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間違って召喚されたけど頑張らざるをえない  作者: 佐々木尽左
4章 冒険者見習いの生活

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女戦士との出会い

 王都に夏がやって来た。日本なら強い日差しに青い空という非常に明るい印象のある季節だが、ここ王都ハーティアでは違う。半乾燥地帯にある王都の夏は大半が雨、つまり雨季と重なるのだ。

 どんな季節だろうと霊体の俺にとっては関係ないが、人間はそうもいかない。1年を通して最も暑い季節に雨が集中するのだ。これはたまらない。


 「う~、気持ち悪いなぁ~」


 ライナスは冒険者ギルドのロビーでぐったりとしていた。雨季とはいえ雨が降らないときもある。その合間を狙って配達の依頼を引き受けたのだったが、最後の最後で雨に遭ってしまったのだ。そのために、冒険者ギルドへ戻ってきた頃にはすっかり濡れ鼠となっていた。

 こんなこともあろうかと依頼は1件しか受けていなかったが、次の依頼を受ける気にはなれなかった。ちなみにバリーはこんな中でも平気で依頼を引き受けて王都をあっちこっち移動している。雨季になると依頼の引き受け手が減るので報酬が割増しになりやすいのだが、それでもよくやると思う。


 (ロビンソンもいないし、これからどうする?)


 湿気で大変なことになりつつあるロビーでげんなりとしているライナスに対して、おれはこれからどうするのか尋ねた。普段冒険者ギルドにいる時間帯じゃないので、バリーはもちろんロビンソンもいない。


 「う~ん、そうだなぁ……」


 顔をしかめながらライナスは辺りを見回した。いつもと違って掲示板群に群がる冒険者の数が少ない。逆に、ロビーにたむろする冒険者の数は明らかに多かった。大半がライナスと同じ濡れ鼠だ。


 (どうせずぶ濡れなんだから、暇つぶしに依頼を受けてきたら?)


 濡れついでというやつだ。他人事だから暢気に言うのだが、他に暇を潰す方法がないんだったら選択肢の1つとしてもいいんではないだろうか。素振りという選択もあるけど、わざわざ雨の日にやらなくてもいいしな。


 「そうだな。いいのがないか見てくるか」


 結局他にいい案がなかったのか、ライナスはしばらくすると壁際に向けて歩き始めた。


 濡れた服が中途半端に暖まって不快感が何割増しかになる中、ライナスはどの依頼を引き受けようか考えながら書類を見ていた。室内の湿気が酷いので依頼書も大変なことになりつつあるが、1枚ずつ丁寧にめくってゆく。

 しばらくすると、後ろが騒がしくなる。しかしライナスは気にしない。この何ヵ月かで掲示板群での揉め事は当たり前のことだと知ったからだ。そのため、自分の依頼探しの方を優先する。

 だが、俺はその様子を常に見ている必要はないので、その騒ぎの元凶となっているところに顔を向けた。暇だっていうのもあったが、女の声が混じっていたからだ。これは男の本能なので仕方ないと言えるだろう。


 「これはあたしが先に見つけたやつだ、横取りすんな!」

 「違う、俺だ! てめぇはすっこんでろ!」


 掴み合ってるのは男と女だ。どちらもまだ若そうに見える。男の方は一部に金属を使った革の鎧に戦斧バトルアックスという出で立ちだ。戦斧バトルアックスはバリーのよりも大きい。見た目は筋骨隆々なので戦士っぽいな。一方、女の方は革の鎧にソードを腰からぶら下げている。こっちも戦士なんだろうけど、どちらかというと軽戦士なんだろうな。

 それにしても、生活やその他色々がかかってるとはいえ、毎日のように喧嘩して疲れないんかね。いや、毎日同じ奴が喧嘩してるわけじゃないけど。

 周りには面白そうだから囃し立てる奴や掲示板を見られなくなって怒ってる奴がいる。そんな連中が近くにいるっていうのにライナスは無視をして自分の依頼探しをしていた。おお、結構図太い神経してるなぁ。

 それで、その男女はしばらく揉み合っていたんだが、やっぱり一回り体格が小さいと力負けしてしまうらしく、女の方が突き飛ばされてしまった。ライナスの方へ。


 「ぅわ!」


 およそ女らしくない悲鳴を一瞬上げた。それを予測していた見物人は軽戦士を避ける。そして最後にライナスの背中にぶつかった。


 「うぁ?!」


 上半身は頭から壁に突っ込み、下半身を長机に押しつけられたライナスは、突然のことに驚きの声を上げる。なるほど、あれだけ修行をしていても不意を突かれるとこんなものなのか。


 「はっ、弱いくせに出しゃばってんじゃねぇ!」


 競り勝った男の戦士は女の戦士にそう吐き捨てるように言うと、狙っていた依頼書を取ろうとする。が、その手は途中で止まった。あれ、どうしたんだ?


