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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
4章 冒険者見習いの生活
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雄牛の胃袋亭でのひととき

 小鬼ゴブリン討伐の依頼を引き受けてからというもの、ライナスとバリーの冒険者見習い生活に変化が見られるようになった。今までは失踪した動物の捜索と物品の配達が仕事の中心だったが、次第に魔物討伐に比重が移っていったのだ。捜索と配達の依頼も引き受けてはいるものの、その量は目に見えて減っている。

 引き受ける魔物討伐は全て小鬼ゴブリンだ。王都南部の討伐依頼といえば小鬼ゴブリンだからである。感覚としては害獣駆除に近い。たまに本物の害獣討伐として狼や猪を倒したこともあった。

 また、小鬼ゴブリン討伐以後、ドリーのパーティと仲良くなった。たまに会えば引き受けた依頼でどんなことがあったのか教えあったり、酒や飯を一緒に食ったりした。他にも知り合いというべき冒険者は何人か増えたが、ドリー達以上はいない。

 このようにただの使いっ走りからいよいよ冒険者らしくなってきていた。本人達もその状況にはご満悦で毎日上機嫌に過ごしている。そんな日々が半年ほど続いた。




 ライナスとバリーが王都に来てから2度目の春がやって来た。当初は右も左もわからなかった2人だが、今ではすっかり慣れている。もはや冒険者見習いとは言い難いだろう。これもロビンソンの教育のたまものだ。

 そんなライナスとバリーだが、今日も行きつけの雄牛の胃袋亭にいた。


 「いらっしゃい、まずはいつものでいいかい?」

 「キャシーさん、鶏とチーズもくれ!」

 「はいよ、ちょっと待ってな」


 2人の注文を受けたキャシーは周りで騒ぐ客を器用に避けてカウンターに向かう。たまに酔っ払った勢いで美尻ケツを触ろうとする奴がいるが、今まで成功したところを見たことがない。まぁ、同じ男として、あんな風に艶めかしく腰を振られると仕方ないと思う。


 「バリー、お前、チーズ好きだな……」

 「おう、あの口の中でとろけるのと濃い味がいいんだよ!」


 まるで今食べているかのような表情でバリーは返答した。

 そう、最近のバリーはチーズにはまっているのだ。きっかけはたまたま入荷したことをキャシーが伝えて、バリーが試しに注文したのがきっかけだった。それ以来、来る度にチーズを頼むのだ。もうすぐ『いつもの』の中にチーズが入るのは想像に難くない。


 「はぁい、持ってきたよ! 鶏は後にしておくれ」


 慣れた手つきでキャシーが注文した料理を持ってきてくれた。最初にエール、次に豚の肉、そしてチーズだ。これだけ1度に持つと結構な重さになるはずなんだが、相変わらず軽々と持って動いている。細い腕の割に力は強そうだから、平手を喰らうと痛そうだな。

 そして、そのテーブルに置かれたチーズなんだが、俺からするとどうも傷んでいるようにしか見えない。いや、チーズに詳しくないからはっきりとは言えないんだけど、黒っぽい模様は何かの呪いなのか。例え食べられる物であっても、俺の腹は耐えられそうにないな。


 「へへ」


 そのチーズを持参のナイフで少し切り取ってバリーは口に入れる。実に幸せそうな顔だ。そして、ライナスの後に豚肉を切り取って、その上に少し大きめのチーズの欠片をのせ、そのまま大きく開けた口に入れる。


 「んふふぅ、こえだよなぁ」


 咀嚼しながらしゃべるから一部の発音が不明瞭だ。俺もライナスもいつものことだと苦笑しながら眺めている。

 そのライナスは、エールを飲んで口を潤してから切り取った豚肉を口に放り込んだ。こちらも幸せそうな顔をしている。

 ああもう、霊体になって一番辛いのがこういうときだよなぁ。食欲はないけど、そんなに美味しそうに食べられると悔しくて仕方がない。例え口にしてるのが美味しそうに思えないチーズだとしてもだ。


 「はい、鶏だよ!」


 豚肉とは違い、鶏は1羽を丸焼きしたものがやって来た。何の飾り気もない丸焼きだ。2人に聞いたところ、これでも塩が振られているらしい。

 そして、バリーはそんなこんがり焼けている鶏肉にもチーズを乗せる。だんだんバリーがマヨラーみたいに見えてきた。


 (ライナスにはバリーにとってのチーズみたいなのはないのか?)


