魔物討伐1
雨季が明けた。王都に住む者にとって忌々しい季節がようやく過ぎ去ってくれたので誰もが喜んだ。ただし、湿気がなくなっただけでまだ気温はそんなに下がってないので、みんな秋の到来を待ち望んでいる。
ライナスとバリーが王都にやって来てから半年程度になる。今までずっと動物の捜索と配達をやって生活費と武具代を稼いでいた。おかげで、その界隈ではちょっと有名になる。何しろ失踪した動物は短時間で必ず見つけてくれるし、配達もしっかりとやってくれるのだ。とても重宝されている。ロビンソンの話によると、ライナスとバリーに指名依頼を出そうとしたが、まだ見習いなのでできなかったという話があるくらいだ。
「金持ち連中の評判が良ければ、何かでかいことをするときに都合がいいな。それに、職人にも気に入ってもらえたら、何か作ってもらうときに話を通しやすいぜ」
修行や生活費を稼ぐためだけでなく、ロビンソンはそんな将来のことも考えて依頼の幅を制限していたようだ。小さなことからこつこつと信用を積み重ねておくことはこの世界でも重要なことらしい。
そんな2人は王都にやって来てからも素振りは欠かしたことがない。憧れの冒険者まであと少しということでますます訓練に身が入っている。そして、その訓練に使う武器は木剣から武具屋で買った武器に変わっていた。
ロビンソン推薦の武具屋で入念に試して買った武器とはいえ、まだ充分に馴染んでいるわけではない。そのため、雨季前に武器を購入してからは、宿り木亭の裏庭で暇を見つけては素振りをしていた。俺からすると、新しいおもちゃを手に入れて喜んでいるようにしか見えないけどな。2人ともよく顔がにやけるし。
そうして現在を迎えるわけだが、ロビンソン曰く木剣と同じように使いこなせるようになってきたらしい。俺には何となくそうかなというくらいにしかわからないけど、体格に合わせて小さめの武器を使っているのがいいのかもしれない。そしてそのくらいできるんだったらもう戦えるんじゃないのかと思ったので、ロビンソンにその辺りの質問をしてみた。
(なぁ、ロビンソン、ライナスとバリーっていつ魔物討伐ができるんだ?)
(問題なのは技量じゃなくて金の方なんだよ。だから必要なものを揃えられる金が貯まるまでだ)
もう少し詳しく聞くと、今の2人には一番必要なのは実戦経験らしい。けど、戦うために必要な装備を買うためには金がいる、ということだそうだ。どこの世界に行っても金の問題はつきまとうんだな。
雨季前に武器を購入した2人はその後も金を貯め続ける。そしてついに、雨季が明けた頃に防具を買うための金が貯まったので、2人は喜び勇んで防具を買う。
買った防具は、冒険者が最もよく装備している革の鎧である。金属製の鎧に比べて軽くて動きやすいのが、年中あちこちを移動する冒険者に合っているからだ。更に、鎧を作る革にこだわればかなり上質なものも作れるそうなので、一口に革の鎧といっても千差万別だった。
2人が買ったのは一般的な革の鎧だった。手持ちの予算の都合上、それ以外は買えなかったというのもある。それでも2人はやっと見た目も冒険者らしくなったということでとても喜んでいた。これは羨ましいな。俺なんてこっちの世界に呼ばれたときのままだもんな。
「よし、これでやっと冒険できるぜ!」
「うん、そうだな!」
武具屋からの帰りに、2人はこれからの冒険者生活に思いを馳せながら語り合う。
俺も何となく明日から魔物討伐に参加するのかな、なんて思ってた。
ところが、資金稼ぎはもう少し続いた。理由は簡単で、武具以外の装備にも金がかかるからだ。言われてみれば当たり前で、討伐する魔物のいる場所まで移動するわけだが、食料や傷薬、それにその他の備品が必要となる。ライナス達はそれらを買う必要があった。ゲームだとその辺は全部すっ飛ばすから全然気にしてなかったなぁ。王都までの旅で見てきたはずなのに。
ということで、つい先日まで2人は必死になって資金集めをしていたのだが、ついに必要なだけの金額を稼ぐことができた。全部吐き出すと生活できなくなるというロビンソンの教えを無視する勢いだ。まぁ、気持ちはわかる。
