廃村での総攻撃
バリーが不安がっていた夜襲はなかった。しなかったのかできなかったのかまではわからないが、ともかく何事もなくてよかったと思う。
しかし、討伐隊の面々が気持ちよく朝を迎えられたかというと全くそんなことはなかった。状況は何一つ変わっていなかったからだ。
「あ~、よく寝たぜ」
「おはよう、バリー、ローラ」
「……おはよう」
ローラはこういう屋根なし野宿に慣れていないのか、あまり寝付きはよくなかったようだ。随分と眠そうである。
「今日の夕方には街に戻れるんだよな。肉が楽しみだぜ」
「本当にそうね。ちゃんとした室内のベッドで眠りたいわ」
バリーもローラもすでに意識は領都に飛んでしまっているようだ。まぁ、気持ちはわかる。
しばらく寝起きの体をほぐして目を覚ました後、3人は非常食を食べ始めた。ローラは少し気まずそうにしていたが、ライナスとバリーは周囲を気にせず食べている。全員が空腹のままだと、いざというときに誰も戦えなくなってしまうからだ。
そうして3人が食べ終わると同時に、討伐隊の全員に招集がかかった。いつもよりも時間が早い。集まった冒険者の中には干し肉を囓っている者もいた。
「我々討伐隊は、当初の目的である魔物の巣を排除することこそできなかったが、少なくない魔物を討ち取ることができた。よって、討伐隊はこれから領都に戻り一旦体勢を整える」
討伐隊の副指揮官であるウィリアム団長が退却の理由を述べる。
野営場所が破壊されたことや食料がなくて追い込まれていることなど一言もない。本当にそう思ってはいないんだろうけど、貴族や聖騎士団の面子に因るものなんだろう。ただ、撤退することに関しては誰も反対していないので、その説明に文句をつける者はいない。
「やれやれ、こんな景気の悪いところとやっとおさらばできるぜ」
冒険者の誰かが呟き終わると同時に、討伐隊の退却が始まった。
討伐隊は往路と同じ経路を辿って領都を目指している。往きと違ってその足取りは重い。肉体的には空きっ腹を抱えた上に寝不足で、精神的には魔物の主力を討伐できなかったどころかいいように振り回されていたからだ。
討伐隊は先頭をボリス伯爵軍270名程度が進んでいる。その次が聖騎士や僧侶など教会の集団180名だ。ローラ達もここにいる。そして最後尾が冒険者の集団約190名だ。出発時と大して変わらない。
隊列に関しては、ボリス伯爵軍と教会の集団は5列縦隊で進んでいる。最初にボリス伯爵軍の兵士で、その次にその雑役夫、そして聖騎士に僧侶、そしてその雑役夫だ。獣道さえない灌木地帯なので歩みは遅くなるが、1列で隊列が細長く延びきったところを攻撃されるよりはましという考えだ。最後尾に冒険者の集団が歩いているのだが、彼らはてんでばらばらだ。パーティ単位で後ろからついてきている。
俺は隊列の最前列から最後尾までを見てみたが、大体1オリク以上はあるんじゃないだろうか。兵士や聖騎士以外は軍隊式の行軍に何て慣れていないので、どうしてもばらつきが出てしまうのだ。
(しかし、最前列と最後尾の距離が約1オリク以上か。結構長いな。もっと一塊になって歩けないのかな)
(こんなものだよ、ユージ。大体、往きもそうだったじゃないか)
確かに言われてみればそうなんだが、今は事実上の退却中で不安が膨れ上がるばかりなんだよ。往きのときは冒険者がいなかったのでその分だけ短かったが、今は冒険者がいる分だけ長くなっている。
(領都に着くまでの我慢だよ)
けど、我慢するのは俺以外なんだよな。結局、苦労しているライナスがそう言うので俺は黙ってみんなについて行った。
しばらくすると、以前通った廃村が現れた。破壊された家屋に晒された骸は前のままだったが、今はそれを気にする余裕は討伐隊の面々にはない。一刻も早く領都に帰りたかったからだ。
それはライナス達も同じだった。ローラがわずかに祈りの言葉を捧げはしたが、それが精一杯だ。
(このまま無事に領都まで帰れたらいいんだけどなぁ)
俺は一見するとのどかな風景を眺めながらそんなことを考える。
隊列の先端は廃村の半ば辺りまで来た。一方、隊列の後部はまだ灌木地帯を抜けきってない。
そんなときだった。周囲で一斉に魔物の鳴き声が聞こえたのは。
「敵襲!!」
誰かが叫ぶと同時に魔物の姿が一斉に現れる。
(え、まだこんなにいたのか?!)