 バリーがあんまりにも幸せそうなので、俺は思わずライナスに聞いてみた。


 (うーん、あそこまで好きっていうのはないなぁ。あ、でも肉は何でも好きだよ)


 ふむ、今だ衝撃的な出会いはないのか。幸せなのか不幸せなのか微妙なところだな。ただ、バリーがチーズなしで生きていけなくなるのにそう時間はかからないということは、確信を持って言えた。


 そんな風に2人が晩飯を楽しんでいると、雄牛の胃袋亭に新たな2人連れの客がやって来た。


 「あ、バリー、ライナス!」


 声をかけてきたのはドリーだった。ちょこまかと動くその姿は可愛らしい。しかし、これでも戦士だ。今も革の鎧を身につけて腰にソードをぶら下げてる。

 その後ろには姉のメイがいた。ドリーよりも顔の作りがややきつめな分だけ大人びて見えるが、これでもまだ20歳になっていないらしい。そのメイは穏やかな表情で手を振っている。


 「おお、ドリーにメイか! 座れよ!」


 バリーが反射的に椅子を勧める。メイもドリーも嬉しそうにテーブルに着いた。


 「あれ、ジャックさんとロビンさんは?」

 「ジャックは引き受けてた依頼の後処理をしてるわ。ロビンは大神殿に小用だって」


 ライナスの疑問にメイが答えてくれた。その隣ではドリーがこんがり焼けた鶏肉を切り取って手で摘まみ、そのまま口に入れている。


 「あ、キャシーさん、わたし達にもエールを2つお願い」

 「はいよ!」


 通りがかったキャシーをうまく掴まえたメイが、妹の分も一緒にエールを頼む。キャシーはその注文を聞き流すかのように受けると、腰を振りながら去っていった。


 「メイ達は今回どんな仕事を引き受けてたの?」

 「そうそう、それよ! ちょっと聞いてよね!」


 話を振った途端に隣から勢いよく食い付かれたライナスは驚いたが、とりあえずドリーに話してもらうことにした。


 「今回は小鬼ゴブリン退治をあたし達のパーティだけで引き受けたの。相手は小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンが1匹いたんだけど、数が少なかったから大したことはなかったわね。けどさ、問題はそこじゃなくて、小鬼ゴブリンを倒した後に盗賊が襲ってきたのよ!」


 興奮冷めやらぬといった様子でドリーはしゃべる。

 小鬼ゴブリンなどの魔物は基本的に森や山など人里から離れた場所に巣を作っている。だから討伐するときはそこまで出向かないといけないわけだが、そこでどんなことがあったのかは当事者しかわからない。誰も見ていないからだ。そうなると、他人の成果を横取りしたり、弱った冒険者の身ぐるみを剥ごうとしたりするものも現れてくる。

 ドリー達のパーティはそんな第三者の襲撃を受けたのだ。


 「ま、きっちりと痛い目を見させて撃退してやったけどさ、ホント、迷惑よね!」


 キャシーから差し出されたエールを飲んだ後もドリーは怒っている。


 「そりゃ災難だったな!」

 「まったくよ! 実害はなかったから良かったものの、怪我なんてしたら大損なんだから!」


 1つ分の依頼料で魔物討伐と盗賊退治の2つの仕事をするようなものだからな。ドリーの怒りもわかる。


 「それで、2人の方はどうなの?」


 とりあえず言いたいことを言って落ち着いたドリーを見て、メイはライナスとバリーに水を向けた。


 「ん~、俺達は最近捜索と配達ばっかだよな、ライナス」

 「何でも手頃な依頼がないんだって」


 その手頃の基準がどういうものなのかは俺にもよくわからないが、いいのがないとロビンソンがこぼしているのはたまに聞いたことがある。


 「俺達ももっと魔物討伐をガンガンしたいんだけどなぁ!」

 「小鬼ゴブリンだと最近は真っ二つにすることが多くなったよな、お前は」


 ライナスは苦笑しながら今までの魔物討伐を思い出す。豪快に戦斧バトルアックスを振り回すのでそうなることが多いのだ。


 「うわ、それって返り血で大変なことにならない?」

 「すごいよ、どっちが魔物なのかわからないってドミニクさんも言ってたから」

 「おいおいそりゃないぜぇ~!」


 呆れている3人の様子など少しも顧みないままバリーは照れる。どうも褒め言葉と受け取ったらしい。おかしいな、このエールっていくら飲んでも酔わないんじゃなかったっけ?


