黒幕との会合
俺、木村勇治はライナスという男の子の守護霊をやっている。それこそライナスが生まれて間もない頃にこちらの世界へ呼び出されて以来だ。当初はあまりにも非力すぎて話にならなかった俺だが、ライナスが成長する傍らでひたすら修行した結果、一応一人前の守護霊になれたらしい。
王都に出てきてからもライナス達と一緒に数々の依頼をこなすことで研鑽を積んでゆき、ついにライナスとバリーは正式な冒険者となった。さてこれからは自分達で冒険者家業をやってゆくというところまで来たわけだが、ここで黒い影が差し込んでくる。
2人の師匠であるロビンソンが、最後に会わせたい人物がいると言ってきたのだ。名前はまだ聞いていないが、ロビンソンが2人に会わせようとしている老婆は、恐らく俺の知っているばーさんに違いない。この世界にやって来た当初に出会ったあの怪しいばーさんだ。
俺達の前を歩いているロビンソンは、冒険者ギルドを出ると大神殿のある東側に向かって歩き始めた。200アーテム進むと南門へと通じる大通りが伸びているが、この辺りになると東西に延びる大通りの北側は倉庫街へと変化している。商人が売買するための商品を保管する場所なので荷馬車の往来が特に多い。
その倉庫街は大通りから奥へ入ることができるように細かい路地がいくつもあるが、ロビンソンはその中の1つの路地に足を踏み入れた。最初は荷馬車の往来がよくあったが奥へ行くにしたがってその数は減る。その辺りで更に細い路地に入ると人通りはほとんどない。そんな一角にある目立たない小さな倉庫に俺達はこっそりと入った。
「うわ……えっ?」
中に入ると、そこには傷んだ木箱がいくつか積み上げられていた。埃っぽくもあるので、長く倉庫として使われていないことは一目でわかる。
そんな倉庫の中にみすぼらしい姿の肉体労働者が2人いた。ここをねぐらに使っているのかなと一瞬思ったが、よく見るとその眼光は労働者の目つきとは思えない。あまりにも鋭すぎる。体つきががっしりとしているのは肉体労働者だからなんだろうが、なんか怪しいなぁ。
(この2人はただの労働者か?)
ライナスとバリーも違和感を感じて警戒をしている。
しかし、ロビンソンは相変わらずのままだ。そしてそのままそのうちの1人に近づくと、懐から何かを取り出して見せた。カードか?
「よし、奥に行くぞ」
ロビンソンは何事もなかったかのように奥へと進む。同時に労働者風の何者かの視線がライナスとバリーから外れた。どうも警戒されていたようだ。
とりあえずは奥に進んでもいいようなので、扉を開けて半ばまで入ろうとしているロビンソンの後ろ姿に2人は続いた。
扉の向こうもかつては荷物を保管する場所だったのだろうが、今はただの埃っぽい部屋でしかない。そんな部屋にローブを身にまとった背の低い老婆がいた。
「ひぇひぇひぇ、よう来たの」
ああ、この何ともいやらしい笑い方をするのは間違いない。アレブのばーさんだ。15年ぶりか? 懐かしすぎる。
そして、このあからさまに怪しいばーさんを初めて見たライナスとバリーは凍り付いていた。あまりにもいかにも過ぎてどう反応したらいいのかわからないんだろう。
「そっちの優男がライナスで、大きいのがバリーじゃったか。ようここまで成長したもんじゃのう」
言葉だけを聞いていると孫の成長を喜んでいるお年寄りなんだが、色々裏で画策していることを知っているだけに、俺はとても額面通りにその言葉を受け取れなかった。
「さてと、俺はここまでだな」
「そうじゃの。今までご苦労じゃった」
2人が精神的な衝撃から立ち直るよりも先に、ロビンソンは踵を返して部屋を出て行こうとする。
「「ドミニクさん?!」」
俺も含めて3人は反射的にロビンソンを振り返る。
「さっきも言ったが、俺はお前達にこれからどんなことがあるのか知らないし、知る立場でもないんだ。だから、これ以上は付き合ってやれねぇんだよ」
「「……」」
「そやつの言う通りじゃ。これからのことはそなたら2人、いや、姿の見えん奴も含めて3人で成さねばならん。じゃからドミニク・ロビンソンはここまでなんじゃよ」
ただの教育係にこれ以上は関係ないということか。それとばーさん、きっちり俺も含めやがった。その通りなんだがなぜか腹が立つ。
「こんな形で別れるってのは寂しい話だが、冒険者家業をやってりゃよくある話だ。早く慣れるんだな」
「「……はい」」
「最後に、あのばーさんと関わる以上、これからお前らは苦労することになる。けどな、その困難をはねのけられるだけの力をお前達は既に持っていることを忘れるな。大丈夫だ、お前達なら何だってできる!」
「「はい!」」
そう言うと、ロビンソンは今度こそ本当に出て行った。
(ドミニク、今までありがとう)
