サイクロプスとの戦い
ライナスとバリーの持ち場から単眼巨人が暴れ回っている戦場まで500アーテムほどあると、伝令役の聖騎士が最初に教えてくれた。また、単眼巨人以外の魔物は、襲撃してきた魔物の個体数が多くなかったということもあって、小鬼や鬼はほぼ全て退治されたらしい。
ボリス伯爵軍の最後尾にたどり着いたところで、早くも単眼巨人の姿を確認できた。でかい。人間の倍くらいの大きさなんじゃないのか?
「あの単眼巨人は全長が4アーテムくらいで、見ての通り丸太のような棍棒を振り回している。さっきも言ったが、通常の武器はおろか、魔力付与された武器でさえもほとんど効果がない」
悔しそうにその伝令役の聖騎士が移動しながら2人に説明する。仲間が何人か戦死しているのにほとんど何もできないというのが腹立たしいんだろう。
「見た目は普通の単眼巨人とは違うんすか?」
「それが同じだから騙されたんだ! 見た目が違ったら最初からもっと警戒していたのに!」
どうもゲームと違って服や肌での色分けというのはされていないらしい。まぁ、そんなことをする意味もないか。
「そうだ、今暴れてる単眼巨人の属性はわかりますか?」
「属性か……色々試してみたんだが、特にどれが苦手というものはなかったな。俺は土属性が怪しいと思ったんだが」
この属性とは、あの魔法の属性──火、水、風、土、光、闇、無属性の7属性──だ。魔物によっては属性の強い影響を受けている場合がある。この属性の影響が強いほど色々と恩恵を受けるのだが、逆に火属性に対する水属性のように苦手とする属性に対する抵抗も弱くなる。よって、魔物の属性がわかれば苦手な属性で攻め立てればいい。
ところが、単眼巨人にはその弱点となる属性がないらしい。つまり、どの属性にも属していないということになる。それでいて魔力付与された武器でさえも容易に傷つけられないというのは、一体どういうことなのか。
「あそこか!」
「おお、でけぇ!」
聖騎士団と単眼巨人が戦っている戦場はもう少し先なのだが、単眼巨人が大きいので距離感覚が微妙に狂ってしまう。
更にしばらく進むと、伝令役の聖騎士がボリス伯爵軍の兵士の脇をすり抜けて、単眼巨人との戦場を指差した。
「あそこだ!」
その戦場は廃村の中央を中心としていた。かなり傷ついている単眼巨人もいるが、5体全て健在だ。一方の聖騎士団は3人か4人で単眼巨人1体を相手にしている。しかし、完全に防戦一方だ。攻め手がないから仕方がない。アレックス副団長に報告された以上の犠牲者が出ていないのがせめてもの救いか。
ボリス伯爵軍はボリス伯爵を中心にその様子を眺めている。単眼巨人との戦場から50アーテム以上離れていた。こちらは単に出て行っても邪魔になるからだろう。でなければ聖騎士に救援を求めたりしないはずだ。
(ユージ! どうする?!)
(俺が単眼巨人を転ばせるから、2人は目と口を攻撃してくれ)
現状の単眼巨人を見ている限り、頭に攻撃を受けた様子はない。ならば、皮膚ほどに硬くなさそうな部分を攻撃してやればいい。
(ライナス、魔力付与の魔法を自分とバリーの武器にかけて)
(でも、俺の魔法じゃ威力不足じゃないか?)
(硬い皮膚じゃなくて、目や口を攻撃してもらうつもりだからそれで充分だよ)
作戦とも呼べないような非常に単純な戦法だ。しかし、俺、ライナス、バリーの3人でやるとなるとこれが限度だろう。
「我が下に集いし魔力よ、彼の物を覆え、魔力付与」
ライナスは俺が言った通りに自分とバリーの武器に魔力付与をかけた。
(よし、3人で1体ずつ倒していくぞ。まずは一番手前にいる奴だ。ライナス、聖騎士を下がらせるように伝えてくれ)
頷いたライナスが伝令役の聖騎士に口を開いた。
「一番手前の単眼巨人を相手にしている聖騎士を下がらせてください」
「2人だけであいつの相手をするのか?! 無茶だ!」
伝令役の聖騎士がライナスに反論する。通常ならその主張は間違いではなかった。しかし、少なくとも俺達3人には当てはまらない。
「大丈夫です、いけます!」
「そうだぜ! 任せてくれ!」
しばらく戦場の仲間とライナス達に視線を交互に向けていた伝令役の聖騎士だったが、やがて余裕のない仲間達の状態を見て顔を歪ませる。
「本当にできるんだな?!」
「「はい!」」
「よし、行け!」
伝令役の聖騎士の号令と共にライナスとバリーは、最も近い単眼巨人に向かって走り出す。俺は2人のすぐ後ろを追う。
数歩遅れて伝令役の聖騎士も続いた。戦っている聖騎士に声を確実に届かせるためだろう。ボリス伯爵軍の兵士がいるところだと遠すぎるからな。
最も近い単眼巨人と戦っている聖騎士は3人だ。近くに1人倒れている。恐らくやられたんだろう。
「3班、ダレス、下がれ!」
距離30アーテム辺りを切ったところで伝令役の聖騎士が戦闘中の3人に号令をかける。突然の命令に戸惑いもあったろうが、そこはさすがに鍛え上げられた精鋭だ。咄嗟に単眼巨人との距離をとる。
(ライナスは右、バリーは左から単眼巨人を大きく回り込め!)