「お前らと王都に来てもう半年になるんだな。訓練も欠かさずやってるし、思ってた以上に真面目だなぁ」
「はぁ……」
いつも通り夕方に冒険者ギルドで集合した3人は、椅子に座って雑談していた。ここで少し休んでから、雄牛の胃袋亭へ行くのが定番となっている。
そして、いつものようにとりとめのない話を始めたときに、ロビンソンがそんなことを突然言った。ライナスはどう反応したらいいのか困ってる。
「そう言えば、その革の鎧は馴染んできたか?」
「はい、だいぶ馴染んできたっすよ!」
武器と違って軽視されがちだが、新品の鎧も武器同様に慣れておく必要がある。それは金属製の鎧よりも肌に優しい革製の鎧であっても同じだ。ライナスとバリーが革の鎧を買って2週間以上経っているが、購入して以来毎日身につけている。そのおかげもあってか、バリーの言う通り2人とも鎧がしっくりくるようになってきていた。
「そうか。じゃぁそろそろだな」
「何がです?」
「魔物の討伐依頼だよ」
「「!」」
2人は驚きのあまり固まった。あれ程望んだ冒険者らしい仕事が突然やって来たからだ。そして、もちろんロビンソンはそんな2人の反応を楽しんでいる。
「王都の南部にある森に小鬼が多数住み着いたらしい。そいつを討伐するためにいくつかのパーティが必要らしいんだが、やってみるか?」
「やります、やらせてください!」
「やるっすよ!」
2人は前のめりになってロビンソンに迫る。あまりの勢いに近くにいた冒険者がこちらに視線を向けた。予想通りの反応だな。それはロビンソンも同様で顔のにやにやは止まらない。
「そう言うと思ったぜ。だからもう既に手続は済ませてある」
おお、手際がいいな。2人が断らないと知ってるからできたことだが。
「明日の昼から必要なものを買い出しに行く。出発は3日後だ。いいな」
「「はい!」」
2人は元気よく返事をした。いよいよ冒険者らしくなってきたな。
翌日、ライナスとバリーは午前中に配達の依頼を数件こなして一稼ぎした。別行動のロビンソンは、小鬼討伐隊に参加するパーティのリーダーのみが集まる会合に参加している。恐らくここで必要なものが何かを確認してから買い出しをするつもりなんだろう。
俺としてもこの討伐隊参加は実のところ楽しみだ。何しろゲームや漫画でお馴染みのファンタジーな世界で、ある意味当たり前のように見聞きしてきた魔物退治だ。霊体とはいえそれに参加できるんだから浮かれても仕方ないだろう。
もちろん2人はそんな俺以上に討伐隊への参加を楽しみにしており、引き受けた仕事をすべてこなすと急いで冒険者ギルドのロビーへ戻ってきた。
「お、来たな!」
「ドミニクさん、こんちわっす!」
「こんにちは」
小鬼討伐隊に参加できると知ってから、バリーのやる気は上がりっぱなしだ。それじゃ行く前に疲れてしまうんじゃないのかと俺なんかは心配するが、本人は若さに任せて動き回っている。元々体を動かすのが好きだから、これでいいのかもしれない。
「よし、それじゃ、買い出しに行く前に、さっき聞いてきた小鬼討伐について話すぞ」
「「はい!」」
「まず、今回の討伐の目的だが、王都の南東部約70オリクにある森に小鬼が多数住み着いたからこれを駆除することだ。ここは王都の目と鼻の先だから放っておくわけにはいかん。本来なら王国軍が討伐隊を出してもいいんだが、知っての通り魔族との戦いで王国軍はそれどころじゃない。だから俺達にお鉢が回ってきたってわけだ」
つまり、今回の討伐隊は王国軍の代わりってわけか。ロビンソンはああ言ってるが、小鬼程度だから冒険者に回しているのか、それとも本当に余裕がないのか、どっちなんだろうな。
「それで、王都の南東部約70オリクってことは、豊穣の湖に沿って移動することになる。雨季はもう過ぎたから危険性は低いが、水棲の魔物が出てくるかもしれないからあまり湖には近づくなよ。まぁ、目的の森は水辺にあるから最終的には近づかなきゃいけないけどな」
