メリッサのおじいちゃん
高名な人物ともなると、日々予定が詰まっていて簡単に会うことなんてできない。しかし、孫のお願いはそんな詰まった予定に風穴を開けるのは簡単だったようだ。メリッサの宣言通り次の日の夕方にゲイブリエル・ペイリンと会うことができた。
「わしがメリッサの祖父、ゲイブリエル・ペイリンや!」
応接室で初めてその姿を見たとき、普通の魔法使いに見えた。魔法使いの象徴みたいなゆったりとしたローブを身につけて、杖をついて歩いていたからだ。それに、体格もほっそりとしている。しかし、顔はいかつい。メリッサと同じ赤毛を五分刈りにしているのもそう見える要因の1つだろう。ただ、どう見ても肉体派魔法使いには見えない。
「お久しぶりです。ゲイブリエル・ペイリンさん」
「おお、ローラちゃんか! 相変わらず可愛らしいなぁ!」
厳めしい顔をして応接室に入ってきたのは見せかけか。ローラと対応すると途端に相好を崩す。
「ライナスです。初めまして」
「バリーっす!」
「ほほう、お前らが……」
ライナスとバリーが挨拶をすると、途端に表情が厳めしいものに戻る。メリッサ同様表情がころころ変わる人なのかもしれない。
「とりあえず、みんな座ろか」
「せやな。まぁそこに座りぃな」
ペイリン一家の2人に勧められて3人は椅子に座る。
さて、これからペイリン爺さんによる面接が始まるわけだが、まずはどう切り込んでくるんだろう。
「あー、昨日メリッサからみんなのパーティに入りたいっちゅー話を聞いてな、今日はわしと会うてもらうことにしたんや。わしがメリッサに出しとる条件は聞いたか?」
3人は頷く。おじいちゃんに準じるくらいの実力が条件だったよな。問題なのはその実力がどの程度ということなんだが。
「わしがメリッサに旅に出てもええ条件を示してから初めてゆーてきたっちゅーことは、それなりに実力があるんやろう。せやから今からそれを見せてもらいたいんや」
「どうすればいいんですか?」
ローラが代表して質問する。この世界には履歴書なんてものはないから、示せって言われても難しいんだよな。
「まず、ローラちゃんやけど、君は以前の慈善活動なんかで見せてもろたからええわ。若いのにあれだけ魔法が使えるんなら文句なしや」
1人で納得しているペイリン爺さんはうんうんと頷く。
「さすが聖女って呼ばれてるだけのことはあるわな。で、残る2人なんやけど、メリッサの話やとノースフォートであった魔物討伐で感状もらうほど手柄を上げたそうやな」
「はい。えっと、これがその感状です」
「あ、俺もっす」
見せるように言われるのを予測していた2人は、背嚢の中から感状をすぐに取りだしてペイリン爺さんに手渡した。
それを受け取ったペイリン爺さんは、合計で4枚の感状を1枚ずつ丁寧に見ていく。しばらく無言の間が続いたが、やがてため息をつくと共に感状を2人に返した。
「おおきに。確かに本物やったわ。ボリス伯爵と聖騎士団からの感状か。1度の討伐で2箇所から感状をもらうなんて相当やな」
顎に手をやりながらペイリン爺さんは感想を口にする。この感状だが、俺が思っている以上にすごいものらしい。この爺さんの話を聞いていてメリッサは許可が出る可能性が高まっていることに手応えを感じているようで、表情が緩み始めている。
「ライナスとバリーの実力が保証されとるのはわかった。こんどはその魔物討伐について話を聞かせてくれんか?」
「「はい」」
返事をすると、ライナスを中心に先日参加した魔物討伐のいきさつを3人は話した。
国王お抱えの呪術師であるアレブの急使を引き受けたところから始まり、聖騎士団の半数が討伐隊に参加できなかったことからローラの護衛を引き受け、実際の魔物討伐ではやたらと統制の取れた魔物の夜襲や強襲を退けた話をそれぞれの視点で説明する。ペイリン爺さんが特に食い付いたのは、攻撃を受け付けにくい単眼巨人の件だった。
「ふむ、魔力付与された武器でも傷つけにくい単眼巨人か。それが中央山脈近くの廃村で襲ってきたんやな」
3人が話し終えると、ペイリン爺さんはしばらく考え込む。
感状とこの話を聞けばいけるんじゃないかと俺は思ってるんだが、何か引っかかることでもあるんだろうか。
「質問したいことがあるんやけど。アレブとはどういう関係なんや?」
いきなり聞かれたくないことを聞かれてしまいました。でも、この口調だとばーさんのこと知ってそうだし、下手なごまかしは利かないだろうな。
