手のひらで踊らされている感じ
事情聴取から解放されたライナスは、早朝からげっそりとした表情で仲間のところへ戻ってきた。
「あ~、疲れたぁ」
「おい、朝一からそんなんで大丈夫か。ほら、肉でも食って元気出せ」
そんなライナスを見かねたバリーは干し肉を突き出してくる。自分の食いさしじゃないところをみるとそういった配慮はできるようだ。
「ありがとう。それにしても、朝まで色々聞かれるなんて思わなかったよ」
簡単に事情を説明してお終いになると思っていたらしい。俺もそう思っていた。
「それで、何を聞かれたの?」
「魔物の集団を壊滅させた魔法を発動させたのは俺かっていうことや、どうやって魔物の集団を発見したのかということ、どうやってそんな強力な魔法を使えるようになったのかということや、他にも使えるのかということなんかだよ」
そして最後には勧誘のおまけ付きだ。こうなるのがわかってたからできるだけ控えようとしてたんだけど失敗した。ばーさん直下の魔王討伐隊に入っている以上、どうせ勧誘は断らないといけないしな。断ったことによる悪印象やわだかまりは避けたかったんだけど。
それにしても、まるで悪いことをしたみたいに尋問されるのは嫌だったな。どうしてあんな威圧的にしないといけないんだ。もっと友好的に話を進めたら話せることもあるのにね。だから必要以上のことはライナスにしゃべらないように指示した。まぁ、その分相手に睨まれることになってしまったが、何でも話してもらえて当たり前っていう態度は気に入らないな。
「全部しゃべったの?」
「いや、必要なことだけしか話してないよ。大体全部話さないといけないわけじゃないし」
「偉い人に嫌われると何かと大変よ?」
「そうなんだろうけど。ユージもあんまりしゃべるなって言ってたから」
ここで俺に振るか。ローラとバリーの意識が俺に向く。ちなみに、こういうとき2人はライナスの頭の上に視線を向ける。そこが俺の定位置だと教えたからだ。たまに全然別のところにいると明後日の方向に向かってしゃべっていることになるんだが、まぁ、それはいいだろう。
(ライナスも言ってたけど、必要なことしか教えてないよ。ライナスの人生まで教える必要なんてないしな)
(何を聞かれそうになったの?)
(全部。悪いことをしたわけでもないのに、何もかも話せなんて横暴すぎるよ)
ローラの立場が微妙になる可能性を今思いついたが、もう遅いな。
「で、偉い奴とは仲が悪くなったのか?」
「よくはなくなったよね……」
とどめは勧誘を断ったことだけどな。めぼしい奴に声をかけるのはともかく、断られたからと言っていちいち不機嫌になってたら誰も寄ってこなくなるぞ。
(今後の扱いでどの程度嫌われているかがわかるな)
(嫌なことをいうなよ、ユージ)
露骨に顔をしかめてライナスは俺に言葉を返してきた。これ、俺が全部悪いのかなぁ。役に立ってるはずなんだけど。
日が出てから改めて調査した結果だが、魔物の集団は結構な数が押し寄せてきたことがわかった。
完全には数えられなかったが、小鬼が70匹以上、小鬼祈祷師が10匹以上、鬼が20体ということが判明した。小鬼と小鬼祈祷師の数が曖昧なのは、死体の損傷が激しかったり、逃げた奴もいたかららしい。しかし、あのでかい奴は鬼というのか。
それに対してこちらは死傷者が数名出たと聞いている。負傷して弱っていると油断して反撃を受けた兵士が何名かいたそうだ。あと、暴れ回っている鬼に巻き込まれて死んでしまった兵士もいるらしい。結局、鬼は聖騎士団が中心になって全部倒したと聞いた。
「それにしても、こんな魔物の大集団が夜陰に乗じて夜襲を仕掛けてくるとはね。誰か操ってるとしか思えないわ」
