表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
1章 異世界でも勉強の日々
8/183

俺はやればできる子だと思いたい

 簡単な会話ができるようになった俺は、王国語の文法と同時に簡単な算術と自然科学を習い始めた。文法を覚えることで更に高度な言葉を操れる土台を身につけるのだ。

 そしてここで、木村勇治としての知識が役に立ってくる。簡単な算術とは下級算術のことを指す。これは、整数、小数、分数による四則演算、面積や体積などの量の測定が該当する。日常でよく使う計算を指すらしい。これは全国民必須ということで誰もが使えるようになるまで学ぶそうだ。そして、その上に中級算術というのがある。内容は各種三角形や多角形などの図形の他、百分率や比例などの数量関係を指す。これも小学校程度の知識といえる。さすがにこの程度なら俺でも問題ない。

 なので、中級算術までは事実上言葉を覚えるだけで終わる。楽でいいですねなどとエディスン先生は言ってたが、俺もそう思う。

 しかし、疑問に思ったことが1つあった。


 (どうして算術の下級と中級の内容が分かれているんですか?)


 俺にとってはどちらも小学校で習った知識だったので、わざわざ2階級に分ける理由がわからなかった。そこでエディスン先生に質問したのだが、返ってきた答えに言葉が出なかった。


 (こちらでは貧しい子だと7,8歳から働き始めることも珍しくありません。しかし、そんな子達でも最低限の知識は必要です。ですから、その最低限の知識を学べるように下級算術や下級自然科学というのがあるんですよ。中級算術は都市部に居を構える一般家庭以上の子達が学びます)


 そうか、何でも現代日本の常識で判断しがちだが、こっちの世界って中世並みだったんだよな。そうなると勉強できる子供の方が珍しいのか。中級算術は都市部の子達だけってことは、中流階級が都市の一般家庭に限られてるんだろうな。

 うーん、そうなるとチート能力もなしにこの世界へ転生するより、霊体になった方がましなのか? 話を聞いた限りだと、こっちで生きていく自信はないなぁ。

 それはともかく、算術以外にも自然科学を学ぶことになっている。まずは下級自然科学なのだが、これは風、光、水、雷などの性質やてこの原理、それと生物についてだ。これも小学校の範囲だが、生物に関してはこの世界の生態系について全く知らないので1から教えてもらうことになった。他は算術同様に言葉だけ教えてもらう。

 そして最後の社会制度については、生物同様に1から教えてもらわないといけない。こちらの人間社会の仕組みなんて当然知らないからだ。とりあえず村の仕組みから教えてもらって、徐々に世界を広げていく感じで学ぶらしい。


 (こうして見ると、かなり省略できそうですね)

 (そうだね。私としても嬉しいよ。それだけ他にいろんなことを教えられるからね)

 (あ、俺、たくさん魔法を覚えたいです!)

 (ははは! 任せたまえ)


 何とも頼もしい回答である。

 ということで、わかるところはどんどん飛ばしてエディスン先生に教えてもらった。




 そうして更に3ヵ月が経過した。1日20時間も勉強するというのはかなり大変だが、長すぎる休憩は苦痛でしかないので勉強し続けている。

 かなり早い段階から、ライナスの母親であるケイトが毎日働きに出ているおかげで、精神的にはかなり楽だ。ライナスのおまけとはいえ、移動して周囲の風景が変化するというのは精神衛生上とても良い。やっぱり同じ場所にずっといるのは辛いしね。

 それと、移動するということは他にもいくつか特典がある。1つは、生物の授業を受けているときに、実際にその生き物を見る機会が得られる点だ。やたらと写実的な絵を見せてもらって授業するのも悪くないが、実際に動いている生き物を見る方が強い印象を受けて覚えやすい。

 他にも、ケイトは村の裕福な農家の手伝いをして日銭を稼いでいるのだが、家人と交わされる会話は今の俺にとってはかなり有用な機会だったりする。実際にやり取りをしているところを見られるだけでなく、エディスン先生とその会話をまねしたり、派生の会話を教えてもらったりするのだ。

 また、周囲にある草木や小道具などあらゆるものが学習対象になるので、俺にとってはかなり興味深い。

 ただし、いいことばかりじゃない。雇う側と雇われる側で立場が違うのは当然だが、中にはケイトが眉をひそめるような扱いを受けることがあるからだ。

 特に村長のところが一番酷かった。特に村長の嫁が結構きつい。嫌みを言うなんて当たり前で、報酬の貨幣を床に投げて拾わせたり、言われたとおりにやった作業をできていないと言い張ってやり直させたりとやりたい放題だ。初めて見たときはさすがに衝撃を受けた。


 (先生、これって酷くないですか?)

 (うん、まぁ、いささか人格に問題があるね。ただ、これはまだましな方だよ)

 (えぇ?! これで?!)

 (この場合、単にこの女性の性格に問題があるだけだからね。貴族なんかだともっと酷いよ。そもそも平民を人として扱わないことも珍しくないからね)

 (マジっすか?!)