急いで捜索をかけて俺はその数に絶句する。小鬼が主力のようだが、鬼や小鬼祈祷師を入れると討伐隊に匹敵するほどの数が俺達に向かって突撃してくる。
(くそ、野営場所のときと同じじゃないか!)
別に油断していたわけではないが、それでも捜索をかけ忘れていたことには違いない。1時間ごとでもいいから索敵をしておくんだった!
捜索の結果だが、先頭を進んでいるボリス伯爵軍には小鬼が数十匹と鬼が10体程度だ。次に教団の集団へはボリス伯爵軍に向かっている小鬼よりも少ないくらいと鬼が10体程度、それに小鬼祈祷師が10匹くらいである。そして更にその後方を歩いている冒険者の集団へは、小鬼が数百匹、小鬼祈祷師が10匹くらい、鬼が10体か20体程度だ。
この結果を俺は3人に伝える。しかし、その3人は目の前の魔物を倒すのに精一杯だった。
(ユージも戦って! 数が多すぎる)
(わかってる!)
俺はとりあえず、ライナス、バリー、ローラに近づいてくる魔物に片っ端から攻撃魔法を撃ち込んでいった。1匹ずつなら問題なくても、複数匹の魔物に同時攻撃されるとさすがに危ない。特にローラは鎚矛を手にしているとはいえ、基本的に戦闘向きではないので余計にだ。
とりあえずこれで3人は当面どうにかなりそうなんだが、周囲は酷い状態だ。俺達のいる教団の集団なんだが、聖騎士は鬼を中心に対応していた。幸い鬼の数は聖騎士よりもずっと少ないので、2対1で戦っている。すぐに倒せるだろう。余った聖騎士は僧侶と一緒に小鬼と小鬼祈祷師に戦っていた。しかし、雑役夫にも襲いかかっている小鬼がいたせいで、攻め立てられた雑役夫は狂乱して逃げ回ってしまい、戦っている周囲の僧侶、聖騎士、そして冒険者の邪魔となっていた。
後方の冒険者の集団も大変なことになっていた。小鬼、小鬼祈祷師、鬼の3種類に襲われているのだが、何しろ小鬼が多すぎる。しかもたまにその戦いぶりを見ていると、前衛の戦士が小鬼や鬼を相手にしている隙に、あぶれた小鬼がその後衛に襲いかかっていた。しかも小鬼祈祷師はその後衛である僧侶や魔法使いに狙いを集中しているようだ。いつもなら何も考えずに突っ込んでくる魔物がやたらと賢い動きをしているため、冒険者はかなり苦戦していた。
(これは冒険者を助けた方がいいな)
聖騎士団と僧侶は魔物の襲撃から立ち直りつつあるため余裕が出てきた。そして、ボリス伯爵軍は捜索の結果を見る限り、独力で充分に対処できるはずだ。そうなると、最も苦戦している冒険者を助けるべきだろう。最終的には冒険者だけでも魔物を撃退できるかもしれないが、このままだとあまりにも被害が大きすぎる。
(ライナス、バリー、ローラ、怪我は?)
(大丈夫、ないよ)
(はは、このくらい平気だぜ)
(私もないわ)
幸い、ライナス達は無傷だったようだ。
さて、これからどうすべきか考えようとした矢先に、遥か前方から複数の咆吼が聞こえてきた。何だ?
