試験の結果と新しい杖
聖なる大木であるヤーグの言う通り、帰りに森で獣や魔物に遭遇してもライナス達が襲われるということはなかった。しばらくこちらをじっと眺めた後、まるでこちらがいないかのように無視するのだ。
帰りの経路も往きと同じということにしたので、一行は妖精の湖を精霊にまたがって渡った。当然4人は寒さに打ち震えながらである。
そしてウェストフォートに戻ってきたわけだが、ライナスとバリーが2アーテム以上もある木の枝を担いでいたのでさすがに目立った。知り合いに何度か何の木なのかと聞かれたが、さすがに本当のことを言うと余計な混乱を招くだけなので、ペイリン爺さんからの依頼で何かの実験に使う木ということにした。
ということで、いつまでもウェストフォートにいるのは不自然ということから、ライナス達はレサシガムにすぐ行くことにした。小森林から帰還した翌日には、バリーが冒険者ギルドで預かってもらっていた槍斧を受け取ると、朝一番でウェストフォートを後にする。
今回は徒歩である。小物ならともかく、2アーテム以上の大きな枝を載せていってくれる荷馬車がなかったからだ。
ただ、今回はジルもついてきているということもあって、道中の聖なる大木の枝運びは召喚した土の精霊にやってもらった。さすがに3週間以上の徒歩の旅で大きな枝を担ぐというのは辛いからだ。
そうしてレサシガムのペイリン邸に着いたのは、年が明けた1月の下旬頃だった。
俺達はペイリン邸の庭にいる。本来なら応接室に案内されるはずなのだが、2アーテム以上もある聖なる大木の枝を入れるのは大変なので、庭で検分することになったからだ。
雪がちらつくほど寒い中で俺達が待っていると、メリッサと共にペイリン爺さんがやって来る。その背後には執事と数人の使用人が従っていた。
「これが聖なる大木の枝か。枝っちゅーには少しでかすぎるんとちゃうか?」
聖なる大木の枝を見たペイリン爺さんの最初の感想がそれだった。俺達と同じだ。
そして、たまたまペイリン爺さんの死角で庭を眺めていたジルが、飽きて俺達の背後から出てくるとペイリン爺さんや執事が驚く。
「なんや、なんでここに妖精がおるんや?!」
「あれ、この人がメリッサのおじーちゃん?」
そんなペイリン邸の人々の驚きをよそに、ジルはメリッサの祖父を不思議そうに見る。
(メリッサ、妖精を見かけるのはそんなに珍しいことなのか?)
「普通は大森林から出てこんしな。それこそ、おとぎ話で見かけるくらいや」
なるほどな。だからあれだけ驚いてるのか。
「メリッサ、この妖精は誰なんや?!」
「ジルっちゅーんや。フォレスティアのジルって名乗ってたわ。何でもマーズ王国のアーガス王と関係あるらしいで」
メリッサのその言葉にペイリン爺さんは絶句する。
「それって、伝説の妖精やないか……」
(あれ、マーズ王国の記録って全て処分されたんじゃないんですか?)
以前メリッサに教えてもらったことと微妙に食い違いがあったので、俺はペイリン爺さんに質問した。
「公式文書は全て処分された。けどな、その土地に残っている伝承をきれいに消し去ることはなかなかできん。ごくわずかに残ってた口伝に、たまたまフォレスティアのジルについての話があったんや」
そうなると、形を変えて伝承が残っている可能性もあるのか。
「ふふん。どう、みんな? あたしの凄さがわかったでしょ!」
とりあえず、ペイリン爺さんから望んでいた反応が返ってきたことに気を良くしたジルは、俺達に向かって嬉しそうに胸を張る。
「あ、うん、疑って悪かったよ」
「すげぇなぁ、ジル!」
「も、もちろん信じてたわよ?」
「くっ、なんか知らんけど負けた気分やわ……」
反応はそれぞれだが、ともかくジルの言っていることが正しいことは証明された。
「ところで、聖なる大木の枝の確認なんですけど……」
「ヤーグ本人が分けてくれたんだから本物よ! これで杖を作ったら、絶対凄いのが作れるんだから!」
ローラが話を戻そうとした矢先にジルが言葉を重ねてきた。
「まずは本物かどうか確認しようと思っとったんやけど、ジル殿がそう言うなら偽物っちゅーわけじゃないんやろうな……」
「もちろんよ!」
