ヤーグの若返り
聖なる大木の目の前まできた。俺ならできるとみんな言うが、そもそもどうやったらいいのかさっぱりわからない。
(ユージ、いいのか?)
(できる範囲で努力しますよ)
聖なる大木はやや遠慮がちに確認してくるが、俺だってできるなら活力を取り戻させたい。これは枝がもらえるかは関係なくだ。
とはいうものの、どうしても魔法でどうにかなるとは思えないんだよなぁ。光系統で回復させられるとはいってもどれだけ効果があるのやら……っと、そうだ、確認しておかないといけないことがあったな。
(ヤーグさん、光系統の魔法が苦手ってことはありますか? 光魔法を使われると回復魔法でも傷ついてしまうとか)
(そういうことはないな。闇魔法で腐らされるというような場合なら別だが)
(それなら、苦手な系統の魔法は闇くらいですか)
(まぁそうなのかもしれんが、考えたこともないのう)
うーん、あんまり参考にならないなぁ。
さてどうしたものかと考えながら、ついいつもの癖で聖なる大木に触る。当然、半透明な俺の手は幹の中に埋もれてしまうわけだが、ここで聖なる大木が反応を示す。
(うん? これは……?)
(あれ?)
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに聖なる大木が不思議がっている理由がわかった。今までと違って、俺の霊の体から魔力が抜けていっているのだ。
(ヤーグさん、何かしました?)
(いや、わしは何もしとらんが……しかし、これはまた力強いの)
(え? もしかして活力が湧き上がってきています?)
おお? まさか直接魔力を与えることで漲ってくるとは! 魔法を使うときに発生するわずかな損失がない分だけ効率的だな。
(ふむ、無色透明な上に非常に純度の高い魔力を持っておるの。これ程良質な魔力に触れるのは初めてじゃ)
これには俺だけじゃなく、他のみんなも驚いた。
「え、ユージの魔力ってそんなにすごいの?」
(すごいという言葉の指す意味はわからんが、全く色のついていない魔力というのは自然界でもそうはない。皆、何かしらの属性に近い色にわずかに染まるしの。しかし、ユージの魔力にはそれがない。それと、わずかに漏れる魔力だけでわしの一部を満たすなど、余程濃い魔力でないと不可能じゃ)
褒められているのはわかるんだが、それがどのくらいすごいのか俺にはわからない。
「そういえば、ユージって常時魔力を取り込んでるってゆーてたな。その割には姿を消すとどこにいるか全くわからへんねんけど、これも不思議な話やな」
「確かにそうよね。それだけ大きな魔力をまとってるなら、遠くから気づかれてもおかしくないはずよね」
今まで気にしたことはなかったが、言われてみれば確かにそうだ。強大な魔物がまとう魔力は離れていても気づくという。特にメリッサやローラなんかだと魔力に敏感なはずなのに、俺には全く気づいていなかった。どうしてこんなにステルス機能が高いんだ?
(でも、それならこのままヤーグさんに魔力を分ければいいのか)
「そうよね! ユージ、そのまま全部あげちゃえ!」
全部は駄目だろう。でも、さっきのヤーグさんの言葉だと、もしかしたら魔力を全部使い切るまでに往時の活力を復活させられるかもしれない。
(よし、それならこのまま魔力を渡しますよ)
(ふむ、頼む)
そうして俺は意識して魔力を聖なる大木に注ぎ込む。
ここで何かの物語なんかだと、注ぐ魔力に比例して俺の体が光ったりするんだけど、もちろんそんなことはない。発光するようなことは何もやってないからな。
ただ、さすがに巨木だけあっていくらでも注げそうな感じだ。どれだけやれば終わるのかわからないだけに不安がつきまとう。別に死ぬわけじゃないんだが、はっきりとした目標がないと落ち着かない。
(どんな感じですか?)
(体全体が満たされるような感覚がするの。かつて若いときに感じていたような活力じゃ。特に根の調子が良くなってきた)
水が溜まるように下から調子が良くなってくるんだろうか。そうなると、木の天辺まで満たせばいいことになる。
(ヤーグさん、幹もある程度満たしたら、今度は天辺近くから魔力を注ぎますね)
(おお、それはいい!)
やはり元気じゃないところに注ぎ込まれるのが一番いいらしい。
「ねぇ、ユージ、どう?」
(何とかなりそう。どのくらい時間がかかるかわからんけど)
えらく抽象的なジルの質問に俺も曖昧な答えを返す。ただ、何とかなりそうなのは本当だ。
聖なる大木は依然として注ぎ込んだ魔力を際限なく飲み込んでいるが、それに対してひたすら魔力を注ぎ込んでいる自分にも俺は驚いた。恐らく聖なる大木を満たしても俺の魔力は枯渇しないと思うのだが、それはつまり、俺には聖なる大木以上に魔力を収める許容量があるということになる。どうしてそんなでたらめな許容量があるんだろうか。
(ユージ、そろそろわしの上の方から魔力を注いでくれんかの)
(わかった)
聖なる大木の要請に従って俺は上に上がる。目測で200アーテム程度あるのでかなり高い。もう霊体になって15年ほどになるが、まだ人間としての感覚が残っているらしく、100アーテム以上も上ると怖く感じる。別に高所恐怖症というわけじゃないんだが、寄りかかれるものがない状態で高いところに行くと誰でも怖く感じると思うんだ。
50アーテム辺りからは葉の数が目に見えて少なくなり、100アーテムくらいになるとほとんど枝だけだ。
(このあたりかな)
適当なところで止まると、先程と同じように手を大木の幹にめり込ませて魔力を注ぐ。後は聖なる大木が満足するのを待つだけだ。
(それにしても、広いな)
俺は暇なので周囲を見渡した。今の時間は深夜なので真っ暗なのだが俺には関係ない。
聖なる大木のあるここからだと、真南から真東にかけて南方山脈が遥か遠方に見える。そして、それ以外は全て森だけだ。地平線の彼方まで森なんて初めて見たぞ。
「ユージ、ちゃんとヤーグに魔力注いでる?」
(やってるよ。後は満足するまで注ぐだけだ)
俺の様子を見に来たらしいジルが、姿を見せている俺の周りをゆっくりと飛ぶ。その表情を見るとなぜか上機嫌だ。
(何を喜んでるんだ?)
