盗賊退治2
王都から出発して10日目の昼過ぎ、目的地であるコルコス村に着いた。一見すると鄙びた村でしかないが、たまに見かける空き屋や手の入っていない畑がこの村の現状を表している。
今は日中なので畑で仕事をしている村人があちこちにいる。ロビンソン達に気がつくとこちらをじっと見ていた。しかし、その表情は厳しい。
「ドミニクさん、さっきからこっちを見る人の顔がきついんですけど……」
「よそ者には厳しい排他的な村か、それとも俺達も盗賊共と同じって見てるかのどっちかだな。まぁ、最初はこんなもんだ。しばらく我慢しろ」
漫画やゲームなんかだと最初から村人の態度は友好的なことが多いが、実際はそうでもないことが多い。特に盗賊などに襲撃された村などは、村人が付き添っていない限り、やって来たよそ者が誰だかなんて知らないからみんな敵に見えるそうだ。俺としては居心地が悪いんで早く誤解が解けてほしい。
「おーい、盗賊退治の依頼を引き受けた冒険者だ! 俺はドミニク・ロビンソン! 村長の家を教えてくれないか!」
「……その道をまっすぐ行けばいい。そうすれば、馬小屋のある立派な家がある。そこが村長の家だ」
こちらに近づいてきた畑仕事中の村人は、ロビンソン達にメイやドリーのような女がいることを確認すると、表情を和らげて答えてくれた。後で聞いたところ、盗賊に女が混じっていることはまずないので、冒険者と盗賊を区別するための指標にしている村人が多いらしい。
ロビンソンは礼を言うと再び歩き始める。すると、バリーが近寄ってきた。
「ドミニクさん、村人の誤解が解けたと思っていいんすよね?」
「あのおっさんはな。まぁ、あの態度を見てると、そんなに排他的な村じゃなさそうだな」
村人の態度がどうであっても7人のすることには変わりない。けど、どうせなら気持ちよく仕事をしたいよな。そう考えると、こちらへの態度の好転も少し希望が持てそうだ。
村人の言う通り、まっすぐ行くと馬小屋のある立派な家があった。仕事に使っているのか小屋の中に馬はいないが、2頭入れる大きさということはすぐ見てわかった。
ロビンソンは家人を呼び出して依頼を引き受けた冒険者であることを伝える。すると、1人の老人が出てきた。
「わしがこの村の村長をやっとるハドリーじゃ」
「俺はドミニク・ロビンソン、こっちの2人は俺のパーティメンバーのライナスとバリーだ」
「俺はジャック、こっちの3人が俺のパーティメンバーだ。右からドリー、メイ、ロビンだ」
ハドリー村長は穏やかな表情で全員の紹介を聞いていた。かなり深い皺があったりするけど、一体何歳なんだろうか。
「よう来てくださった。あの盗賊共のせいで村は酷い目に遭うとります。1日も早く解決してくだされ」
「ああ、もちろんだ。きっちり全員討ち取ってやるぜ。なぁ?」
「はは、当然だろ。だからまずは盗賊達について聞かせてくれ」
ロビンソンが自信満々に請け負うのを見て俺は感心する。ハドリー村長を安心させるための演出も入ってるかもしれないが、あんなに堂々と宣言できるなんてすごいなぁ。
ジャックも当たり前のように受けながら流れるように事情聴取に入る。これも別の意味で感心した。
「2ヵ月ほど前に盗賊が4人ほど現れて村を荒らしたんで、領主様に退治をお願いしたんです。すると、冒険者ギルドっちゅうところに依頼を出すんで、紙に自分と村の名前を書くように言われてそうしました。そして、皆さんが来てくだされたんですじゃ」
領主も領主だが、村長も村長だな。なんか連帯委任状に訳もわからずに名前を書いて印鑑を押してしまいそうで恐ろしい。
「なんで300オリクも離れた場所の依頼が王都の冒険者ギルドにあるの? 普通は最寄りの街にある冒険者ギルドに出さない?」
「さぁ、そうは言われても、紙に名前を書いただけでそれ以上のことは……」
ドリーの疑問にハドリー村長は困惑して答える。まるでドリーが村長をいじめてるみたいに見えるな。
「領主が王都の冒険者ギルドに出したんだろ。来る途中、この村の近くの街のギルドに寄ったら、めぼしい奴は傭兵として出払ってたからな」
「つまり、兵隊の頭数を揃えるために、わざわざ依頼を王都まで出したってことなの? うわぁ……」
「最近、出兵関連の話はありませんでしたか?」
「ああ、そういえば、1ヵ月ほど前に魔族と戦うために領主様が北に向かわれたと聞きましたな」
ジャックの話を元にメイが自分の推測に顔をしかめる。ロビンが村長に出兵関連の話を聞くとどうやら当たりっぽいようだ。
話を整理すると、出陣するために冒険者も傭兵としてかき集めたかった領主は、依頼を王都に丸投げしたということになる。余裕がないように思えるのは気のせいか?
