魔物討伐4
小鬼3匹を倒したライナス達は、バリーを先頭に前へ進み始めた。服や鎧に染み付いた返り血はほとんど拭うことができなかったのでそのままだ。特に酷いバリーは全身のあちこちが赤黒くて迫力がありすぎる。
1度戦闘を経験したからか、ライナスとバリーの表情から甘さが消えた。現実に敵と遭遇することがあるとわかったので、どこかにあった浮ついた気分がなくなったのだろう。
そうしてしばらく前進していたが、先程の戦闘から小鬼は現れない。俺も一緒になって辺りを見張っているが気配すらないな。
(ユージ、ジャックのパーティはどうなってる?)
さっき調べたときはどのパーティも同じように東へ進んでいたけど、今はどうなっているのかなと思って捜索をかけてみる。
(あれ、誰かこっちに向かって来てる?)
(誰がだ?)
(いやそこまではわからないよ)
しかし何だろうこれ、北端から3つ目の経路を辿っている中堅パーティを中心に、東側に向かってV字型の状態になってる。形だけなら鶴翼の陣なんだけど、互いの連絡手段がないから単にこの形になっただけなんだろうな。
それにしても、どうして俺達のパーティに人を寄越してるんだろう。増援が必要になったのか?
(誰か1人20,30アーテム後ろに戻ってくれ。こっちの正確な位置を知らないからずれてる)
「ライナス、行ってこい。バリーは俺とここで待機だ」
「「はい!」」
返事をするとライナスは西に向かって移動する。
悪い話じゃなきゃいいんだけどなぁ。
やって来たのはドリーだった。ライナスと合流すると、真剣な表情で3人に伝言を伝える。
「中央に集合? 小鬼のねぐらでも見つけたのか?」
「うん、どうもそうらしいね。だから、討伐隊のパーティを集めて総攻撃するそうだよ」
本気にしていなかった発言を肯定されてロビンソンは驚いたが、わざわざドリーがやって来た理由がわかって納得したようだ。
そうなると、小鬼の集団がどのあたりにいるのか気になったので、今度は小鬼を対象に捜索をかけてみた。以前と違って、今度は小鬼についてはっきりと認識できるから正確に検知できるはずだ。
すると、今回は正確に検知できたようで、森全体に光点が溢れるというような事態にはなっていない。そして、森の中央辺りに大きな光点の集まりが見えた。30、いや40匹はいるのか?
「事情はわかった。俺達も集合地点へ行こう」
俺が小鬼について調べている間に、ロビンソンとドリーの話はまとまったようだ。
ロビンソンの決断に全員が頷くと、ドリーを先頭に集合場所へと向かった。
集合場所は、北端から3つ目の経路を辿っている中堅パーティのいる場所だった。小鬼の大集団を発見後、一旦後退して各パーティに集合をかけたようだ。全パーティが集まると、簡単な打ち合わせが始まった。
まず、敵の戦力分析だ。小鬼の大集団は目測で30匹以上いるらしい。そのうち小鬼祈祷師が少なくとも3匹はいたそうだ。この3匹は小汚い装飾をした服を着ているので見たら一発でわかると聞いた。
次に、基本戦術だ。厄介なのは魔法を使ってくる小鬼祈祷師なので、こいつらを何とかしないといけない。そこで、小鬼祈祷師から小鬼を引き離す部隊と小鬼祈祷師を倒す部隊に別れる。
配置場所は、小鬼を引き離す正面部隊を、まとめ役のいる中堅パーティから南の経路を担当している4パーティで引き受ける。中央をまとめ役のいる中堅パーティで、その両脇を経験の浅いパーティで固める。ドリーのパーティは南側担当となり、俺達はその更に南側となった。小鬼祈祷師を倒す側面部隊は森の北部の経路を担当した2パーティだ。北側に回り込み、小鬼が正面からの攻撃に食い付いたら攻撃をすることになっている。
以上だ。パーティ間で連携が期待できないという不安はあるが、今はこれが最善であると信じるしかない。
側面の2パーティが北側の配置場所に向かって20分が経過した。迂回経路の距離から考えて既に配置場所にたどり着いているとみなしたまとめ役は、正面にいる小鬼の大集団に攻撃を仕掛けることにした。