「それは俺も思う。小鬼も鬼もあんな一塊で行動なんてしないしね」
「やっぱ魔族だろうな!」
そうなのかもしれんが、もっと具体的なことがわからないとそれ以上追求ができない。
そうこうしていると、被害の出てる地域一帯に派遣していた冒険者のパーティが何組か帰ってきた。割り当てられた地域が集合地点に近ければ、朝の間に帰ってくるパーティがいても不思議ではない。予定では今日から明日にかけて大半のパーティが戻ってくることになっている。
戻ってきたパーティは討伐隊の首脳部に報告をするため大きめのテントへ出頭する。そうしてしばらくしてから出て行く、ということが繰り返され始めた。
それをぼんやりと見ていると、今度は魔物の巣に向かって何人かの兵士が歩いてゆくのが目に入った。
「あれ、あいつらどこに行くんだ?」
「魔物の巣の様子を見に行くんじゃないのか? 相手の様子を知っておくのは大切なことだし」
バリーの質問にライナスが答える。それに対するバリーの反応は薄い。自分が戦えないからだろう。
「それにしても、今日は何もなしか。暇だなぁ。素振りでもするか」
「今晩は不寝番が回ってくるから、昼以降は寝てた方がいいかな」
ライナスとバリーは予定のない1日をどう過ごすかのんびりと考える。そうか、それじゃ俺も特にやることはないんだな。
「私は兵士達の慰問に行ってくるわ。聖女の肩書きって意外と効果があるのよね」
ローラ、お前は本当に慰問をしに行くのか?
いくらかの疑念を込めた俺の視線を背にローラは去って行く。
さて、こうなると俺もいよいよ手持ち無沙汰となった。周りを見るとライナス達と同様に見張りをしている以外の兵士や聖騎士は暇そうだ。今朝帰ってきた冒険者達は報告が終わると1箇所に集まって何かを話していた。お互いの近況報告なんだろうな。
やることもないので、俺はその冒険者の集団に寄っていく。すると、その会話の内容がはっきりと聞こえてきた。
「おい、お前のところはどうだった? 俺のところは魔物が1匹もいなかったんだよな」
「え、あんたのところもか? 同じだな。けど、さっき声をかけてきた奴もそんなことを言ってたぞ」
「結果報告のために列に並んでたときに前後の連中と話をしたんだが、そいつらも空振りだったらしい。俺の聞いてる範囲じゃ魔物を狩れたパーティはいなかったなぁ」
「マジかよ。こりゃ魔物の巣に期待かな。このままじゃ赤字だぜ」
などという不景気な話しか聞こえてこない。冒険者の集団を一通り巡ってみたがどこも同じだ。たまたま外れ組ばかりだったんだろうか。
気になったんで、首脳部がいる大きめのテント前で列をなしている冒険者に寄ってみた。しかし、どこも同じだった。この結果から推測すると、被害を受けていたボリス伯爵領の地域には魔物はいないということになる。
不安な気持ちになりつつもライナス達のところに戻って、更に冒険者の帰還組が増えるのを待った。
「おーい、ライナス、飯にしようぜ!」
バリーが暢気な声でライナスを昼飯に誘う。2人は冒険者であるが、所属が聖騎士団なので聖騎士団用の炊き出しを利用できた。ただし、雑役夫と同じものだ。今回は一緒にやって来た僧侶も同じなので不満はないようである。こんな原野で暖かい飯が食えるだけましと言えるだろう。
慰問から戻ってきたローラも合流して3人で談笑しているのをよそに、俺は冒険者の集団に再度寄っていった。あれから魔物を討伐したパーティが戻ってきたのかを確認するためだ。
前回見たときよりも帰ってきた冒険者の数はかなり多くなってきている。正確には数えてないが100人近くはいるんじゃないだろうか。
(あれ、何か多すぎないか?)
