─幕間─ 同志の聖騎士
ハーティア城の一角にある森の中をわしは歩いておった。季節は春真っ盛りじゃ。その証拠に木々が青々と生い茂っておる。世間ではこれを生命が溢れている好ましい状態じゃともてはやしておるが、わしにとってはよくて研究対象でしかないの。
それはともかく、国王陛下の相談事が予定よりも早く終わったので、わしは自分の研究所に向かっておる。国事も大事じゃが、わしにとっては自分の研究も大切じゃからな。
「やぁ、久しぶり」
これからどのように作業を進めようか考えて上機嫌じゃったわしの気分を台無しにする声が、石畳の階段のそばから聞こえてきた。
髪はくすんだ金髪で女のように肩まで伸ばしておって、彫りは深いが端整な顔立ちと相まってさぞかし女にもてそうな風貌をしておる。鎧こそ身につけておらんが、衣服の刺繍から聖騎士団に所属しておることが一目でわかるの。そして、その衣服の上からでも肉体はしっかりと鍛え上げられていることがよくわかる。年の頃は30辺りか。
「お主か。どうした?」
「素っ気ない対応だね。せっかく中央山脈での経緯を報告しに来たのにさ」
ああ、ライナスが参加しておった魔物討伐の件か。既に終わったことじゃが、聞かぬわけにはいかんの。
「ついてくるがよい」
「お招きいただき恐悦至極」
ふん、こやつのこういう人を小馬鹿にしたところがわしは大嫌いじゃ。それに、お主なんぞ呼んだ覚えはないわ。
そんな小言を言うのも面倒じゃから、わしは黙って石畳の階段を降りてゆく。階段を降りた辺りから石造りの通路が続いておるが、同時に一定間隔で燭台が設置されておるので、最低限の視界は確保されておる。
「相変わらず暗いね」
「ふん、お主なら明かりなんぞなくても問題なかろう」
闇魔法も使える聖騎士など背教者もいいところじゃ。こやつを告発するだけで、光の教徒共に激震が走るじゃろう。告発できればじゃが。
わしらはしばらく歩くと、応接室として使っている部屋の前にたどり着く。そして、そのまま中に入っていった。
応接室とは言ったが、わしを訪ねてくる者などほぼいないゆえ、中には平民が食卓として使うておるような平机に丸椅子があるのみじゃ。どちらも安い作りをしておる。
「さて、それではお主の報告を聞こうかの」
「いや、全く参ったよ。相当な仕上がりじゃないか。おかげで散々な目に遭ったよ」
いきなり愚痴か。お主の報告はいつもそれからじゃの。道化のくせに馬鹿のひとつ覚えじゃとそのうち切り捨てられるぞ。
「僕の筋書きだと、最初は適度に暴れて地元領主の私兵をおびき出し、それを叩いて王国の後方地域を不安定化させるはずだった。やっと準備ができて去年から周辺で魔物に近隣の村を襲わせていたんだけど、そんなときにあなたが僕の計画に便乗したいって言ってきたんだよね」
「そうじゃの」
ローラの動向如何によっては便乗できんかったが、聞いておる限りでは、高い確率で討伐隊に参加を申し出ることは予想できたしの。使えるものは使うのがわしの主義じゃ。
「ま、それはいつものことだからいいとして、最初は地元領主といくらかの冒険者集まりくらいを想定していたんだけど、実際は地元領主とノースフォート教会と冒険者ギルドが協力して魔物討伐隊を編成してきた。驚いたよ、予想の倍くらいの討伐隊がやって来たんだからさ」
「ボリス伯爵の主力はこちらの戦場に出てきておると事前に話したじゃろが。やりすぎると教会が出てくることくらいわかっとったじゃろうに」
普通は自領内のことは自分で何とかしようとするのが貴族じゃが、兵の主力が遠征して首が回らねば外部に支援を求めるのは道理じゃろう。
「そりゃまぁちょっとはやり過ぎたかなとは思うけど、そのさじ加減が難しいんだよ。それはあなたもわかるでしょう?」
「じゃからそなたが泣きついてきたときに、聖騎士団の半分をこちらに回すよう手配したじゃろが」
別にこやつの計画がどうなろうと知ったことではないが、今回はライナスをノースフォートに送り込める機会として使えたのは僥倖じゃったな。
「いやもうホント感謝してるよ。あれで討伐隊にある程度損害を与えられたし、聖騎士団の団長も討ち取れたからね。言い訳できるくらいの手柄は立てられて一安心さ」
「聖騎士が自分のところの団長が死んで喜ぶとはな」
「ははは! 何言ってるんだい。僕が聖騎士であって聖騎士なんかじゃないことはあなたもよく知ってるでしょう」
年頃の娘ならこの一見するとさわやかな笑顔の虜になるのかもしれんが、わしは不快にしか感じん。
「ということで、あの辺りの治安を悪化させるのは失敗したけど、ノースフォート聖騎士団はしばらく身動きが取れなくなったから、これでチャラだ。単眼巨人を借りておいて成果なしだったら、あいつに殴り殺されかねないところだったよ」
「そなたの計画の顛末についてはそれでよかろう。次はライナスの成長具合を聞かせてもらおうかの」
わしとしてはそちらの方が重要じゃ。その仕上がりによっては今後の予定を組み立て直さねばならん。
「最初に言ったけど、本当に参ったよ。僕の、いや、あなたから聞いていた以上だったよ」
「わしから聞いていた以上か」
