騒がしい妖精に導かれて
ジルを先頭にライナスの一行は湖上を滑るように進んでゆく。精霊に乗ってゆくので、小森林の中を歩いて行くよりも段違いに楽だ。何しろ木々や魔物など行く手を阻むものがいない。
移動速度は人が走っているくらいの速さだ。思ったよりも速くない。パムを連れてきた水の精霊はもっと速かったように思えるのにとジルに言ったら、どうやらジルの飛ぶ速さに合わせているらしい。急ぐ旅ではないので水先案内人の速さに合わせるとしよう。
それにしても、馬型の水の精霊の移動する姿を見て驚いた。というのも、馬の姿をしているので四肢を使って駆けるのかと思っていたら、棒立ちのように突っ立ったまま水をかき分けるように前へ滑っているのだ。ちょうど勢いをつけた後に棒立ちで氷の上をスケートで進んでゆく感じだ。何か違う。
(ジル、この馬型の水の精霊って進むときは脚を使わないのか?)
「使わないわよ。だって、馬の姿をしているだけで馬じゃないもん」
どうしても気になったので聞いてみたら、実に端的な答えが返ってきた。そう言えば、パムを抱いていた水の精霊は人型をしていたが、脚を動かしていたところを見たことがなかったな。なるほどな、姿に惑わされていたわけだ。
今までとは違って湖上の旅は順調そのものだ。それはいいのだが、別の問題が発生する。それは、盲点と言えば盲点だった。
「さ、寒いわね……」
「湖の上に風を遮るものなんてなーんもないしなぁ」
そう、冷風だ。マントで体を包んで何とかしのごうとするライナス達だったが、それでも限界はある。
(なぁ、水の精霊を火の精霊で暖めたら暖かくなるかな?)
「……やってみないとわからないけど、消滅する可能性が高いわよ」
そうだよなぁ。でもこれ、放っておくと体調を崩すんじゃないだろうか。
(せめて飯のときだけでも岸に上がって体を温めないか?)
「そうだね。俺達もそうしたい」
ということで色々と話し合った結果、2時間ごとに岸辺で30分ほど暖をとることになる。季節柄、さすがに1日中移動しっぱなしは無理だった。
そうして約3日かけて湖上の旅を終えた。場所は妖精の湖と小森林と南方山脈の境だ。こんな小森林の裏手までやって来ることなんて簡単にはできないことだから、みんな感慨に耽る。
そしてその後、みんながジルに感謝した。道中何もなかったのはジルのおかげだと知っていたからである。実のところ、俺達の様子を見に来た人魚に一行の説明をしてもらっていたのだ。
もちろん、感謝されたジルは有頂天だ。
「ふふん、ユージの仲間はいいわね! ちゃんとあたしの偉大さをわかってるし!」
わかったから、残りの道案内もしっかりやってほしい。
(それじゃ、ジル、精霊の姿を元に戻そうか)
「え、なんで? 帰ってもらうんじゃないの?」
みんなの賞賛を浴びて上機嫌のジルに俺は声をかけたが、その内容に首をかしげられてしまう。妖精にとって召喚した精霊はその場限りでしか使わないのか。まぁ、妖精らしいと言えば、妖精らしいが。
(だって、帰りも使うんだから消さずに連れて行った方がいいだろう。それに護衛としても役に立つんだし)
「ふ~ん、また呼べばいいって思ってたんだけど、まぁいいわ」
よくわからないといった様子ではあったが、それでもジルはこちらの意見を受け入れてくれた。
そうなると、上位の水の精霊4体に下位の土の精霊4体がお供につくわけだ。かなりの戦力じゃないのか、これ。
「それで、ジル、どう進んで行けばいいんだろう?」
「えーっとね……森と山の境をしばらく歩いた方がいいわね。森の中だと歩きづらいでしょ?」
空を飛べるジルなら森の中を一直線に進んだ方がいいんだろうが、地面を一歩ずつ歩かないといけない人間はそうもいかない。ジルはそういったことに配慮してくれたのだ。珍しい。
「なぁ、この辺りに出てくる魔物って、どんな奴がおるんや?」
「ん~……わかんないなぁ。どこも同じじゃないの?」
メリッサはこれからの危険について考えるための材料がほしかったようだが、ジルはその辺りのことを全く気にしたことがないそうなので役に立たなかった。この辺りは妖精としての性格がよく出ている。
「ここから2日くらいで聖なる大木のところへ行けるのね?」
「そうよ。とっても大きいんだから」
なぜか聖なる大木のことを自慢げにジルは話す。
そこでふと気になったことがあったので俺も質問してみる。
(そんなに大きいなら、森の上から見ると聖なる大木がどこにあるのかわかるんじゃないのか?)
