王都での再会1
ライナス一行は、聖なる大木の杖を手に入れてからレサシガムを出発した。
ペイリン爺さんの助言によると、妖精の協力を得るためには『古の証』が必要らしい。それは旧イーストフォートにあるそうなんだが、そのために王都経由で大陸を横断することになった。
そう、王都を通過するのだ。王国で最も栄えている都市として人々によく知られているだけに、メリッサはとても楽しみにしていた。
「うわぁ」
王都を見たメリッサは、まず人の多さに圧倒されていた。
都市としての大きさに実のところ隔絶した差はない。面積にするとハーティアはレサシガムの約1.5倍程度だ。しかし、城壁1辺の長さが3オリクと2.5オリクというようにあまり違わないので、真横から城壁を見ている限りは大きさで驚くことはない。
しかし、人の数となるとその差は歴然だ。公称の人口で見ると2倍以上の差であるが、実際にはもっといるように見える。メリッサはその人の多さに目を奪われていた。
「こんな広い道に人が溢れかえっとんのか……」
西門から王都内に入ったライナス達は人でごった返す大通りを進む。メリッサはその様子に目を見張っていたが、レサシガムも東門辺りはこんな感じじゃなかったっけ?
北側にある宿屋街を眺めながら大通りを進むと、懐かしい冒険者ギルドが見えてきた。
「メリッサ、ここが王都の冒険者ギルドだよ」
「へぇ」
目に入るもの全てが珍しいメリッサは、しばらく王都の冒険者ギルドを眺める。建物は5階建ての総石造りの立派な建物だ。壁の変色具合などが歴史を感じさせる。
「レサシガムにある冒険者ギルドの建物よりも高いなぁ」
そんなメリッサの様子を見て3人はどこか誇らしげだ……と思っていたら、なにやらローラもメリッサと似たような感じで建物を眺めている。あれ、どうして?
「……ん? ローラも珍しそうだな。どうしてだ?」
「え?……ああ、あの、私、王都の冒険者ギルドに入るのって初めてだから……」
ローラの様子に気づいたバリーが気になったのか質問すると、少し恥ずかしそうにローラが答えた。
「そうか、確かローラってノースフォートで冒険者になったんだよな」
ようやく気づいたライナスが冒険者としてのローラの軌跡を思い出す。すると、少し拗ねたような感じで反論してきた。その様子がやたらと可愛らしい。
「王都にいるときはよく見かけたもん」
「なんや~、ローラも一緒やったんかぁ~。お仲間がいて、うち嬉しいわぁ」
1人だけお上りさんなのが嫌だったんだろう、メリッサがやたらと嬉しそうにローラへ絡んでくる。逆にメリッサは嫌そうだ。
「お、お仲間って、私は王都に7年も住んでたのよ?!」
「なぁ、ローラぁ、素直になってもええんやで?」
「どういうことよ?!」
最初は言葉だけで絡んでいたメリッサだったが、そのうちべったりとローラにくっつく。そして更にメリッサが体をなで回し始めたところでローラは離れた。
「ちょ、やめなさいよ!」
「ふふふ、うちのテクにかかったら、ローラなんて一発やで?」
お前はこんな真っ昼間から何をするつもりなんだ。往来の中でそんなことをするものだから、美少女2人が絡み合っているのを珍しそうに周囲の人が見る。
「あー、中に入りたいんだけどいいかな?」
どうやって2人に声をかけようか迷っていたライナスがようやく声をかけられたのは、しばらく先のことだった。
俺達が冒険者ギルドの中に入ると、そこには以前と変わらない光景があった。
中は広くて建物の横幅だけでなく奥行きも結構ある。そして、そんな中には多くの冒険者がいた。武具を身につけていたり、ローラやメリッサと似たような服装だったり、典型的な魔法使いの格好をしていたりしている。
そんな冒険者達は、室内に規則正しく並べられた掲示板に貼り付けられた紙を熱心に見たり、壁際に置かれた書類を真剣に見ていた。自分の望む依頼を探しているのだ。
「うわぁ、やっぱり人の数が全然ちゃうなぁ」
その様子を興味深そうにメリッサは眺める。
「それじゃ奥に行こう。果たした依頼の手続を済ませなきゃ」
ライナスが歩き始めると他のみんなもそれに続く。
掲示板のある場所を抜けるとロビーが広がっていた。そして更にその奥にはカウンターが並んでいる。ライナスはいつもの受付カウンターの前で立ち止まった。
「この依頼の終了手続をお願いします」
「はい……って、ライナスじゃないの?! 久しぶりねぇ」
冒険者見習いだったライナス達の対応をしてくれていた受付嬢のお姉さんは、久しぶりに見たライナスの顔に驚いた。
「最後に会ったのがノースフォートへの急使でしたよね」
「そうそう、だから1年と3ヵ月くらいかしら」
もう6月の半ばだからそれくらいになるのか。随分と王都から離れていたような気がする。
「で、バリーの他にも2人いるのね?」
「こっちがローラで、こっちがメリッサっすよ!」
