武器の購入
ライナスとバリーが王都に着いた頃はまだ春先だったが、その春も今や終わろうとしている。冒険者見習いとして出発した2人は、ロビンソンの指導に従って動物の捜索依頼と配達の依頼をひたすらこなしていた。
俺から見て2人は頑張っているのはもちろん、優秀だと思う。というのも、自分の能力に合った働き方をしているからだ。ライナスは知恵が回り魔法も使えるので、それを活かして捜索の依頼をこなしている。また、バリーに比べて身軽なので配達の依頼では軽い荷物の仕事を引き受けるようにしていた。一方、バリーは意外と野生の勘が働くので、捜索のときはその勘に従って探し回っている。ライナスがうまく誘導してやればまず外れない。配達のときは重い荷物の仕事を引き受けていた。
また、捜索の依頼と同時に配達の依頼も引き受けることはあまりしていない。魔法を使うと予想以上に捜索が速く終わるので、同時並行で作業をする時間が思ったよりもないからだ。捜索が便利すぎる。みんなどうしてもっと使わないんだろうか。
ということで、大体午前が捜索、午後が配達というのが1日の大まかな流れになっている。その間の俺は、基本的には見てるだけだ。たまに危なっかしいなと思うところは手伝っているが、最近はそういうことも少なくなってきたので、もっぱらもらった本で魔法の勉強をしている。
一方、ロビンソンは朝一番に冒険者ギルドで2人が引き受ける依頼について助言をすると、ずっと別行動をとっている。ロビンソンはロビンソンで依頼をこなしているらしい。ロビンソンだって自分の食い扶持を稼がないといけないよな。
そして、修行の名目である調査方法の確立だが、もう大体確立してるんじゃないのかなと俺は見ている。引き受ける依頼の種類が限定されているので、確立した方法が偏っている可能性があるが、もうすっかり慣れた感じで毎日依頼をこなしていた。もういい加減に次の段階へ進んでもいいと思うんだが。
そんなことを考えていると、ある日ロビンソンが宿から冒険者ギルドへ向かう途中で、ライナスとバリーにいつもとは違うことを話していた。
「お前ら、今日は午後から予定を空けとけ。いいところに連れて行ってやる」
「いいところ?」
「どこっすか、それ?」
今日はどんな依頼を引き受けられるのかということを考えていた2人は、いつもと違う話の展開に不思議そうな顔をしていた。
「武具屋に行くんだよ」
「「!」」
それを聞いた途端に2人の顔がぱっと明るくなる。
今の2人の出で立ちは王都に来たときから変わっていない。もちろん冬物はもう身につけていないので厳密には違うわけだが、武具に関しては木剣1本のままだ。冒険者見習いとしては珍しくないらしいのだが、そもそも冒険者見習い自体が数少ないから慰めになってないと思う。
「お前達が他の冒険者をたまに羨ましそうに見ていることは前から知ってたが、何しろ先立つものがなかったからな。今まで行かなかったんだよ」
確かに、俺の元の世界じゃウィンドウショッピング何て言葉があったけど、冷やかしてるだけじゃ空しいよなぁ。肉のにおいをおかずに米の飯を食ってるみたいだ。
「けどよ、今なら何か買えるんじゃねぇのか? もちろん、生活が苦しくなるほど金を突っ込むのはダメだがな」
「「はい!」」
生活はすっかり冒険者らしいとはいえ、身なりについては旅人と大差ない。それに、冒険者といえば武具が必須だろうと俺でも思うくらいだから、2人なら尚更だろう。
「よし、それじゃ、昼頃に冒険者ギルドのロビーに集合だ!」
「「はい!」」
ということで、この日の午前中は予定を変更し、配達の依頼をこなした2人であった。捜索の依頼だと終わらない可能性があるしな。
引き受けた依頼をこなしてライナスとバリーが冒険者ギルドに戻ってきたのは昼頃だった。ロビーには既にロビンソンの姿があったので、奥の受付カウンターで依頼終了の処理を急いで済ませる。
