─幕間─ 聖騎士と魔法使い
やあ、僕の名前はフール。魔族を統一した魔王デズモンド・レイズの配下で四天王なんてのをやっている。そして、現在は人の住む地を征服するために勤しんでいるわけだ。
今の僕の仕事は王国という人間が作り上げた国の内情を探ることだ。1つの所に定住できず、勝手気ままにふらふらする僕にはふさわしい任務だね。たまに汚れ仕事をすることもあるけれど、今のところ大したことはしてないな。
そして僕は今、魔王デズモンド・レイズの居城に来ている。名前は何だったかな、忘れちゃった。まぁいいや。
この魔王様の居城はデモニアという都市にあるんだけど、人間の王国から行くのは結構大変なんだよね。何しろ、大陸を三分割している山脈の1つである大北方山脈を越えないといけない。その先は魔族の住む地ということで魔界と呼ばれているんだけど、その地をずっと歩かないといけないんだよ。デモニアは魔界のほぼ中央にあるからね。
え、魔法を使って一瞬で移動できないのかって? それができたらやってるよ。魔法はそこまで便利なものじゃないんだ。まぁ、できそうな奴は知ってるけど。
だからせめて馬くらいは借りたいんだけど、誰も僕には貸してくれないんだ。同じ魔王配下でしかも四天王の1人なのに。別に優遇しろとは言わないけれど、せめて最低限の支援はしてほしいよね。僕だって役に立ってるんだからさ。鎧は着ていないとはいえ、やっぱり魔界でこの聖騎士の格好がまずいのかなぁ。
ということで、僕はハーティアから2ヵ月かけてデモニアにやって来たわけだけど、これから上司である魔王様に会わないといけない。正直なところ面倒くさいんだけど、宮仕えをしている以上、たまには顔を出しておかないといけないんだ。
魔王様の居城は実用を重視した質実剛健な風貌をしている。これは魔王様の性格を表しているともいえるんだけど、まだ魔族が統一されていなかった頃に築城されたので、実用性を重視せざるを得なかったという理由の方が大きい。
当然、城の中も同様で最低限の装飾しかない。初めて訪れたときは魔族の美的感覚ってどうなんだろうと興味津々だったけれど、そもそも城の主が装飾に興味がなさそうなので肩透かしを食らった気分だったなぁ。質素を旨とする光の教徒の大神殿と比べると、こちらの方がはるかに教義に忠実だというのは何とも皮肉な話だよね。
「さてと、確かこっちだったよね」
たまにいる衛兵のきつい視線を浴びながら僕は素知らぬ顔で進んでゆく。城の内部は必要以上に入り組んでいるのでわかりにくい。城内戦闘を想定した設計になっているんだ。仕方がないとはいえ、来る度に面倒だと思う。
記憶力には自信のある僕は迷うことなく謁見の間にたどり着いた。門の両脇に控えている衛兵に来訪の理由を告げると、嫌々取り次いでくれた。この聖騎士の服を着てないと僕の扱いはもっとましになるんだろうか。
「フール、入場!」
言葉の端々に敵意を感じるね。本当なら「フール様、入場なさります!」のはずなのにな。
それはともかく、開けられた大きな扉から謁見の間に入る。さすがに広い。何人もが乱闘できる広さだ。
そんなことを思いながら僕はしかれた上等な絨毯の上をゆっくりと進んでゆく。
視線の先には少し高くなった所に玉座があった。そしてその玉座には既にその主人である魔王デズモンド・レイズが腰掛けている。相変わらず真面目そうだなぁ。
そう、この魔王様、真面目なんだよね。配下の者が飢えないようにするにはどうしたらいいのかっていうことで日々悩んでいらっしゃる。皮肉でも何でもなく、本当にいい支配者だと思う。逆に敵には徹底的に容赦しないけど。
