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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
6章 新たな仲間と聖なる大木
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小森林の北側

 誤字脱字を修正しました(2016/01/27)。

 王都の夏は雨季と重なるので冒険者にとってはなかなか活動しづらい季節であるが、ウェストフォート一帯には雨季がないので年中同じように活動できる。ただし、はっきりと四季があるので季節に合った装備は必要だ。

 現在は7月初旬なのでちょうど夏に入ったばかりである。夏といえば暑いのだが、それが森の中となると更に酷い。植物の発する水気と半密閉空間を作り出す生い茂った木々の枝葉のせいで気温、湿度、不快指数が際限なく高い。王都の雨季も湿っぽくて不快だが、森の中の湿気はまるで木々の呼吸に合わせるかのように脈動しているようで、慣れていないと別の不快さを感じる。


 「も、森の中がこんなに息苦しいなんて思わんかったわ……」


 じっとりと滲んでくる汗を拭いもせずにメリッサは呻いた。

 現在、ライナス達はウェストフォートの真北から小森林に入っている。目的は引き受けた薬草採取の依頼をこなすためだ。講習会で教えてもらった通り、まずは小森林に慣れるため北部での活動を始めたのだった。


 「薬草採取の依頼から始めて正解だったな。歩くだけでこんなに疲れるとは思わなかった……」

 「王都近辺の森とは密度が違うよな」


 魔物討伐などで森の中には何度も入ったことのあるライナスとバリーだったが、いずれもそれ程大きくなかったり木々の密度が低かったりしたので、暗くなるという以外で不便を感じたことはなかった。

 しかし、小森林は今までの森とは全く勝手が違う。熱と湿気が籠もった重い空気も大変だが、何しろ足場が悪い。木々の密度が高いということは、あちこちに張った根が冒険者の脚を取ろうとするのだ。まっすぐ歩けないというのはそれだけで辛い。この状態では思うように戦うことなどできそうになかった。


 「ねぇ、歩いている方向ってこれで合ってるのよね?」

 「たぶん……」


 汗を垂らして疲れた表情のローラが不安そうに質問するが、メリッサは自信なさげに答えるだけだった。

 何しろ、文字通り林立した木々がまっすぐ歩くことを邪魔している。更に青々と生い茂った枝葉で天をくまなく遮られているので、太陽を使った位置の確認ができないのだ。方位磁石も一応あるが、これは過信するなと講習会で習った。場所によっては全く役に立たなかったり微妙におかしかったりするからだ。


 「あとどのくらいで薬草のあるところに着くんや?」


 メリッサの問いかけに誰も答えられない。正確な距離など誰にもわからないからだ。重苦しい雰囲気が場に立ちこめる。


 (方向は大体あってるよ。今まで進んだ距離を考えると、1時間以内に着くんじゃないかな)


 霊体の俺は木々の上に出て太陽の位置を確認したり歩いてきた経路を見ることもできる。その特性を活かした助言なんだが、ライナス達自身が森での活動に慣れないといけないので進んで手助けはできない。

 それでも、自分達の現在位置がわかったことで4人とも安心したようだ。どうにもならないときは助けることにしよう。


 「それにしても、この羽虫は鬱陶しいなぁ!」


 先程からまとわりつくように飛んでいる小さい昆虫を、メリッサは心底嫌そうに手で振り払う。しかし、そんな程度でめげる昆虫ではなく、すぐに戻ってきて再びまとわりつく。

 そう、小森林に入ってから4人が困っていることの1つに、この羽虫の存在がある。動物の汗に反応しているのか、やたらと4人に絡んでくるのだ。それでも歩いている間は羽虫から逃げている感覚があるのでいくらかましなのだが、休憩しているとその羽音と相まって鬱陶しいことこの上ない。羽虫除けの香木なんかがウェストフォートに売っているが、それを使うと今度は異変を察知した獣や魔物がやって来るそうなので、今回は使っていないのだ。


