盗賊退治1
最近手頃な依頼がないとロビンソンがぼやいていたが、それが盗賊退治の依頼についてだとは思いもしなかった。聞いたところによると、そもそも小鬼討伐の依頼だと、内容や条件はどれも似たようなものばかりだったので困るようなことはなかったらしい。
そして、雄牛の胃袋亭でメイに指摘されて初めて気づいたが、この半年間は魔物や獣だけをひたすら討伐していた。王都に来てから1年間、討伐依頼を始めてからでも半年間になるのに、なぜか敵が人間になりそうな依頼は1度も受けなかったのだ。振り返ってみると、これは明らかに意図的に避けていたのだろう。
そして今回の依頼である。そもそも今回の盗賊退治だが、その依頼を最初に引き受けたのはジャックらしい。内容に関してはどこにでもあるような依頼だったが、自分達だけでは不安があるからロビンソンに声をかけたようだ。そして、雄牛の胃袋亭に繋がるわけだが、あそこでは結局一緒に仕事をするということ以上のことは教えてもらえなかった。
ということで、ロビンソンとジャックのパーティメンバーは、冒険者ギルドのロビーに集まっていた。1テーブルに椅子4つが基本構成なので、隣のテーブルをくっつけている。片方にはロビンソンのパーティメンバー3人が、もう片方にはジャックのパーティメンバー4人が座っている。
「さて、それじゃ昨日の話の続きをしようか」
全員が着席したのを見計らってロビンソンが宣言をした。
「今回一緒に引き受ける依頼は盗賊退治だ。場所は王都から西北西約300オリクにあるコルコス村だ。この辺りは魔族の侵攻で荒廃しつつある地域に近いから、身持ちを崩した連中が盗賊になることが多い。依頼書によると襲ってきたのは4人と少ないんだが、どこかにあるねぐらで留守番をやってる奴も含めると、恐らく5人か6人くらいになると思う」
「こんなに少ない人数だと、魔族との戦争で忙しい王国や領主なんかは動いてくれない。だから冒険者ギルドに依頼が回ってきたんだが、1パーティで相手にするには微妙な人数なんだよな。だからロビンソンのところと一緒に討伐することにした」
ロビンソンの言葉に続けて、ジャックが共闘する理由を説明してくれた。
盗賊には身持ちを崩した元兵士も多いので接近戦が得意だ。こんな小さな集団に魔法を使える奴はまずいないらしい。つまり、全員が戦士だといえる。一方、ジャックのパーティは4人だが、その内訳は戦士2人に僧侶と魔法使いだ。この場合、前衛のジャックとドリーで盗賊2人を相手にしてもまだ盗賊は最低2人いる。もしこの2人がそのまま後衛のメイとロビンに襲いかかったとしたら、パーティはそこから全滅してしまうとジャックは判断したそうだ。僧侶や魔法使いが接近戦で盗賊に勝つことは難しいからな。
そこでロビンソンのパーティである。冒険者見習いが2人混じってるとはいえ、既に充分な実績を積んでいるし、戦士3人というのもちょうどいい。留守番役の盗賊がいたとしても、前衛だけで相手とほぼ同じ数なので安心して戦えるからだ。しかも、2人は魔法戦士なのでいざとなったら魔法も使える。実に使い勝手がいいわけだ。
「はい、質問! 盗賊を退治するのはいいとして、ねぐらがどこにあるのかはわかってるの?」
「いいや、何もわかってない。盗賊に襲われてから慌てて討伐依頼を出したそうだから、その調査はこっちでやらないといけない」
ロビンソンが質問に答えると、ドリーはめんどくさ~いと嫌そうな顔をした。全部お膳立てをしてくれていて後は倒すだけだったら確かに楽だけどな。
「でも、どこかの廃村を根城にしている可能性が高いな。あの辺りの領地は荒れてるから、まともな村の方が珍しいだろ」
「痛ましい話ですね……」
ジャックの推測を聞いたロビンが沈痛な表情を見せた。王都の北門近辺に住んでいる難民の中には、その辺りの出身者もいるんだろうな。
「それで、今回の盗賊は捕まえるの、それとも殺すの、どっちなのかしら?」
「殺してほしいらしい。ま、牢屋ん中がもういっぱいだろうしな。連れてこられても困るんだろうよ」
メイやロビンソンだけでなく他の面子もさらっと聞き流してるが、かなり深刻な問題だよな。抵抗する盗賊だけでなく、降伏した盗賊も殺すわけか。