そんな魔王様は身長2アーテム弱くらいの美丈夫だ。人間の基準だと大男だが、魔族だとそれ程珍しくはない。また、魔族特有の病的なまでに白い肌は虚弱そうな印象を与えるが、簡素な装飾を施された衣装の下は均整の取れた体だと聞いたことがある。さすがに同性の体を積極的に見たいと思わないので確認する気はないけどね。それで、美丈夫と表現したように、顔の作りは平均よりも遥かに上だ。漆黒の長髪をオールバックでまとめ上げて顔の輪郭をはっきりとさせているわけだが、彫りの深さと相まってこれまた渋い。魔族の女性からは大人気だ。
「陛下、ただいま戻りました」
僕は少し離れたところで膝をつき、臣下の礼をとった。頭を下げたので視界いっぱいに絨毯が広がる。
「うむ、大義である」
僕の一言に対して労いの言葉が返ってきたのはいいけれど、相変わらず重いなぁ。言葉に質量なんてあるはずないのに垂れた頭が更に下がる気分だよ。
「報告書にて成果は理解した。諜報活動については問題ない。これで中央山脈での工作が成功すれば文句なしだったんだがな」
「申し訳ございません」
早速来たな。実務家らしい無駄のない話の進め方だなぁ。
「それでも、ノースフォートの聖騎士団団長を討ち取ったというのはなかなかのもの。こちらの思惑通りにはいかなかったとはいえ、当初の目的は一応果たせたわけか」
「はっ」
思った通りに評価してくれてそうで安心した。後は余計なことを言わないようにして、謁見が終わるのを待てばいいだろう。
「他には余に伝えるべきことはあるか?」
「いえ、何も」
本当はあるけどないということにしておいた。ちなみに、ライナス達のことだよ。報告しようものならすぐさま調査の指示が下っちゃうし、最終的には処分しないといけなくなる。それは困るからね。
「……ふむ、余興のつもりで拾ったわけだが、なかなかどうして役に立つではないか」
「ありがとうございます」
「しょせん道化師と蔑む者も多いが、人の身、しかも聖騎士という身分は間者としてなかなかに得がたい。今後もそなたの働きに期待しておるぞ」
「はっ」
表面上は褒められてるんだけど、ちょっと扱いに困る言葉だなぁ。僕への非難が大きくなってきたので牽制したいっていうならもっと他の諸将がいるところでするべきなんだけど、単に僕を慰めているだけとも受け止められる。逆に人の身で魔族に仕えていることを皮肉られているようにも受け取れるんだよなぁ。
実際のところはどうなのかわからないが、表面上はお褒めの言葉なんだし、素直に受け取っておくしかないね。
「では、引き続き王国での諜報活動を任せる。ベラと連携して事に当たれ」
「はっ」
ということで、僕の謁見はこれで終わった。
結果的には謁見する必要のないような内容だったねぇ。
そんなことを考えながら、僕は謁見の間を後にした。
デモニアにやって来た最大の目的を果たして一安心した僕は、謁見の間からゆっくりと外に向かって歩く。相変わらず周囲の視線は厳しいが、どうでもいいことだから涼しい顔のまま受け流す。
ようやく城の外へ出たところで、僕ははたと足を止めた。そして魔王様のお言葉を思い出す。
「挨拶くらいはしておくかな」
目の前の道をまっすぐに往けば城壁にたどり着き、そして城門から街に出ることができる。けれど、僕はそうはせずに道から逸れて芝生の上を歩いた。
しばらく進むと森が現れるけど僕はそのまま歩き続ける。更にいくらかの時間をかけると、やがて石畳にかこまれた無骨な階段が現れた。ハーティアと入り口の位置が大して変わらないと思うのは気のせいかな?