(ライナス、メイジャーさんのときと同じように説明してあげて。今回は俺も含めて)
ライナスはともかく、バリーもローラもパーティを組む前に俺の存在を教えていた。元から一緒に冒険しようという約束はしていたものの、他の2人には全部教えた上でライナスに協力してもらっている。しかし、このままだとメリッサはライナス達のパーティに入ってから俺の存在を知ることになってしまう。それはメリッサに対して不誠実なように思えた。隠しごとばかりしている身としては今更なんだが。
それにペイリン爺さんに対してもそうだ。メイジャーさんはばーさんが細工をしていたようだったので、俺の存在を知っていても知らなくても同じだったと思う。しかし、ペイリン爺さんは違う。俺の存在を知ってるかどうかで判断が変わるかもしれない。そして、爺さんはまだ選べる立場にある。そう考えると、俺の存在を知らせておくべきだろう。危険な旅に孫娘を送り出す判断をするなら尚更だ。
(わかった)
ということで、ライナスはノースフォート教会のときと同じように生まれた頃から目をつけられていたこと、成人するまで一人前の冒険者になるよう支援してもらっていたこと、守護霊がついていること、魔王討伐隊を結成するように頼まれたこと、ついでにローラも微妙に目をつけられていたのでメイジャーさんが参加を許可したことを説明する。
「あのババア、一体何を考えとるんや……」
第一声はメイジャーさんと同じだった。そして頭を抱え込む。
「デリアさんも困っていらっしゃいましたけど、やっぱりそんなにまずいんですか?」
「ローラちゃん、デリアはあのババアに関わるとなんちゅーっとった?」
「えっと、『ここぞというときに必要な手助けをしてくれるけど、素直に喜べたことが1度もない』とか、『あの人に関わったら逃げられない』とか、『もがくほど悲惨なことになる』とか……」
指折り数えながらしゃべっているうちにローラの顔は引きつってゆく。ろくな言われ方をしてないな。
「あ、でも『素直に言うことを聞いたら働きに見合った報酬を与えてくれる』とも言ってましたよ」
文字通り取って付けたような台詞だ。言ってる本人も表情からして信じているようには思えない。
「泣けてくるような評価やな」
苦笑いをしながらペイリン爺さんは感想を口にした。
「恐らくデリアもゆーとったと思うけど、アレブはかなり胡散臭い。そして、敵に回っても味方になっても厄介な奴や。ただな、あいつは1度実行した計画は必ず成功させてもいた」
みんながペイリン爺さんに注目する。それって、つまり……
「つまり、あのババアが魔王討伐隊なんちゅーもんを2人に結成させたっちゅーことは、本気で魔王の首を取りに行くつもりなんやろうな」
「でも、魔王討伐隊は他にもいくつもあるって聞きましたけど?」
「確かにな。ただ、それは貴族の支援を取り付けたい冒険者のでまかせやったり、魔王を討ち取るという功績を得たい領主が家臣に結成させたりしたやつばっかりや。わしんところにも何組か来よったけど、みんな大したことなかった」
全員が無言になる。ライナス達はペイリン爺さんの言ったいい加減な魔王討伐隊の例には当てはまらない。
「けど、ライナスは違う。生まれた頃から手塩に掛けて育てたっちゅーのがほんまなら、魔王を討ち取れる何かがライナスにはあるんやろう。少なくともババアはそう確信しとる」
「それじゃ、俺達が魔王を討ち取らないといけないってことになるんすか?」
バリーが不安そうに質問した。だが、ペイリン爺さんは首を横に振る。
「はっきりとはわからん。ババアが手駒1つに全てを掛けるような博打をするとも思えんしな。他にも魔王討伐隊を抱え込んどる可能性は高い。ただ、他の魔王討伐隊よりかは先を走ってるっちゅーことを自覚しとくべきやな」
でも、そんな話を聞くと、メリッサにライナスのパーティに入るようには言えないな。
(ちょっと出そびれたけど、初めまして。ライナスの守護霊をしてるユージです)
突然姿が見えない俺から話しかけられたメリッサとペイリン爺さんは、驚いて周囲を見回す。
「さっきライナスがゆーてた守護霊か? しゃべれるんか」
「ユージやったっけ? どこにおるん?」
(ライナスの後ろだよ。見えないけどね)
俺が自分の居場所を教えると、食い入るように2人は目を向ける。当然、見えるわけがない。
(えらい変わった名前やな。なんでライナスの守護霊なんてやってんの?)