「ところでドミニク、そこの2人は対人戦闘をやったことがないってドリーから聞いたんだが、大丈夫なのか?」
依頼内容について一通り話したところで、ジャックは不意にそんな質問をした。ライナスとバリーについてだ。昨日の酒場で話していたことを又聞きしたのか。今回の依頼内容からすると確かに不安になるな。
「大丈夫だ。今まで魔物討伐に限定していたのは、生き物を殺すことに慣らすためだ。いきなり人間同士の殺し合いに放り込むと、体が竦んで何もできないまま殺されたり、精神が壊れたりすることがあるからな。この半年間でもう慣れたから、今回盗賊退治をさせることにしたんだ」
「なるほどな。わかった、信用しよう」
「ライナスとバリーで盗賊2人を足止めさせるくらいの技量はある。殺せないなら俺がこいつらの分も面倒見るぜ」
そう言ってロビンソンは不敵に笑う。ジャックはその様子を見て納得してくれたようだ。同時に庇われたライナスとバリーは居住まいを正して真剣な表情となる。
まぁ、俺はバリーについては何も心配してないけどな。こいつは絶対喜んで突撃する。この半年間でよくわかった。一方のライナスだが、戦うこと自体は問題ないと思う。気になる点があるとすれば素直すぎることだ。駆け引きありの殺し合いでそれが裏目に出なきゃいいけど。危なくなったら俺が助けることになるだろうな。
「出発は明日の朝、集合場所は西門を出たところだ。他に質問はあるか?」
「ドミニクさん、また荷馬車に乗って行くんですか?」
思い出したようにライナスが質問をする。何しろ300オリクといえば、ライティア村と王都間の4分の3だ。かなりの距離と言える。
「まぁ、乗せていってくれる商人がいればな……」
「う~ん、田舎の商人ならともかく、王国公路を往来する隊商は普通護衛を雇ってるからなぁ」
質問を受けたロビンソンとジャックは顔をしかめて言葉を濁す。2人もできれば荷馬車に便乗したいが、期待はできないといったところだろう。今回は7人もいるので、空いているところに1人や2人押し込むということができないのも地味に辛い。
「馬車って高いもんね。もっと安かったらいいのに」
「ま、わたし達なんて乗れても御者台がいいところよ」
不満顔のドリーをメグが慰める。
王国公路のように幹線道路として整備されているところでは、都市と都市を結ぶ馬車が運行している。長距離の場合は1日何回も出ているわけではないが、それでもあるのだ。しかし、それは運賃がとても高いので金持ちしか利用できなかった。
「少しでも楽ができるようには努力するけどな。基本は歩きだ」
「300オリクですから、9日から10日といったところですね」
ジャックは一応荷馬車に乗ることを諦めていないようだが、ロビンは既に徒歩前提で旅程を考えているようだ。とても現実的だな。
「徒歩の場合は、村や街にある教会にできるだけ泊めてもらいましょう。私がお願いすれば、簡単な労役で泊めてもらえるはずですから」
「僧侶と一緒にいるとそういう利点があったな。すっかり忘れてたぜ。歩きの場合は頼む」
そうか、ロビンは光の教徒だから教会なんかの施設を利用できるんだ。俺達のパーティは戦士ばっかりで教会に縁遠かったから気づかなかったな。ライナスとバリーだけじゃなく、ロビンソンも目を見開いて驚いていた。
「ま、こんなもんだろ。他に何かあるか? ないな。それじゃ、明日の朝、集合場所に遅れるなよ。解散!」
ジャックがそう締めると、全員が立ち上がってそれぞれの準備のために動き始めた。
翌日、王都の西門に7人が集合した。朝一番に集まったので周囲には商人の馬車があちこちにあった。ロビンソンとジャックはその商人達に何度も交渉したものの、結局荷馬車に乗せてもらうことはできなかった。
「これ以上はダメだな。歩いて行こうぜ」
「そうだな。ま、大半が王国公路だから何とかなるだろ」
西門近くに集まっていた荷馬車も大体が出発していたので、馬車の姿もだいぶ少なくなっている。そんな中、これ以上は意味がないとパーティリーダーがどちらも諦めたところで、本日の徒歩が決定した。
メイとドリーなどは明らかに肩を落としていたが、ライナスとロビンは期待してなかったのか平常である。そしてバリーはなぜか元気だった。
ということで、全員で王国公路を西に向かって歩き始めた。
