隊商護衛3
盗賊と魔族の話を聞いていたので王国公路でも襲撃があるのではと予想していたが、幸いにも無事に中継都市ラザへ着くことができた。
ラザは、王都と結ぶ王国公路が中央山脈とぶつかって、山脈を境に北回りと南回りの街道に分岐する地点にある。この辺りは王都の影響力が直接及ぶ境界であり、これから先は王国の影響力が弱くなっていく。支配するのには問題ないが、文化などに独自色が出てくるというわけだ。
そんな境界に位置する都市であるため、王都の都会文化と辺境の西方文化が混じり合う場所となっている。王都では珍しい西方の商品が当たり前のように売っていたり、逆に王都では当たり前の物が都会的だともてはやされていた。
コンジュール商会の隊商はラザに到着すると、商会のラザ支店に荷馬車をつける。
「護衛の冒険者は先頭の荷馬車に集まれ!」
デイビッドが禿げた頭を輝かせながら、雇っている冒険者を呼んで回っていた。ロビンソン達も最後尾の荷馬車から降りて先頭に向かう。
そこには既に何人もの冒険者が集まっていた。何事もなく護衛の役を果たせたので誰の表情も明るい。荷馬車に乗ってるだけでまとまった報酬がもらえるんだから当然だろう。
「よし、次! お、お前らか。よくやってくれたな」
「座ってただけだけどな」
「まぁ、そうなんだがな。何事もないのはいいことだ。依頼書を出してくれ」
ロビンソンは依頼書を差し出すと、デイビッドはそれに印鑑を押した。報酬は冒険者ギルドで依頼書と交換して受け取ることになっているため、サインの偽造を防ぐ意味から印鑑を利用する商人が多い。
「確かに」
「お前達は王都への復路も護衛してくれるんだったよな?」
「そうだ。いつここへ来ればいい?」
「3日後だな」
個人の旅人と違って、商人は商品を運ぶために都市を往復する。そのため、隊商の護衛は基本的に往復することになるが、たまに人手が足りないなどの理由で片道のみの契約で護衛を雇うこともあった。
今回ロビンソンは往復の護衛をするということで依頼を引き受けているので、こちらで荷物を積んだ荷馬車を再び王都まで護衛することになる。
「それじゃ、それまではのんびりと過ごすか」
「へへ、こっちの食い物はうまいかな」
「食い物か。ここじゃ西方のものが食えるだろうから、露天を回ってみるといい」
「そっか、ありがとうっす!」
バリーの独り言が耳に入ったデイビッドは、露天商の多いところをバリーに教えた。ライナスも興味津々だ。
「珍しい酒もあるのか?」
「酒場に行けば大抵はあるぞ」
わかってると言わんばかりの笑顔でデイビッドがロビンソンに答えた。
「それじゃ、3日後にまた会おう。それまでラザを楽しんでくるんだな」
デイビッドはそう言うと、雑踏の中に消えてゆく3人を一瞥してから、次の冒険者に目を移した。
3日後の早朝、ライナス達はコンジュール商会ラザ支店までやって来た。もちろん隊商護衛のためだ。
デイビッドにやって来たことを報告すると、往路と同じように最後尾の馬車に乗り込む。
「護衛の人はほとんど同じでしたね」
「何もないまま片道を行けたからな」
途中で盗賊に襲われるなどして撃退したとしても、冒険者が無傷であるという保証はない。また、たまに病気で脱落する冒険者もいる。そうなると、欠員が出た分だけ新たな護衛を雇うのが一般的だ。ライナスの言う通り、今回は何事もなくラザまで着いたので顔ぶれが同じなのは当然だった。
そうやって雑談をしていると荷馬車が動き始める。今度は王都に向けてだ。誰もがこのまま何事もなく王都へ着くと信じて疑わなかった。
ラザを出発して5日が経過した。ここまで驚くほど何事もない。
「いやぁ~、暇だな~」
「それよりも寒いのが嫌だな」
何もすることがないライナスとバリーは、外套にくるまって後方に流れてゆく景色をひたすら眺めていた。
