妖精の湖から現れた騒がしい妖精
幼い女人魚のパムが薬草パピスを持って帰ってから、ライナス達は依頼を果たすために別のパピスを見つけるべく更に湖の岸辺を奥に進んだ。どれだけ進めば見つかるのかわからないが、4人の表情は明るい。
「ふふ、パムちゃんかぁ。可愛かったなぁ」
「ほんまやな~。ちょっと抱いてみたかったわぁ」
ただし、表情が明るいのはいいことをしたからというだけではない。先程のパムの姿が愛らしかったという話題で、特にローラとメリッサが盛り上がっている。更に、成人した女人魚もそれ程見られるわけではないが、幼体は滅多に見られないのでかなり貴重な経験なのだ。
「しかし、あんなちっちゃい子をよく1人で行かせたよな。危なっかしいぜ」
「だから水の精霊がお供にいたんじゃないのか?」
「その水の精霊って強いのか?」
魔法関連についてはからっきしのバリーは、水の精霊の強さを知らない。
「精霊魔法についてはそんなに詳しないけど、それでもあの水の精霊はかなりのもんやったで!」
パムのかわいさにうっとりとしていたメリッサが、バリーの質問に反応した。
「人型の水の精霊やから高位の精霊なんはもちろんやねんけど、あんな高密度な魔力を内包している精霊なんて初めて見たわ」
「俺でも相手にならねぇのか?」
「そもそも魔力付与されてへん武器は通じひんで」
「……そうだったな」
残念そうにバリーが呟いた。
「けど、人魚が精霊魔法を使えるなんて聞いたことないねんけどな。一体誰があんな規格外な精霊呼び出したんやろ?」
「水の妖精じゃないの?」
「う~ん、その可能性はあるんやけど……湖の底にでも隠れとるんかなぁ」
首を捻りながらメリッサは考え込む。まぁ、さしあたっては重要なことではないので、今は周囲を警戒することにもっと気を向けてほしい。
「しっかし、さっき初めてユージの姿を見たけど、お前本当に透けてるんだな!」
何が嬉しいのか、にこやかにバリーが俺の話に切り替えようとする。ああ、せっかくみんな程よく忘れていたのに!
「そう言えば、ライナスってユージの姿を知ってるみたいだったけど?」
「ああ。小さい頃は夢の中で勉強を教えてもらったり遊んでもらったりしてたんだよ」
それを聞いた3人が驚く。
「え、ライナスとユージってそんなことしてたの?!」
「うん。俺が村でローラと同じくらい勉強ができたのは、ユージのおかげなんだ」
「マジか!」
「私、ライナスに遅れないよう一生懸命勉強してたんだよ」
口を尖らせてローラに言われたライナスは言葉に詰まる。まぁなぁ。2対1で勝負していたようなものだからなぁ。怒りたくなる気持ちはわかる。
「いやぁ、なんというか……」
「それじゃ、魔法を覚えるのが速かったのもユージのおかげなのか?」
「うん……」
バリーが言っているのはロビンソンのところで修行していたときのことだな。確かにあれもそうだ。
「ということは、ライナスってユージに育ててもらったようなものなのね」
「いやぁ、ユージには頭が上がらないよ」
(それをきっちりと吸収できるってことがすごいと思うけどな)
「そうだぜ! いくら教えてもらってもダメなことだってあるしな!」
バリーの言う通りだ。いくら学ぶ環境が整っていても、身につけられるかは本人次第だしな。
「けどユージって、一体何者なんやろな?」
「ライナスの守護霊だろ?」
「そういう意味やなくてな、守護霊っちゅーのは役割やろ、なら、その役割についてるユージはなんなんやろなって話や。幽霊なんか?」
さっきから黙っていると思ったら、俺の核心について考えていたのか。
(確か『精霊に近い霊体』になってるって言われたことがある)
(精霊に近い霊体?)
(精霊は上位になると命である霊魂を核にして魔力をまとうだろ? それに対して俺は霊体に魔力をまとわせてるんだそうだ)
(ということは、魔力を使い切っても消滅せぇへんの?)
(試したことはないからわからない。ただ、霊体って言われているからたぶん消えないんじゃないかな? あと魔力は回復するよ)
それを聞いたメリッサは驚愕する。
(ちょっ、なんやそれ! 霊魂にまとえる魔力量の上限っていうのはいくらでも増やせるんか? 回復する速度はどのくらいなんや?!)
(え、どうしてそんなに興奮してるんだ?)
(あんた何ゆーてんの! 返答によったら実質無限に魔法が使えるっちゅーことやないか!)