とても大きい木ならば、当然高さも相応なはずだ。それなら、宙に浮いてる俺が森の上に出て聖なる大木の位置を確認しながらライナス達を誘導することだってできるんじゃないだろうか。
「うん、ユージならできるんじゃないかな。霊体で宙に浮いてるし」
やっぱりその方法は通じるんだ。もしかしたら霧が立ちこめていたり魔法で見えなくなっていたりするんじゃないかって思ってたけど、そんなことはないんだな。
「それじゃ、行こうか」
ライナスの呼びかけに応じた俺達は、ジルを先頭に小森林と南方山脈の境界を東側に向かって歩き始めた。
湖の岸辺から東に向かってライナス達は歩いていたが、この日は幸いなことに魔物とは一切遭わなかった。
妖精の湖に近い小森林と南方山脈の境目まで人間が入ってくることはないので、事前に調べようにも資料そのものが無い。だからジルを除いた俺達は緊張していたのだが、結果的に徒労に終わった。
「ここから森の中に入るわよ」
「へへ、いよいよか!」
ジルの案内に対してなぜかバリーがやる気を見せている。目的はちゃんと覚えているんだろうか。
(この辺りだと魔物も強力なんだろうな)
「そうだね。ジルが話をつけてくれると楽なんだけど」
俺の呟きに対してライナスが苦笑しつつ答える。さすがにそこまで都合よくはいかないだろうけどな。
そんなことを話しつつ森の中に入った一行だったが、やはり中は暑いらしい。途端に4人全員が汗だくになる。ここ数日ですっかり寒さに慣れたようなので辛そうだ。
そして、気にしていた魔物だが、巨大蜘蛛や殺人蜂、それに粘性生物、巨大蟻、巨大蠕虫とウェストフォートの近くで見かけた魔物ばかりと出会う。どれも厄介と言えば厄介だが、対処方法は知ってるので怖くはない。
むしろ恐ろしいのはその数だ。巨大蟻並に巨大蜘蛛や殺人蜂が群れているのを見かけたときなど、ローラとメリッサは卒倒しかけた。こいつらエサは一体どうしてるんだ?
しかし、そんな危険な場所をすり抜けるかのようにジルは俺達を案内してくれていた。捜索もかけないで一体どうやってるんだろう。俺は頻繁に捜索をかけて周囲に注意を払っているが、それでも魔物の群れに突っ込みそうになるのに。
(ジル、お前どうやって魔物の群れを避けてるんだ?)