 (旅に出るとこういった扱いを当たり前のように見かけるだろうから、早く慣れておいた方がいいよ)


 確かに頭の中ではわかっていたが、実際にそんな場面に遭遇するとかなり気分が悪い。しかし、こんな場面が当たり前のようにあるのかぁ。切り捨て御免なんて習慣もあるんじゃないだろうな。

 こうやって嫌な思いをすることもあったが、エディスン先生によればこれもいい勉強の機会だそうだ。こういう場面をきっかけに言葉と共に社会制度を学んでいくのである。

 しかしこの半年でわかったことだが、ジェフリーとケイトってこの村じゃ自作農と小作農の間くらいなんだな。一応畑はあるものの、それだけじゃ苦しいからケイトが日雇い労働みたいなことをしてる。


 (ジェフリーとケイトって、子供を作ると生活が更に厳しくなりませんか?)

 (7,8歳になると仕事を手伝えるようになるから、作らないってわけにはいかないよ)


 なるほど、貧しい子が7,8歳で働く理由ってのが具体的にわかってきた。最初から労働力として期待されているわけか。そりゃ勉強なんてしてる暇はなさそうだな。

 しかしそうなると、こんな状態からライナスをこの夫婦から取り上げるなんてできるんだろうか。下に弟がいても難しいような気がする。

 その辺りはアレブのばーさんがどうにかするそうなので、今は自分の勉強のことに集中するようエディスン先生に注意される。おっと、この黒い領域には踏み入ってはいけないんだった。


 それで、今の俺の学習状態なんだが、算術は中級まで、自然科学は生物以外の下級ができるようになった。生物に関しては1から覚えないといけない上にほぼ机上学問しかできないので、なかなか身につかないのだ。とてももどかしく感じる。社会制度についてもとりあえずは大丈夫だとエディスン先生は言ってくれた。少なくともライティア村ならその裏側についても大体知っている。嬉しくはないが。

 自分としては半年だけでこんなに身につくとは思わなかっただけに驚いている。やはり1日の大半をつぎ込んでいるだけのことはあるな。まだ言葉がちょっと怪しいところがあるものの、内容については問題ないとのことなので、俺は次の段階の勉強をすることになった。




 こちらの世界にやって来て9ヵ月が経過した。村の様子に変化はない。そう、季節の変化以外はほぼ何もないのだ。都会に住んでいる人で田舎のスローライフがいいって言う人がいるけど、それって単に何もないだけなんじゃないのかと最近は強く思う。本当に毎日やることが変わらない。

 ああけど、収穫祭ってのはあったな。今年も無事に収穫できたことを感謝する祭りだ。豊かな村ではないので質素ではあるものの、年1回の祭りなだけに皆嬉しそうだった。この日は酒も肉も好きなだけ飲み食いできるからな。

 子供も大人の間を縫うようにしてはしゃいでいる。さすがに酒はダメだが、その分食べる方に力を入れていた。たまにこっそりと酒に手を出したのが見つかって、頭をはたかれている子もいたのは笑った。

 ライナスは相変わらずおんぶにだっこ状態だ。まだ生まれて1年も経っていないのだから当然か。しかし、はいはいはもうできるようになった。俺は1歳を過ぎてからでないとはいはいはしないと思っていたが、そんなことはないようだ。ちなみに、1歳過ぎだと歩けるようになるらしい。意外と早いな。


 この頃の俺は、中学高校相当の上級算術と上級自然科学を中心に勉強していた。中学高校相当とひとくくりにしているので範囲が随分と広いように思えるが、実際のところは予想以上に学ぶことが少なかったりする。

 理由は、現代日本よりも科学技術が数百年遅れているからだ。日本で学ぶ数学や理科の多くの内容は近代以降に発見されたことなので、中世程度のこの世界ではまだ発見されていない法則などが多いのである。ただしその分、魔法という──俺からしたら不可思議な──力があるので何とかなっているらしい。まぁ、俺としては勉強する量が減ってくれるので嬉しい。

 ああ、他にも重要なことがあった。最近は念話ではなく、口や耳を使って授業をしている。最初は復習の意味もかねて下級の科目からやり直していたのだが、これがなかなか難しい。


 「10分で800アーテム歩けるとしたら、1辺500アーテムの城壁に四方を囲まれた城の周囲は何分で歩けると思う?」

 「えーっと、『ジョウヘキ』って何でしたっけ?」

 (『城壁』、城を守るための壁だよ)


 というように、発音と単語が一致しなくて結構困った。今ではそれ程ではないものの、このようなやり取りはまだ当たり前のようにある。この辺りは繰り返し会話をして慣れるしかない。

 算術や自然科学は言葉を覚えることに重点が置かれているのに対して、社会制度と新たに加わった王国史は俺の知らない分野なので、念話で1から勉強していた。社会制度は都市と農村の違い、他に王国の税や法に関する簡単な知識などである。王国史は王国の起こりから現在までを学ぶことになっていたのだが、表と裏の両方を教えられることになった。


 (ちょっと待ってください。裏ってなんですか?)

 (もちろん王国の暗部だよ)

 (なんでそんなものを俺に教えるんですか?!)


