取り立てて他にしないといけないこともないしね。
「わかった。それなら今許可証を書いてやる。しばし待つがよい」
そう言ってアレブは部屋を出て行く。
「ここしばらくはのんびりと仕事をしていたから、しばらくは時間に追われて働くのもいいか」
僕は自分に無理矢理そう言い聞かせて納得することにした。