一定間隔で戦士が横並びとなり、その後方に魔法使いと僧侶がついてくる形だ。
もちろんライナス達もロビンソンを中心に横隊縦列の南端に位置している。ロビンソンの左側にはバリーがいたが、更にその左隣にはドリーがいた。
「さっさと終わらせようね」
「へへ、もちろんだ!」
隣同士だと気づいたバリーとドリーは笑顔で挨拶をする。隣が知り合いというのは心強い。
俺は横列縦隊の南端にいるライナスの真後ろにいた。危なくなったら魔法を使うつもりだが、できるだけライナスが使ったというように見せたいのでぴったりとくっついている。
前進が始まった。全員がゆっくりと前に進む。
事前の取り決めでは、まとめ役が合図をすると魔法使いが攻撃をすることになっていた。また、魔法戦士であるロビンソンとライナスもだ。横列縦隊でまとめ役の真横にいるため攻撃は一瞬遅れるが、火力は多い方がいいから初撃だけ魔法を撃つことになっていた。俺もそれに合わせて1発打ち込む予定である。
視界に小鬼の姿が見えてきた。さすがに30匹以上いるとちょこまかと動く姿がたくさん見える。
ここで魔法を撃てば奇襲になるのではと思ったが合図はない。後で聞いたところ、密度が高くないとはいえ、遠すぎると木々が邪魔で魔法の威力が限定的になってしまうかららしい。
しかし、こちらが相手の姿を視界に捕らえているということは、相手も同じである。しばらくすると小鬼もこちらに気づいた。
「撃て!」
まとめ役が頭上に振りかざした剣を振り下ろすと、3人の魔法使いから一斉に風、土、水属性の魔法が放たれる。
最初に発動したのは風属性だ。中堅パーティの魔法使いが風刃を小鬼が集まる中央に撃ち込む。風刃は木々により多少威力を減少させながらも、小鬼が比較的密集しているところに炸裂し、数匹の小鬼を殺傷した。かまいたちによって全身から出血しながら倒れるその姿は見ていてちょっと恐ろしい。
次は土属性の魔法だ。北端の魔法使いが土石散弾を唱えると、一定範囲の地面が爆発するように爆ぜて土や小石が吹き飛ぶ。見た目は地雷みたいだが、性質としては散弾銃に近い。しかし、設定する地面が多少手前過ぎたせいか、2匹が吹き飛んだだけで終わる。設定距離がわずかに足りなかったようだ。
最後は水属性の魔法だ。これはドリーの姉メイが唱えた。雹である。これはその名の通り雹を多数撃ち込む魔法だ。完全に散弾銃と見做していいだろう。水辺でないので発動するのに多少時間がかかるが、氷の塊をぶつけられるのは石をぶつけられるのと同じくらいに痛い。その雹の集まりを小鬼の集団の南部に放った。小鬼の密度があまり高くなかったので数匹しか倒せなかったが、喰らった小鬼は痛さのあまりのたうち回っている。
最初の一斉攻撃でとりあえず10匹程度は無力化できたようだ。しかし、それでもまだ20匹以上が残っている。
そこにロビンソンの風刃とライナスの土槍が叩きつけられる。そうして更に3匹の小鬼が血だるまになったり串刺しになったりして絶命した。
「来るぞ! 引きつけろ!」
仲間を多数やられて怒り狂った小鬼がわらわらとこちらに向かって走ってくる。徒党は組んでいても命令一下で行動しているわけではないので、気づいた奴から順番に突っ込んできた。金切り声のような鳴き声が非常にうっとうしい。
そして俺は目の前の戦況を見るのに精一杯で魔法を撃ち忘れていた。間抜けすぎる。
五月雨式で突撃してくる小鬼に範囲指定する魔法はもう有効ではないので、個別に対応することにした。ライナスの側面から襲いかかってくる奴に土槍を1発撃ち込む。心臓を撃ち抜かれた小鬼はもんどりうって倒れた。
他の場所では、戦士が小鬼と接触するまで火属性以外の四大属性魔法が乱れ飛んでいた。ちなみに火属性を使わないのは森林火災を防ぐためだ。
(おかしいな。小鬼祈祷師はどうした?)
味方の戦士が小鬼と刃を交え始めると、味方の魔法使いの攻撃魔法が止む。この頃には小鬼祈祷師の魔法が撃ち込まれてもおかしくないはずなんだが、未だにない。何をしてるんだろうか?
