王都での再会2
アレブのばーさんとの面会が終わって倉庫の外に出たライナス達は、一斉に体の緊張を解いた。
「ん~、っはぁ~! いやぁ、疲れたわぁ」
「ほんとね。話には聞いていたけど、見るほどに怪しいわ」
体をほぐしながらメリッサとローラは、初めて会ったアレブのばーさんについての感想を交わす。
「わかってても緊張するからな。まぁしゃーない」
「そうだよね。どうにも苦手なんだよな、あの人」
既に面識のあったバリーとライナスでさえ嫌そうだ。気持ちはわかる。
「今度からあの人と連絡を取り合わないかんのか。きっついなぁ」
「報告は全部ライナスに任せるわね!」
「えー」
心底嫌そうにライナスが顔をしかめる。とは言っても、パーティリーダーが代表してしゃべるのは当たり前なのでどうにもならない。
「それにしても、ユージが複合魔法と無詠唱の練習をしていたとはなぁ。旅に出てからも練習してたんか?」
(最初は光の魔法の勉強をしていて、その後少しだけな。ちなみに、みんなが寝てからだよ。できるだけ目立たない魔法で)
さっきの俺とばーさんのやり取りをライナス達も見ていたが、魔法使いであるメリッサが最初に食い付いてきた。
「メリッサはできるのかしら?」
「複合魔法はそれらしいことしかできんわ。無詠唱は論外やな」
小さいため息をついたメリッサはローラに言葉を返す。魔法を使う者としてこの2つは憧れでもあるんだが、できる術者は少ない。
「ライナスはできねぇのか?」
「ユージとメリッサができないのに、俺ができるわけないだろう」
バリーの無邪気な質問はライナスの心を抉ってしまったようだ。
(それより、メリッサ。どうせなら一緒に練習するか? 1人で練習するよりもいいような気がするんだ)
振り返ってみると、村を出てから独学しているが、それ以前よりも学習効果が落ちている。だったら、他の誰かと一緒に修行した方がいいと思ったのだ。
「ええなそれ! それやったら、ローラとライナスも一緒にやろうや!」
俺が誘うとメリッサはすぐさま賛成すた。それどころか、魔法を使える他の2人も巻き込もうとする。しばし呆然とするライナスとローラだったが、メリッサの勢いに押されて最終的には頷いた。
「よっしゃ、やる気出てきたでぇ!」
俺としても修行仲間ができるのは嬉しいのでメリッサに感謝だ。
「それで、これからどうするんだ?」
話に一区切りついた後、バリーが何気なしにこれからの予定を尋ねてくる。
空を見上げると、次第に朱く染まりつつある。もうそんなに動き回っている時間はなさそうだ。
「宿を取ってから夕飯にしようか」
「そうね。もうすぐ日が暮れそうだものね」
「休みの間どうするかは食べながら決めよか」
「腹減ったー!」
みんながライナスの意見に賛成する。約1名食べることにしか意識が向いてないがいつものことだ。
「で、どこに泊まるの?」
「あれ、ローラは大神殿っちゅーとこやないの?」
自分達と同じように宿を取ろうとするローラをメリッサが不思議そうに見た。
「今は冒険者なんだから、みんなと同じよ。他の僧侶だってそうしてるじゃない」
確かに、冒険者として働いている光の教徒の僧侶が、教会で寝泊まりしているとは聞いたことがない。外に出ている間は自立しているということか。
「へぇ、王都の大神殿でもそうなんか」
「そうよ。それで、ライナス、泊まる宿ってどこにするの?」
ローラは再度ライナスに尋ねた。
「『宿り木亭』っていうところにするつもりなんだ」
「俺達が冒険者見習いだった頃に使ってた安宿なんだぜ!」
どうして安宿を自慢そうに紹介しているのかバリーの心理はさっぱりわからないが、行き先が決まっていることにローラとメリッサは興味を持った。
「へぇ、2人が見習いやった頃に使ってたところなんか。どんなところなんやろ」