今回の討伐に参加している冒険者の数は200人くらいだ。そのうち半分がもう戻ってきていることになる。担当地域が近いパーティは全部戻ってきたということになるんだが。
冒険者の集団のなかをふらふらと彷徨ってみたが、やっぱり魔物を狩ったという話はないようだ。おかしい。あれだけ魔物の被害が酷かった地域に散った20パーティ以上が揃って手ぶらというのは不自然すぎる。
今度は首脳部のいる大きめのテントの中に入ってみる。さぞかし頭を抱え込んでいるだろうと予想していたが、正にその通りだった。
「お前のところも戦果なしなのか?!」
「はあ。俺のところもってことは、他の連中もなんですか?」
「ああ。聖騎士のパーティも含めて今まで24組の報告を受けたが、全て魔物と遭遇しなかったらしい」
「なんですか、それ? それじゃ魔物はどこに行ったんです?」
「こっちが知りたい!」
報告を受ける担当官が吐き捨てるように言った。それ以外の奥にいる首脳陣も表情が硬い。
「まるで誰かに統率されているようじゃな」
一番奥にいるおじいちゃんがボリス伯爵なんだろうな。この人がぼそりと呟いた。
「誰かとは?」
「それがわかれば苦労はせんよ」
ライナスを威圧していたウィリアム団長がボリス伯爵に問いかけている。が、伯爵の言う通りだ。
それっきり言葉が途切れる。うーん、やっぱりこんなもんか。
さてそれじゃ帰るかなと首脳陣に背を向けたとき、傷ついた兵士が何人か入ってきた。
「どうした?!」
冒険者から報告を受ける担当官が驚いて声をかける。立ち去ろうとしていた冒険者も思わず足を止めて顔を向けていた。
「はっ、魔物の巣を偵察しようとしましたが、襲撃を受けて追い返されてしまいました……」
「なんだと? それで、襲ってきた魔物の数は?」
「我々6名に対し、小鬼10匹と鬼4体です。こちらの被害ですが、3名が戦死、残り3名が負傷しました」
偵察に出た兵士の質がどれくらいかはわからないが、6人で小鬼10匹と鬼4体を相手にするのは確かに厳しい。特に鬼が4体もいるとわかった時点ですぐ逃げないとな。
「では、魔物の巣の様子はわからぬままか」
「はっ、申し訳ありません」
「よい。魔物の集団を甘く見ていたわしにも責任がある。下がって傷を癒やすとよい」
「はっ!」
うーん、昨晩の夜襲を退けたのはよかったけど、何か全体的に魔物側に踊らされているような感じがして気持ち悪いなぁ。
「ボリス伯爵、いかがなされますか?」
「もう1度斥候を放つとしよう。このまま何もわからぬままでは動けぬ」
「では、偵察隊の編成は朝と同じということでよろしいですか?」
「いや、冒険者を何組か送り込めばよかろう」
「幾ばくかの報酬を与えれば、皆飛びつくでしょうな」
死んでも自分の腹は傷まないしな。まぁ、理屈にはかなってるんで嫌味以上は言えないんだが。
それからは今後の方針などを話し合っていたが、再び冒険者の報告を聞く作業に戻るのを確認すると俺はそのテントから離れた。
もやもやしたものを抱え込みながらライナス達のところへ戻ってくると、バリーは槍斧を使って素振りをしていた。その楽しそうに訓練をしている横で、ライナスは昼寝である。不寝番に備えて寝てるんだっけ。
(ローラは?)
(ん、ユージか? ローラならまた慰問だって言ってたぞ)
なるほどね。みんな自分の仕事をこなしているわけだ。それじゃ俺も勉強するとしようか。
その後、報酬に釣られていくつかの冒険者のパーティが魔物の巣を偵察しに行った。そして、夕方にはどのパーティもぼろぼろになって帰ってきている。いずれも小鬼、小鬼祈祷師、それに鬼と戦って負けたらしい。まとまって行けばいいのに、ばらばらに行ったのが問題だと思うんだが、いずれのパーティも2倍から3倍の数を相手にするはめになったそうだ。
その間にも続々と冒険者のパーティが被害の出てる地域から戻ってくる。そして、日没になる頃にはほぼ全てのパーティが揃った。結果は、全て空振りである。
ここまでくると馬鹿でもわかる。今回討伐しようとしている魔物の集団は、何者かに統率されている。討伐隊がやって来ると散々荒らし回っていたボリス伯爵領からきれいに引き上げ、魔法を使って工夫しつつ魔物の集団に夜襲させようとする。ただの魔物の集団がこんな知性のある戦い方なんてしない。
しかし、こちらが取れる対応は限られている。翌日、全戦力で魔物の巣を討伐することになった。