「おい、今のなんだ?」
「わからないよ。前の方から聞こえたよな?」
「新手の魔物……?」
不安だ。ここにきてまだ隠し球があるのか? 一部の聖騎士や僧侶も不安そうに前方に視線を向ける。
冒険者の集団だけが危ないと思っていたら、ボリス伯爵軍の雲行きも怪しくなってきた。とりあえず後方の応援に向かおうとしていた聖騎士も足を止めて様子を窺う。
そこへ、ボリス伯爵軍の兵士が転がり込むようにしてウィリアム団長のもとへ駆けつけてきた。
「どうした?!」
「我が軍の正面に単眼巨人が5体現れ現在交戦中です! しかし、苦戦しております故、応援要請の使者として参りました」
「単眼巨人だと?!」
確かそいつは、巨人の1種で、最低でも3アーテムはある単眼の魔物だ。人によっては魔族と主張するそうだが、何にせよ、その巨体から繰り出される巨大な武器の破壊力は人間を冗談のように吹き飛ばすらしい。また、その肉体は生半可な攻撃を寄せ付けないとも言われている。
それにしても泣けてくる。単眼巨人なんて実物を見たことがなかったから、捜索に引っかからなかった。魔物って条件なら見つけられたのかな。今度試してみよう。
それはともかく、困った。ボリス伯爵軍も冒険者の集団も放っておけば壊滅しかねないんだが、ウィリアム団長は一体どういう判断を下すんだろうか。
「聖騎士団と僧侶を半数に分ける。半数は俺と共に前に行き、単眼巨人を相手にする。残りはアレックス副団長と共に冒険者共が戦ってる魔物を駆逐しろ!」
単眼巨人1体につき聖騎士複数人で対応するが、全員は必要ないということか。僧侶は負傷した兵士の傷を癒やすために連れて行くのかもしれない。
それで、問題は俺達なんだが、どちらに行けばいいんだろうか。ローラの様子を見ているとどうやらアレックス副団長と一緒に冒険者側で戦うことになるようだ。
「まずは冒険者共を助けるぞ。聖騎士と僧侶が2人一組になって苦戦している奴らを救え。もし周りに苦戦している冒険者がいなければ、手近の魔物共を駆逐しろ!」
アレックス副団長は部下と僧侶にそう指示を下し、2人一組になった聖騎士と僧侶から順次冒険者の集団へ送り込む。
そうして次々と救援組が送られていく中、ローラは副団長に声をかけた。
「アレックス副団長、私達も冒険者の救援に向かいます」
「聖女殿がですか?……お待ちください。それよりも、私と一緒に雑役夫を襲撃する小鬼を駆逐していただきたい」
「雑役夫……あ!」
そうだ、だいぶ落ち着いたとはいえ、冒険者の集団側からあぶれた小鬼が何匹かやって来ることがある。それを阻止しないといけない。
前方のボリス伯爵軍の辺りから単眼巨人の咆吼がたまに聞こえる中、与えられた任務をこなし始める。
「ローラ殿は負傷した雑役夫の治療をお願いします。お前達、ライナスとバリーとかいったな?」
「はい!」
「うす!」
「よし、それなら、これから俺の指揮下に入れ。やって来た小鬼を俺とライナスが魔法で攻撃するから、バリーはそれをくぐり抜けた残りを駆除しろ」
「「はい!」」
「いい返事だ! 奇襲を防いだ話や野営場所で活躍したという話が本当だと証明して見せろよ!」
ふむ、このアレックス副団長というのはなかなかさっぱりした人物のようだ。この人が団長だったら、ライナスが勧誘を断っても印象が悪くならなかったかもなぁ。
ライナス達の後方には雑役夫が固まっているが、少なくない人達が死傷している。死んでしまった者はともかく、まだ生きている者も多数いるのでローラともう1人の僧侶は目につく雑役夫から順に治療をしていった。