「えへへ、ヤーグは妖精以外だと私の数少ない古い友達なんだ。もうそろそろ寿命なのかなって思ってたんだけど、まだ大丈夫なんだなってわかったから嬉しくてね」
そうか。ほぼ無制限に生きられるとなると、当然他種族の知り合いは先に死んでしまうよな。ジルがどれくらい生きているのかは知らないが、そういった別れはたくさんしてきたんだろう。
(なぁ、ジル。ヤーグさんに活力が漲っているかってわかるか?)
あんまり突っ込んで聞いていい話じゃないので、俺は話題を変えるべくジルに聖なる大木の様子がどうなのか訪ねてみた。
「うーん、そうねぇ。だいぶ元気にはなってきてるようだけど、まだもうちょっとみたいね」
(効果はあるんだな)
「うん、だいぶ調子が良くなってきてるらしいよ?」
ここまでやったんだから明確に効果が出てくれないと俺も困る。
「あ! 葉っぱが生えてきたよ?!」
ジルの指差す方を見ると、確かに先程まではなかったはずの葉が芽吹いてきていた。それをきっかけに俺の周囲の枝からも葉が次々と芽吹いてゆく。しばらくすると、見晴らしの良かったこの場所も枝葉に覆われて何も見えなくなってしまった。
(周りの景色が見えなくなったのは残念だけど、こうやって効果が目に見える形で現れると嬉しいな)
「そうだね! あ、あたしみんなにも教えてくる!」
そう言い残すと、ジルは枝葉を器用に避けながら下に降りていった。
それからしばらくして、聖なる大木からもう充分だという返事が返ってきたので、俺は魔力を注ぐ作業を止めた。
作業を終えて下に降りてくると全員が上機嫌で待っていた。目的を達成できそうなのだからそりゃ嬉しいだろう。
「ユージ、やったな!」
「いやぁ、ようやってくれたな。あんたすごいやん!」
まずバリーとメリッサが一番に称えてくれた。この2人はいつも真っ先に何か言ってくれるな。
「ユージ、お疲れ様。魔力の注ぎすぎで調子は悪くなってない?」
「これ程の巨木に魔力を注ぎきるなんてすごいわね」
ライナスは俺の心配をしてくれる。その気遣いは嬉しい。そして、ローラは純粋に驚いていた。
「えへへ、でかした、ユージ! さすがあたしの弟子!」
最後にジルが俺の周りをぐるぐると飛び回る。珍しく出遅れたのは聖なる大木と話をしていたからだ。
(ユージ、ありがとう。おかげで以前と同じように活動できそうだ)
それから遅れて聖なる大木からお礼の言葉をかけられる。
それにしても、随分と魔力を注ぎ込んだ割にあまり自分に変化がないのが不思議だった。存在が希薄になったり疲れたりすると思っていたのに全くそんなことがない。何かある日突然魔力が切れて消滅しそうでちょっと怖いな。
(さて、わしの願いを叶えてくれたのだから、今度はこちらの番だな)
聖なる大木はそう言うと、木全体がゆさゆさと揺れる。
何だろうと思っていたら、突然枝と言うには大きなものが俺の真上から降ってきた。そしてそれは、そのまま俺を通過して地面に落ちる。
(危ねぇ! 俺が人間だったら死んでるぞ!)
(はっはっはっ、すまん。目測を誤った。若返っておったことを忘れておったわ!)
俺の抗議はやたらと上機嫌に受け流された。聖なる大木さんは舞い上がっていらっしゃるようです。
(その枝を持っていくがいい。若返ったわしの枝じゃ。何かしら役に立つだろう)
その言葉を聞きながら落ちてきた枝を見ると、太さは平均10イトゥネック程度で長さは2アーテム以上ある。結構でかい。
(それとユージ、お前には特別世話になった。その礼としてこれを受け取ってほしい)
聖なる大木の方を見ると、幹から何やら半透明の首飾りが現れる。チェーンネックレスか?
それが目の前までふわふわと漂ってきたので俺は手にとってみた。
(あれ?! これ俺でも触れる?!)
エディスン先生にもらった魔法の本以来だな。俺はしばらくそれを手にして驚いていた。
(それは、大森林と小森林で生きる物に仲間だと認識させるための首飾りじゃ。それをしておる限り、森の中で襲われることはない)
おお、ということは帰りは一直線に帰れる? いや待て、俺1人じゃ意味がないぞ。
(ライナス達はどうなるんですか?)
(お前が仲間だと認識している者なら、近くにいる限り襲われんよ)
なら安心だ。おれはその簡素なチェーンネックレスモドキを首に掛けた。うん、見た目は何の変化もないな。
「今回、俺達何にもしてねぇな」
「そうだね」
バリーの呟きにライナスが苦笑した。まぁ、こんなときがたまにあってもいいだろう。
その後、俺達は聖なる大木のそばで一晩過ごしてから、その場を後にした。
ちなみに、聖なる大木の大きな枝は精霊に担いでもらうことにした。さすがにウェストフォートの中ではライナスとバリーが担いでいたが。