「北側の連中が攻撃をしてるぞ!」
敵を1匹切り伏せたロビンソンが俺の言葉に反応して奥に視線をやると、北側から魔法攻撃と共に戦士が突っ込んでいくのが見えた。小鬼祈祷師からも反撃の魔法が返される。なるほど、あっち側に対応していたのか。
再び視線をこちらに戻すと、戦士の壁をすり抜けた何匹かの小鬼が魔法使いに襲いかかろうとする。しかし、その前に立ちはだかった僧侶が鎚矛を振り回して小鬼を殴り殺していた。こっちの宗教関係者は怖すぎる。
周囲を見るとこちら側はだいぶ落ち着いてきていた。戦士は優勢に戦っているし、その脇をすり抜けてきた小鬼も僧侶に滅多打ちにされて血の海に沈んでいる。バリーはとうの昔に小鬼を真っ二つにしたらしく、今はドリーの戦いぶりを見ていた。その隣ではロビンソンがライナスの戦いを見ている。
「はっ!」
ライナスはたまに声を発しながら、長剣を打ち込んでゆく。小鬼の反撃を許さない。
ロビンソンに言わせると、ライナスは基本に忠実な戦い方をするらしい。あまり忠実すぎると足下をすくわれるので危険だが、まず基本の形で勝てるようになることは重要だそうだ。
ライナスは初めて小鬼を倒したときのように長剣を右、左と打ち込んで相手の体勢を崩してゆく。そして小鬼が剣を落としたところで首筋に長剣を叩き込んだ。まるで初めての戦いを再現したかのような戦いぶりだった。
「お疲れ、ドリー!」
ライナスを見ていたらバリーの声がした。そちらの方を見ると、ドリーが小鬼を倒したところである。これでこの近辺は終わりか。
今度は小鬼祈祷師と側面の2パーティの戦いを見てみる。向こうにも小鬼が何匹かいたらしく、戦士がそれを突破するのに少し時間がかかっているようだ。その間に小鬼祈祷師が魔法で反撃し、味方が不利になっている。これは良くない。
「我が下に集いし魔力よ、風の刃となりて敵を討て、風刃」
ライナスの後ろからこっそりと呪文を唱える。かまいたちの塊はそのまま南端にいる小鬼祈祷師にぶつかった。こちらに全く無警戒だった小鬼祈祷師は全身から出血をしてそのまま倒れ込む。ちょうど戦士が前衛代わりの小鬼を倒したところでもあったので、これで戦闘の勝敗は決した。
戦闘はそれからしばらく続いて小鬼の全滅で終わった。
討伐が始まる前は不安もあったが、終わってみると死者なしの完勝だった。以前ロビンソンが問題ないと言っていたがその通りだったのだ。
倒した小鬼の数を数えてみると52匹だそうだ。これは小鬼の大集団に出会う前に倒したやつも含めている。この数はかなり多いらしい。
しかし、これで終わりというわけではなく、再び東端までローラー作戦を行うことになった。まだ別の場所に残っているかもしれないからだ。そういうことでしばらく休憩してから、再び割り当てられた経路にまで戻って東端に向かって歩き始めた。すると、森の東端の手前で合計8匹を討ち取って森を抜け出した。一応東西の脇に見張りを置いていたということなのだろう。
これにより、森の中の小鬼掃討は完了した。合計60匹と意外な多さに参加者は驚いていたが、全員が無事に帰還できて良かった。
「……ということで、今回の小鬼討伐は終了だ。リーダー以外は解散!」
森で小鬼討伐を終えてから3日後、出発時と同じ王都の南門前でライナス達は討伐隊のまとめ役が解散宣言するのを聞いていた。
今回の報酬は全員の戦果を頭数で割って均等にすることになっていた。これは、こういう魔物討伐ではどうしても役割などで当たり外れが出てしまうため、その不公平感をなくすためだ。見習いとはいえ充分に役目を果たしたライナス達も、1人として数えてもらえることになっていた。
「はぁ、大変だったなぁ」
「そうか? 俺は楽しかったなぁ!」
初めて魔物討伐へ参加したライナスとバリーは、ロビンソンから許可をもらって一足先に王都内へ戻っていた。1週間ぶりの王都では人混みがやたらと懐かしい。
「ねぇねぇ、あんた達これから予定ある?」
一緒についてきたドリーが2人に聞いてきた。
「いや、今日くらいはさすがに休みたいよな」
「そうだな。俺も働くのは明日からでいいや!」
元気な奴らだな。俺だったら明日も絶対休みにするところなんだが。
「そっか。じゃあさ、美味しい豚肉が食べられる店を知ってるんだけど、行く?」
「おお?! そりゃいいなぁ! ちょうど腹も減ってるし」
「そうだな。俺も行くよ」
「なら決まりだね! こっちだよ!」
ドリーはそう言うと、先頭に立って歩き始める。かなり疲れているはずなんだが、その足取りは軽い。それはライナスとバリーも同じだった。
若いっていいなぁと思いつつも、俺はその後をふらふらと追いかけていった。




