魔物討伐3
誤字脱字を修正しました(2016/01/27)。
討伐隊は寝込みを襲われるのを防ぐために歩哨を立てたが、結局、小鬼の夜襲はなかった。眠る必要のない俺もいたので奇襲を喰らうことはなかったが、全員が充分に眠れたのはいいことだ。
さて、朝飯を食い終わるといよいよ森の中に入るわけだが、その前に戦術などの最終確認をするために全員が集まった。
そこでの話によると、100アーテム間隔で各パーティを配置し、森の西端から侵入して東端に抜ける。何度か戦闘があっても、この大きさの森なら探索に長い時間はかからないだろうと全員が予測していた。ライナス達のパーティは森の南端を担当する。ちなみに、ドリー達は俺達の北隣だ。
森に侵入後は、何かあるまでゆっくりと前進する。そしてどこかのパーティが戦闘に入ったら他のパーティは待機する。この森は木の密度が低くてどちらかというと雑木林に近いので、剣戟の音などが聞こえるはずだからそれを頼りにするらしい。
そして、困ったときは隣のパーティに支援してもらう。誰が、どうやって連絡するかまでは決まってなかったが、小鬼なら必要ないというのが討伐隊の面々の見解だった。結局、そのとき考えればいいということになる。いいのかそれで。
俺はこの時点でふと気づいたことがあったので、ロビンソンに聞いてみた。
(なぁ、魔法使い全員で捜索を使えば、森の中にいる小鬼全部の位置を正確に突き止められないのか?)
(これだけの広範囲で小鬼だけを捜査することになると、かなり魔力を消耗することになる。それじゃ戦闘のときに魔力切れで何もできなくなるだろ。だから、捜索を使うにしても不意打ちを食らわねぇように、半径50アーテムをたまに確認するくらいが限度だな)
俺は村にいた頃、ライナス達が冒険者ごっこをするときに、周囲の安全を確認するため数百アーテム先まで確認していたんだが、そうか、他の魔法使いはそんなに捜索範囲を広げられないのか。あと、王都で失踪した動物を探していたときにライナスも捜索を使っていたが、精度がそんなに良くないって言ってたな。恐らく他の魔法使いもそうなんだろう。
そして、俺が人よりも強力な魔法を使えるということを、ロビンソンに言っていないことを今更ながらに思い出した。できるだけ秘密主義にするんだっけな。自分で決めておいて忘れてたよ。
それはともかく、必要なことを全員が確認すると、打ち合わせは終わって各パーティが指定された場所に移動していく。もちろん俺達もだ。
「さて、いよいよだな。最初は俺が先頭を歩く。お前達はその後からついてこい。しばらくしたら、バリー、ライナスの順に先頭を歩かせるぞ」
「はい!」
「任せてくださいっす!」
興奮してるのか、落ち着きのない2人が元気よく返事をする。ライナスにも不安そうな所はない。これなら大丈夫だろう。
しばらくすると、全パーティが配置についたことが遠目で何とかわかった。そして、討伐隊のまとめ役がいるパーティから突入の合図がある。
「よし、いくぞ!」
「「はい!」」
その合図に従って、ライナス達も森の中に入っていった。
森とはいっても、密林のように植物が鬱蒼と生い茂っているわけではない。打ち合わせで聞いたように、雑木林に近い密度なので森の中にしては動きやすいといえる。視界は……50アーテム前後といったところか。はっきりとはわからない。もし視界が半径50アーテムだとしたら、100アーテム間隔で森の中を進むのはローラー作戦としては悪くない。限られた戦力で漏れなく森の中を確認できるだろう。
ライナス達は森の南端から20アーテムくらい内側を歩いている。右手側が森の南端なのでそこから先はやたらと明るく見えた。
先頭を歩くロビンソンは慣れた足つきで森の中をゆっくりと歩く。右手には鞘から抜かれた長剣が握りしめられている。
武器を手にしているのはライナスとバリーも同様だ。ライナスは長剣を、バリーは戦斧を構えて身長に前へ進んでいた。
「おい、お前ら、そこまで気負う必要はないぞ。もっと楽に歩け。でないと、肝心なときにへばって動けなくなっちまう」
「「はい!」」
たまに2人の様子を気にかけるロビンソンが声をかけた。油断するのは論外だが、気負いすぎるのも良くない。ただ、言われた通りにしようとした2人だったが、どうしていいのかわからずに戸惑っているようだ。まぁ、これは徐々に慣れるしかないんだろうな。
(そういえば今回の作戦だと、2つ隣のパーティが戦闘になったら、どうやってそれを察知してその場に止まればいいんだ?)
