小森林に慣れてきた?
ライナス達がウェストフォートにやって来て3ヵ月が過ぎた。来た当初は初夏だったということもあり暑くなる一方だったが、現在は秋に向けて穏やかな気候になりつつある。
まずは慣れるということで、今も4人は南回り街道よりも北側の小森林で活動している。数をこなしたこともあって今では単独パーティで獣狩りができるようになった。しかし、出会いの印象が悪かったせいか、ローラとメリッサは猿だけは苦手なようだ。
現在の4人は冒険者ギルドのロビーに屯している。昨日まで害獣駆除の依頼で森に入っていたので今日は休みだ。
「それにしても、涼しくなってきたのは嬉しいよな」
「そうよね。じっとしているだけでも滝のように汗が出るのは辛いもの」
ローラは森に入ったときのことを思い出して眉をひそめる。冒険者という仕事柄、夏でも長袖長ズボンなので暑苦しいところは苦手なのだ。
「せやなー。タオルでいくら汗拭いても意味ないくらい汗が出るもんなぁ」
「そのおかげで、お肌がつるつるになるのがせめてもの救いよねぇ」
男には大して意味のない救いだ。
「ライナス、森の足場には慣れたか? お前、戦闘になるとちょっとやりづらそうに見えるけど」
「うん、歩くのはいいんだけど、やっぱり走り回るとなるとね……」
バリーの指摘にライナスは顔をしかめた。どっしりと構えて戦うバリーと違って、ライナスは相手の攻撃を避けたり急所を突いたりするため動き回ることが多い。そのため、相手に集中しすぎるとたまに木の根っこなどで足を引っかけてしまうことがあったりするのだ。
ちなみに、小森林に入ってからはライナスが一番怪我をしている。獣や魔物から受けた傷ではなく、戦闘中に転がったことでできた傷が大半だが。
「そうだ、バリー、先月から武器を槍斧から1アーテムくらいの戦斧に換えただろう? あれから随分と戦いやすそうだな」
「ああ、槍斧の半分くらいしかないから思い切り振り回せるんだよ」
そう言えば、7月に害獣討伐の依頼を受けてから1ヵ月くらいかけて武器を選んでたんだっけ。障害物の多い森の中だと1.8アーテムもある武器はさすがに使いづらそうだったもんな。ちなみに、槍斧は冒険者ギルドで預かってもらっている。さすがに使いもしない槍斧は持ち歩けないからだ。
「これから秋か。森の中も涼しくなるといいわよね」
「そうそう、それで思い出した! この前ヘリオさんから聞いた話があんねん」
全員がメリッサに注目する。ヘリオっていえば、エルモアのパーティにいる魔法使いか。あれ以後、冒険者ギルドで会うと挨拶くらいはするようになったんだよな。
「ウェストフォート近辺って四季があるやろ? もちろん夏は暑くて冬は寒いわけや。そんで、小森林って王国公路を境に北と南で性質が違うって話やん」
北側は普通の森に近くて、南側は密林に近いって話か。北側はいつも入ってるからよくわかる。
「それで北側なんやけど、夏はみんなも知っての通り無茶苦茶暑苦しいけど、冬はずっと楽になるんやって。相変わらず湿っぽいらしいけどな」
「単に気温が下がっただけじゃないの?」
「まぁ、せやねんけどな。ただ、中央山脈近辺だと雪が降り積もるらしいんで、慣れた人間を雇って特殊な装備を揃えないと生きて帰れんらしいんや」
「うーん、俺達はそこまで行く予定がないから必要な知識じゃないよなぁ」
腕組みをしながらライナスが首をかしげた。聖なる大木がその辺りにあるっていうならともかく、現時点では重要な話じゃないな。最悪、冬以外の季節に行けばいいわけだし。
「それで、こっからが本題やねんけど、四季の影響は南側の小森林にも当然ある。南側の場合やと、夏は水の中を歩いているみたいに息苦しいらしい」
北側の小森林でこの夏あれだけ苦しんだんだから、熱帯地方の密林に近い南側の小森林だとそうなるよなぁ。それにしても水の中を歩いているみたいになるのか。湿度100パーセントなんて考えたくもないな。