 「上級者はこの辺りの対策をしているそうだけど、早く知りたいよなぁ」

 「南側だと更にきついんだろ? たまんねぇよなぁ」


 あくまでも噂なのだが、慣れた冒険者だと羽虫対策や暑さ対策などをしているそうだ。一体どうやっているのか想像もつかないが、本当なら4人にも教えてやってほしい。


 「さて、もう少しだ。そろそろ行こうか」


 ライナスの呼びかけに他の3人は無言で立ち上がった。

 結局、その後1時間半くらいかけて薬草の生息している場所にたどり着く。その頃になると4人とも疲れ切っていて喜びよりも安堵のため息しか出なかった。

 これは小森林に慣れるのも一苦労しそうだ。




 小森林での初仕事を終えて4人が痛感したことは、森の中での活動は思った以上に辛いというものだった。魔物や依頼の難易度という以前に、森という空間そのものが障害であるということに気がついたのだ。回数をこなせば慣れると断言できないが、とりあえず今は小森林で活動し続ける必要があった。

 そしてもう1つ不安なことがあった。


 「なぁ、みんな、あの森の中で魔物や獣と戦ったらどうなると思う?」


 メリッサの質問に誰も即答できない。

 そう、もう1つの不安とは森の中での戦闘だ。気温や湿気を除いたとしても、あの密度の高い木々は近距離までの接近を簡単に許してしまうし、こちらの攻撃を避けるのにも利用されやすい。また、足場の悪さは地の利のないライナス達にとっては悪夢だろう。


 「ライナスとバリーは戦えそうなの?」

 「う~ん、あれだけ足場が悪いと思うように動き回れないていうのが厳しいな」

 「俺はライナスほど脚は使わねぇが、この槍斧ハルバードを振り回すには木が邪魔だな」


 水を向けられた2人は眉をひそめて口を開いた。ここまで障害物の多い空間はさすがに初めてなので、どうすればいいのか悩んでいるようだ。


 「それじゃ、魔法攻撃はどうなのかな?」

 「魔法は呪文の詠唱があるさかいなぁ。連続して使えへんし、不意を打たれるとお手上げや。あと、木々に邪魔されて遠方への攻撃も難しいわ。戦士とは別の意味で問題があるねん」


 メリッサなりに色々考えているようだが、今のところは問題点ばかりが出て解決策は見つかっていないようだ。


 「そう言えば、小森林の北側にいる獣って、他の地域の獣よりも大きくて強いんだったよな? 実際どの程度なんだろう?」

 「そんなのやってみりゃわかるだろ」

 「森の中だとこっちの戦い方に大きく制限がかかるから、どうせなら対策を取ってから森の中で戦いたいわよね」


 バリーは相変わらず考えなしの発言だが、ローラはさすがにそれは無謀だと別の案を提案する。


 「森の外で獣と戦えるような依頼があったらええんやけどな」

 「害獣対策の依頼ならあるんじゃないのか?」


 ウェストフォート近辺の開拓地は小森林に近いため、森の魔物や獣の被害を受けることが多いとライナスは聞いたことがあった。そのため、防衛策として冒険者に害獣の駆除を依頼することがあると予想したのだ。


 「でも、小鬼ゴブリン退治みたいのだと森の中に入っちまうぜ?」

 「畑を守るっちゅーような待ちの依頼に限るんか? 1回の依頼の期間が長い上に何もない間は暇すぎるな。報酬のことを無視しても、時間の無駄が多すぎるんと違うか?」


 確かに冒険者ギルドに仕事自体はたくさんあるが、ライナス達に合ったピンポイントな依頼が簡単に見つかるとは思えない。


 「そうなると、以前ノースフォートでやったような討伐隊に参加する形式が一番現実的よね」


 うん、ローラの言う通りだ。これなら問題があっても最悪別パーティに助けてもらえる。


 「せやな、たくさんのパーティで森の中に入るさかい、不意打ちを食らうこともないやろうしな!」


 メリッサも乗り気だ。これなら森の中での戦闘が不慣れでも何とかなるだろう。


 「それじゃ、討伐隊への参加依頼を探すとしようか」


 ライナスの宣言に他の3人も頷くと、席を立って冒険者ギルドないの掲示板群に向かった。




 1週間後、ライナス達は首尾よく害獣討伐隊に参加することができた。

 この害獣討伐隊はウェストフォートの北西約50オリクにある開拓村からの依頼だ。話によると鹿、猿、狼、猪、野犬などが畑を頻繁に荒らすので、近場の森に住んでいるこれら害獣を駆除してほしいということらしい。王都近辺だと同じ害獣駆除でも狼だけ、あるいは猪だけだったのに対して、こちらでは実に多彩な種類の獣が同時に襲ってくるようだ。聞けば、数年に1回はあるらしい。