 ライナス近辺の黒っぽくなりそうな状況でさえも嫌なのに、そんなあからさまにヤバそうな話は知りたくないですよ?!

 しかし、エディスン先生はにっこり笑ってこうおっしゃられた。


 (魔王討伐がきれい事だけで済むとは限らないでしょう)

 (いや、王国の暗部が必要になる場面ってどんなときなんですか?)


 王国の秘宝を奪ったり、王族を犠牲にしないといけなかったりするんですか? 単に強くなって魔王を倒すだけじゃダメなのかなぁ。


 (何もこちらから積極的に王国の闇と関わりなさいと言っているわけではありません。各地を旅していると何かにつけて妨害を受けるかもしれませんから、身を守るための一助ですよ)


 聞けば王国も一枚岩ではなく、各地の領主で思惑が微妙に異なるらしい。積極的に支援してくれるならともかく、場合によっては嫌がらせを受けるかもしれないので、対策を立てるための知識として役立ててほしいそうだ。せめて我関せずという態度でいてくれたらいいのに。




 季節が一巡りした。寒かった冬も終わって、今は暖かい日々が続いている。

 こちらの世界にやってきて1年が過ぎたわけだが、日本じゃ俺ってどんな扱いになってるんだろうと思うときがある。こっちに霊体として来ているということは、肉体は日本に残ってる可能性が高い。霊体は魂と同一ということは、向こうの俺は死んでしまったのかな。親兄弟はいないから泣いてくれる人はいないけど、会社の同僚は困るだろうなぁ。ああ、得意先にも迷惑がかかるか。微妙な案件がいくつかあったけど、みんな何とかしてくれてるんだろうか。

 勉強の合間に休憩をしていると、ふとそんなことを思ってしまう。今更どうにもならないが、突然こちらの世界にやって来たものだから心の整理がまだついていないのだろう。

 というように、気を抜くと後ろを振り返って寂しさを感じるときがあるものの、何とか1年間エディスン先生に教えてもらったことは大体身に付けられた。教えてもらった内容は、算術の上中下級、自然科学の上下級、社会制度、王国史の表裏だ。道徳や習慣についても教えてもらったが、これは王国全体のものだけだった。各地の固有のものはその時々で覚えればいいらしい。

 いやそれにしても、1年で大体言われたことを身に付けられるとは思わなかった。俺、最初にライナスが成人するまでに覚えられるか不安に思ってたけど、これなら妖精語や魔族語もいけるんじゃないか? アレブのばーさんができて当然って馬鹿にしてたけど、正しかったわけだ。なんだか悔しい。

 そうそう、1年経過したということは、ライナスもそれだけ成長している。近頃は両脚だけで歩けるので、いろんなところを徘徊しようとして母親のケイトを困らせていた。父親のジェフリーは昼間ずっと畑で働いているので、基本的に育児には参加していない。古い時代にイクメンなんて存在しないのである。

 ただ、夕食後に遊んでやったりはしている。やっぱり自分の息子はかわいいらしく、嬉しそうに相手をしているのをよく見かけた。

 更に、ケイトのお腹は最近大きくなってきてるんだよな。ライナスに続いて2人目だ。やることがないからって毎晩のようにやってりゃできもするだろう。俺がライナスのために必死で勉強している隣でやってるんだもんなぁ。ただ、子供はたくさん作ってもらわないといけないんだよな。うーん、何かもやもやする。


 「元気がありませんね。隣の夫婦がそんなに羨ましいですか」

 「ははは、ええ、まぁ……」


 最近は念話で話すことはあまりなくなってきている。こういった息抜きの会話なら、俺もほとんど差し支えなくしゃべることができるからだ。

 さすがに1年で7200時間も費やしたのだから、これくらいはできないとね。人より物覚えが少し悪いとエディスン先生に言われたときは本当に泣けたけど。

 それはともかく、俺が羨ましそうにジェフリーを見ていると、エディスン先生は不思議そうに話しかけてきた。


 「生きていた頃からそういうのには興味がなかったので、君の悩みはよくわかりませんね」

 「あー」


 根っからの学者か研究者なんだ、エディスン先生って。うん、よくわかる。


 「私にはその気持ちを慰める術はありませんが、良い知らせを1つお伝えすることはできます」

 「良い知らせ、ですか?」


 なんだろう。何か新しいことでも教えてくれるのかな。


 「もう王国語も使えるようになったので、そろそろ魔法を教えようかと思ってるんですが、どうでしょう?」

 「え、マジですか?!」


 おお、ついに異世界っぽいことを習えるのか! 今までは日本での勉強の焼き直しみたいなのばかりだったけど、今度は違う。俺も魔法を使えるようになるんだ!


 「ええ、必要なことはもう教えましたから、残りは魔法だけです」

 「お願いします。いやぁ、楽しみにしていたんですよ」

 「ははは、そう言ってもらえるとうれしいですね」


 この世界に来て以来、一番の反応を見せた俺に気を良くしたエディスン先生は上機嫌だ。やはり本命である魔法を教えられるのが嬉しいのだろう。


 ということで、いよいよ俺は魔法を学ぶことになった。どのくらい扱えるようになるのか今から楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