王都観光
休日2日目、ライナス達はメリッサを王都観光に連れ出した。初めて王都にやって来たメリッサにとっては全てが珍しく、いつも以上に好奇心旺盛となる。
最初に行ったのは、冒険者ギルドの南側にある商人街だ。ここは冒険者に必要な武具や道具が売られている。値段は高いが品揃えはいいのでウィンドウショッピングにはちょうどよかった。
「これ、レサシガムやったらもっと安う買えるで」
「レサシガム製の杖なんだから当然じゃない」
手にした魔法使いの杖を眺めながらメリッサが呟くと、ローラがすかさず突っ込んだ。そりゃ運送分高くなって当然だわな。
「裏手にもっと安いところがあるから、そこにも行く?」
「うん、行くわ! ついでに旅支度もしとこか!」
ローラの提案にメリッサが乗っかる。さすが実用本位のレサシガム出身者だ。
メリッサたちは大通り沿いでのウィンドウショッピングを早々に切り上げて、ライナス達の案内で路地裏の店に行った。
メリッサが次に希望したのは、意外にも光の教徒の施設だった。図書館には1日目に行ったのでいいとして、救済院や神治院──孤児院や病院──などの各施設だ。
「どうして救済院や神治院なの?」
「レサシガムでもやってるんやけどな、王都はどうなってんのかなって思って」
いずれレサシガムに戻ることになるが、そのときに故郷で足りないことを取り入れるために見ておきたいそうだ。滅多にない機会を活かしたいらしい。単にのんびりと観光をするわけじゃなかったわけだな。
光の教徒の各施設を回っている間のメリッサは真剣だった。ローラが説明役を買っていたが、重要人物の視察みたいだったな。
「珍しいところを回ってるには違いなんだけど……」
「なんか俺達、場違いだよな……」
救済院で子供まみれになりながらライナスとバリーはそう思うのだった。
光の教徒の各施設を予定よりも時間をかけながら見て回ったメリッサは、次に職人居住地域へと向かう。港に通じる大通りの北側に面したこの地区には様々な職人が住む。大通りの南側には城壁を挟んで陸軍施設があるので兵隊をよく見かける。
ここも視察なのかなと見ていると、どうやらただの観光のようだ。大通りに面したところでは工房の中が公開されていることが多い。更にそこで作られた品物がそばで売られている上に、ちょっとした物なら作ってもくれる。
メリッサは、昼飯代わりに露天商から買った串焼きを囓りながらその様子を眺めていく。
「へぇ、王都やとこんなこともやってるんやなぁ」
「お客の大半は商人だけどね。ここの横手でギルドの担当者と話をして商談がまとまったら、裏手にある工房で品物が作られるんだ」
かつてこの辺りでよく配達をしていたライナスが説明をする。メリッサは周囲を見て納得した。
「だから、うちらみたいなんは珍しいんか」
商用でやって来ている商人の中に串焼きを持った冒険者風の集団がやって来たら、確かに周りからは浮く。たまに旅人が覗いていることはあるんだけどな。
結局、小物を取り扱う工房を中心にメリッサはゆっくりと見て回った。
次にやって来たのは港だ。2日後に船に乗るんだから別に来なくてもいいように思えたんだが、波止場をゆっくりと見て回りたいというメリッサの希望で行くことになった。
俺達が港に着いたのは昼下がりと夕方の間くらいの時間帯だった。なので、商船と波止場の間で荷物の積み降ろし作業が頻繁に行われている最中である。
「うわぁ、ほんまに水平線が見えるわぁ」
そんな波止場の様子をよそにメリッサは水平線を見入る。うん、確かに地平線や水平線を初めて見たときは感動するよな。俺の場合は、地球が丸いんだってことを実感できたってことが大きかった。
「すげぇだろ。俺も初めて見たときは驚いたぜ!」
「せやな! 地平線は見慣れてたけど、水平線は滅多に見られへんしな!」
ひとしきり水平線を楽しんだ後は波止場に係留されている船に視線が移る。
「これってガレー船ってやつやろ?」
メリッサがムカデみたいに艪が出た船を指差してローラに問う。
「ええ、そうよ。私も今度初めて乗るの」
「あ、そうなんや。うちと一緒なんやな」
「東に行く用事ってなかったから」
エディセカルにも光の教徒の大きな施設があるらしいけど、そっちには行ってないのか。意外だな。
今係留されているのは荷物を運ぶ商船ばかりだが、日によっては軍船や王家が所有する船も見ることができるらしい。今日はどちらも見かけなかったが、それでも初めて見るものばかりだったのでメリッサは満足したようだ。