一方、ライナスとバリーは、アレックス副団長の指示でたまにやって来る小鬼を退治していた。中には鬼も数匹の小鬼と共にやって来ることがあったが、その場合も落ち着いて対処する。
「アレックス副団長、あの鬼は俺がやるっす!」
「わかった! ライナス、小鬼を片付けるぞ!」
「はい!」
素早く担当を決めると、3人は自分の相手に取りかかる。
「おおっ!!」
突っ込んできた鬼が振り下ろしてくる棍棒をバリーは槍斧で弾く。予想以上の勢いで棍棒を弾かれた鬼は、驚いた表情をしながら一瞬だけ体を無防備な状態で晒した。
鬼の棍棒を弾いた反動で槍斧を振り上げていたバリーは、その厚手の刃を鬼の首筋に叩き込んだ。これにより、半ば首がちぎれた鬼は大量の血を流しながら地面へと倒れ込んだ。
「ははっ、やったぜ!」
相変わらずバリーは調子が良いなぁ。
一方のライナスとアレックス副団長も小鬼を始末し終わったところだ。ライナスは最後の1匹を長剣で倒している。呪文の詠唱が間に合わなかったようだ。
「よぉし、よくやった! これで後は冒険者共の体勢が立ち直ったら……」
「アレックス副団長! アレックス副団長ぉ!」
「俺はここだ! どうした?!」
先程、単眼巨人を迎え撃つためにボリス伯爵軍のところへ向かった聖騎士の1人が、かなり焦った様子でやってきた。
「はぁはぁ、副団長! 大変です! ウィリアム団長が戦死なされました!」
「なんだと?! 馬鹿な。単眼巨人は確かに強敵だが、聖騎士が複数人でかかれば倒せない相手ではないはず。なのに、あのウィリアム団長が?!」
「それが、通常の武器はおろか、魔力付与された武器でさえほとんど通じないんです!」
魔力付与された武器は、通常の武器に魔法をかけて一時的に魔法の武器と化したものだ。これで魔法でしか攻撃できない相手でも攻撃が通じるようになる。
通常なら、これで大抵の相手は何とかなるのだが、今回の相手である単眼巨人にはあまり通じないらしい。
「単眼巨人の亜種か? なんでこんなところに……!」
それを言うなら、今回の魔物は全ての点においておかしいよな。
「……っ! それで、こちらの被害は?」
「ウィリアム団長以下、聖騎士3名が戦死しました。それと、巻き添えで僧侶が1名」
冒険者の方はだいぶ落ち着いてきている。これなら何とかなるだろう。そうなると、後は単眼巨人だけか。
(ライナス、バリー、俺達もボリス伯爵軍のところへ行こう。野営場所のときのようなことは防がないと)
(そうだな。でも、何か良い方法でもあるの?)
(策って程じゃないけどな)
(へへ、相手に不足はなさそうだな!)
ということで、ライナス達からアレックス副団長に志願してもらわないとな。
「アレックス副団長、俺とバリーも前に行きます!」
「おう! 単眼巨人だろうが何だろうが相手してやるぜ!」
アレックスはしばらく迷う。それは、2人が若すぎたり、冒険者に頼るという面子の問題だったりするわけだが、今はそんなことを言ってる余裕はなかった。魔物の夜襲を防いだ魔法の才能と野営場所で兵士を助けた武術の技量は、今の自分達にとって必要なものだ。何より、これ以上仲間の聖騎士に犠牲を出したくなかった。
「わかった。俺も仲間を集めたらすぐに行く。それまで単眼巨人の相手を頼む」
「「はい!」」
2人は元気に返事をした。
「ローラ! こっちでけが人の治療をしていてくれ。俺達は前に行ってくる」
「ちょっと単眼巨人を相手にしてくるぜ!」
「私じゃ役に立ちそうにないもんね……いいわ、ちゃんと帰ってきなさいよ!」
「「ああ!」」
アレックス副団長のときよりも元気に2人は返事をした。
そして、2人は伝令役の聖騎士と共にボリス伯爵軍のところへ向かった。




