ジルの記憶
「お~、ライナス、バリー、ローラじゃない! 久しぶりね!」
俺の周りをぐるぐる飛んでいたジルは、3人を見かけるなり嬉しそうに声をかけた。
「え? 久しぶり?」
「会ったことってあったか?」
「記憶にないんだけど……」
3人にとっては初めてのはずなのに、まるで旧知の知り合いのように話しかけられて明らかに戸惑っている。こいつ、自分が相手を知ってるからって相手もそうだと思ってるな。
「あれ、反応がないね?」
(当たり前だ。村にいた頃は俺と一緒に姿を消していただろう)
俺はジルのボケを補正するためにかつての事情を話してやる。すると、ジルはようやく思い出したのか納得顔で頷いた。
「あーそうだったわね! ごめん、初めましてだったね。私はジル。見ての通り妖精よ。そして、そこにいるユージの先生でもあるのだ!」
ジルはそう言って胸を張る。とは言っても真っ平らなので体を反らしているだけにしか見えないが。
そして、その挨拶に4人は再び驚く。
「え? ジルはユージに何か教えてたの?!」
「妖精が幽霊に何教えてたんや?」
ローラとメリッサが反応を示したことにジルは気をよくする。そういえば、相手をしてもらうと喜んで、無視されると怒ったり拗ねたりしてたな。
「精霊語と精霊魔法を教えてたのよ! ユージはこれでも立派な精霊使いなんだからね!」
気分よく語っているのはいいんだけど、どっちも俺が使えることはまだみんなに教えてなかったな。メリッサがまた反応しそう。
「妖精から一人前の精霊使いって認められるなんて相当やん……」
「そんなにすごいの?」
よくわかっていないローラがメリッサに尋ねた。
「妖精は精霊に最も近い存在なんや。だから、妖精っちゅーのはそれだけで一流の精霊使いやと思て。その妖精が一人前ってゆーてることは、ユージは妖精と同格の精霊使いっちゅーことやんか」
「一流の戦士におまえも一流だって認められることか?」
「……バリー、あんたわかってへんようでわかってるやん」
突然感想を口にしたバリーに驚いたメリッサが戸惑いながら呟く。
「まぁ、このジルが妖精としてどの程度なのかにもよるけど、人間なら間違いなく一流の精霊使いやな」
「む、あたしは超一流の妖精だよ! フォレスティアのジルって言えばみんな知ってるんだから!」
馬鹿にされたと思ったのか、以前は言い渋っていたのに今回はあっさりとフォレスティアのジルと名乗ったな。
しかし、ライナス達の反応はない。一番魔法に詳しいメリッサでさえ無反応だ。これにジルは動揺する。
「あれ、どうして? なんで驚かないの?!」
「ごめん、俺わかんないや」
「すまん、俺も」
「私も聞いたことないわ」
「フォレスティアっちゅー地名はしってるんやけどな……」
うーん、大きく名乗っておいて無反応っていうのはつらいな。
「ひどい! 人間ってもうあたしのこと忘れたの?! 永遠に語り継ぐなんて言っておいて!」
(誰と約束したんだよ、それ)
「アーガズとよ! 助けてくれたお礼にって言ってたのにぃ!」
俺の頭上でジルはぷんすか怒る。もし俺に実体があったら、確実に髪の毛がむしり取られているくらいにだ。
だが、ジルの言ったアーガスという人名にメリッサは反応した。
「アーガスって、マーズ王国のアーガス王のことか?」
「え?! えーっと……そうそう! でもあたしがアーガスと会ってたときは王子って言ってたよ?」
「後で即位したんやろ。それで、ジルと約束した相手がマーズ王国のアーガス王なら、永遠に語り継ぐっちゅー約束は果たせんな」
「どうして?」
「そら、今の王国に攻め滅ぼされたからや。マーズ王国にあった文献やそのほかの記録は根こそぎ処分されたそうやから、あんたを語り継ぐことはできんようになったんやと思う」
沈黙がその場を支配する。ジルは動揺したままメリッサに質問した。
「ねぇ、アーガスはどうなったの?」
「マーズ王国が滅んだんはアーガス王の死後ずっと後や」
「そっか……」
ぼんやりとした表情でジルはしばらく物思いに耽る。知り合いの国が滅んだなんて聞いたらそりゃしょげるわな。
「メリッサ、マーズ王国が滅んだのはいつの話なんだ?」
「500年ほど前や」
「ジルって長生きしてるんだな」
「そりゃそうよ、あたし達に寿命なんてあってないようなものだからね」
立ち直ったのか、またいつも通りに戻ってる。感情の起伏が激しいから、落ち込んでもすぐ元に戻るのか。
「フォレスティアのジルっていうのがどれだけすごいかはわからないけど、本当に長生きしているんだってことはわかったわ」
「もっと詳しい記録が残っとったらすごさがわかったんやけどなぁ」
「ところで、あんた誰?」
「……今更やな。メリッサや。よろしゅうに」
今になってジルがメリッサに名前を聞いていた。苦笑しつつもメリッサが名乗る。
「そうそう、話を戻すけど、ジルはユージに精霊語や精霊魔法を教えるためにずっと村にいたのかしら?」
「ううん、途中から呼ばれたんだよ、怪しいおばーさんに」
アレブのばーさんか。それを聞いた全員の顔が引きつる。
(それより、どうしてここにおまえがいるんだ? フォレスティアのジルって名乗るくらいだから、ここが故郷じゃないんだろ?)
