隊商護衛2
誤字脱字を修正しました(2016/01/27)。
王都ハーティアから中継都市ラザまでは真西に約600オリクの距離だ。王国公路はほぼ一直線に延びているので都市間の距離がそのまま旅路の長さになる。コンジュール商会の隊商は1日50オリク程度で荷馬車を進ませるため、何事もなければ12日間でラザに着くはずだった。
以前の盗賊退治で道中の半ばまで歩いたことのあるライナスとバリーだったが、徒歩とは違った景色を楽しんでいた。
(盗賊退治のときは歩いてたけど、今回は荷馬車の後ろから風景を見るだけだから楽でいいよな)
(ユージはいつも歩いてないじゃないか)
などと反撃を喰らいながらも俺は会話を楽しむ。今回は俺の存在を知ってる3人だけなのでとても気楽だ。
「しっかし、歩きの旅とは全然違うな。楽ちんでいいぜ!」
「何もなけりゃな。人気のないところで盗賊なんぞに襲われた日にゃ、一気に追い詰められちまうが」
「どういうことですか?」
隊商護衛を気楽に楽しんでいるバリーに応えたロビンソンの発言に、ライナスが疑問を発した。
「自分達だけで旅をしているときは、やばくなったら逃げるという選択ができる。だが、隊商護衛をしてるときはやばくても簡単に逃げるわけにはいかないんだ」
「あ!」
「逃げてもばれなきゃいいって考えもある。しかしだ、こういう話はなぜかきっちりと広がる。命あっての物種ともいうから絶対にとは言わないが、簡単に信用を失うような真似はするなよ」
雇い主からしたら、簡単に逃げる奴なんて雇いたくないしな。商人の間にそういった情報網があるのかもしれない。
「でも、王国公路を走ってる間は大丈夫なんすよね」
「そうだな。魔族の襲撃を気にするくらいか」
そう言って、ロビンソンは空を見上げる。視線の先には青い空といくつかの雲があるだけで他にはない。
「ドミニクさんは魔族と戦ったことはありますか?」
「ない。ついでに言うと見たこともない。王国北部には若い頃に何度か行ったっきりで、その後は王都よりも南側が主な活動範囲だったからな」
ロビンソンなら魔族とも戦ったことがあると思い込んでいたライナスは、意外な返答に驚いた。俺も見たことくらいはあると思ってたな。
「そうですか」
「知ってたら色々と教えられたんだろうけどな。こればっかりは自分でどうにかしてくれ」
「はは、ライナス! 目の前に出てきた敵はなんであろうとぶっ飛ばせばいいんだよ!」
少し肩を落としたライナスに対して、バリーがひたすら前向きな慰め方をする。それくらいすっぱりと割り切れたら世の中から悩みなんてなくなるんだろうな。
王都を出発して6日が過ぎた。ライナスとバリーが初めて盗賊退治をしたコルコス村に通じる北への街道は既に過ぎている。
コンジュール商会の隊商は日没前に宿場町へ到着すると、荷台の点検を手早く終える。そしてその後は歓楽街へ直行だ。もちろん護衛をしている冒険者も同じで、遅刻しなければ好きにしていいことになっていた。
ロビンソンも2人を連れて手近にあった酒場に入って、酒と料理を注文した。
「はぁ~、うめぇ~」
差し出された酒をとりあえず半分ほど飲んだロビンソンは、体内の疲れを吐き出さんばかりに大きなため息をつく。荷台に座っているだけとはいえ、疲れるものは疲れるらしい。
「いやぁ~、酒は命の水っすよねぇ~」
ジョッキの中身を一気飲みしたバリーはしみじみと言うが、こいつのはアルコール度数がほとんどないやつだ。
「座ってるだけなのは楽でいいんだけど、ずっと同じ格好ってのはきついよな」
「あーそれ言えてるな!」
一息つくまで酒を飲んだ後は肉だ。豚と鶏を中心とした肉料理を貪る。バリーはチーズがあるか聞いてみたが、ないという返答に肩を落としていた。
「しっかし、ラザまでもこのまま平穏無事にいきたいねぇ」
「お前さんら、王都からきたのか?」
「あ?」
突然声をかけられたロビンソンは後ろを振り向く。そこには、木製のジョッキを片手に男が立っていた。
「俺はノースフォートから来たんだ。これから王都まで行くんだが、何かやばいことでもあったか?」
「いや、何も。あの辺りは盗賊が出ることもないし。安全だぜ」
「でも、最近はよく魔族が出るって聞いてるんだが」
「俺もそれは聞いてるが、運が良かったのか見かけなかったな」
ジョッキにちびちびと口をつけながらロビンソンは答える。やはり最近話題の魔族が気になるようだ。
「で、そっちはどうだったんだ?」
「こっちか。ノースフォートからラザまでは盗賊の被害が増えてる。俺も2回盗賊にやられた隊商の残骸を見た」
「王国公路でか?」
意外な話にロビンソンは驚く。確か王国公路って安全だったって話だよな。
「ああ。領主軍が軒並み王都防衛に回されて、こっちはすっからかんの期間が長いからな。いい加減一部でも戦力を戻してほしいもんだ」
「ラザからここまではどうなんだ?」
「俺のいる隊商は何もなかったな。けど、油断はできんぜ? 襲われたっていう話はちらほら聞くからな」
うーん、長引く魔族との戦争で、安全なはずの王国公路まで怪しくなってきてるのか。ラザまでは比較的安全らしいけど、一体どれだけ信用できるかだな。
「あの、ノースフォートの治安はどうなんですか?」
「ノースフォートの?」
「ええ、知り合いがいるんで」
ああ、ローラのことか。確か王都で別れてから手紙でやり取りをしてるみたいだが、その辺りのことを書いてるとは聞いたことがないな。
「ノースフォートの治安は悪くないぜ。1年半ほど前から王都の聖女様も来てるしな」
酒を飲んでいたロビンソンがむせる。ローラはあっちでも聖女って呼ばれてんのか。嫌そうな顔が目に浮かぶ。
さすがのバリーも食べる手を休めて男の方を見た。
「聖女様?」
「知らないのか? 何でも王都で数々の奇跡を起こしたそうだぞ。ノースフォートでも弱者の救済に精力的に取り組んでたしな」
ライナスとバリーが顔を見合わせる。奇跡ってなんだよ。難民の救済を頑張りすぎただけだったはずだ。だんだんと話が大きくなってきてるな。大神殿側に出て行きにくいように外堀を埋められてるんじゃないのか?