「ドミニクさん、お待たせしました!」
「遅れて申し訳ないっす!」
「構わねぇよ。それより、ちゃんと依頼はこなせたか?」
ロビンソンは片手を挙げて2人に挨拶を返す。2人はロビンソンの問いかけに元気よく「「はい!」」と返事をした。
「ドミニクさん、それじゃ武具屋へ行きましょう!」
気が逸っているのかバリーが目を輝かせてしゃべる。やっぱり戦士希望なんだから武器や防具がないとって思うよな。
「わかったわかった。昼飯を食ってからにしようかと思ってたんだが、その様子じゃ食いながら行った方がよさそうだな」
苦笑いしながら立ち上がったロビンソンは、立ち上がると2人を促して冒険者ギルドの外へと出た。
冒険者ギルドの正面で商売している露天商で3人はいくつか串焼きを買う。その後、ロビンソンはすぐ脇の路地に入っていった。
「あれ、ドミニクさん、武具屋でしたら大通りにもあるっすよ?」
「大通りに面した店はどこも高い。今のお前達じゃ少し苦しいだろうから、もっと安いところを紹介してやるんだよ」
バリーの言う通り、冒険者ギルドが面している大通りの南側は、冒険者ギルドよりも東側に冒険者が必要とする品物を取り揃えた店が並んでいる。店の質はそれこそピンからキリまであるのだが、共通して言えることは全体的に値段が高いということだ。駆け出しどころか、まだ見習いの2人が手を出すには財布の中身が心許ない。
そこでロビンソンはそんな2人の財布に優しい店を紹介してくれるようなのだが、俺なんかは安物買いの銭失いにならないか不安で仕方ない。いや、ロビンソンが2人を騙すとは思えないんだけどね? ほら、大通りに比べて路地裏の店って怪しい雰囲気があるから。
そんな俺の心配をよそにロビンソンはどんどん進んでゆく。2人はロビンソンを信用しているのか不安がっている様子はない。むしろ、これから武具を揃えられるという期待をしているくらいだ。
「ここだ。俺がいつも利用している店だぜ」
ロビンソンが立ち止まった店は、周りの店と比べても代わり映えはしない武具屋だ。これといった特徴がないので、正確な場所を記憶している自信がない。だから、再びやって来れるか怪しい。
そんな武具屋にロビンソンは躊躇わず入ってゆく。
「ロビンソンか……なんだ? ガキなんぞ連れて」
「おやっさん、こいつらが前に言ってた見習いの2人だ」
「あぁ」
この店の主人であろう初老の男は、やる気のない様子でロビンソンとやり取りをしていた。
「今からこいつらの武具を見繕わせてもらうぜ」
「あぁ、好きにしな」
そう言うと、店の主人はこちらに興味をなくしたようで視線を外した。もっと積極的に売り込んでくるのかと思ったら全然そんなことはないな。
「この店を紹介したのはな、あのおやっさんの目利きが正確で仕入れてる武具に外れがないからだ。普通は同じ剣を買っても当たり外れってのがあるんだが、ここだと外れがない。冒険者にとっちゃ武具は自分の命を預ける大切な道具なんだからよ、そういったところには細心の注意を払って店を選べよ。あと、この店はどういうわけか最初から相場よりも安く買えるんだ。まぁ、その代わり値切り交渉には一切応じてくれないんだけどよ。それだけの価値はあるぜ」
冒険者がよく武具屋で剣を念入りに見つめたり、防具の細かいところを確認しているのは、自分の知見を頼りに外れを引かないためだそうだ。訪れた店の善悪に関係なく当たり外れっていうのはあるそうだから、この確認作業はどんなところでもしないといけないらしい。
しかし、この店にはロビンソン曰く外れがない。そうなると、客である冒険者にとってはこんなにいいことはないはずなんだが、店内を見てもライナス達以外に客はいない。相場よりも安く売ってくれるってんだったら尚更繁盛していてもいいはずなんだが。
「それ程いい店だったら、もっとお客がいてもいいんじゃないですか?」