ライナス達7人が歩いている王国公路とは、大陸を横断する幹線街道だ。途中、王都ハーティアから副都エディセカルの間は豊穣の湖を経路とするので厳密には横断していないが、湖上輸送の方が素早く大量に輸送できるのでこうなっている。王国が人間の居住地域を統一してから本格的に整備を行い、今では大陸経済の大動脈として欠かせない存在になっていた。
それ程重要な街道であるため、もちろん整備も入念に行われている。街道の幅は50アーテムもあり、総延長1万オリク以上の街道全域が全てこれだけの幅を有しているらしい。これは緊急事態で軍を目的地に急行させるためでもあるそうだ。それが初めて機能したのが魔族との戦争というのが喜べないが。
ともかく、そんな大街道をライナス達は歩いていた。王都から離れるにしたがってさすがに往来する隊商や旅人の数は減るものの、その姿が途切れるということはない。
「しっかし、よくこんなでっかい道を作れるなぁ!」
「本当にな。王都内の道よりも大きいし」
「あれ、あんた達、王国公路って初めてなの?」
ドリーが意外そうに聞いてきた。
「そういうわけじゃないけどね、こんなに何時間も歩いたのは初めてだよ」
「そうそう、いつまでいっても先が途切れねぇもんな!」
それはどんな道でも同じはずなんだが、バリーの言いたいことはそういうことじゃないんだろうな。
「ドリーは、この王国公路ってどのくらい先まで行ったことがあるんだ?」
「あたし? うーん、そうねぇ……中央山脈まで魔物退治に行ったときだから、500オリク以上先まで行ってるはず」
「おお、すげぇなぁ!」
それはドリーにとって一番遠い遠征先らしく、そのとき討伐した巨人のことも話してくれる。数パーティ合同とはいえ、駆け出しのドリーが巨人と戦ったという話にライナスとバリーは興奮した。その隣でメイがにやにや笑っているのはとりあえず無視しよう。
「……と言ったところね。駆け出しだったとはいえ、あたしも巨人なんて化け物と対峙しなきゃいけなかったんだから、今思い返してもホント無茶したもんだわ!」
「3アーテムの巨人か。大きいんだろうなぁ!」
「そんなのと戦えたなんていいなぁ! 俺もやりてぇ!」
すっかり2人は感心したようだ。メイの態度を見る限りどこまでが本当の話なのかわからないが、巨人と対峙したことは本当なんだろう。そう思うと、2人と大して年齢の変わらないドリーも先輩冒険者なんだと思う。
そうやってお互いの話をしながら、道中の暇を潰していた。ちなみに、村や街に着く度にロビンソンとジャックが荷馬車を持つ商人と交渉していたが、結局1度も荷馬車には乗れなかった。
天候にも恵まれ、道中何事もなく王国公路を進んで9日目、いままでずっと快適な大街道を進んできたが、ここからは真北に延びる小さな街道を進むことになる。そちらの方が当たり前のはずだったのだが、感覚が王国公路に慣れてしまったせいか街道が随分と小さく見えた。
「ここから約50オリク先にコルコス村がある。あと1日半ってところだろ」
「やっとここまで来たな。ん~あ~! 長かったぜぇ」
ジャックの説明を背伸びしながらロビンソンが聞く。盗賊や魔物に襲われる心配もなく歩くだけだったので、ロビンソンとしては楽だが退屈な旅だった。
「姉さん、足は大丈夫?」
「みんながゆっくり歩いてくれるから平気よ。さすがにこの程度じゃばてないわ」
魔法使いの姉をドリーは心配している。普段は言い争うことが多いが、こういうときは助け合おうとすることをこの旅でよく理解できた。
「しかし、教会に泊まる機会が少なかったのは誤算でしたね」
ロビンが苦笑しながらこれまでのことを振り返る。当初は毎晩教会に泊まる予定だったんだが、自分達の宿泊地点と村や街のある場所がなかなか一致せず、宿場町の宿を利用することが多かったのだ。出費は歓迎できないが、野宿せずに済んだのは良かったと思うしかないだろう。
「あと少しだな、バリー」
「ああ、今から楽しみだぜ!」
なんだろう。魔物討伐を始めた頃からバリーがやたらと好戦的になってるような気がする。頼もしいといえば頼もしいんだが、だんだん危なくなってきてないか?
「よし、それじゃ行くか」
ロビンソンのかけ声に全員が返事をすると、小さな街道を北に向かって歩き始めた。