バリーが元気よく2人を紹介した。すると、受付嬢はローラを見てにんまりとする。
「へぇ、あなたがローラなんだ。ライナスとよく手紙のやり取りをしていたわよね」
「え、ええ……」
「なにそれ? どういうことなんや?!」
ああ、またメリッサが食い付いた。でもこの時代に手紙のやり取りなんてそうしないから珍しいもんな。
「いえね、そこのライナスが冒険者見習いだった2年間、ノースフォート教会にいた彼女とよく手紙のやり取りをしていたのよ。しかも結構分厚かったのよね。何が書いてあったのかしら?」
「うわぁ、そんなん言うまでもないですやん」
「待って、メリッサ。あなた絶対誤解しているわ。それと、早く手続きをしてくださらないかしら?」
おお、青筋を浮かび上がらせたローラが、笑顔でメリッサと受付嬢に声をかけてる。
「はいはい、承りました。ちょっと待っててね」
普段から強面の冒険者の相手をしている受付嬢は、慣れた感じでローラの怒りを受け流す。
「ねぇ、メリッサ、少しあそこでお話ししましょう」
「え? いや、うちは別に……」
「さぁ、行きましょう」
ライナスが依頼の終了手続きをしている間に、ローラがメリッサをロビーに引きずってゆく。
「あーあ、メリッサも懲りねぇなぁ」
「はは、これが終わったら迎えに行こう」
その様子をライナスとバリーは苦笑しながら見つめていた。
冒険者ギルドで手続を済ませた後、ライナス達は倉庫街へ向かった。アレブのばーさんと会うためだ。ライナスがあらかじめ緊急連絡用の水晶で日時を指定していたのですれ違いということはない。
以前同様に寂れた倉庫に入ると、そこにはばーさんが1人いた。
「久しいの。色々と活躍しておったそうではないか」
「……お久しぶりです」
ライナスが代表してばーさんに挨拶をする。バリーは少し落ち着かない。そしてローラとメリッサは緊張していた。
「そこの女子2人は新しい仲間か?」
「はい、ローラとメリッサです」
そういえば、この2人はばーさんと初めて会うんだったか。こんな埃っぽい倉庫で胡散臭いばーさんと会うんだから警戒して当然だな。事前に聞いた評価も最悪だったし。
ライナスの紹介に釣られるように挨拶をした2人だったが、その表情も態度もぎこちない。
「ひぇひぇひぇ。まぁ、そう緊張せんでもよい。メイジャーやペイリンから聞いておるわしの評価は大体予想がつくが、今すぐどうこうするわけではないからの」
おお、評価を否定しないのか。どうせ否定しても信じないが、これはこれで凄いなぁ。開き直っているようにしか見えない。
「えっと、今までの活動の報告をしようかと思うんですけど……」
「おおそうか。それでは始めておくれ」
ということで、ライナスが王都を旅立ってから戻ってくるまでの概要をばーさんに伝える。
メイジャーさんに手紙を渡したことから始まって、中央山脈の魔物討伐隊に参加したこと、ペイリン爺さんに会ったこと、ウェストフォートを拠点に小森林で聖なる大木を探したこと、そして、聖なる大木の枝からローラとメリッサの杖を作ったことなどだ。
「ふむ、ジルに導かれて聖なる大木と会ったか。それにしても、思わぬところでユージが役に立ったの。まさか聖なる大木を蘇らせるとはな」
それは俺も同感だ。たまたま手を幹に突っ込んだら解決方法が見つかったんだからな。
「それで、ローラとメリッサが今持っておるその杖が、聖なる大木の枝から作った杖というわけか」
「はい、そうです……」
若干緊張しながらローラが答えた。ばーさんはしばらく2人の杖をじっと見る。
「それで、使い心地はどうじゃ?」
「かなりええですよ。この杖を使うと魔法の威力が普段の倍以上になりますし」
「それと、使う魔力は半分以下ですむのよね」
「そうそう、威力だけやと思うてたらこんな効果もあるなんてな!」
しゃべっているうちに興奮してきたのか、ローラもメリッサも杖について色々と説明をする。試しに使っているところは見ていなかったが、そうか、そんなに便利なのか。
「良い杖を手に入れたの。これからの旅にも大いに役立つじゃろう。して、これからどうするつもりなんじゃ?」
杖の話を切り上げたばーさんは、今後どうするのかということを俺達に問いかけてきた。
「イーストフォートに行くつもりです」
「イーストフォートじゃと?」
「ええ。そこから旧イーストフォートに挑んでみます」
ライナスの言葉を聞いたばーさんは嬉しそうに何度も頷く。ペイリン爺さんが行けって言ったからなんだが、恐らくこれだけでばーさんも気づいたんだろうな。
「いやいや、実に良いことじゃ。小森林で物理的な戦い方を学んだ後は、旧イーストフォートで霊的な魔物を相手に修行するわけか。良い心がけじゃの」
あー、そういう面もあるのか。廃都の概要を知る俺としてはばーさんの言葉に頷く。
(そうだ、せっかくだから俺も相談したいんだけど、いいか?)