(なんじゃ、フールか)
僕が石畳の階段を降りようとすると、精神感応で声をかけられた。声はとてもしわがれているが一応女性のものだとわかる。そこに友好という2文字は欠片も含まれていないけど。
「魔王様への報告が終わった帰りに寄ったんだよ」
(用がないのなら帰れ)
相変わらず取り付く島もないなぁ。そういう僕も彼女の言葉を無視して階段を降りているんだけどね。
「いや、諜報活動をするに当たって、魔王様からベラと連携するように言われちゃったんだよね。ほら、偉い人から命令されたんだから、せめて連携するふりくらいは見せておかないといけないでしょ?」
(……ふん、殊勝な心がけじゃな)
階段を降りきると、僕はそのまま石造りの廊下をゆっくりと歩く。たまにある光明が光源となっているため不自由はない。
「こちらに来い」
目の前にローブを身につけた老婆が現れて声をかけてくる。見た目はハーティア城にいるアレブと瓜二つだ。この人物こそが、四天王の一角である魔法使いベラだ。僕の同僚でもある。
「アレブから今までの報告は受けてるかい?」
「ああ、受けておる。計画は順調に進んでおるらしいな」
据え置かれた椅子に座ると、前置きや世間話抜きでいきなり本題に入る。僕達が会話をするときはいつもこうだ。共通の話題が本題しかないというのが一番の理由だが、それってつまり、それだけの関係でしかないということでもある。もう結構な付き合いのはずなんだけどな。
「それで、さっきも言ったようにこれからまた諜報活動をするんだけど、何かやっておくことってある?」
「……やたらと協力的な姿勢で臨まれても気持ち悪いの」
確かにそうだ。その言葉に僕も苦笑する。けど、もちろん裏があってのことだ。
「前回の中央山脈での工作活動のように、終盤から首を突っ込まれて引っかき回されるっていうのはごめんなんだ」
「それはアレブがやったことじゃろう」
「だからあなたがやったことだとも言えるでしょう、ベラ」
人形が人形使いの意思に反して動くことなんてありえない。そんなことくらいは僕だって知っているよ。
「ふん、次はどの辺りで活動する気なんじゃ? 教えてくれたら調整はしてやるが」
「それがまだはっきりときまってないんだよね」
一瞬の間の後、ベラが不機嫌となる。協力する気になったらはぐらかされたって思ってるんだろう。
「あ、別にいい加減なことを言ってるわけじゃないよ。魔王様からは具体的にどこへ行けって指示は受けてないし、さっき報告が終わったところだからまだ先のことは考えてないだけなんだよ」
「……いつ決まる?」
よかった、とりあえず言い訳を受け入れてくれたみたいだ。
「少なくとも、王都でライナス達の動向を探ってからだね。まだ修行するつもりだったら当面は放っておいたらいいけど、本格的に魔王討伐隊として活動するんだったら、どう動くか見てからこれからの行動を決めないといけないでしょ?」
「つまり、これからはライナスに関わるということか」
うーん、本当に順調なら顔ばれする分だけ僕が損するんだけどな。
「どれだけ関わるのかっていうことも、そのときに決めたいね」
うっかり全面的に支援しますなんて言ったら、思い切りこき使われちゃうもんなぁ。だからどうしても曖昧に答えざるを得ない。
「よかろう。いつになるかわからんが、ライナスは1度王都に戻ってくる。そのときにアレブから報告があるはずじゃから、それで判断すればよかろう」
「助かるよ。それで、ライナスはいつ頃王都に戻ってきそうか目安だけでもわからないかな?」
「ノースフォートからレサシガムに向かってから、今はウェストフォートにいるらしい。何やら小森林に挑んでおるようじゃが、それが一段落すれば戻ってくるじゃろう。それ以上はわしにもわからん」
小森林に挑んでる? 腕試しかな?
「3人で修行をしてるってわけ?」
「ウェストフォートへ着いたときには、ペイリンの孫娘が一緒におったらしい。そやつを含めた4人でパーティを組んでおるそうじゃぞ」
「そのペイリンって、もしかして殴り合いが大好きな魔法使いだったりする?」
「そうじゃ、あのゲイブリエル・ペイリンのことじゃよ」
その孫娘かぁ。思わず男前な見かけを想像してしまうなぁ。
「戦力的には問題ないんだよね」
「レサシガムでも才女と呼ばれておったくらいじゃから、能力面では心配しておらん」
そうなると、しばらくは放っておいてもよさそうだね。
「なら僕は、イーストフォートにでも行ってようかな。王都近辺は大体見て回ったし」
「ふん、好きにするといい」
面白くなさそうにベラは言い放つ。
さて、こんなものかな。意外と実りある会話ができて嬉しい限りだね。
「わかった、そうするよ。それじゃ、僕はこれで失礼するね」
そう言うと、僕は立ち上がって出口に向かう。
ベラは、そんな僕を何も言わずに黙って見送った。