休日3日目は、歓楽街や一般人居住地域にある小さい広場を巡った。たまに大道芸をやっていることがあるからだ。大通りでもやっているのだが、人だかりが多くてよく見えない。それなら、こういった各地にある小さい広場で見た方がずっといいのだ。
大体昼頃から始まることが多いので、2日目の疲れを落とすために宿は遅めに出発し、露天で買った串焼きで腹を満たしながら広場から広場へと歩いて回る。
「あ、あったで!」
メリッサが声を上げて、4度目の広場にして出会った大道芸の一団に近づいてゆく。3人と小さな一座ではあったが、色々と体を張った芸を見せてくれた。
「随分と器用ね」
投げナイフ数本をお手玉のように宙へ投げては受け取るという芸を見ながらローラは感心する。
それが終わると、今度は2人組による軽業の演舞が始まった。実際の戦闘で使えるかはかなり怪しいが、見世物としてはなかなか面白い。
「ライナス、俺達も何かしようぜ!」
「やめろよ、バリー。恥ずかしいから」
なぜか演武を始めようとするバリーをライナスは恥ずかしそうに止める。眺めているだけの俺としてはそれも楽しんでいた。
やがて一座の芸が終わると周りからまばらな拍手が聞こえてくる。それに合わせてわずかなおひねりも派手な帽子の中に投げ込まれた。ライナス達もわずかだがおひねりを渡す。
「いやぁ、面白かったなぁ」
小さいながらも王都の大道芸を見たメリッサは満足そうに笑っていた。レサシガムでも大道芸はあると思うのだが、王都と違うのだろうか。
俺がそれについて聞こうとすると、横合いからライナス達に声がかかる。
「そこの君、さっき一座と張り合おうとしてたでしょ。やってくれたら面白かったのになぁ」
声のした方に全員が顔を向ける。すると、そこには1人の男がいた。
髪はくすんだ金髪で肩まで伸ばし、彫りは深いが端整な顔立ちをしている男だ。しかし、単なる優男ではない。その証拠に、衣服の上からでも肉体が鍛え上げられていることがわかる。そして、その衣服の刺繍を見るとローラのものに似ていた。
「聖騎士の方、ですか?」
ローラが遠慮がちに男へと話しかけた。すると、満面の笑みで返事をしてくれる。
「そうだよ、僕の名前はフランク・ホーガン。見ての通り聖騎士さ」
「私はローラと言います。光の教徒なんですよ」
「あれ、もしかして聖女様?」
ローラは苦笑いをしながら頷いた。それを見たホーガンは不思議そうにローラを見る。
「どうしたの? 苦笑いなんかして」
「いえ、どうも聖女って言われるのに慣れなくて……」
「ああ、なるほどね。僕も聖騎士っていうと憧れる人がいて困るんだけど、それと同じだね」
特に光の教徒にとって聖騎士は頼れる存在でもあるため、信者からは非常に尊敬されている。ローラもそんな光景を見たことがあるのでホーガンに同情した。
ローラ以外も挨拶を交わすと先程の話に戻る。バリーが演武をしようとしたところをしっかりと見られていたようだ。
「いやぁ、恥ずかしいなぁ」
「いいじゃないか。減るものでもないんだし、一座の人と一緒にやったらよかったのに」
人なつっこい笑顔でホーガンは照れるライナスに演武を勧めていた。こうして見ていると非常に親しみやすい人なんだと思う。
しかしなぜだろう。どういうわけか俺はホーガンに良い印象を持てない。人として好印象なはずなのに嫌悪感を感じてしまう。しかしもっと変なのは、なぜかこの人の輪郭がぼやけて見えることだ。一瞬目が悪くなったのかとも思ったが、霊体なのでそんなことはあり得ない。しかも妙な圧迫感がある。自分でも本当に不思議だ。
「フランクさんは、今日は休みなんですか?」
「ああ、そうなんだ。先日までイーストフォートにいてね。久しぶりに王都へ戻ってきたんだ」
俺が妙な印象をホーガンに感じている間にもライナス達は雑談に耽る。そして、ホーガンがイーストフォートにいたことがわかると、みんなの表情が変わった。
「あれ、どうしたんだい?」
「俺達、これからイーストフォートに行くんですよ」
不思議そうにしているホーガンにライナスが自分達の行き先を告げた。それを聞いたホーガンが驚く。
「本当かい? でも、何しに行くの? いや、待てよ。君たちの風貌からすると冒険者みたいだから、傭兵に志願するのかな?」