召喚された精霊の場合だと魔法を使って減った魔力は元に戻らない。また、普通の幽霊なんかだと魔法は生前に使えたものならいくらでも使えるのだが、必要な魔力を呼び寄せるための触媒として自身の霊体──つまり命──を使用するため、魔法を使用しすぎると消滅することがある。
しかし、俺の場合は霊体のくせに精霊みたいに魔力をまとっているので消滅の危険は今のところないし、放っておくと雪だるま形式で魔力をため込んでいく。
(霊魂にまとえる魔力量の上限は……どうなんだろ? 使わないときはひたすらため込んでる感じだよ。今のところ限界が来たことはないなぁ)
(理論上無限に溜め込めるんかぁ!! このバケモノォ!!)
いや確かにもう人間じゃないけどね? けど、そう面と向かって言われると地味にくるんですよ。
「メリッサ、落ち着いてよ」
「これが落ち着けるかいな! 無限に魔力を溜め込めるなんて魔法使いの理想をあっさり実現しとる奴が目の前におるんやでぇ?!」
仲裁に入ろうとしたローラが今度は食ってかかられる。
「ライナス、何言ってるのかわかるか?」
「わからなくはないけど、メリッサが驚いてる理由がわからないんだ」
ああ、やっぱりメリッサ以外は反応が薄い。
「はぁ、なんでユージが正体隠そうとしてるんかわかったわ。そりゃ迂闊にばれると捕獲対象になるもんなぁ」
そう言えば今更だが、ばーさんも研究対象として興味深いって言ってたよな。あれってこのことだったのか。
「みんなにも念のためにゆーとくけど、ユージのことは内緒な。これがばれると、普通の旅でも支障が出るで」
他の3人はよくわからないという顔をしつつも頷いてくれた。まぁ、今までの旅でも俺のことをしゃべったことはないから、そこまで心配はしてないが。
さて、メリッサがひとしきり俺を羨んだかなり後に、目的の薬草パピスを見つけた。あれから1時間近く歩いたが、意外に生えているところは少ないな。
「これ採ったらやっと帰ることができるのね」
「パムの一件があったからな」
近くでパピスを採取しながらローラとライナスが雑談をする。
「こっちは終わったで~」
「俺んところ手伝ってくれ!」
「バリー、あんた遅いなぁ」
「こういう細かい作業は苦手なんだよぉ」
2人の少し離れたところでメリッサとバリーが一緒に作業を始めた。
「そうそう、今日って村まで戻れないわよね? どこで野営するつもりなの?」
「う~ん、そうだなぁ……パムと出会った所かな」
もう1時間もすれば夕方となる。冬だから日没が早いので2時間以上歩くのは難しいだろう。
「ローラぁ、ライナスぅ、どっちかこっちに来てぇ! このままやと終わらへぇんでぇ!」
「そ、それはいいすぎじゃねぇか?」
ライナスとローラは顔を見合わせて苦笑した。
「やっぱりバリー1人じゃダメだったか」
「それじゃ、私が行ってくるね」
ライナスが頷くと、ローラはメリッサとバリーのところで向かった。
作業が終わったのはそれから約20分くらい後のことである。
薬草パピスの採取を終えてからの一行は、パムと出会った所まで戻ってきたところで歩みを止めた。日没が迫っていたのでこれ以上歩けないからだ。
「結局、帰れへんかったなぁ。う~ん、野宿かぁ」
「この辺で火を熾すぞぉ」
メリッサが水辺でのんびりと背伸びしている後ろで、バリーが焚き火の準備をしていた。
今の季節は冬なので基本的には冷えるのだが、南側の大森林の中は真冬でも暖かい。そのため、大森林と妖精の湖の境界となる岸辺は、風向きによっては冷えたり暖かかったり、はたまた生ぬるかったりと意外に気温の変化が激しい。よって、冒険者がこういった境界で野宿するときは注意しないと体調を崩すこともある。
ライナス達は少し森寄りのところで寝ることにした。基本的に暖かいので体を冷やすことがないし、ある程度湖から風が吹き込んでもちょっとした涼がとれる感覚でいられるからだ。その代わり森から魔物に襲撃されやすくなるが、不寝番は必ず立てるので何とかなるという判断である。
「さぁて、メシにすっかぁ!」
熾した火をある程度で安定させたバリーは、待ってましたとばかりに取り出した干し肉をあぶり出した。食べることが大好きなバリーにとっては飯時が一番幸せな時間だ。
「ねぇ、今晩の不寝番の順番はどうするの?」
「う~ん、そうだな。今晩は1人2時間ずつにしようか」
「今は冬やから、みんな最低1回は6時間連続で寝られるしええな、それ」
不寝番は必須とはいえ、睡眠をぶつ切りにされると翌日の行動に支障をきたすこともある。冒険者になるくらいだから基本的にはみんな体は丈夫なのだが、それでもいつも通り長時間眠れた方がいい。ただでさえ地面が寝床というように環境は最悪なんだからな。