そうか、王都の東側には豊穣の湖っていう平行四辺形に近い湖があったな。そしてそこには、何と人魚がいるらしい。今回は倒しても大した金にはならないので、戦闘は極力避けるという方針だそうだ。
「今回戦場となる森だが、湖の畔にある。森の大きさは南北500アーテム、東西1000アーテムと大したことはないが、小鬼が根城にしてるから森全体が戦場になると予測されている。その小鬼の数だが、40匹以上らしい」
「多いですね……」
俺も予想以上の数に顔が引きつる。どうしてそんなになるまで放っておいたのか不思議だが、増えてしまったものは仕方ない。
「これだけの数がいるとなると、必ず統率している奴がいるはずなんだが、それはまだ確認できていないそうだ。少なくとも小鬼祈祷師はいるだろうと推測している」
魔法を使うんだよな、小鬼祈祷師って。初陣にしては難易度が上がったんじゃないんだろうか。
「参加するパーティは全部で6つ、24人だ。ただ、俺達のパーティは見習いっていうことで戦力としてはあまり期待されていない」
これは仕方ないだろう。実際の実力はともかく、パーティとしての実績がないからな。2人も特に文句はないようだ。その辺りは理解できているんだろう。
「で、今回の作戦なんだが、討伐隊は100アーテム間隔で各パーティを配置し、森の西端から侵入して東端に抜ける。小鬼は見つけ次第駆除だ」
ローラー作戦だな。俺達のパーティを戦力として期待してないってことは、一番楽なところを任されるんだろう。それでも運が悪ければ小鬼の主力とぶつかるわけだが。いきなり変なフラグが立たないといいなぁ。
「この森は密度が低くてどちらかというと雑木林に近いそうだから、横で戦闘があったら必ず気づくと聞いている。だから隣のパーティに何かあったら、一旦止まって連絡を取るか、場合によっては援護することになってる」
魔法で連絡を取り合えれば楽なんだが、さすがに精神感応でその距離は辛そうだな。俺はできるけど、他の魔法使いがそんな長距離通信をできるとは限らないし。そう考えると、元の世界の無線ってすごいなぁ。
「そうそう、各パーティの配置場所だが、人魚と鉢合う可能性がある森の北端に中堅パーティ、その次が経験の浅いパーティ、その次は小鬼の主力とぶつかる可能性が高いから中堅パーティ、その後に経験の浅いパーティが2つ続いて、一番敵とぶつかる可能性が低い森の南端に俺達だ」
戦力が限られている以上、難敵とぶつかりやすい場所に有力パーティを配置するのは当然だろう。問題はその推測が正しいかどうかなんだが、こればっかりは実際にやってみないとわからない。
ロビンソンの具体的な戦力配置の説明を聞いて、2人の表情は真剣になってくる。ただ、バリーは喜びの方が大きいのか、薄ら笑いをしていてちょっと怖い。
「と、いうことだ。今回は小鬼祈祷師がいたら厄介かもしれんが、これだけのパーティが揃ってるんだからまず失敗することはない。危なくなったら隣の奴らに助けを求めればいいし、むしろこっちに敵が回ってこないことを心配しなきゃな」
大規模な討伐だから俺は不安になっていたが、ロビンソンにとって今回の小鬼討伐は成功を約束されたものらしい。経験豊富なロビンソンがそう言うのなら、実戦経験のない俺としては何も言えない。
(そうだ、この小鬼を放っておいたらどんな被害があるんだ?)
(ん? ああ、周辺の村に被害が出るってのもあるんだけどな、実は湖をぐるっと1周するように細い街道が通ってるんだ。そこを通る旅人や商人に被害が出てるんだよ)
聞けば森の南側にその街道が通ってるらしい。なるほど、それは確かにダメだな。
「さて、討伐依頼の内容についてはこんなもんだ。何か質問はあるか?」
ロビンソンが質問を促すと、2人は思いつく限りのことをぽつりぽつりと質問していく。俺はさっきの1つ以外特になかったので傍観していた。
やがて質問が尽きたのか、2人が黙ると少しの間会話が途切れた。
「もうないか? また思いついたらその都度聞いてくればいい。よし、なら昼飯を食ったら必要な装備や道具を買いに行くか!」
「「はい!」」
ロビンソンがそう話を締めると、2人は元気に返事をして立ち上がった。