「普通の安宿だよ。剣の師匠が若い頃から使っていたところをそのまま使ってるんだ」
「剣の師匠……確か、ドミニクさんだったわよね」
頬に人差し指を当てながらローラが記憶を掘り起こしていた。ロビンソンか。懐かしいな。今どうしてるんだろう。
そうやってとりとめもない雑談をしながらライナス達は小道を進んでゆく。この辺りも見習い時代に配達などで往来していたから迷いがない。
15分ほど歩くと、目的の宿に着いた。『宿り木亭』と書いてある傷んだ看板が懐かしい。
「さぁ着いたよ。貧乏人に優しい宿だ」
かつての師匠が言ったことを口にしながら宿の中に入る。
「ジェームズさん、こんにちは」
「いらっしゃい……ライナスか、それにバリーも。久しぶりだなぁ!」
客がライナス達だと気づいたジェームズは驚いて立ち上がる。
特徴のない体格に浅黒で皺が多数ある彫りの深い顔だ。以前と何も変わっていない。
「今日から4日間世話になります」
「そうか、また選んでくれて嬉しいよ。それで、そっちのお嬢ちゃん達は……2人の彼女か?」
いきなりの発言にライナスは言葉に詰まる。暗い室内だと顔が赤くなっていることはわからないはずなのだが、表情で照れていることが丸わかりだ。
「ははっ! ジェームズさん、そんなのとは違うっすよ! ローラとメリッサは俺達のパーティメンバーなんすよ!」
ライナスに助け船を出すつもりで発言したなら大したものだが、残念ながらそうではないことを知っている俺達はバリーの言葉に苦笑する。それはジェームズも同じだ。
「バリー、お前さんは相変わらずだな。まぁいい、それで、4人で4日間でいいのかい?」
突っ込んで話をする機会を失ったジェームズは、とりあえず先に仕事を済ませることにした。
宿でできることなどの説明を受けた後、ローラとメリッサのために部屋を見に行く。最低限の物しかない室内を確認すると全員が階下に降りてきた。
「それじゃ、ジェームズさん、俺達夕飯を食べてきます」
「ああ、楽しんできな」
王都に滞在する間の宿を確保すると、一行は歓楽街へと向かった。
ライナスとバリーは慣れた様子で道を進む。迷いなく進む先がどこだかはすぐにわかった。
「ねぇ、これからどこに行くの?」
「『雄牛の胃袋亭』っていう食堂だよ。俺とバリーがいつも通っていたところだ」
「王都を出て以来だから久しぶりだよなぁ!」
楽しみで仕方ないといった調子でバリーがしゃべる。そういえば、バリーがチーズに目覚めたのはこの店だったな。
やがて西の城壁近くにある1件の小さな店にたどり着いた。看板に『雄牛の胃袋亭』と書いてある。
「ほう、これはまた……こぢんまりとしたところやな」
ライナス達に続いてメリッサも中に入る。日没前なので客入りはあまりよくない。
これからがこの店の稼ぎ時だということを知っているライナスとバリーは、気にすることもなくいつもの定位置に向かった。
「いらっしゃい……あら、あんた達かい! 久しぶりだねぇ!」
給仕をしていたキャシーがライナスとバリーを見つけて声をかけてきた。釣られて店内の客も視線をライナス達に向ける。そのほぼ全てがローラとメリッサに注がれていたが、すぐにそれもなくなった。
「お久しぶりっす!」
「こんにちは、キャシーさん」
ライナスとバリーは以前から知っているので慣れているが、やたらと色気を振りまくキャシーにローラとメリッサは若干気圧されていた。
「ちゃんと生きてたんだねぇ、えらいよ。それで、こっちの2人は彼女かい? やるじゃないか」
どうして再会する大人はみんなして同じことを言うんだろう。さすがに3回目とあってローラも苦笑いしている。
「2人はローラとメリッサで、俺達のパーティメンバーですよ」
「そうっすよ!」