「ああ! 討伐隊の本隊がやって来たその夜に夜襲を仕掛けようとしたんだけど、直径50アーテムくらいのばかでかい土石散弾で全滅させられたんだ!」
それは教会の報告書にも書いてあったの。ライナスが発動させたそうじゃが。
「こっちは闇夜を利用した上に、音漏れを防ぐために小鬼祈祷師に防音までさせてたにもかかわらずだ! 土石散弾一発で夜襲部隊を全滅させたのも大したものだけど、発見したのはもっとすごいよね! 一体どうやったんだろう?」
「教会の報告書には、ライナスが捜索をかけて魔物を発見したとあったの」
「そのライナスって子はいつも捜索をかけてるのかい?」
「そこまではわからん」
本当にそうなのかは本人に聞いてみんとわからんの。次に会ったときに覚えておったら聞いておこうか。
「まぁいいや。次は討伐隊の本隊をおびき出した後に、連中の野営地を襲撃したときだね。夜襲と違ってこっちの襲撃は成功したんだけど、警固の兵士を一部取り逃がしたんだ」
「ライナスが逃がしたそうじゃな」
「そうなんだよね。でもそれ自体はいいんだ。それよりも気になったことがあってね。この襲撃の様子も観察していたんだけど、たまに何もないところから火球が発生して鬼を倒していたんだ」
ユージか。報告書を見る限りその存在は知られておらんようじゃが、裏でしっかり働いておるようじゃの。結構なことじゃ。
「珍しいこともあるもんじゃの」
「全くだね。不自然すぎて久しぶりに我が目を疑ったよ!……で、あれがライナスの守護霊ってやつかい?」
「そうじゃ」
こやつには下手に隠し立てする必要もないか。いずれ話さねばならんしの。
「なんで姿がみえないのかな?」
「見せる必要がないからじゃろ。目立って何の益がある?」
「……それもそうか」
実際のところユージがどんな意図で隠しているのかまではわからんが、不用意に正体を露わさんようにしておるのは好ましいわい。そういう慎重なところは褒めてやろう。
「お主の見立てでは、その守護霊も役立っておったか?」
「そうだね。野営地襲撃のときはライナスとその仲間が危なくなったときに手助けしていたなぁ」
「ふむ、不用意には行動しとらんかったか」
「まぁね。見えないなりにしか観察できなかったけど」
悪くない立ち回りじゃの。初めて出会ったときに比べてしっかりと成長しておるようじゃ。それでこそ育てた甲斐があったというものじゃのう。
「して、最後は単眼巨人を討ち取った話じゃな」
「そうそう。攻撃が特に効きにくい変異種だけを連れて行ったんだけど、領主軍や聖騎士団の相手をしていたときはよかったんだ。けど、ライナスにはあっさり倒されちゃったんだよね」
「単眼巨人を転がして目を抉ったらしいの」
「まさか土槍で転がされるとは思わなかったよ。身長差があるから頭部への攻撃はしにくいし、魔法で攻撃しても腕なんかで庇えると思ってたんだけどなぁ」
身長差の大きい単眼巨人を倒した方法は報告書に詳しく書いてあったが、なるほど、その通りじゃったというわけか。
「単眼巨人を転ばせるだけの魔法を使えるとは思ってなかったのが誤算だったね」
「詰めが甘いと言ったところかの」
「何言ってるんだい! あなたが便乗しなければ全て計算通りだったっていうことじゃないか! 全部ライナスだけに邪魔されたんだよ?!」
ひぇひぇひぇ、そうじゃったな。こやつにとっては悪夢じゃが、わしにとっては吉報じゃのう。
「差し引きゼロだったからまだいいけど、僕1人でやってたら完勝してただけに納得いかないんだよね」
まるで子供のようにふくれておるわい。いつもからかわれておるお返しじゃ。
「そうだ、ライナスには次に何をさせるつもりなんだい?」
「当面は好きにさせるつもりじゃ」
「意外と大らかだね。もっとこき使うのかと思ってたよ」
「単眼巨人を討ち取った手腕は認めるが、まだまだ未熟じゃ。よって、しばらくは世間の荒波に揉まれて鍛えられるのを待つんじゃよ」
ライナスはまだ成人したばかり。焦る必要はなかろうて。
「次はどこへ向かう気なんだろうね?」
「はっきりとはわからんが、西のレサシガムに行くと言うとるらしい」
「あーそっかぁ。それだとしばらくは会えそうにないなぁ」
「会ってどうする。会う必要があるとも思えんが」
「ただの興味本位だよ。僕達の最終的な計画には必要な人物だからね。1回くらいは直接会っておきたいじゃないか」
何を言い出すかと思えばそんなことか。
「今まで会う機会ならいくらでもあったというのに、全てふいにしたのはお主じゃろうが。光系統の魔法を教えるようにわしが頼んだのを断ったのは誰じゃ」
「はは、痛いところを突いてくるね。確かにその通りなんだけどさ。けど、僕って1つのところに長くいられないから」
苦笑いをしながら椅子から立ち上がると、あやつは部屋の外へ出ようとする。
「じゃぁね、また何かあったら報告するよ」
「また王都に寄ったら来るがよい」
気に入らん奴じゃがこれでも同志じゃからの。最低限は助け合わねばならん。
あやつは短い礼を言い残すと、そそくさと去っていきおった。
さて、わしも作業の続きをするかの。次の布石のためにな、ひぇひぇひぇ。