(守護霊をやることになった理由は自分でもわからないな。気づいたら守護霊になってたから。最近はばーさんの陰謀なんかじゃないかと思ってる。推測だけど)
(いや、あのババアならやりかねんな。守護霊やる前はなにやっとたんや?)
(平民です。おかげで守護霊になってから、ばーさんに死ぬほど鍛えられたけど)
俺がそう言うと、全員から同情のため息が漏れた。
(……まぁそれは、ご愁傷様としか言えんな。それはともかく、ユージってゆーたか? あんたは何をどの程度できるんや?)
(魔法での支援担当ですよ。ライナスの功績は俺と2人で上げたものだと思ってください)
すると、ペイリン爺さんは難しい顔をする。
「メリッサ、わしとしてはローラちゃんのパーティに入るのは反対や。これからこの3人は普通の冒険者よりもはるかに危険なことをすることになるからな。条件はある程度下げたるさかい、他の普通の冒険者パーティにせえへんか?」
「うちもそのアレブっちゅー人に目をつけられてる可能性はないの?」
「たぶんないと思う。もしメリッサがあのババアに目をつけられとったら、ローラちゃんみたいに抜き差しならん状態に追い込まれとるはずやからな」
聞く人全ての評価が最悪だな、あのばーさん。絶対ろくな死に方をしないぞ。
「危険なんはわかるけど、ローラと一緒に旅したいなぁ」
眦を下げてメリッサがしょげかえる。確かに、どうせだったら仲の良い友達と一緒の方がいいしなぁ。
そんなメリッサをの様子を見たペイリン爺さんは顔をしかめながら考え込む。
どうしても危なくなったら抜けるという提案をしたらどうかとも考えたが、肝心なところで抜けられると逆にライナス達が困ることになる。安易な提案はできないな。
「なら、試験をしてみるか?」
「おじーちゃん、試験って?」
メリッサが不思議そうにペイリン爺さんを見る。
「ウェストフォートのすぐ西隣に小森林があるのは知ってんな?」
中央山脈と南方山脈に挟まれたところにある森のことだ。東西に王国公路である南回り街道が貫通している。
「その小森林のどこかにな、聖なる大木と呼ばれる大きな木がある。その枝を取ってくるんや」
「聞くだけなら簡単そうなんやけど……」
「せやな。けど、やってみるとこれがなかなか難しいで? 単に腕力だけが強くてもどうにもならん。頭も使って初めて取ってこれるもんなんや。それにな、聖なる大木の枝で作った杖を使えば、同じ魔法を使っても威力や効果が何倍にもなるんや。本気で魔王を討伐するんならこの程度の道具は必要やねん」
これは試験であると同時に、必要な装備を揃えるための作業でもあるというわけか。ペイリン爺さんとしてはぎりぎりの線なんだな。
「うん、わかった! うち、みんなとその枝を探してくる!」
一筋の光明が見えたメリッサは嬉しそうな笑顔と共に頷いた。
こうして俺達は、ペイリン爺さんの試験を受けることになった。