「事情はわかったよ、村長さん。で、今度は盗賊のことを話してくれ」
ロビンソンは、これから仕事で必要となる情報を聞き出しにかかった。
「2ヵ月ほど前に北の道から馬に乗ってやって来ました。姿は兵隊みたいな格好をした男や浮浪者みたいな格好をした男などばらばらです。そいつらが武器を持っていきなり何人かを切りつけて、金目のものと食い物を出せと言ってきました。そのときは仕方なく差し出しましたが、奴らはそれに味を占めたのか、1ヵ月前にもやって来て金と食い物を要求してきおった。今度は酒もだと!」
「あー、わかった。とりあえず落ち着いて、な?」
ロビンソンが愛想笑いをしながら、しゃべってるうちに興奮してきたハドリー村長をなだめる。思い出しているうちに腹が立ってきたんだろう。
「しかし、2ヵ月前と1ヵ月前に来たってことは、もうそろそろ3回目が近いってことだろ」
「そうなんですじゃ! もう2,3日もすれば、あいつらはまたやって来てわしらから金と食い物を取り上げてくるんですじゃ!」
「じーさん落ち着けって。やって来たところを俺達が殺っちまえばいいんだからよ!」
バリーがいい笑顔でハドリー村長に向かって恐ろしいことを簡単に言ってのける。いや、今回の依頼の趣旨については知ってるんで行為そのものに文句は言えないけど、そんなさわやかに言うことじゃないだろう。村長を慰め損ねたロビンが苦笑してるぞ。
「ジャックの言う通り、1ヵ月毎に来るんだったら村で待ち伏せした方がいいわね」
「うん、探し回るのは面倒だし」
メイがこれからの方針を口にする。ドリーは恐らく盗賊のねぐらを探し回ることを想像したんだろうな。そんなことをするくらいなら、誰か1人でも捕まえて吐かせればいいと思ってるに違いない。
「その、2ヵ月前と1ヵ月前に来た盗賊というのは同じだったんでしょうか?」
「同じじゃったよ。2回とも同じ4人で、同じように馬に乗って来おった」
ライナスも気になったことを質問する。もし面子が違ったら盗賊の戦力を根本的に見直さないといけないが、同じなら予想通りの人数の可能性が高い。
「それで村長、2回とも盗賊は同じ場所で金目のものを要求したのか?」
「どういうことでしょう?」
「例えば、2回とも村長の家の前まで来て村に要求したのか、それとも村の北の入り口まで金目のものを持ってこさせたのかってことだよ」
「ああ、それでしたら、2ヵ月前はわしの家で、先月は酒場の前でしたな」
「……同じ場所じゃないんだな」
そう言えば、2回目のときは酒も要求してたっけ。今度は何が追加要求されるんだろうな。
「ドミニクさん、何難しい顔してんの?」
「ん? ああ、同じ場所なら待ち伏せができるんじゃないかなって思ったんだよ」
ドリーの問いにロビンソンが考え事をしながら答える。
毎月同じ面子と場所で要求するなら襲うのも楽なんだが、2回とも異なる場所なら待ち伏せしにくいってことなんだろう。
「村長、その酒場というのはどこにあるんだろ?」
「酒場でしたら、わしの家から北……ちょうど村の北の入り口との真ん中当たりです」
「ドミニク、盗賊は今回も酒場で金品を要求すると思わないか?」
「そうだな。俺もそんな気がしてきた」
ハドリー村長から酒場のある場所を聞いて、ジャックとロビンソンは頷いた。1回目は自分達の存在を知らせるために村中を荒らして村長宅に集合させ、2回目は面倒だから酒場までしか来なかったっていうわけか。なら3回目も酒場の可能性は高いよな。