「でも、冬になると楽になるのよね?」
「もちろんや。ただし、北側の真夏よりもましっちゅー程度やけど」
メリッサ以外の3人の顔が引きつってる。やっと暑苦しさから解放されると思っていたら、それがずっと続くんだって宣告されたようなものだからな。
「そろそろ南側にも1回入っておこうって思ってたけど、なかなか楽にはならないみたいだな……」
「真夏の南側に行かなかっただけましってことかしら……」
ライナスとローラは同時にため息をついた。俺は霊体だから物理的な影響は受けないけど、きっと生身だったら耐えられないだろうな。霊体ってこういうときは便利だなぁ。
「ただ、北側でも南側でも共通して言えることは、夏よりも冬の方が獣や魔物の活動が鈍くなるっちゅーことやな」
再び3人の目に光が戻ってくる。
獣はわかるけど、魔物もそうなのか。変温動物ならぬ、変温魔物なんて奴もいるんだろうか。
「そうなると、南側の小森林はこれからが入り時ってことだな。ちょうどいいじゃねぇか、ライナス」
「そうだね。あ、メリッサ、南の小森林って南方山脈まで続いてるんだったよね? 山の近くで雪は降るのかな?」
「そんな話は聞いてへんかったから、たぶん降らへんのと違うんかなぁ」
難しそうな顔をしてメリッサは首をかしげた。
「北も南も冬の方が入りやすいけど、南の方が厄介ってことね。講習会で聞いた通りなんだけど、こう具体的なことがわかるとどうしても腰が引けちゃうわね」
苦笑しつつローラが感想を口にする。うん、俺も霊体でなかったら遠慮したい。
「それでライナスがさっきゆーとったけど、そろそろ南側に入るんか?」
「うん、この先何年も小森林でやっていくっていうならともかく、俺達の目的はあくまでも聖なる大木の枝を採りに行くことだからね。ある程度森には慣れたから、もう南側に入ってもいいんじゃないかって思うんだ」
ライナス達には特に時間制限というものはない。メリッサのために引き受けた試験もだし、魔王討伐隊としてもだ。恐らくだが、小森林での探索に数年かかっても文句は言われないだろう。しかし、いつまでもだらだらと続けるわけにもいかない。
「それなら、次の依頼は南側にするの?」
「まずは薬草の採取からなんか?」
「いや、今度は魔物討伐隊からにしようと思うんだ」
ライナス以外が不思議そうな顔をする。森の中での戦闘に慣れたから、いきなり戦っても大丈夫だってことだろうか。
「南側の小森林は北側に比べて魔物の数がずっと多いって聞いてるだろう? だから、例え薬草採取の依頼を引き受けても、魔物に遭遇する可能性が高いと思うんだ。だったら、他のパーティと一緒に戦える魔物討伐隊の方が、逆に安全なんかじゃないかって考えたんだよ」
「なるほどな。戦闘が避けられへんねやったら、仲間の多い方が安全っちゅーわけやな。確かにライナスのいう通りやと思うで」
メリッサもライナスの考えに賛同した。戦闘する必要のない依頼を引き受けたからといって、戦わなくてもいいとは限らないしな。特に北側の小森林よりもはるかに危険だと言われている南側なら尚更だろう。
「ねぇ、捜索で確認しながら魔物を避けるってことはできないのかしら?」
「ローラ、気持ちはわかるけど、魔物だって生きてるんやからしょっちゅう動くねんで? そんな奴らの居場所を常に知ろうと思ったら、ずっと捜索のかけっ放しや。さすがにそれは魔力がいくらあっても足りひんわ」
ローラの願望をメリッサはやんわりと否定した。俺ならできないことはないけど、他のことがおろそかになるからやりたくない。
「そうなると、今度は魔物討伐隊の依頼を探せばいいんだな!」
ようやく自分にも直接関係のある話題になったところで、バリーが話に参加してきた。
「できれば前の害獣討伐隊のように、小森林の奥に入らない依頼の方がいいな。近場の方が魔物もそこまで強くないだろうし」
「まずは南側の小森林に慣れるためでもあるわけね」