「大したお方だねぇ」
「まったくだ。俺達とは出来が違うんだろうさ」
ロビンソンと男はそう言って笑い合った。一方のライナスとバリーは呆然としている。
「なぁ、ライナス。ローラってだんだんすごいことになってきてねぇか?」
「うん、どうなるんだろう」
どうなるも何も、ローラが望む限りは大神殿側と決闘することになるだろう。そして、そのときのために2人は今頑張ってるんじゃないのか。
「ライナス、バリー、今はそんなことを気にしてもしょうがねぇぞ。今できることをやれ。そうすりゃ、ローラと一緒に冒険できるようになるって」
去って行く男の姿を一瞥すると、ロビンソンは2人を慰めた。
「そうですね。うん、約束の時までそんなにないんだし、できることをしっかりやります」
「そうだ、ライナス! まずはこの隊商護衛をきっちりこなすことだぜ!」
「おう、わかってんじゃねぇか! その調子だ!」
暗くなりかけた場を盛り上げるため、3人は明るく振る舞う。
結局この夜は、だいぶ遅くまで店にいた。
翌日からもコンジュール商会の隊商はラザに向かって西進する。
ライナスとバリーはアルコールのほとんどない酒だったのでいくら飲んでも酔わなかったが、ロビンソンは普通の酒を浴びるように飲んでいた。しかし、酒に強いのか前後不覚になったところを見たことがない。
「ドミニクさん、俺も強い酒を飲みたいっす!」
「もう少し待て。すぐに成人するだろうに」
冒険者家業をしている者は良くも悪くも大ざっぱだと思っていた俺だったが、ロビンソンは意外にこういう風紀に厳しかった。もうすぐ大人なら今飲んでもいいのではと思うのだが、そういうわけにはいかないらしい。
酒でこうなのだから、もちろん風俗についても止めていた。大人になってから好きなだけ行けばいいと言ってたな。ただ、こっちは病気があるので俺も避けた方がいいと思うけど。
「あれ、あれは……?」
そうやってのんびりと荷馬車の後ろに乗っていると、ライナスが道の脇に横転した荷馬車1台を見つけた。よく見ると破損した箇所が見える。
「うわ、マジでここでも盗賊が出るのか」
バリーは酒場で聞いた話を思い出したのか、神妙な顔つきになる。安全だとロビンソンから言われてきた王国公路だが、絶対ではないという事実を突きつけられた感じだ。
「1台だけだったな」
「他は無事だったんじゃねぇか?」
次第に遠ざかっていく横転した荷馬車の周囲には商品が散乱した様子はない。
「荷馬車が壊れて捨てたっていう可能性が高いな」
何でもないというような表情でロビンソンが2人に向かって一言言う。
そうか、物や道具は使ってればそのうち壊れる。馬車だって例外じゃない。道中で修理が不可能なくらい壊れてしまえば、その場で捨てるしかないもんな。
「それじゃ、あれは単に壊れただけですか?」
「多分な。さすがに宿場町の近くで襲われたら、昨日の酒場でその話が出てこないとおかしいだろう」
あ、確かにそうだ。こういった話は自分達の安全に直結するんだから、誰もが敏感になるはず。なのにそういった話を聞かなかったのは、何もなかったってことだろう。
「なぁんだ! 心配して損したぜ!」
「昨日の酔っ払いが話してたことも、案外さっきの荷馬車を見かけたって話に尾ひれが付いたのかもしれんしな」
人の話を聞くのは重要だが、噂はしょせん噂でしかない。その話が正しいとは限らないのだ。なんて偉そうに言ってる俺も、すっかり信じてしまっていたわけだが。
「この調子で無事にラザへ着くといいなぁ」
「俺はちょこっとなんかあってもいいけどな」
だからバリー、なんでお前はそんなに物騒なんだ。
「余計なこと言ってんじゃねぇ」
「痛ぇ!」
ロビンソンからげんこつを一発もらったバリーの悲鳴が、荷馬車の後ろに響いた。