今まで黙っていた俺がしゃべったことで全員の意識が俺に向く。
「ほう、どんな相談じゃ?」
(実をいうと複合魔法と無詠唱がまだ思うように使えないんだ)
「まだ使えんかったんか?」
相談の内容を伝えると、ばーさんは眉をひそめた。
ライティア村で3人の先生に散々教えてもらった上に練習もしたんだが、実のところ未だにうまく使えていない。ああ、断っておくと、複合魔法と無詠唱を使うこと自体はできる。しかし、複合魔法は時間をかけないと最適な魔法の組み合わせを導き出せないので実用に耐えられないし、無詠唱は成功率が3割未満しかないのだ。
これを話すと、ばーさんは渋い顔をした。
「今までどうしておったのじゃ?」
(ロビンソンがいた頃は単発の魔法で充分だったし、本格的な旅に出てからは大魔力を込めた魔法でどうにかなってたんだ)
「環境に助けられておったのか」
はっきり言うとそういうことだ。使う必要性がなかったから後回しにできたので、今でもこの体たらくなのである。
「できん原因はわかっておるのか?」
(複合魔法については咄嗟の判断力とイメージ不足だな)
複合魔法を使うときだが、当然のことながら最初にどの魔法を組み合わせるのかを決めなければいけない。そのためには必要な状況から最適解を導き出さないといけないわけだが、特に戦闘時などの咄嗟の判断を求められるときに俺はそれができないでいる。
また、組み合わせる魔法を決めたとして、次にどのような形で発動させるかをイメージしないといけない。魔法の呪文というのは、どんな魔法を使うのかということとどう発動するのかという大まかなことしかわからないので、細かいところは術者のイメージに委ねられるのだ。例えば、火と風の魔法の複合魔法に炎竜巻というのがあるが、術者のイメージによって炎のような竜巻になったり竜巻に少量の炎が混じるだけになったりする。この場合は単に結果が異なるだけで済むが、繊細な効果を求められる場合だと発動の失敗、あるいは暴走ということになりかねない。俺は2つ以上の魔法を組み合わせるときに、このイメージというのがうまくできないことが多かった。
(……そしてできないから単発の魔法に頼ってしまうし、なまじ高威力の魔法を使えるからそれで大抵が解決してしまうんだ)
「なるほどの。無詠唱についてもイメージ不足で成功率が低いというわけか」
俺は頷く。
通常、呪文を唱えることで魔法のイメージを固定化するが、無詠唱の場合はイメージのみとなる。なので、イメージ不足で複合魔法がうまくできないなら、もちろん呪文を唱えない無詠唱など成功は覚束ない。
(ああでも、複合魔法はお湯を作るっていうような簡単なやつならできるよ。ただ、難易度が上がるとやたらと時間がかかったり、いい加減な状態で発動して実用に耐えられなかったりするんだ)
「そうなると、無詠唱で失敗するときは何も発動せんか、それとも思ったものと違う形で発動するかの?」
(そうだ)
たぶん、今の俺の説明でどうすればいいのかわかったんじゃないだろうか。
「一言で言うと、修行不足じゃな。ふむ、仕込むのに予定より1年遅れていたとは聞いておったが、こんな形で現れておったとはな」
あー、そういえば、そんなことを言われていた気がする。更に村を出てからは光の魔法の習得を優先していたもんなぁ。
「仕事で結果を出すという意味では、お主の今のやり方でも間違いではない。しかし、複合魔法と無詠唱を身につけるのならば、これからは非効率であっても修行と思うて複合魔法をできるだけ使うようにするんじゃな」
(無詠唱は?)
「後回しじゃ。まずは複合魔法で自在にイメージできるようになってからじゃな。そうすれば、自ずと無詠唱もできるようになるじゃろう」
そうだよな、一応やり方も知ってるし、成功する場合もあるんだからあとは慣れるだけなんだよな。ただ、劇的に成功率が上がるようなやり方がないかなって思ってたんだが、やっぱりそんな都合のいいものはないか。やりやすいからって光の魔法の習得を優先しすぎた。
(わかった。ありがとう。これから練習量を増やすよ)
「そうするがよい。自在に使えるようになれば、できることも増えるしの」
そうだな。これからは地道な訓練を日々やっていくか。
「それでは、王都を出発する前に再び連絡をするがよい。旧イーストフォートの地図や街の情報を与えてやろう。それと、旅立つ日を教えてくれるのならば、船の手配もこちらでしておこうではないか」
ライナス達はその言葉を聞いて目を開く。俺も驚いた。よほどお気に召した行動らしいな。がっつり踊らされているようで面白くない。
「それとも、すぐに王都を旅立つのか?」
「いえ、しばらくは王都で休息をしようかと思ってます」
「ふむ、休息はしっかりとっておかんとな」
その後、みんなで話し合った結果、旅立つのは4日後ということにした。もうそろそろ夏になるわけだが、王都では雨季と重なるのでできるだけ避けたかったからだ。
「ひぇひぇひぇ。それでは、明日の昼過ぎにここで会おう」
こうして、ばーさんへの報告がやっと終わった。相変わらず無駄に疲れる。