「巨大蜘蛛や殺人蜂なら北側でも遭ったことあるんやけどな。南側やとどんなんが出てくるんやろ?」
「それは引き受ける依頼次第だろうな。ちょっと見てくるよ」
そう言うと、ライナスは立ち上がって掲示板群の方へ向かった。
その後、4人で手分けして南側の小森林で行われる魔物討伐隊参加の依頼を調べてみると、これが意外と少なかった。魔物は小森林から出てくることはあまりないらしい。
それでも多くない魔物討伐隊参加の依頼を見ていると、巨大蟻の駆除というのがやたらと多かった。受付カウンターで質問してみると、夏の間に豊富なえさを摂取することで各地の巨大蟻が増えたからだそうだ。これを放っておくと、小森林の奥で薬草を採取することさえ難しくなってしまうからということだった。毎年の恒例行事らしい。
そこでライナス達は、あまり森の奥に行かず、なおかつ参加パーティ数の多そうな依頼を1つ受けてみることにした。依頼は巨大蟻の駆除依頼だ。
総勢12パーティが参加した巨大蟻討伐隊だったが、現地近辺まで近づいたところで巨大蟻の群れと遭遇した。そこで戦闘が始まったのだが、無限と言っていいほど湧いて出てくる巨大蟻をどのパーティも必死に倒し続けた。
「なんだこの数!」
「でかい上に硬ぇぞ!」
「ちょ、脚速いってば!」
「うそ?! 酸はやめてぇなぁ!」
もちろん、ライナス達も他のパーティ同様に巨大蟻を迎え撃っていたが苦戦していた。
苦戦する理由はいくつもある。まず、硬い。昆虫類なので関節や目の部分を狙わないと通常武器による攻撃が通じないのだ。武器に魔力付与すれば固い殻も切れるのだが、それでも関節などの柔らかい部分を狙った方がいい。次に、脚が速い。生き物は大きくなると動きが鈍くなると思い込みがちだが、少なくとも巨大蟻は違う。1アーテムくらいの蟻が地面、木の幹、枝葉を使って素早く動き、立体機動する様は悪夢だ。更に、蟻酸攻撃だ。歯による噛みつき攻撃も厄介だが、こちらは近づかなければいい。しかし、立体機動しながら蟻酸を振りかけてくるのだからたまらない。救いは、水球のように一塊であるということか。これで霧状に散布されたらお手上げである。そして、とどめは数だ。いくら倒しても数が減らないとなると完全な消耗戦である。蟻の最も恐ろしい特徴だ。
これだけの数と戦うとなると、もう前衛と後衛という区別は意味がなくなってくる。最初は隊形を整えて戦いに備えた12パーティだったが、後半になると乱戦に近い。そして、僧侶でさえも数少ない攻撃魔法を使って応戦する。
「我が下に集いし魔力よ、光の槍となりて敵を討て、光槍」
目の前から襲ってきた巨大蟻を蹴り上げると、ローラは素早く呪文を唱えて光槍で串刺しにした。できなければ死ぬ、というところまで追い詰められているせいか、いつの間にか熟練冒険者のような動きをしている。
それは他の3人もそうだった。意図したわけではないが、数の暴力に晒されて実力が開花しつつあるようだ。
結局、この日は一旦退却することになった。討伐隊は蟻の増援が一時的に緩んだ隙に後退したのである。幸い死者はいなかったが、その多くが負傷していた。
そしてこれにて巨大蟻討伐隊は解散、というわけではない。1日休暇を取ってから再度挑むのである。これを何度か繰り返して巨大蟻の蟻塚を破壊するのだ。ライナス達がこの巨大蟻の討伐概要を知ったのは参加した後である。最初から知っていれば、恐らく参加しなかっただろう。何しろ、その後は巨大蟻の討伐依頼は引き受けていないのだから。
ただ、これで南側の小森林がどのようなものなのかということは4人とも体感できた。北側よりも木々の密度が高く、空気はやや重い。そして、魔物はかなり厄介だということをだ。
現在の4人は冒険者ギルドのロビーに屯している。昨日まで巨大蟻駆除の依頼で森に入っていたので今日は休みだ。
「なぁ、最近仕事してばっかりだったし、しばらく休まないか?」
反対する者は1人もいなかった。仕事を再開したのは、1週間後である。




