お使い直後の再会
ライナスとバリーは、予定よりも2日遅れてノースフォートに到着した。
この城塞都市は、王国公路の北回り街道上に存在する王国中部と西部を分ける都市だ。王国が人の住む地を統一する前は、西方からの侵攻を防ぐ軍事拠点として機能していた。王国が人の住む地を統一した後は西方との交易で栄えることになったが、南回り街道が開通してからはその地位は低下している。
元は軍事拠点としての役割を果たしていただけに、その外見は非常に威圧的だ。それに見合うだけの堅牢さをもちろん備えているが、今それが役立つ相手は周囲にいない。魔族相手なら役立つのかもしれないが、幸か不幸か魔族の侵攻経路からは大きく外れている。
2人は王都とは違った威容を誇るノースフォートに入った。王都よりも小さいが、それでも2オリク四方もあるので結構な広さがある。ただ、それ以上に人が少ないせいか、重厚な街並みと相まって落ち着いた感じがした。少なくとも、王都やラザのような活気や華やかさというものはない。
王都の世話係に言われた通り、2人はすぐさまノースフォートの冒険者ギルドに向かう。
「あった。やっと着いた」
「長かったなぁ」
ノースフォートの冒険者ギルド前に着いた2人は、その建物を見ると長いため息をついた。ずっと馬に乗りっぱなしで尻が痛かったもんな。
馬を引き連れて2人がギルド直営の馬小屋に入ると、最初に振り向いた世話係がやって来た。
「その馬は?」
「王都からやってきました。ここで馬を返すように言われたんで連れてきたんです」
ライナスはそう言うと馬の手綱と許可証を目の前の世話係に渡した。
世話係は許可証に目を通すと納得して頷いた。
「王都からか。遠いところからよく来たな。許可証はサインして返すからちょっと待ってて」
バリーの分も引き受けると、その世話係は厩舎近くにいる同僚に馬を渡して奥へ去っていった。そして小走りで戻ってくる。
「はい、これ。横にあるギルドの受付カウンターに渡して。それで馬の引き渡しは完了だよ」
「「はい」」
言われた通り、受け取った許可証をすぐさま冒険者ギルドの受付カウンターで2人は返す。馬も潰れずにちゃんと返せてよかった。
「さて、これで後は手紙を偉い奴に渡してローラと一緒に魔物討伐だな!」
「そうだな」
問題なのは、魔物討伐に間に合ったのかどうかだけどな。まぁ、行けばわかるだろう。
そうして2人は意気揚々とノースフォート教会へと向かった。
ノースフォート教会の建物は大神殿ほどの大きさではないものの、街並みにあった重厚な作りが荘厳さを醸し出していた。これで、人がいないと建物の落ち着いた雰囲気と相まって神聖さを感じ取ることができたかもしれない。しかし、ライナスとバリーが中に入ったときは、なぜか聖堂の雰囲気はぴりぴりとしていた。
「ライナス、なんか、忙しそうだな」
「うん、でも、手紙は渡さないと……あ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
初めてやってきた場所ということもあって多少気後れしていたライナスだったが、意を決して近くの僧侶を呼び止める。
「何でしょう?」
「あの、デリア・メイジャーという方に緊急の手紙を届けにしました」
「メイジャー様に?」
油紙に包まれたままの手紙と依頼書を差し出すと、その若い僧侶は依頼書に目を通して驚く。
「アレブ殿から?! わかりました。お渡しします。依頼書へのサインは……こっちへ一緒に来てもらえますか」
「「はい」」
若い僧侶に促されて2人はついて行く。急いでいるのか早歩きだったが、2人にとっては問題ない。
やがて、聖堂の脇から廊下に出て少し歩く。そのすぐ横には庭園のような広場があった。
「ここでしばらくお待ちください。すぐにサインしてきますから」
ライナス達の返事を聞かずに若い僧侶は一旦去って行く。余程急いでいるらしい。
「なんか仕事の邪魔してるっぽいよな、俺達」
「そうは言っても、俺達のだって仕事だし……」
「そうだよな」
何となく居たたまれない気持ちになりつつも、依頼完了の証を書いてもらうまで待たないといけない。それにしてもこのままだと、ローラの居場所は聞きづらいな。のんびり雑談する余裕さえなさそうだ。
(魔物討伐の直前で準備に追われてるってところなのかなぁ)
((!))