ホーガンは考えながら言葉を漏らす。実際は違うのだが、本当のことを言うのはよくない。
「まぁ、そんなところですわ。ところで、イーストフォートで何か変わった話ってありませんか?」
「変わった話かぁ……」
メリッサの質問にホーガンは腕を組んで首を捻る。聞き出せる情報は聞いておきたい。
「そうだね。最近魔族との戦闘が激しくなってきていることくらいかな。だから、向こうに行くと傭兵の募集は常時あるよ。だから食いっぱぐれることはないんだろうけど、あんまりお勧めはできないな」
また、そのせいで、イーストフォートの治安は少しずつ悪くなってきているそうだ。行けば雰囲気である程度はわかるだろうけど、こういう情報も地味に重要だよな。
それからも尚イーストフォートのことについてホーガンから話を聞いたが、雑談の域を出なかった。
「さて、それじゃ僕はそろそろ行くよ。君たちに会えてよかった」
ちょうど話が途切れたところで、ホーガンは別れの挨拶を切り出した。ライナス達も引き止める理由はなかったのでそのまま挨拶をする。
ホーガンはライナス達の挨拶を受けると、そのまま去っていった。
それにしても、最後まで嫌な感じは拭い切れなかったな。そして、輪郭がぼやけて見えるってどういうことなんだろう。聖騎士も光魔法を使えるそうだけど、その関係なんだろうか。気持ち悪い感覚を抱えたまま、俺はホーガンの去っていった道をずっと見ていた。
そして出航当日がやって来た。
昨晩は各地で散々大道芸を見て回った末に『雄牛の胃袋亭』で遅くまで騒いでいた4人だったが、何ともない様子で『宿り木亭』を出た。宿から港まで3オリク近くあるものの、慣れた道なので1時間もあれば港に着く。
4人が波止場に着いたときは、既に商船からの荷の積み降ろしが始まっていたので、結構混雑していた。
「港門近くに係留されてるガレー船って言ったら……これか」
ばーさんの言う通り港門近くに泊まっている船を探してみると、全部で3隻ある。どれも商船のようだが、一体どれに乗ればいいのだろう。
「おーい! そこの4人! こっちだ!」
ふいにライナス達は離れた場所から1人の男に呼び止められる。
そちらに振り向くと、やたらと体格の良い大男がいた。肌が浅黒く、いかにも船乗りといった風貌をしている。
「えっと、誰ですか?」
俺もそうだが、もちろんライナス達も初めて見る顔だ。
「おお、本当にまだガキなんだな。お前ら、ライナス、バリー、それからローラにメリッサっていう名前か?」
「え? はい、そうですけど……」
「そうかそうか、やっと会えたぜ。俺はゼップってんだ。商船の船長をやってる。アレブっていうババアからお前らを乗せろって言われて待ってたんだよ。許可証はあるか?」
まくし立てるようにしゃべったゼップは、ライナスの差し出した封筒を受け取ると中身を確認する。そして、それを見て目を見開いた。
「すげぇ、王家の紋章かよ。こりゃ、下手な待遇にゃできねぇな」
ため息をついたゼップはその許可証をライナスに返すと船へと案内する。
「ついてきな。俺の船でエディセカルまで乗せてってやるよ。それにしても、お前達みたいなガキまでこき使ってんのかよ。容赦ねぇな、あのババア」
相変わらず安定した最低な評価だ。
「えっと、うちらはどんな扱いになるんでしょ?」
「西方訛りか、珍しいな。っと、お前らの扱いだが、あんな上等な許可証を突き出されちゃ、最上級の扱いにするしかねぇよ」
最初は豊穣の湖を渡るための船をどうやって見つけようか悩んでいたが、どうも全く心配いらないらしい。一時は湖を南回りで歩こうかという意見もあったくらいだが、便利な交通機関を使えてよかった。
「出発はいつなんですか?」
「お前らが最後だよ。遅めに来るって聞いてたから文句はねぇけどな」
船の横に立て掛けてある櫓を上りながら4人はゼップの話を聞く。よかった。怒られるのかと思ったよ。
「そんな若さであのババアにこき使われてるなんざ同情するしかねぇが、せめて船上ではくつろいでくれ」
甲板に降りてから4人に振り向いたゼップがそう告げる。全員が苦笑していた。
「よぉし、櫓を外せ、碇を上げろ! 船を出すぞ!」
ゼップの叫びと共に水夫が動き始める。
それからしばらくして船体下部から出された多数の艪が着水する。そして、太鼓の音と共に一定の間隔で艪が動き始めると、船体はゆっくりと前に進み始めた。