 「うへぇ、これから入る森の中はもっとひでぇんだよなぁ」


 小森林は村の真東にあるため、徐々に強さを増してくる日差しを真正面に受けながらバリーがぼやいた。

 今回ライナス達が参加している害獣討伐隊は、村に近い小森林を東西5オリク、南北10オリクの範囲で捜索することになっている。そのため、村から最も近い小森林との境を南北の中間点として、北側の5オリク四方と南側5オリク四方を捜索する予定だ。参加するパーティは全部で4パーティなので、2パーティ一組となっている。俺達は北側担当だ。


 「よし、それじゃ始めるか。ヘリオ、捜索サーチをかけてくれ!」


 ライナス達と組むことになったパーティリーダーのエルモアが魔法使いに指示をする。エルモアのパーティは小森林で10年活動している古株パーティなので、この辺りの獣についてはよく知っているのだ。

 一方、ライナスとメリッサ、それに俺も捜索サーチをかけてみる。鹿、猿、狼、猪、野犬だったよな。大きさだけが違うんだったらどれも見たことがあるから捜索サーチに引っかかるはずなんだが。


 「どうだ、坊主、捜索サーチに何か引っかかったか?」

 「はい……あんまりいませんね。メリッサはどう?」

 「う~ん、せやな。確かにあんまりおらんわ。南側に偏っとるんと違うか?」


 俺は俺で南北全部を捜索サーチしてみたが、メリッサのいう通り南側に獣は偏っているようだ。

 エルモアは南側担当のパーティリーダーに視線を移す。


 「この程度なら大丈夫だ。一度に当たるわけじゃないしな」

 「そうかい、それじゃこのままでいこうか」


 南側担当のパーティリーダーの1人が気楽にそう言うと、エルモアはライナス達に振り向いた。


 「ということだ。俺達も行くぞ。ついてこい」


 エルモアはそう言うと、自分のパーティにも出発の号令をかけた。

 小森林の中に入ると、以前と同様に森特有の空気がライナス達を包み込む。そして足場は急に悪くなり、視界は暗くなる。羽虫はまだいないがすぐに寄ってくるだろう。

 今回の害獣駆除では、エルモアのパーティが先頭を進み、ライナスのパーティがその後ろを進むことになっている。これは森林内戦闘の経験を考えれば当然だろう。基本的に害獣はエルモアのパーティが駆除するのだが、複数の獣を相手にするときは共同で相手をしたり漏れた何匹かをライナス達が相手をすることになっている。

 今、エルモア達は、捜索サーチで見つけた害獣に向かって一直線に向かっている。木々が邪魔するので正確には直線ではないのだが、森での移動に慣れているエルモア達は迷うことなく進む。


 (魔物がいないっていう前提で移動しているみたいだな)

 (せやな。うちらじゃまだこの辺りの魔物は捜索サーチでけへんねんけど、ヘリオさんは捜索サーチしたんかな?)


 俺の話にメリッサが乗って来た。やはり気になるらしい。


 「ヘリオさん、この辺りに魔物はいないんですか?」


 代表してライナスが声をかけると、エルモアのパーティ全員が足を止める。


 「ああ、森の入り口で捜索サーチをかけてみたけど、この辺りにはいなかったな」

 「お、やっと気づいたな!」


 ヘリオが説明してくれた直後にエルモアが茶化すとエルモアのパーティ全員が苦笑した。

 その後再び歩き始めてしばらくすると、エルモアのパーティ全員が立ち止まった。俺が捜索サーチをかけると目の前に獣の反応がある。


 (みんな、エルモアの先に6匹の獣がいる。たぶん俺達にも出番が回ってくるはず)


 自分の知っている情報と推測をライナス達に伝えると、4人の顔に緊張が走る。

 しばらくすると、僧侶のラングがこちらに向かって慎重に歩いてきた。


 「3アーテム程度の猪が6匹いる。最初の魔法攻撃で半分を仕留めたいから前に出てくれ」


 それを聞いたライナス達はエルモアのパーティと肩を並べる位置まで前進した。正面30アーテム程度先に6匹の猪が確かにいる。しかも全部が3アーテム以上だ。でかい。今までだと1.5アーテムがせいぜいだったのに。

 猪はまだこちらに気づいていない上に、何とか射界を確保できるので魔法による不意打ちをするようだ。攻撃するのはヘリオ、ライナス、メリッサの3人である。俺は今回休みだ。