森の中に入ってしばらくしてから、俺は何となく不安だったことをようやく明確にすることができた。そして、思わず3人に問いかける。
今のままだと、隣のパーティですらその姿が見えない。そんな状態で戦闘音を頼りに停止するとして、2つ隣のパーティが戦い始めたとき、その戦闘音の聞こえる範囲によっては先行しすぎた自分達が孤立する可能性がある。そう言いたいのだ。
(そういや、そこまで考えてなかったな)
落ち着いた様子でロビンソンは答えてくれたが、どう考えてもそれはダメだろ。
不安になった俺は、捜索を使って小鬼を探してみた。しかし、魔法を使った途端に無数の光点が現れて収拾がつかなくなる。明らかに俺達のすぐそばにも光点があった。そうか、具体的に条件を想像できないと類似のものも一緒に探し出してしまうんだっけ。そういえば俺はまだゴブリンを見たことがなかったな。なるほど、検索の条件が曖昧だと精度がこんなに落ちるのか。
小鬼の位置探索に失敗した俺は、逆に人間の位置を調べることにした。討伐隊の面々は一応顔も見ていたので、こちらは探すことができるはずだ。少し緊張しながら捜索で人間を探してみると、6つのパーティの塊が出てきた。よし、こっちはちゃんと探せたぞ。
(うわ、俺達だけ突出してる?!)
他のパーティは多少のずれがあるものの、大体森の西端から50アーテムくらいのところで止まってる。しかし、俺達だけが既に100アーテムほど東に移動していたのだ。いいのかこれ?
(ロビンソン、ドリーのパーティより50アーテムくらい前へ出てるぞ。どうなんだ、これ?)
(どうやって調べたんだ?)
(捜索で人間を調べたんだよ)
(人間を捜索したのか。なるほどな)
感心しながらもロビンソンは脚を止めた。するとライナスとバリーも同時に止まる。
「ドミニクさん?」
「ユージの話をきいただろ。一旦ここで止まる。警戒を怠るな」
「「はい!」」
(50アーテム戻らなくていいのか?)
(このくらいなら大丈夫だ。これ以上はまずいがな)
直線距離に直すと大体110から115アーテムくらいか? なるほど、10から15アーテムくらいなら確かに大したことはないな。それにしても、三平方の定理を使えばおおよその距離が割り出せるのか。数学が初めて役に立ったよ。
(しかし、相変わらずユージの捜索は大した精度と範囲だな。100アーテム以上先でも簡単に検知できるのか)
(羨ましいな。俺が同じことをしようとすると結構消耗するのに)
(動物を探してたときは、ライナスも俺と同じように捜索を使ってたろ?)
(あれは戦闘がないから後先考えずにできたんだ。さすがに今は無理だよ)
能力的にはできても状況が許さないってわけか。これは俺も気をつけておかないとまずいな。
(ま、しばらくは待ちだな。ユージ、後でもう1回……)
「なんか動いたっすよ、ドミニクさん!」
俺達が話をしている間も一番周囲を警戒していたバリーが、何かに反応した。
「どこだ?!」
「ほぼ正面、でっかい二股の木の陰っす!」
二股の木? 俺もどこにあるのか探す。すると、視界ぎりぎりのところにあった。よく見えたな。
「いた! 1匹か? クソ、隠れてやがってわかんねぇな!」
「ドミニクさん、こっちから近づいてやっちまいましょう!」
(ユージ、ジャックのパーティをもう1回確認してくれ!)
(わかった……ダメだ、動いてないな)
二股の木はここから大体50アーテム先にあるから、こっちから近づくとなるとドリー達とは直線距離で140アーテムくらい離れることになる。この距離をどう判断するかだな。ちなみに、他のパーティも動いてない。
「バリー、ライナス、このまま待つぞ。せめてジャックのパーティが動くまではな」
「「はい!」」
ロビンソンは待機を選択した。堅実であるし、討伐隊の基本方針でもあるから俺もこれでいいと思う。少なくとも今の他のパーティは戦ってる可能性が高いので、万が一こっちが応援を要請しても助けてくれない可能性もあるしな。
恐らく小鬼なんだろうが、隠れていてじっとしている。奇襲を狙ってるつもりなのかそれともこちらに気づいてないのかはわからないが、相手の数がはっきりしてないので迂闊には手を出せない。もっと爽快な戦闘を期待してたんだけど、現実はじれったいな。
(あ、ドリー達が動いてる! 俺達とほぼ横一列に並んだ!)