今年最後の月に入り、気候は本格的に寒くなってきた。雪こそ降っていないものの、風は身を切るように冷たい。
体を温めるために動かすこともできないので、2人はできるだけ荷物に寄って寒さをしのごうとしている。
「宿場町に着いたら、まずは一杯だな」
「へへ、いいっすねぇ」
「バリー、お前はまだダメだろう」
「堅いこと言うなよ、ライナス」
最近はチーズだけでなく酒にも興味を示し始めているバリーをライナスは窘めるが、当の本人は右から左だ。
そうやってしゃべることで気を紛らわせていると、前方が何やら騒がしくなった。
「なんだ?」
最初に気づいたのはロビンソンだった。前を見ようと荷馬車の横から顔を出すがどうなってるのかわからない。
「盗賊でも襲ってきたんすか?」
「違うな。もしそうだったら盗賊共の喊声が聞こえるはずだ」
ロビンソンは再度後方に視線を向ける。最後尾の荷馬車に乗っているので後ろは視界が開けているが、不幸なことに地平線の彼方まで誰もいない。王国公路にしては珍しい光景だった。
「くそ、ツイてねぇな!」
少なくとも後ろには助けてくれそうな隊商がいないことがわかる。
(ユージ、前の様子を見てくれ)
ロビンソンに言われるまで、自分が霊体で好きなところに移動できることをすっかりと忘れて、みんなと一緒に荷台でのんびりとしていた。いかん、完全に気が抜けてる。
俺は荷物以上に体を浮かせて隊商の前を見てみた。すると、先頭の荷馬車の御者台辺りから火球や風刃が空に向かって放たれている。その先を見ると、何かが2つ空を飛んでいた。
(空に飛んでる何か2つに向かって、先頭の荷馬車から魔法攻撃をしてるみたい)
(空を飛んでる何か? もしかして魔族か?!)
そうか、人間だと、例え魔法を使っても長時間飛び続けることはできない。だから、ずっと空を飛んでるってことはそうなるんだな。
しかし、隊商の真っ正面に居座って併走するって頭いいな。こっちは各荷馬車の後方にしか護衛を置いていないから、先頭の荷馬車の御者台からしか攻撃できない。
(たぶん1つは魔族だと思う。もう1匹は鳥みたいな魔物だろう……あ、攻撃してきた)
俺が状況を説明している途中で、魔族らしき1体が火球を撃ってきた。遠目で見ても球体がはっきりと見えるということは、相当でかい火球ということになる。あれを防げる魔法使いはいるのか。
(おい、何かにしっかり掴まれ!)
俺が3人に注意した瞬間、大きな爆発音と共に先頭の荷馬車が吹き飛んだ。直前に先頭の荷馬車の御者台に乗っていた連中は咄嗟に荷馬車から飛び降りたが、荷台の後方に乗っていた冒険者は何が起きたのかわからないまま荷馬車と一緒に吹き飛ばされる。
そして、2台目の荷馬車が慌てて止まると、3台目以後も続いて止まる。急に止まったせいで街道に放り出されてしまう冒険者が何人かいた。
「くそっ! 何だ一体?!」
辛うじて地面に放り出されずに済んだロビンソンは、悪態をつきながら荷馬車から降りる。ライナスとバリーもそれに続いた。
「あ、あれ!」
ライナスが指差した先に、先頭の荷馬車を吹き飛ばした魔族と魔物が宙に浮いていた。
今度はかなり近づいてきたからその姿がより鮮明に見える。魔族の方は人間のような姿をしているが、黒い全身鎧のためそれ以上のことはわからない。もう一方の魔物は、鳥だ。しかも猛禽類の。それが胴体だけで人間くらいの大きさもある。あんなのに嘴で突かれた日には、怪我では済まないだろう。
「お前ら、あの魔族と魔物を倒せ!」
先頭の荷馬車から飛び降りたデイビッドが、指差して護衛の冒険者に叫んだ。
すると、今度はライナス達以外の冒険者達が次々と攻撃を開始する。しかし、大半の魔法攻撃は避けられてしまって当たらない。魔族や魔物が素早いというよりも、距離があって飛んでくる攻撃魔法を見極める時間が充分にあるからだ。