「それなら最初は俺がする。ライナスは次を頼むぜ」
「わかった」
「それじゃその次はうちがするな。ローラは最後」
「いいわよ。食事が終わったらお祈りをして寝ないとね」
不寝番の順番が決まると、後は雑談をしながらの夕飯だ。安全ではない場所なので気は抜けないが楽しいひとときである。
「それじゃそろそろ寝ようかな」
「そうね。私はお祈りを済ませてから寝るわ」
「うちはさっさと寝るわ。お休み~」
「おう、不寝番は任せろ」
明日のことも考えるとそれ程長話もできないので、適当なところで雑談を打ち切った4人はバリーを残して眠った。
不寝番の時間だが、1時間、2時間と正確に区切れるのかというと簡単に区切れる。砂時計を使うからだ。今回は2時間用の砂時計を使って当番の時間を計っている。
「ライナス、起きろ」
軽く揺すられたライナスはすぐに目を覚ます。睡眠時間そのものは充分なので眠気はほぼない。
「おはよう、変わるよ」
「ああ。あと少しだ」
ライナスが立ち上がって体をほぐしていると、その隣でバリーが横になる。そして、ライナスはそのまま焚き火の前に座った。
本当なら不寝番は2人一組の方が望ましいのだが、ライナスのパーティでは1人ずつが慣例になっている。理由は俺だ。霊体の俺は24時間起きっぱなしなので不寝番にはちょうどいい。だから、俺と誰かが不寝番をすればいいのでみんなその分よく眠れるというわけだ。とても俺を有効活用していると思う。
(今のところ異常なしだ。今は風が湖から来てるから涼しいらしいよ)
(道理で冷えたわけだね)
不寝番の引継ぎの報告も俺担当だ。何もなければ雑談のネタにもならない。
(他には何かある?)
(風のせいなんだろうな、湖上にさざ波が立ってる)
俺には暗闇なんてものは意味がないので湖の様子もはっきりと見える。夜の風情は味わえないが見張りには最適だよな。
(俺にはさっぱりみえないよ)
(まぁ、人間だからな。俺みたいになると湖から出てきた奴でもはっきりと、見え……る?)
え? 本当に何か出てきたぞ?!
(ライナス、火を消して全員を起こせ!)
(わかった!)
すぐに足で火を消すと、ライナスはバリー、ローラ、メリッサの順で起こす。
一方、湖から出てきた奴はまっすぐにこちらへやって来ている。くそ、さっきの焚き火を見られたのか? こっちにやって来てるのは2、いや3体か。湖上を飛ぶちっこい羽のついた奴に湖上を滑るように進む水の精霊とそれに抱えられた小さい人魚。あれ、水の精霊と小さい人魚の組み合わせは昨日見たような。
「ライナス、湖から何か来てるって言うが、暗くて見えねぇぞ」
「光明でもつけるか?」
「こっちの位置がばれるから、やるなら遠くに発生させや」
小声でライナス達が相談をしている。3体はなおもまっすぐこちらに向かって来ていた。距離は100アーテムを切ったくらいだ。
そしてその辺りで3体の正体がはっきりとわかった。水の精霊に抱かれているのはパムだ。そして、ちっこい羽のついた奴は、ロングスリーブでロングスカートの白いワンピース姿……ジルだ! ライティア村で別れて以来だが、なんであいつがここにいるんだ?!
(ユージ、一体どうなってるの?)
(パムと俺の知り合いだ)
不安そうな顔で聞いてきたローラに俺は最低限の情報を伝える。
(え? パムとユージの知り合い?)
(我が下に集いし魔力よ、暗闇を照らせ、光明)
そろそろ湖岸につこうかという頃合いで、俺は光明を発動させた。すると、波際の数アーテム上に明るい球体が発生する。
「うわぁ?!」
「?!」
突然発生した光明にジルとパムは驚いた様子だ。ジルは光明の球体を避けるように弧を描いて一旦退避する。一方のパムは、というよりも水の精霊はジルとは反対側に弧を描いて湖に潜る。
「ちょっ、なにすんのよー!」
(なにすんのじゃないだろ。夜中にこっそり冒険者に近づくってのは敵対行為なんだぞ、ジル)
(え?! ホントにユージなの?!)
俺の突然の呼びかけに驚いたジルは、姿の見えない俺を探すために慌ただしく周囲を見回す。
(今は姿を隠してるから見えねーよ)
(だったら早く現れなさい、卑怯よ!)
なんでだよ。相変わらず自分本位な奴だな。でも、姿は見せないといけないか。
ジルの要求に従って俺は自分の姿を現す。
「うわ! ホントにユージだ!」
一瞬驚いたジルだったが、すぐにこちらにやって来て俺の上をぐるぐると回る。懐かしいな、これ。
そして、ここに至ってライナス達が俺達のことを呆然と見ていることに気づいた。
(ユージ、その妖精みたいなのは……?)
代表してライナスが俺に問いかける。
何と説明しようか考えている間に、パムを抱えた水の精霊がこちらにやって来るのが視界の隅に入った。