(……はは、そういやお前に名前で呼ばれるのは初めてだったな。わかっちゃいるとは思うが、あのばーさんには気をつけろよ。お前のことは結局何も知らないままだが、一番割を食いそうだぜ、ユージ)
(ああ、覚えとくよ)
壁越しでも精神感応は通じるので最後にロビンソンと話をしたが、何やら不気味な警告を受けた。うん、それは俺もわかってるから気をつけてるんだけど、困ったことになかなか回避できないんだよね。
「もういいかの?」
ばーさんが声をかけてくる。さぁ、来た。
緊張した面持ちで対面するライナスとバリー。気持ちはわかる。俺もラスボスに立ち向かう気分だ。
「ひぇひぇひぇ、そんなに緊張せんでもええ。何も取って食ったりするわけじゃないからの」
だからといってそんな言葉を真に受けることはできない。それは2人も一緒だ。動揺するばかりで警戒心はさっぱり解けないままだ。
「わしの名はアレブじゃ。国王レイモンド二世陛下お抱えの呪術師じゃよ」
それを聞いた2人は驚いて目を見開く。そりゃそうだろう。こんな怪しいばーさんが国王のお抱えだなんて信用できるはずもない。何しろこんなぼろい倉庫で落ち合ってるんだ。
「そんなことを言われても、なぁ?」
「そうだ、証明する物がないですよ」
うん、きわめて常識的な反応だ。逆に鵜呑みにして信用していたら危ない。
「ひぇひぇひぇ、まぁそうじゃのう。じゃからユージに証明してもらおうとするかの」
そう来たか。しかし、俺だって証明できる物は持っていない。というか、物質は手に取れないんだが。
(言ってることは正しい)
(え、本当なの、ユージ?!)
(マジか!)
2人は驚いて俺に言葉を返してくる。かつて先生達に確認したことがあるだけなんだが、それでも実は俺も知ってましたってことだからなぁ。何て説明しようか。
「そういうわけじゃ。少なくとも、わしの身元は確認できたじゃろう」
口頭確認とはいえ、俺が証人となった以上、信じるしかなくなった2人はおとなしくなる。
「これでやっと本題に入れるわい」
「「本題?」」
「お主らに魔王を討伐してもらうという話じゃよ」
うお、いきなり核心を突きつけやがった! 案の定、2人は再び固まる。ばーさんは人を驚かせて喜ぶ趣味でもあるのか。ありそうだな。
「わしらが住んでおるこの大陸には、様々な生き物が存在しておる。そして、大陸の北に魔族、中央に人間、南に妖精が大きな勢力として割拠しておるのは知っておるじゃろう。本来ならば三者は激しく争っていてもおかしくないのじゃが、幸いなことに往来が困難になるほどの峻険な地形が、長らく三者間の大きな争乱を防いでおった」
確か以前習ったことがある。その均衡がライナスの生まれる前の年に破られたんだよな。
「しかし、その平穏はついに破られてしまう。大北方山脈の北側に住んでおる魔族を統一した者がおった。それが魔族デズモンド・レイズじゃ。奴は魔界統一後に魔王を名乗り、大北方山脈を越えて人の住む地へ侵攻を開始しおった」
いきなり長々と説明されてしまい、2人は何とも言えない表情で聞いている。ただ、ライナスは以前習ったことだと思い出せるかもしれないが、バリーは怪しいな。
「その人の住む地というのは我らが王国のことじゃ。魔王が攻めてくる前の王国は、人の住む地を数百年前に統一し、それ以後は主要都市を中心に繁栄しておった。じゃが、魔王による侵攻はそんな王国の平和をあっさりと打ち破ってしもうた。魔王は王国の北部地域の一部を占領し、尚も南下しようとしておるのじゃ」
何か話があまりにもでかくなってしまい、2人は呆然としている。いきなりそんなことを成人したばかりの奴に言うのはどうかと思うが。
「それで、お主らにはその諸悪の根源である魔王デズモンド・レイズを打ち倒してほしいんじゃよ」
それは王国の国王を暗殺してほしいって依頼してるのと同じだと思うんですけどね。魔族にとって最重要人物のところへそう簡単に近づけるわけでもないし。
ああそうか、RPGのゲームをやってるときにいつも不思議に思ってたことがやっとはっきりとした。結局あれってやってることが暗殺なんだよな。そして主人公はそのために世界中を駆け回ることになるんだ。でも、そんなことを15歳の男の子に頼むもんじゃない。
「あの、いくら何でもそれは無理なんじゃないですか?」
「俺もそう思う。第一、近づけやしないぜ」
いくら世間に疎い2人でもさすがにそう言うに決まってる。これ、どうやって2人に引き受けさせるんだ?
「確かにお主らの言う通りじゃの。しかし、実のところ、この手の魔王討伐隊はいくつもあるからの。そこまで気負わずに引き受けてくれたらええ」
「え、俺達だけじゃないんですか?」
「そうじゃ、これぞという者に王国や各地の領主が声をかけておる」
「でも、俺達はそんな奴らの話を聞いたことがないっすよ」
バリーの言う通りだ。今まで2年間王都を中心に活動してきたが、そんな話は1度も聞いたことがない。本当に他にもいるのか?