俺が何気なく感想を漏らすと2人は驚いて顔を見合わせた。
「そうか、討伐はまだっていうことか!」
「間に合ったんだ」
いや、2人とも、あくまでも俺の感想であって確定じゃないですよ? 別件かもしれないし。
「依頼書にサインをしてきました。これでいいですね」
「あ、はい」
「ではこれで失礼します。お帰りはあちらからどうぞ」
そう伝え終わると、若い僧侶は2人の脇をすり抜けて立ち去っていった。おお、最低限の対応だけだな。
「しまった、ローラの居場所を聞きそびれた」
「ライナス、バリー!」
さてもう1回呼び止めないといけないなと思っていると、広場の方から声がかけられる。そちらに振り向くと、ローラがいた。絶妙なタイミングだな。
「あ、ローラ!」
「おお、マジで会えたぜ!」
2人とも2年ぶりに会えて喜ぶ。
この2年でライナスとバリーも成長したが、それはローラも同様のようだ。体の凹凸がはっきりとしてきた。うん、成長してよかったと思う。他にも髪の毛は肩の辺りで切り揃えられていた。確か以前は背中まで伸ばしていたはずだが。何にせよ、ますます都会的な美少女として磨きがかかってきているようだ。
「どうしてここにいるの?!」
「急ぎの依頼を受けて王都から来たんだ」
「ずっと馬に乗りっぱなしだったなぁ!」
驚きつつも尋ねるローラに対して2人は朗らかに答える。どちらも再会できて嬉しそうだ。
「ねぇ、私の出した手紙読んでくれた?」
「先月届いたやつだよな。うん、読んだよ」
「魔物討伐に参加するんだってな!」
最新の手紙を読んでもらえて安心したのか、ローラはほっとした表情となる。
「ええそうなのよ。今回の魔物討伐はかなり大がかりなものになるから、私も王都に帰るのをやめて参加することにしたの」
「中央山脈の麓で魔物が暴れ回ってるんだったね」
「え、王都にもうそんな話が伝わってるの? ああ、冒険者ギルド経由で聞いたのかしら」
実際はばーさん経由なんだけどな。それにしても、ばーさんがここの偉い人に宛てた手紙の内容ってどんなもんなんだろう。
「それで、これから討伐しにいくのか?」
「ええ、2日後に出発するわ」
うわ、ぎりぎりかぁ。2年前にローラと再開したときと同じだな。
「へへ、ローラ、俺達もその魔物討伐に参加したいんだけどよ、どうすればいいんだ? 冒険者ギルドで依頼を受ければいいのか?」
「え、参加してくれるの?! 仕事はいいの?」
「ここのメイジャーさんっていう人に手紙を渡し終えたところだから、今は何もないよ」
2人の言葉にローラの顔が明るくなる。やはり同郷の知り合いが参加してくれるのは嬉しいんだろう。
「助かるわ。今は人手が1人でもたくさん必要なのよ! 魔物討伐に向かうはずの聖騎士団が、予定の半分しか人を寄こせないって言ってて困ってたの!」
実は深刻な事情があったようです。大丈夫なのか、それ。
「おいおい、討伐隊の戦力が不安だぜ」
「確かにね。でも、被害を受けてる地域の状態が深刻なんで、もう待ってられないのよ」
一応、直前まで冒険者を募集しているようなのだが、既にめぼしい連中は参加しているためあまり期待できないようなのだ。
「でも、聖騎士団の残り半分はどうして参加できないんだ?」
「王都方面の戦力を強化するためらしいわ」
そういった話をちらほら聞くな。王都方面の対魔族戦線で大規模な反攻をするのか、それともそんなに危ないのか。俺達のような一介の冒険者にこの辺りの話はなかなか入ってこないからわからないな。
「ともかく、一旦冒険者ギルドに行ってこの魔物討伐の依頼を引き受けてくるよ」
「そうだな。俺も行ってくるぜ!」
「そうね、また後で会いましょう」
そう言って3人は一旦別れることになったんだが、それを待っていたかのようにローラはすぐ声をかけられる。
「ローラ殿、メイジャー様がお呼びです。護衛につける冒険者についてのお話しだそうです」
「誰なの?」
「なんでも、ライナスとバリーというローラ殿と同郷の冒険者とか」
「え?!」
驚いた。一体どうなってるんだ。あの手紙か?
ローラは広場から去ろうとしている2人の背中を素早く見つけると、走って追いかける。
「ちょっと、ライナス、バリー! 待って!」
伝言を頼まれた僧侶が静止するよりも早くローラは駆け出す。普段の聖女という側面しか見ていない関係者や信者などはその姿に目を見開いた。
声に気づいた2人は振り向いて、駆けてくるローラを見て驚いた。
「ローラ、どうしたの?」
後で会おうといいながらすぐに駆けてきた理由がわからないので、2人は首をかしげる。
「あのね、私と一緒にメイジャー様と会ってほしいの」
「「は?」」
2人は顔を見合わせた。さっき手紙を届けた相手が確かデリア・メイジャーという名前だったはずだが、面識は全くない。ローラと一緒に会う理由がわからなかった。
「またどうして?」
「私の護衛に2人が選ばれたからよ!」
向こうはこちらの存在すら知らないはずなのに、どうしてそんな話になっているのかさっぱりだ。
2人は呆然としつつも、ローラに引っ張られるようにしてデリア・メイジャーという人物に会うことになった。