「うーむ、まさか本当に採ってくるとはな……」
あ、いま本音が漏れた。メリッサの顔が引きつってる。
そうか、例え本物を持ってきたとしても、それを証明できないと偽物扱いされるんだ。もしジルが一緒に来てくれなかったら、何のかんのと理由をつけて偽物と断定される可能性があったっていうことか。
「ちなみに、ジル殿とはどこで出会ったんや?」
「妖精の湖の岸辺です。薬草を採りに行った俺達がジルの看病していた人魚の子と会って、その後にジルがその子からユージのことを聞いて会いに来たんです」
ライナスの説明を聞いてペイリン爺さんは難しい顔をする。偶然の恐ろしさに悩んでいるんだろう。
「妖精の湖でジル殿と出会ったか。なるほどな、ある意味必然っちゅーわけか」
しばらく悩んだ後、ペイリン爺さんは苦笑しながら呟く。
「で、おじーちゃん、試験は合格でええんか?」
「……せやな。証人付きでこの枝を持って来られたら文句言えんわ。合格や」
「やったぁ!!」
ペイリン爺さんの合格宣言を聞いたメリッサは飛び跳ねて喜んだ。
「それじゃ、次はこれを使ってメリッサの杖を作るんですね」
「せやな。けど、これだけ長いんやったら、ローラちゃんにも短い杖くらいは作れるかもしれん」
喜んでるメリッサを横でほほえましく見ていたローラが杖の話をすると、ペイリン爺さんはローラの分も作れそうだと漏らした。
「ローラも魔法を使うんだから、小さくても作ってもらった方がいいよな」
「そうだぜ。武器は多い方がいいからな!」
バリーは杖を鈍器としてしか見ていないのか。バリーに持たせたら一発で折りそうだな。
「なら、杖ができるまで、しばらくここにおったらええわ。歓迎するで」
ペイリン爺さんの提案に全員が嬉しそうに頷いた。
試験に合格し、ライナス達のパーティへ正式に参加することになったメリッサだったが、大きな問題が1つ発覚する。それは、杖を作るのに時間がかかるということだった。
「おじーちゃん、杖1本作るのに3ヶ月もかかるもんなんか?」
「職人に聞いたんやけどな、生の木はそのままじゃ使えんから乾燥させんといかんらしいんやけど、その乾燥させるのにやたらと時間がかかるそうなんや」
その話は俺も聞いたことがある。木材は半年から1年以上かけて乾燥させるんだったよな。前の世界だと人工的に乾燥させることも多かったそうだが、ここじゃ自然乾燥一択だ。
「あの枝やとそんなに大きくないからまだましやけど、それでも乾燥させるだけで2ヵ月はほしいっちゅーとったな」
「魔法使ってどうにかでけへんかな?」
「それができるんやったら職人の方からゆーとるわ。それに、今回扱う木材は聖なる木の枝や。普通の木材と違うさかいに下手なことはしたくないとも言われた」
滅多にないレア素材で一品が作れるとなると、そりゃ職人の気合いの入れ方も違うだろう。職人の腕を信じるならば、ここは思うようにやってもらった方がいい。
「それで、結局のところ3ヵ月ですか。その間何してようか……」
「それなら、王国公路を一周しねぇか?」
「「「え?」」」
杖ができるまでの間、何をするべきか考え始めた一行に対して、バリーが意外な提案をした。
「王国公路を一周って、どういうことだ?」
「ほら、中央山脈を囲むように王国公路ってあるだろ? 北回り街道と南回り街道ってやつがよ。これをぐるっと一回りするんだ」
確かにそれだと時間は潰せそうだが、それをする意義が見いだせない。単に思いついたことを言ったんだろうな。しかし、意外なところから支持する声が出てきた。
「いいわね、それ! ノースフォートへ寄ってくれたらデリアさんに今回のことを報告できるし、ジルにも人間の生活をたくさん見てもらえるじゃない」
「せやな。まずは北回り街道を通ってノースフォートへ行って、それからラザ経由でウェストフォートに行けばええやろ。それやったら、ジルもぐるっと一周してから妖精の湖に帰ればええし、うちらはそのままここに戻ってくればええもんな!」
ローラとメリッサは楽しそうに予定を語る。思わぬ盛り上がりに男達は驚くが、もう既にそうなることが既定路線のようになってしまっていて口を挟めない。
「いいわね、それ! 私も久しぶりに人間の世界を見てみたい!」