「それがよ、値切り交渉に応じないぼったくりの店っていう評判が立っててよ、避ける奴が多いんだ」
あぁ、たまに値切ることに命をかけてるような奴がいるが、そんなのが腹いせに悪い噂を流してるのか。いい物買ったんだったらそれでいいと思うんだけどなぁ。
「ま、それはいいだろ。それよりもお前ら、どんな武器がいいんだ?」
ロビンソンはまず2人が希望する武器の種類を聞いてきた。いよいよ武器選びが始まるのか。
「敵を力任せにぶん殴れる武器がいいっす!」
「俺は……剣かなぁ」
バリーは何とも脳筋な回答をずばっとしたのに対して、ライナスは随分と不安そうだな。
「なんだ、ライナス、随分と自信なさげだな」
「いやぁ、剣という選択肢しかないんですけど、どんな剣がいいのかまでは思い浮かばなくて……」
ああ、修行で木剣を散々振り回してたけど、実際に戦ったことはまだないから、これって断言できないってことかな。それに対してバリーははっきりとしている。こっちは自分に合った戦い方よりも、自分はこう戦いたいっていう欲求で選んでるんだろう。非常にわかりやすい。
「よくわからないんだったら、木剣に近い形をした長剣を選んだらどうだ? そこに何種類かあるから、素振りをして一番しっくりとくるやつにすればいい」
修行で使っていた木剣と似た長剣か。木と鉄の違いはあるんだろうけど、全く違う形状の武器よりは断然扱いやすいよな。
「ドミニクさん、俺はどれがいいっすか?」
「敵を力任せにぶん殴れる武器だったか。だったら、戦斧系統か鎚矛系統だな」
うん、これ以上ないくらいバリーに似合ってるんじゃないだろうか。
「わかりました。俺も試してみるっす!」
そう言うと、バリーは目を輝かせながら武器を手に取った。
2人とも真剣な表情で、あーでもない、こーでもないと自分になじむ武器はないかと探す。
素振りに夢中になる2人をよそに、ロビンソンは店の主人の方に寄っていった。
「いい素振りをしやがるな」
「そりゃそうだ、俺が一から仕込んだんだからよ」
「へぇ……お前さんの後釜か?」
「そんなもんだ」
先日、8年ぶりにふらりと店に寄ってきたロビンソンが、13歳の子供でも振り回せる武器について相談しにきたときは驚いたが、その2人を実際に見ると入れ込むだけのことはあると店の主人は納得した。
「俺、この長剣にします!」
「俺はこの戦斧っす!」
いろんな武器をじっくりと素振りした結果、2人は自分に合った武器を1つ選んだ。
ライナスはやや短めの長剣である。標準的な長さとなるとわずかに重心がしっくりとこないので変更したのだ。一方、バリーはやや小ぶりな戦斧を手にしている。バリー本人は標準的な大きさのでも振り回せると言っていたのだが、さすがにまだ成長期の子供に過剰な負担はさせられないとロビンソンが止めたのだ。過酷な戦闘をする予定は当面ないので、これで充分とのことだった。
「防具はどうするんすか?」
「それはまたの機会だ」
「……結構お金使っちゃったしね」
店の主人に代金を支払ってからバリーが防具について尋ねたが、ロビンソンは遠回しに却下した。理由はライナスの呟きの通りだ。
「明日から素振りの練習は、今買った武器でやれ。1回でも多く振って武器に慣れておくんだ」
「「はい!」
ここでようやくロビンソンが防具よりも武器を優先した理由を理解した。本物の武器を使って練習させるためだ。魔物討伐の直前に武具を買い揃えても、それが自分に馴染んでいなければいざというときに不覚を取ってしまう。だから、早めに武器だけでも手に入れて練習させるために今日武具屋へ来たんだ。他にも買わないといけないものはたくさんあるんだろうけど、まずは一番の生命線からということなんだろう。
さすがロビンソン、ちゃんと考えてるなぁ。
「よし、それじゃ冒険者ギルドに戻るぞ」
「「はい!」
元気よく返事をした2人を連れてロビンソンは店の外へ出た。