 「ねぇ、そういえばライナスとバリーって、対人戦を経験したことはあるのかしら?」

 「「対人戦?」」


 2人は不思議そうな顔をしてメイを見る。


 「そうよ。魔物との戦いは今まで散々聞いてきたけど、人と戦ったことはあるのかしらって思ったのよ」

 「そういや、ないよな……」

 「うん、今まで魔物や獣だけだったけど……」


 いささか面食らった様子で2人は押し黙る。いずれは相手をしないといけないんだが、今のところはそんな予定はなかったはず。ロビンソン次第だが。


 「ごめんなさいね。別に責めてるわけじゃないのよ。単に対人戦の経験があるのかないのか興味が湧いただけだから」

 「そうそう、あんた達はまだ見習いなんだから、そんなことは気にしなくていいわ。必要になったらドミニクさんがさせるだろうし」

 「そうね。私達がどうこういう話じゃないから。ただ、魔物討伐のときに横やりが入るかもしれないから気をつけてねってことが言いたかったのよ」

 「ホント、姉の言い方が悪くてごめんなさいね!」

 「ちょっ?! ドリー、あんたねぇ!」

 「へへ~んだ、いつものお返しだよ!」


 珍しく反撃できたドリーは上機嫌にエールを飲み干す。その横ではジト目でメイが睨んでいるが気にした様子はない。


 「うん、まぁ、ドミニクさんにも今度会ったら相談しておくよ」

 「そうだな、俺達だけじゃ引き受ける討伐依頼まで決められねぇもんな」


 冒険者見習いは指定された指導者の管理下で修行を積むことになる。そのため、引き受ける依頼も原則として指導者の許可が必要なのだ。ただ、ドミニクの場合はある程度権限を2人に与えることで自主性を養っているようだが、さすがに討伐依頼はまだ任せていない。俺としては、もうそろそろ2人に決めさせてもいいような気がするんだけどな。


 「おお、ライナスにバリー! やっぱここにいたか!」

 「お? メイにドリーもいるのか。珍しいな」


 珍しい組み合わせといえば、ロビンソンとジャックもそうだろう。仲の良いパーティとはいえ、なかなか都合が合わないので一緒に店へやって来るところなんて滅多にみられない。

 更に椅子を2つ追加して狭くなったテーブルに体を突っ込んだロビンソンとジャックは、都合良くやって来たキャシーに酒と食い物を注文する。キャシーはどのテーブルに客がやって来たのかちゃんと見ているんだろうな。


 「いや、ちょうど冒険者ギルドでばったりと会ってよ、飯でもどうよって誘ったんだよ」

 「こっちも前の依頼の後処理が終わったばっかりだったから、誘いに乗ったんだ」

 「へぇ、それじゃいないのはロビンだけだね。かわいそ~」

 「こら、そういうことを言わないの」


 テーブルを囲む人数が6人に増えたこともあって、ますます賑やかになってきた。


 「今ね、討伐依頼の話をしているところなのよ、ね!」

 「ああ、そうだぜ!」


 ドリーの振りにバリーが元気よく応える。最近思うんだが、この2人は馬が合ってるんじゃないだろうか。


 「だから、ジャックとドミニクさんも……」

 「あー、ちょっと待った。俺達が酔っ払う前に言っておくことがある」


 ロビンソンが多少申し訳なくドリーの言葉をさえぎる。一体何だろうか。


 「今度の依頼なんだけどな、俺達とドミニクのところで組むことになったんだ」

 「え?」


 話を遮られたドリーだけが辛うじて声を発したが、驚いているのは俺も含めて全員だ。


 「どんな依頼を引き受けるんですか?」

 「盗賊退治だ」


 ライナスの質問にロビンソンが答えた。あ、さっき話題にしてたやつだな。

 騒がしい店内の中で、唯一ライナス達のテーブルだけがしばらく静かだった。

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