「それじゃ、次に盗賊が来たときに俺達が酒場近辺で待ち伏せをするんですか?」
「そうだな。それで1人でも捕まえて根城について吐かせたら、次はそこを襲撃するってのを基本方針にしようか」
ライナスの確認のような質問にロビンソンが答える。
「よし、ならとりあえずはそういうことにしよう。村長、主だった奴だけでいいんで、仕事が終わった村人を夕方酒場に集めてくれ。話を聞きたい」
「わかりました」
ということで、とりあえず村長からの事情聴取は済んだ。
夕方まで何もすることがなかったので、一行は寝泊まりする空き屋を1軒紹介してもらい、そこに入った。埃っぽいことに顔をしかめながらも、屋根があることに全員が安堵する。
「まずは情報の整理をしよう。盗賊は2ヵ月前にこの村を襲ってから、1ヵ月毎に襲ってくる可能性が高い。村長の話だと次は2,3日後だからもうすぐだね。そして、その盗賊は毎回同じ4人が馬に乗ってやってくる。初回は村長の家、前回は酒場の前だった」
「それに対してわたし達は酒場近辺で待ち伏せをする。最低1人は生け捕りにするっていう条件付きでね。それから盗賊のねぐらの場所を吐かせてそこを襲撃する。口で言うのは簡単だけど」
ロビンが村長の情報をまとめ、メイが俺達の基本方針を確認した。それに対して誰も異議は唱えない。
「ドミニクさん、待ち伏せって具体的にはどうするんすか?」
「酒場近辺をまだ見てねぇから何とも言えんが、物陰に隠れて魔法で攻撃し、その次に戦士が突っ込むってことになるな」
「当たり前すぎて何も言えないわね」
バリーの質問に教科書的な回答をしたロビンソンだが、内容に具体性が欠けていたのでドリーが苦笑した。
「そうなると、メイ、ドミニク、ライナスの3人が魔法を使って、俺、ドリー、バリーが突っ込む役ってことになるな。ロビンは……メイの護衛?」
「いつもどおりですね」
ジャックがロビンソンの待ち伏せ案に具体的な人員配置の案を出してきた。各個人の能力からいって妥当だろう。
「魔法は何を使うんですか?」
「わたしは睡眠ね。生け捕りにするんなら無抵抗にした方がいいでしょ」
「それなら俺も睡眠にしようかな」
「あら、ライナスも使えたの」
「そうなると俺は風刃だな。睡眠に抵抗できる奴もいるだろう」
魔法を使うライナス、メイ、ロビンソンはどんな魔法を使うかを相談する。
「なら、俺達は睡眠に抵抗した奴を仕留めるってことになるだろ」
「へへ、早い者勝ちっすよね!」
「起きてる奴を倒すのが優先で、それが終わったら寝てる奴を縛り上げるって方針だな。これしかないだろ」
「そうっすね!」
「バリー、あんたやたらと嬉しそうね……」
無駄にやる気に溢れてるバリーにドリーが若干引いてるが、突入組であるジャック、バリー、ドリーは早々にやることが決まった。やることは単純なのでこんなもんだ。
「そうなると、酒場近辺がどうなってるのかを確認してからですね。建物の位置なんかによっては困った場所に隠れないといけないですしね」
ロビンがそう言って苦笑する。一体どこに隠れたことがあるんだろう。
「そうね。魔法には効果範囲があるし、近ければ近いほどいいしね」
「あたし達戦士だって近い方がいいよ、姉さん」
そう簡単にはいかないんだろうが、理想としてはそうなんだろう。霊体の俺ならゼロ距離からでも好き放題にできるけど、無闇に存在をばらさない方がいいからなぁ。
「よし、それなら少し早めに酒場へ行って調べるとするか。それまでは休憩にしようぜ」
ロビンソンの提案に全員が頷いた。