「別に故郷じゃなくてもいいじゃない。あたし達妖精にとったら、大森林のどこだって故郷よ」
なるほどな。そもそも故郷にいる必要すらないことをジルに指摘される。
「で、あたしはこの湖に寄ったときに、パムからお母さんが病気で困ってるから助けてほしいって言われたのよ」
「だからここにいるのか」
ライナスはジルがここにいる理由に納得する。
「それで、パムのお母さんの病気は治ったの?」
「もちろんよ! パムに採ってきてもらった薬草使って一発よ!」
ローラはその言葉にほっとする。せっかく譲ったんだし、治ってほしいよな。
「それで、そのときにユージって名乗る幽霊がいたって聞いたから、ここに来たってわけ、ね、パム!」
ジルが後ろを振り向いて話しかけると、だいぶ前から水辺でじっとしていた水の精霊に抱かれたパムが頷く。後で聞いたら、パムには水の精霊が通訳していたそうだ。
「それじゃ、その水の精霊ってジルが召喚したんか?」
「そうよ。パムはそのままじゃ陸の薬草を採れないしね」
なるほど。護衛役としても充分だしな。
「こんな強力な精霊を召喚できるんか。すごいなぁ」
「ふふん、やっとあたしのすごさがわかったようね!」
上機嫌なジルがメリッサの頭上をぐるぐると回った。
「それじゃ、パムがジルを案内してくれたのね」
ローラがパムに笑顔で話しかける。しかし、不思議な顔をするだけで反応がない。
「あれ?」
「あ、パムは人の言葉を使えないよ。話をするなら精神感応を使って」
無反応で困っていたローラは、ジルの説明に納得する。やっぱり人の言葉を使えないのか。
(パムがジルを案内してくれたのね)
(ウン)
小さく頷いたパムを見て反応を返してくれたとローラが喜ぶ。そして、ついでにとお願いをしてみる。
(ねぇ、だっこしていい?)
(?! ヤ、ヤダ!)
思い切り断られてしまう。あまりの断られっぷりにローラはがっくり肩を落とした。パムは水の精霊に更に強くしがみつく。
「ざんねん~。さすがに、人魚の子は人に懐かないわよ」
パムはかわいくても人魚だからな。基本的に、人が魔物と呼んでいる生き物は人に懐かない。今もパムは俺とジル以外は警戒している。
(なぁ、ジル。パムを母親のところへ返した方がいいんじゃないか?)
道案内の役目はすでに果たしたんだからもう解放するべきだろう。そもそも、母親が心配してないのか?
(そうね。パム、ありがとう。もうお母さんのところに返してあげるね)
(ウン)
パムが頷くのを確認すると、ジルは水の精霊にパムを母親のところに送り返してくるよう命じた。すると、水の精霊は反転して湖に沈んでいった。
「あ~……」
ローラは残念そうに消えた先を見つめていた。メリッサが無言で慰めている。
(さて、ジル。お前って俺たちがいるってことをたまたま聞いたからここに来たのか?)
「そうだよ。知り合いが近くにいるから寄っただけよ」
(これから何か予定はあるのか?)
「ないわよ」
ふむ、そうか。なら、頼めるかもしれないな。
(それなら1つ質問なんだが、小森林のどこかに聖なる大木があるっていうことは知ってるか?)
「聖なる大木? 小森林を管理してるヤーグのこと? アーガスがヤーグのことをそんな風に呼んでたかな……」
「ジルは聖なる大木のある場所を知っているのか?!」
「ぜひ、教えてくれへんか?!」
この数ヶ月いくら調べてもさっぱりだったからな。ライナスもメリッサをはじめみんな目の色を変えてジルに迫る。
「え?! あ、うん。いいわよ」
「やったぜ!」
「よかったぁ!」
4人の人間に迫られて多少焦ったジルだったが、協力を約束すると4人が非常に喜んだのを見て落ち着きを取り戻す。
(俺としては、聖なる大木のところまで案内してほしいけど)
「いいわよ」
(それじゃ、一旦ライナス達が街に戻って準備をしてからにしようか)
「うん、あたしも街に行きたい!」
今までどうにもならなかった聖なる大木の件だが、これで大きく進展しそうだ。