お、今度は自分で説明ができたな、ライナス。しかし、食堂の女将はにやにや笑いながら追撃の手を緩めない。
「別にパーティメンバーだからといって、彼女じゃないってことにはならないでしょ?」
「キャシーさんは一体何を期待してるんですか……」
困り果てたライナスを見てキャシーが笑う。
「まぁ、いいさね。さぁ、空いてる席に座っておくれ」
そう言ってキャシーはかつての定位置だったテーブルに4人を案内した。
「それで、何にするんだい?」
「エールを4人分、それと豚肉とソーセージを6人分っす!」
「おや、チーズはいらないのかい?」
「もちろんいるっすよ!」
こういうときのバリーはやたらと積極的だ。以前の自分達がよく注文していたものを頼む。
「2人はどうする?」
「バリーが注文したのでいいんじゃないかな」
「せやな。足りんかったらまた後で注文したらええし」
何を頼んでいいのかわからなかったローラとメリッサは、とりあえずバリーに従うことにした。
注文を受けたキャシーはすぐさまカウンターの奥に入る。店内の喧噪に紛れて、厨房へ注文を伝える声が聞こえてきた。
「はぁ、それにしてもものすごく色っぽい人ね」
「ほんまやなぁ、色気がダダ漏れやったな」
去っていったキャシーを思い出しながらローラとメリッサが口を開く。
「よく酔っ払いが尻を触ろうとするんだけど、今まで成功したって話はきいたことねぇなぁ」
「ほう、かなりガードがかたいんやな」
「ライナスは触ろうとしたことあるの?」
「な、ないよ」
バリーが余計な話題を提供したせいでライナスが苦境に陥りつつある。確かにライナスの言う通りなんだが、さて、ローラの機嫌を直すにはどうしたらいいんだろうな。
「はい、まずはエール4つね。豚肉とソーセージはもう少し待っとくれ」
そのとき、キャシーが木製ジョッキを4つ持ってきた。ローラの追求はとりあえず後回しだ。
「チーズは肉と一緒に持ってきてくれ」
「わかったよ」
去ろうとするキャシーの背中にバリーが声をかける。なるほど、豚肉とソーセージに乗せて食うつもりだな。
手にしたジョッキから口にエールを流し込んだ4人は、とりあえず一息つけた。そう、この最初の一杯がうまいんだよな。ああ、羨ましい。
「はぁ~、生き返るぜ!」
「1日の終わりはこれで締めないとな」
「バリー、ライナス、おっさんくさいで……」
「いいじゃねぇか。ローラもそう思うだろ?」
「え、私?!」
まさかバリーから声をかけられるとは思っていなかったローラが意外と動揺を示す。
「えーっと……」
「それより、3日間休みがあるけど、みんなどうする?」
お、意識したのかどうかわからないが、返答に困っていたローラを無視する形でライナスがこれからのことを聞く。
「明日の昼過ぎからはアレブのばーさんに会わないといけねぇから、2日半か」
バリーが真っ先に話に乗ってきた。
「明日は中途半端よね。2日目と3日目は丸1日空いてるけど」
「3人は王都で顔を出さんといかんところってあるんか? あるんやったら、2日目にまとめて済ましておくとかどうやろ?」
なるほど、中途半端に予定が入っている日にまとめて用事を片付けるわけか。
「ん~、そんなに大した用じゃないけど、武器屋には行っておきたいよな」
「そうだな。ライナス、俺もそう思ってたぜ。だったら明日の朝に行っとくか?」
「それなら私は大神殿に顔でも出しておこうかな」
「うーん、うちはどうしようかなぁ……観光?」
「1人じゃ寂しいわよね」
「メリッサの観光は2日目にしないか? 足りなかったら3日目も使って」
「足りたら3日目はどうすんだ?」
「1日で回りきれるかしら?」
などと木製ジョッキを片手に会話が弾んでくる。もうすっかり周囲の喧噪は意識の外だ。
こうして4人の話は盛り上がっていった。