「おい、ライナス、まずは鳥の方を攻撃するぞ」
「魔族は?」
「この距離じゃどうやったって避けられちまう。それよりも、あの鳥が地上に近づいたら同時に攻撃するぞ」
鎧を着た魔族は魔法を使うので恐らく地上には降りてこない。しかし、鳥の魔物はその姿から連想できる攻撃を仕掛けてくるならば、必ず地面に近づく場面がある。そこを狙うというわけだ。
鳥の魔物が魔法を使わないという前提の話だが、とりあえずロビンソンはそのように想定して対処することにしたようだ。あまり考えすぎても身動きが取れなくなるからだろう。
黒ずくめの鎧を着た魔族は、今度はライナス達が乗っていた最後尾の荷馬車に向かって火球を撃ってくる。それと同時に、鳥の魔物が冒険者の一団に突っ込んできた。
(我が下に集いし魔力よ、水の球となれ、水球)
火球の強さがはっきりとわからなかったので、俺は多めに魔力を込めて水球を放った。立ち位置の都合上、ロビンソンの近辺から現れた水球は一回り小さい火球に向かって飛んでゆく。すると、水球が火球にぶつかり、花火を水に入れたときのような音を派手に撒き散らしながら火球を消した。
「よし、こっちも! 我が下に集いし魔力よ、風の刃となりて敵を討て、風刃!」
「我が下に集いし魔力よ、炎となりて敵を討て、火球!」
ロビンソンとライナスは、俺の目の前で鳥の魔物に風刃と火球を撃ち込む。
しかし、さすがに野生の勘は鋭いのか、危険を察知したっぽい鳥の魔物は冒険者への攻撃を中断し、そのまま空へ逃げた。
「やっぱ飛んでる奴は面倒だな!」
「全然当てられる気がしないですよ!」
「くそ、降りてきやがれってんだ!」
それぞれ悪態をついている3人だったが、相変わらず宙に浮いている魔族と魔物が降りてくる気配はない。まぁ、そうだろうな。
ともかく、これは長期戦になりそうだと覚悟したところで、次はどんな攻撃をしてくるのかと注目する。
しかし、他の冒険者が放つ魔法を避けながら、鎧を着た魔族と鳥の魔物はしばらくその場に止まっていたかと思うと、そのまま北東の方角へ向かって去っていった。
(とりあえず荷馬車1台を壊したから良しとしたのかな?)
周囲を見渡すと、誰もが魔族と魔物が飛び去った方向を呆然と見ていたり座り込んでぐったりとしていた。
戦闘直後で隊商全体が気の抜けた状態になっているが、もうしばらくすると放心状態から抜けるだろう。そうなると、とりあえず散乱した商品の回収から始まるだろうな。
時間をかけて商品を回収し、他の荷馬車に移し替えた後、デイビッドがロビンソン達のところにやって来た。
「おお、お前達、よくやってくれたな!」
どうやら鳥の魔物を追い払っただけでなく、火球を消したところも見ていたらしい。被害を荷馬車1台だけに押さえられたことを感謝していた。
「地上に降りてきたらぶった切ってやったのに!」
「でも、どうしてあいつら途中で引き上げたんだろう?」
「予想外の抵抗を受けたからなんじゃないのか?」
ライナスの疑問に対してロビンソンは疑問形で返していたが、俺もそう思う。徹底的にやらなかったのは、たぶん最初から嫌がらせ程度しかする気がなかったんだろうな。
「ま、追い返せて良かったってところか」
黒ずくめの鎧や猛禽類の魔物の正体が全くわかっていないが、とりあえず今は何とか撃退できたので良しとしよう。隊商護衛の依頼は果たせたわけだしな。1台目の荷馬車が爆砕したのは俺達のせいじゃないし。
再び出発の準備ができた隊商は、荷馬車の数を1台減らしつつも出発した。
結局、このコンジュール商会の隊商はこの後は何事もなく王都に着くことができた。そして、実際に魔族の襲撃を受けたということで冒険者ギルドから事情聴取を受けたが、依頼自体は成功したと見做してもらえた。