しばらくして再び捜索で他のパーティについて調べると、状況が大きく変化していた。最北端のパーティだけがやや突出しているが、全パーティが大体横一列に並んでいたのだ。
「よし、いくぞ。慎重に、できるだけ物音を立てるな」
「「はい」」
ロビンソンは可能なら奇襲を仕掛けようとしているらしい。少し北寄りに足を向けながら二股の木に向かって歩を進める。
ところが、20アーテムくらい進んだところで、その二股の木から3体の生き物が出てきた。
がりがりの小人みたいな姿をしている。小鬼だ。
「バリー、ライナス! 1匹ずつ相手をしろ!」
「「はい!」」
ロビンソンの半分くらいしかない小鬼は、粗末な衣類にぼろぼろの剣を掲げて走ってくる。
3匹がほぼ横一列で突撃してきたため、中央をロビンソン、右側をバリー、そして左側をライナスが担当することになった。
最初にぶつかったのはロビンソンだった。自分めがけて繰り出されてきた単純な斬撃を、両手で持った長剣で左に弾く。体格差が大きいので、小鬼の体は剣を持った自分の右腕に引っ張られるように泳いだ。そして一歩踏み込むと、手首を返して長剣を小鬼の首に叩き込む。小鬼はそのまま首筋からどす黒い血を噴き出しながら地面へと倒れた。
そんな流れるような動作の右隣で、今度はバリーが小鬼と武器を交えようとしていた。
「はっ!」
ロビンソンと対峙した小鬼と同様に、単純な斬撃がバリーめがけて繰り出される。しかし、バリーはそれを避けようとせず、手にした戦斧を右上から左下に振り下ろした。すると、酷い錆のある剣は乾いた音と共に真ん中から折れる。剣を折られた小鬼は、一瞬体を無防備に晒してしまう。
「ふっ!!」
バリーは振り下ろした戦斧を力任せに振り上げる。逃げようとする小鬼であったが間に合わない。大きく踏み込んで振り下ろされたバリーの戦斧に頭から真っ二つにされてしまった。豪快すぎる戦いぶりである。
バリーが返り血を浴びながら小鬼を倒した頃、ライナスも小鬼と戦っていた。初撃をゴブリンの剣に打ち込んだ後、右、左へと続けて長剣を打つ。バリーほど大きくないライナスであっても小鬼よりは大きいので、打ち下ろされる斬撃は小鬼にとっては凶悪だった。次第に受けきれなくなり、小鬼は体勢を崩す。
「はぁっ!」
剣をはじき飛ばされ、身を守るものがなくなった小鬼の首筋にライナスは長剣を叩き込んだ。為す術なく切られた小鬼は赤黒い血を出しながら仰向けに倒れた。
3人はしばらくそのままで周囲を窺う。しかし、二股の木はもちろん、周囲からも小鬼の増援が来ないことがわかると全身の力を抜いた。
「よし、よくやった。訓練通り戦えるようで何よりだ」
修行の成果がしっかりと出ていたので、ロビンソンは2人の戦いぶりに満足していた。8年以上かけた成果をようやく目の当たりにできたのだ。そりゃ嬉しいだろう。
「はい……うわ、バリー、お前すごいことになってるぞ!?」
「え? うぉ! 何だこりゃ!」
「はは、真っ二つにしたからな。そうなるのも当然だ」
周りに小鬼の死体がある中で3人とも朗らかに笑っている。俺としては笑えない光景だが。
だからその間に捜索を使って仲間のパーティがどうなってるか確認しておいた。どこもライナス達よりも少し先行しているくらいか。短時間で戦闘が終わったからそんなに差がついてないんだな。ドリーのパーティも先に進んでるということは、こっちの戦闘音が聞こえなかったということか。何か不安が残るな。
(ドリー達とはほぼ並んでる。このまま進もう)
「よし、それじゃ進むぞ」
ロビンソンが歩き始めると、元気よく返事をした2人もそれに続いた。