「え? 大体こっちの方がいいかなぁ~って思うところを進んでるんだけど」
勘か。妖精はみんなそんなことができるんだろうか。こんなにふらふらあっちこっちと彷徨っているようで、その実しっかりと前に進んでいるようなのだから、妖精の勘というやつはすごい。
たまに遭遇する魔物を撃退しながら進んで行くが、結局1日目では聖なる大木にたどり着けなかった。さすがにこれだけ右往左往していれば当然だな。ほぼ直線で進めて1日っていう話だったんだから。
翌日、ジルの話では今日中にたどり着けるということだったので、それを期待して俺達は再び歩み始める。
相変わらず妖精の勘というのが働くらしく、危険な場所はうまく避けてくれる。ただ、避け方はあくまでも妖精基準なので、人間である4人からするとかなりきわどいところを歩かないといけないことがあった。そもそもジルの案内がなければ危険を察知することさえもできなかったが。
俺はたまに森の上に出て1本突き抜けて大きい木がないか確認していたが、2日目の宿泊地を出発した直後からそれらしきものが見えてきた。確かに他の木と比べて抜きん出て高い。ここから見えるということは、相当な高さなんじゃないだろうか。
(何か大きな木が見えてきた)
「マジか!」
最初に反応したのはバリーだった。反射的に反応するのはいつもバリーが最も速い。
「それで、あとどのくらいの距離なんや?」
(まだかなりあるように見えた。今までの進み具合からすると、今日中は無理なんじゃないかなぁ)
そういえば、2日前のジルとローラが話をしていたときのことを思い出すと、距離や時間に微妙な齟齬があるように思えてきた。ローラとしては歩いてどのくらいの距離と時間なのかと聞いているのに対して、ジルは飛んでどのくらいかかるのかという返答をしていたように思える。ということは、湖の岸辺から聖なる大木まで2日っていうのは、ジルが飛んでいったときでの話なんだろうな。
俺はライナス達にそのことを話してみると、4人ともそのずれは認識していたらしく俺の話に納得してくれた。
「なるほどね。確かに飛んでいける妖精の感覚だと岸から2日なんだ。気づかなかったわ……」
「異種族間だとその辺りの常識の差異をちゃんと確認しないといけないんだね」
ローラとライナスはため息をついた。
「うーん、その辺りは考えて話してたつもりだったんだけどね~」
意外なことにジルは一応考えて話をしてくれていたみたいだ。配慮は足りなかったものの、何も考えていなかった俺達よりはずっとましだ。そういや昔、どっかの王子様と行動してたんだっけか。む、やはり長生きしている分だけ人生経験が豊富というわけだ。
「そうなると、今日1日はまだ歩きっぱなしっちゅーことなんか?」
「ユージの話だとそうなるんだろうね」
「魔物の大群も避けないといけないから仕方ないわ」
あんなでたらめな数を相手にするくらいなら、確かに遠回りをした方がいいに決まってる。精霊を合計8体連れてきているとはいえ、世話にならないならそれに越したことはないしな。
結局、小森林の端から聖なる大木に着くまでに4日かかった。奥に進むにつれて回り道の度合いが酷くなってきたからだ。特に3日目から4日目にかけては聖なる大木の周囲をぐるっと回るばかりで全然近づけなかったのでとてももどかしかった。
しかし、それでもジルの案内は的確で、致命的な魔物の群れを避けるように進んでくれた。捜索でたまに確認していたんだが、聖なる大木がわざとそう配置しているんじゃないかというくらい目的地近くの魔物の密度は高かったので、ジルなしだと近寄ることすらできなかっただろう。
そうしてようやく聖なる大木のある場所にたどり着いたわけだが、根元から見るとその大きさがより一層感じ取れた。
「うわぁ……」
「でっけぇ……」
ライナスとバリーは口を開けて聖なる大木を見つめていた。30アーテム以上ある。小学校なんかに設置されているプールよりもでかい。
「久しぶり~、ヤーグ!」
大木の大きさに呆然としている俺達をよそに、ジルは聖なる大木に気軽な挨拶を投げかけていた。
(……おお、ジルか。久しぶりじゃの)
ヤーグと呼ばれた聖なる大木は精神感応でジルにだけ話しかけているようだが、その声は俺達にも聞こえる。目の前の大木から想像できるような、低く落ち着いた声だ。
「元気にしてた?」
(実のところ、あまり元気ではないんじゃが、お前の話し相手くらいならできるぞ)
ジルの挨拶への返答はあまり力強いものではなかったが、それでも久しぶりの来客の相手をしてくれる気はありそうだ。
さて、いよいよここからが俺達の出番である。メリッサの願いを叶えるために聖なる大木のヤーグと交渉しないといけない。
どういうふうに話を持っていったらいいのかと考えながら、俺はジルと聖なる大木が話をしているのを聞いていた。