 「え、あれ? 俺の依頼がねぇぞ?!」


 同じ場所を何度も見直す男の戦士だったが、どうも欲しがっていた依頼書が見つからないようだ。


 「ちくしょう! 誰だ、取りやがったのは?!」


 男は烈火のごとく怒りながら地団駄を踏んだ。

 1つの依頼書を巡って揉み合いになることはよくあることだが、その揉み合いを制したからといって必ずしも勝者になれるとは限らない。今回のように他の冒険者にこっそりとかすめ取られてしまうことがあるからだ。つまり、常に力の強い者が笑うとは限らないということである。


 「はっ、いいザマだ! 間抜け!」

 「んだぁとぉ……!」


 ライナスを緩衝材代わりにした女の戦士は男の戦士を小馬鹿にする。力負けした腹いせなのは明らかだ。

 男の戦士は目を剥いて近寄ろうとしたが、何を考えたのか、小さく鼻を鳴らすと背を向けて去っていった。


 「あー、くそ。腹立つ!」

 「あ~、いったぁ」


 床を軽く蹴った女の戦士は、その時点でようやく自分の代わりに犠牲となったライナスに気がついて振り向く。ライナスは額を押さえつけながら復活した。


 「ちっ、ぼさっとしてんじゃないよ」

 「え?」


 女の戦士はそう言うと、不機嫌なままその場を立ち去った。ライナスはそれを呆然と見送る。何が起きたのかよくわかってないだろう。


 (災難だったな)

 (一体なんだったんだ……)


 結局、ライナスが何もわからないまま依頼書を巡る揉め事は終わった。




 ちょっとした乱闘に巻き込まれてしまったライナスは、すっかり勤労意欲を削がれてしまって再びロビーへと戻ってきた。一言で言うとご愁傷様である。

 しかし、それにしてもあの女の戦士の態度はどうかと思う。故意にぶつかったわけではないとはいえ、ライナスが一方的に悪いような口ぶりだったよな。俺としては印象がかなり悪い。


 「はぁ、今日はついてないなぁ~」


 雨でずぶ濡れになるし、揉め事には巻き込まれるしな。珍しくライナスがしょげていた。


 「あれ、ライナス、どうしたんだよ」

 「ん? 何かあったのか?」


 そこへちょうどずぶ濡れのバリーとロビンソンがやって来た。あれ、まだ昼飯時にはだいぶ早いはずだが。


 「2人一緒?」

 「ああ、ギルド前でドミニクさんとばったり会ったから」

 「そういうこった。俺もバリーもこの雨で仕事は中断ってわけだ」


 ロビンソンは期日に余裕があるので自主的な判断だったが、バリーについては炭を運ぶ仕事だったので作業を延期と伝えられたらしい。外の豪雨を見て納得する。


 「で、お前の方はどうだったんだ?」

 「それが、俺にもよくわからないんだよ……」


 バリーに促されてさっきあったことを話そうとするライナスだったが、乱闘の最後にぶつかられて悪態をつかれたところしか説明できない。仕方ないので俺が2人に最初から説明をした。


 「あー、そりゃ災難だったなぁ」

 「うわぁ、仕事しててよかったぜ」


 他人事だと思って2人とも乾いた笑いを出すだけだった。ライナスは憮然とする。

 そのとき、ライナスの後ろに誰かが立ち止まった。最初にバリーとロビンソンが、続いてライナスがそちらに顔を向ける。

 そこには、革の鎧を身につけてソードを腰からぶら下げている女の戦士がいた。ぱっと見は10代半ばくらいか。少し癖のある茶色のショートヘアで顔立ちは整っていると言えるだろう。ただ、美人というよりはかわいいといった方が正確かもしれない。

 ああ、ちなみにどっかのゲームに出てくるようなビキニアーマー姿ではない。ちゃんと上下共に普通の丈夫な服を着ているぞ。


 「あのさ、ちょっといいかな」

 「え、俺?」


 先程の女の戦士が再び現れた。今回はだいぶ落ち着いている、というよりしょげているように見える。


 「あたしはドリーってんだ。さっきはごめん。気が立っててさ、巻き込んだあんたに当たり散らしちゃったりして悪かったね」


 ほう、冷静になって自分が悪いと気づいたか。ついさっきまでこのドリーの印象はかなり悪かったが、ちょっと良くなった。


 「あ、うん。まぁ、謝ってくれたからもういいよ」


 最初はよくわからないといった様子だったライナスも、ドリーがさっきのことで謝ってくれたことから機嫌が直る。椅子から立ち上がってドリーを正面から見た。お、身長がほぼ同じか。ライナスの成長期に期待だな。


 「俺はライナスっていうんだ。冒険者見習いをやってる。で、こっちがドミニク・ロビンソン、俺の剣の師匠で見習いの指導者をやってくれてるんだ。もう1人がバリーで俺と一緒の冒険者見習いだよ」

 「ドミニク・ロビンソン、魔法戦士だ。よろしくな」

 「俺はバリー、戦士だぜ!」

 「あたしはドリー、戦士だよ。ふふ、戦士ばっかだねぇ」


 偏りのある集まりにドリーはくすりと笑った。


 「で、このお嬢ちゃんがさっき言ってた女戦士ってわけか」

 「さっき言ってた?」

 「ライナスからドリーがぶつかったときのことを聞いてたんだ」

 「あ~……」


 ロビンソンとバリーの話を聞いてドリーはばつが悪そうな顔をする。


 「まぁ、座れよ」

 「ごめん、あたしのパーティ、別の依頼をさっき引き受けてさ、これから出かけるところなんだ。今謝ったのはたまたまライナスを見つけられたからなのよ」


 申し訳なさそうにライナスの勧めをドリーは断った。


 「そうか。なら仕方ないな。また今度ゆっくり話そう」

 「うん、じゃ、またね!」


 別れの挨拶もそこそこに、ドリーは足早に出口へ向かって歩いて行った。結構強い雨が降ってるはずなんだが、今から出るのか。


 「はは、少し気が強そうだが、なかなかかわいい嬢ちゃんじゃないか、ライナス」

 「そうっすよね。やるな、ライナス」

 「な、なんだよ2人して……」


 ドリーが見えなくなってから、ロビンソンとバリーがライナスをからかい始めた。おお、面白そう。


 「ライナス、紹介しろよ!」

 「今しただろ」

 「ちゃんとだよ、ちゃんと」

 「俺だって全然知らないのにできないよ」


 なんて様子を見ながらにやにやしているロビンソンと俺。そんな状態がしばらく続いた。

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