 そうして、準備が整うとエルモアの合図で3人は一斉に魔法を猪に向かって撃ち込む。


 「「「我が下に集いし魔力マナよ、風の刃となりて敵を討て、風刃ウィンドウカッター」」」


 奇しくも全員同じ魔法を使う。放たれた風刃ウィンドウカッターは多少枝葉をそぎ落としながら猪に向かって高速で進み、頭や腹に命中した。

 突然の凶行に一瞬何が起きたのか理解できなかった猪だが、風刃ウィンドウカッターに腹を丸ごと持って行かれた猪が悲痛な一鳴きをして地に倒れると、襲われたことを理解していきり立つ。


 「よし! ヘリオ、メリッサ、もう1匹倒せ! 残りは俺達が相手をするぞ!」


 エルモアは相棒の戦士だけでなく、ライナス、バリーにも声をかける。魔法使い2人が呪文を唱えている間に勘の良い1匹がこちらに気づいた。それに釣られて他の2匹もこちらに視線を向ける。

 怒り心頭の猪はすぐさまこちらへ向かって来た。距離は30アーテム程度なのですぐに縮まる。


 「「我が下に集いし魔力マナよ、大地より出でて敵を討て、土槍アーススピア」」


 ヘリオはエルモアに突進してきた猪に、メリッサはバリーに突進してきた猪にそれぞれ攻撃を仕掛けた。残り5アーテムというところから土槍アーススピアが飛び出し、2頭の猪を串刺しにする。

 その直後、後衛組は左右に散った。


 「ライナス、正面から受けるな!」


 エルモアの声と同時にライナスは転がるように側面へ飛んだ。

 それと入れ替わるようにバリーが雄叫びを上げながら槍斧ハルバードを猪に叩き込む。


 「ヴィギギギギィィィ!!」


 怒りの声を撒き散らしながら猪は走り抜ける。バリーの槍斧ハルバードは猪の左前足の付け根部分を大きく傷つけたらしく、そのまま左前へのめり込むように倒れ込んだ。


 「バリーよくやった! さぁ、とどめを刺すぞ!」


 エルモアを先頭に倒れて暴れる猪に4人の戦士が突撃する。

 そして、4人がかりで猪を仕留めた。


 「はぁ、よし。次は土槍アーススピアで串刺しになった奴にとどめを刺すぞ」

 「え、あれ、生きてるんですか?」

 「急所を外れると大抵の生き物はなかなか死なない。野生動物を甘く見るなよ。ライナスとバリーはあっちの猪にとどめを刺すんだ」


 エルモアが指差した先を見ると、確かに土槍アーススピアに刺されながらもしぶとく生きている猪がいた。瀕死の重傷だが。

 こうして小森林の害獣駆除は始まった。この後、野犬と鹿と猿を相手にしたが、いずれも予想以上に大きかった。一体何を食ったら他の地域の倍くらいも大きくなるんだろうか。

 それと、一番厄介だったのが猿だった。他の獣は地面を歩いたり走ったりするのに対して、猿は木の上にいるからだ。そのため、猿を仕留めるには矢か魔法でないと無理である。

 それにしてもあいつら、自分の糞まで投げてくるのには参ったな。気づいたときにはある意味衝撃的だった。かわいそうだったのがローラとメリッサで、投げられた糞に対して大きく反応したものだから、猿が2人に対して糞を集中的に投げた。おかげで泣きながらその糞を避け、更にメリッサは本気で怒って魔法を撃ち込んでいた。


 こうして北側の担当地域は昼過ぎに害獣駆除を終える。森を出たときはみんなぐったりとしていた。特にローラとメリッサは猿に憎しみを抱きながら。

 南側の担当をしていたパーティは夕方になってやっと戻ってきた。さすがに数が多くて相手をするのが大変だったらしい。


 「今日はこれで終わりだ。次は3日後に再度森へ入る。それまでは休暇だ。充分に休んでおけ」


 エルモアの言葉にライナス達は頷く。

 再度森へ入るのは、駆除した地域に再び獣が入っていないか確認するためだ。これ程の短期間で獣が何匹も入っているとしたら、その原因を叩かないといけない。そのための最探索だ。まぁ、そんなことは滅多にないそうだが。

 4パーティは3日後に再度森へ入って確認したところ、駆除した3日前と何も変わらなかったことを確認する。これでこの害獣討伐の依頼は完了した。

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