俺がそう指示を出すと2人は躊躇わずに左右に分かれた。そのとき伝令役の聖騎士が3人の聖騎士に合流する。
そして、まずは俺の出番だ。
(我が下に集いし魔力よ、大地より出でて敵を討て、土槍)
思い切り魔力を込めて単眼巨人の足下から土槍を2本突き出す。直径10イトゥネック、全長3アーテムの特大土槍だ。いずれも足の裏に先端が刺さるように調整した。
こちらの様子を窺っていた単眼巨人は、突然両脚を突き上げられて仰向けに倒れた。睨んだ通り、槍の先端に乗っかるような平衡感覚はないようだ。
土槍の直撃を受けた単眼巨人であったが、今のところ倒れただけだ。仰向けに倒された驚きの声は上げたが、痛みによる叫びはない。恐らく無傷なんだろう。しかし、それは想定済みだ。魔力付与された武器の攻撃がほぼ効果なしである以上、魔法の攻撃も似たようなものだと思ったからである。
これで、仰向けに転んだ単眼巨人と後ろに下がった聖騎士の間に土の槍がせり出す状況が現れた。その脇をライナスとバリーが駆け抜けてゆく。
「はぁぁ!!」
最初に攻撃を仕掛けたのはライナスだった。進行方向の右側から回り込んだライナスは、そのままの勢いで長剣を単眼巨人の単眼に突き出す。
「ガァ!!」
しかしその攻撃は、雄叫びを上げながら単眼巨人が左手で受け止める。長剣の刃を素手で受け止めやがった! 無茶苦茶だな!
「ふん!」
そして、反対側の左から回り込んできたバリーが、槍斧を突き出す。単眼巨人はそれを右手に持った棍棒で振り払おうとしたが、ライナスに気を取られていて反応が遅れてしまう。
そのわずかな隙を突いてバリーの繰り出した槍斧が、単眼巨人の単眼を深々と貫いた。
「アガァァァ!!!」
一瞬大きな咆吼を上げた単眼巨人だったが、しばらく痙攣すると動かなくなる。
「やったな!」
「ああ!」
ライナスとバリーは討ち取った単眼巨人から離れると、その様子を見ていた伝令役も含めた聖騎士達のところに戻っていく。
「すごいな、お前達……アレックス副団長が任せるわけだ」
半ば呆然とした様子で伝令役の聖騎士は2人に声をかける。
「単眼巨人を転ばせて目か口を狙えば倒せます。他の皆さんも……」
「単眼巨人を転ばせるだけの大きな魔法を使える仲間がいないんだ」
伝令役以外の聖騎士の1人がライナスの話を遮って返答する。その顔は悔しそうだ。
(それなら、俺が転ばせるから聖騎士にとどめを刺してもらえ)
(ユージ?)
奇妙に空いた聖騎士達との会話の間を利用して、俺はライナスに話しかける。
(俺達がやった方が速くねぇか?)
(単に倒すだけならな。けど、聖騎士団だって面子があるし、何より殺された仲間の仇を自分で取りたいだろう)
別に聖騎士団と敵対しているわけじゃないんだから、残り4体は聖騎士団に倒してもらって手柄にしてもらってもいいと思う。だからバリーの意見は却下だ。
(それじゃ、また俺が呪文を唱えるふりをすればいいんだね)
(まぁ、それは諦めてくれ)
俺はそう言うと、ライナスから聖騎士団へ提案するように促した。
「あの、それじゃ俺が単眼巨人を転がしますから、聖騎士団でとどめを刺してくれますか?」
「いいのか?」
意外そうに聖騎士達はライナスとバリーを見た。冒険者ならば魔物を倒すことは自分達の利益に直結する。だから、倒せる魔物を譲るというのは基本的に考えられないことなのだ。
「自分達だけで依頼を引き受けて討伐をしているわけじゃないんで、誰が単眼巨人を倒してもいいと思います」
「……そうか。助かる」
その場にいた聖騎士達はライナスの提案を受け入れる。やはり自分達の手でとどめを刺せる意義は聖騎士にとって大きい。
こうして、一時的にライナス達と聖騎士団の連携が成立した。
それから単眼巨人を倒すのにそれ程の時間はかからなかった。集団戦を意識した訓練を積み重ねていることもあって、聖騎士団はライナス──正確には俺──の魔法攻撃に合わせて単眼巨人の頭へ攻撃を集中した。
まぁ、たまに手前に倒れてきたりして混乱することもあったが、そこは聖騎士団の練度に助けられたと言える。
単眼巨人を全て倒した頃には、ボリス伯爵軍と聖騎士団の戦いはほぼ終息していた。冒険者の集団ではまだ少し戦いが続いていたが、それも30分とかからずに終わる。
「はぁ、終わったなぁ」
ライナスは、倒した単眼巨人や仲間の遺体を収容している聖騎士の様子を見ながらぼんやりと呟く。
「ライナス、怪我はしてないか?」
「え? ああ、してないよ」
バリーに話しかけられて我に返ったライナスは咄嗟に答えた。返り血は浴びているが何ともないらしい。
「ライナス、バリー、ここにいたか」
伝令役だった聖騎士が2人に近づいてくる。呼びかけられた2人はそちらに顔を向けた。
「礼を言う。おかげで仲間の仇を取れた」
「ああ、はい」
「いいっすよ!」
礼を言われた2人だったが、ライナスはまだ気が抜けたままのようだ。バリーの方がしっかりとしている。
「一旦、アレックス副団長のところに戻ろう」
「「はい」」
聖騎士が背を向けて歩き出すのに合わせて、バリーも足を前に出す。
「そういや、ローラに会わなきゃ」
「ライナス?」
不思議そうに振り向くバリーに気づいたライナスは、苦笑しながら歩き始めた。
 