ジルも大喜びだ。楽しいことや珍しいことが大好きな妖精がこんな機会を逃すはずがない。
ということで、旅の疲れを落とすのに数日間掛けた後、俺達は王国公路一週の旅を始めた。期間は3ヵ月ほどとペイリン爺さんに伝えておく。また、木材の乾燥や杖の作製を急ぐことはないということも一緒にだ。帰ってきたら失敗してましたでは悲しすぎる。こうしてぶらりと旅に出た。
旅の間は色々とあった。道すがら何かある度に一喜一憂するジルをはじめ、初めての場所にメリッサは興奮し、そしてノースフォート教会ではローラが事の顛末を報告するのに苦労したことなどだ。
特にノースフォート教会では妖精が現れたということで大騒ぎになったのには驚いた。光の教徒は神やその眷属だけを賞賛するものと思っていたが、妖精は別らしい。思わぬ厚遇を受けたジルは色々とはっちゃけていた。
そして、そんな妖精を連れてきたということで、ローラの聖女としての名声はますます高まっていった。本人は微妙に嫌そうだったのが印象的である。
他にも、ラザで王都の雰囲気を微妙に味わったり、小森林の中を貫通している南回り街道で俺達だけ全然獣や魔物に襲われなかったりもした。
また、ウェストフォートではジルと別れた。正確には妖精の湖の北端まで送っていったのだが、2ヵ月以上も人間の世界を楽しんだせいか、かなり満足そうだった。
「みんな、じゃぁね~!」
と、満面の笑みで湖上を南下していった。
その後、俺達は2週間ほどかけてレサシガムに戻った。
季節は冬からすっかり春となり、もうすぐ5月だ。杖を作ってもらうための期間として約3ヵ月間王国公路を回っていたが、それも終わりである。
「おじーちゃん、杖はできてる?」
「おお、メリッサ! 昨日できたばかりや!」
ペイリン爺さんはそう言って執事に目配せすると、使用人に2本の杖を持って来させた。
「あれ、2つあるん?」
「長い方はメリッサ、短い方はローラちゃんのや」
メリッサが受け取った杖は約1.5アーテムと一見すると一般の杖と大差ない。しかし、作りは非常に重厚なものに仕上がっている。外で使うということで細かい細工はないものの、振り回せるように丈夫な作りにしたらしい。
一方、ローラは約0.5アーテム程度の短杖を受け取った。作りはメリッサと同じように見える。
「わーい、ありがとぉ、おじーちゃん!」
「ありがとうございます、ゲイブリエルさん」
「ああ、後でその杖を使ったらどのくらい魔法の威力が強うなるか確認しときな」
まなじりを下げながらもペイリン爺さんは必要なことを2人に伝える。
「これでパーティメンバーが4人だな!」
「ああ。戦士2人に僧侶が1人、それに魔法使い1人……やっと冒険者のパーティらしくなったなぁ」
バリーの上機嫌な声にライナスが応えた。長年の夢が叶い、更にそのための基盤が整ったのだからライナスも感慨深いだろう。
「そうや、みんなに教えておきたいことがある。もし本気で魔王を討つ気なんやったら人間だけの力だけやと難しい。恐らく大森林の連中にも力を貸してもらう必要があるやろう。けど、大森林の連中は基本的に人間を信用しとらん。せやから、廃都である旧イーストフォートにある『古の証』を手に入れるんや」
みんなが喜びに浸っていると、ペイリン爺さんは俺達に1つの助言をしてくれた。
「『古の証』ですか?」
「せや。何でも大昔、人間と妖精の仲を記念に作ったものらしい。それが今も有効なんかはわからんが、手に入れて損はないやろ」
「なんでそんなに大切なもんが廃都になんかあるんや?」
「それは、旧イーストフォートの領主やったラスボーン家の家宝やったからや」
しかしまた面倒なところにあるな。廃都かよ。
「そうなると、次は大陸の東に行くのか。へへ、面白くなってきたな!」
「大陸の西から東へか。遠いなぁ」
「でも、王都に寄っていけるのよね。久しぶりだわ!」
「そうか、王都を通るんやな! わぁ、1回行ってみたかってん!」
全体的にみんな浮かれているのは、王都を通過したり、冒険者らしいお宝発掘ができるからなんだろう。
俺はそんなみんなの様子を見ながら、これからどんな厄介事があるのかということに思いを馳せていた。