「公言すれば他の連中に邪魔されるから、誰も公にせんだけじゃ。何しろ魔王を討ち取ったとなれば、雇った領主も雇われた冒険者も富や名声で溢れ返るしの。他の討伐隊が順調ならその足を引っ張りたくもなるじゃろ?」
人類存亡の危機なんだから、もっと一致団結するべきなんだと思うんだけどな。どうしてそんなところで足の引っ張り合いをするんだか。おかげで2人も人間の闇の部分を知らされてどん引きだ。
「わしは魔王が攻めてきてからというもの、魔王を討ち取れるものがいないか、魔法で王国中を探し続けた。そして、生まれたばかりのお主を見つけることができたんじゃよ、ライナス」
「え、俺?!」
名指しで指名されたライナスが驚く。もちろんバリーもだ。
「人の魂の強弱とは、そのままその人物の才能や運気の強弱に繋がる。この魂を霊魂と言うのじゃが、これが強ければ強いほどその人物は優秀になりやすい。英雄と呼ばれる人間が皆揃って優秀なのはこの霊魂が強いからでもある。わしはこの霊魂の強い者を探しておったが、そのときに他者と比べて桁違いに強い霊魂を持つお主を見つけたんじゃよ」
さすがにこれは俺も証明できんなぁ。第一、その霊魂の強さを測れんし。
「ライナスの霊魂が強い証拠に、守護霊としてユージがついておろう。通常の人にこれだけ強い守護霊がつくことなどない」
その俺を鍛えるように仕向けたのはばーさんなんですけどね。
(ユージ、本当なの?)
(なんでライナスの守護霊になってるのかは俺もわからない。ただ、俺のときは俺が守護霊になった原因はわからないって言ってたな)
俺に説明したときと微妙に食い違う点が気になるな。俺のときは原因がわからないって言ってたくせに、ライナスのときは運命だからなんて説明してる。どうにも怪しい。
(ユージ、お主に説明した後にわかったことなんじゃよ。わしとて万能ではないぞ)
そりゃわかってるんだけどね。どうにも怪しすぎるから警戒しちまうんだって。
「おい、ライナス、どーすんだよ」
「どうするって……」
「そのために、先程のドミニク・ロビンソンをライティア村に寄越してお主らを鍛え上げ、王都で冒険者見習いとして修行させたんじゃ」
俺は以前から薄々と気づいていたが、2人は先程本人からその話を臭わされたばかりだ。ばーさんから言われても感謝の念は湧いてこないだろう。
(そうだ、もしこの話を拒否したらどうなるんだ)
(どうにもならん)
今の話を聞いていた2人を含め、俺も眉をひそめる。どういうことだそれは。
(10年間手塩にかけて育てて嫌って言われたら簡単に諦めるのか?)
(諦めるわけではない。しかし、強制させる方法もないからの)
魔法で一時的に言うことを聞かせることはできても長期間は無理だ。だから、あくまでも本人の意思でということか。
「あの、もし引き受けたとして、絶対に魔王を討伐しないといけないんですか?」
「魔王を討たねば人は大変な目に遭うんじゃが……まぁ、魔王討伐隊は他にもいくつかおるし、最終的にはその中の誰かが討伐してくれればよい。それがお主らであるかないかは重要なことではない」
「できる奴がやればいいってことっすか?」
「そうじゃの」
ただ、ばーさんにとっての最有力候補がライナスっていうわけなのか。ライナスにとっては災難だな。俺もだけど。
(それで、魔王討伐隊になったら、何かいいことでもあるのか?)
(必要に応じてわしの知っておることは話すし、相談に乗ることもできよう)
今の話を聞いている限りだと、受けても受けなくてもそう変わらないように思える。ばーさんの怪しさを考えると断った方が無難だろう。けどなぁ、断ったら断ったで後が怖いんだよなぁ。
(ユージはどう思う?)
(本来なら断るべきなんだろうけど、ばーさんは『諦めない』って言ってただろ? 後で追い詰められてから引き受けるよりも、とりあえずは引き受けておいたらどうだろうか。できないことは無理って断ればいいんだし)
俺の正直な感想と共に意見を返す。追い詰められて厳しい条件をつけられるよりも、緩い条件である今のうちに引き受けた方がいいという考えだ。
「バリーはどう?」
「わかんねぇ。ただ、ユージが言ってたようにどうせ最後は引き受けなきゃいけなくなるような気がする」
野生の勘か。珍しくバリーと意見が一致した。
「うーん、それじゃ、できる範囲でなら引き受けます」
「おおそうか! それはよかった」
珍しく上機嫌なのが俺にもわかる。まぁ、このために15年も頑張ってきたんだからな。嬉しいんだろう。
それで俺達も素直に喜べたらもっとよかったんだけどな。
こうして、一人前の冒険者となったライナスとバリーは、その日のうちにアレブ直下の魔王討伐隊となった。




