初仕事は子猫探し
仕事選びが終わったら、次は行動だ。ロビンソンの助言通り、まずは飼い主から子猫の行動パターンを聞き出すために、ライナスとバリーがスペンサー邸へと向かった。ちなみに、ロビンソンは基本的に助言するだけなのでついてきていない。
王都有数の穀物商が構える邸宅は、裕福層の邸宅が集まる一角にある。冒険者ギルドからは意外と近く15分程度の所だ。
門番に対してライナスが依頼書を見せながら子猫探しのことを話すと、既に話が通っていたのかすんなりと入れてくれた。さすがに大商人の邸宅だけあって随分と広い。屋敷に入るまでに思ったよりも時間がかかり、一介の冒険者には縁がない豪華な応接室で待たされる。
「すげぇな」
「うん……」
午前中でもまだ少し早い時間帯であったが、スペンサー家の面々はきちんと対応してくれた。しばらく待たされた後に、依頼主であるリサちゃんとスペンサー夫人、それに執事と4人のメイドが応接室に入ってくる。子猫一匹のために大げさな気がするのは気のせいなんだろうか。
いささか気圧されながらも2人は丁寧に挨拶をする。それに対してスペンサー夫人と執事も丁寧に挨拶を返してくれた。もちろんリサちゃんもきちんと挨拶をしてくれる。
「えっと、それでは本題に入りますが、子猫のタゥマちゃんは普段どのような行動をとりますか?」
「あのね、タゥマはいつも家の中にいるんだけど、たまにお外へ散歩しに行くの」
大切な飼い猫なんだろう、リサちゃんは真剣に説明してくれる。ただ、曖昧な表現が多くてわからない部分があった。しかし、その都度脇に控えた執事が、要約や意訳と称してこちらの知りたい情報を教えてくれる。さすがにできる執事は違うと俺は感心した。
話をまとめると、基本的にタゥマは邸宅内をうろうろしているようだが、たまに外へ出ることがある。もちろん子猫なので人間のように門からではない。メイド達の話では、裏庭にある大きな木を上って壁伝いに外へ出ているそうだ。戻ってくるときもそこかららしい。子猫のくせに大胆な奴である。
そして、目撃情報についてだが、2日前の昼頃にタゥマが外へ向かうのをメイドが見たのが最後だそうだ。ちなみにこのタゥマだが、朝飯と晩飯のときは必ず屋敷にいるらしい。2日連続で現れないというのは初めてだという。
「タゥマには鈴を付けていますから、近くにいれば必ずわかります」
事情聴取を始めて結構経ってから、スペンサー夫人は始めて口を開いた。そしてそれに合わせて、執事がタゥマの身につけている鈴と同じものを鳴らす。非常に軽やかで上品な音色だ。タゥマが体を動かしていればこの音色が必ず聞こえるらしい。
「これなら、動いてりゃすぐに見つけられそうだな」
バリーの呟きにライナスが頷く。
確かにそうなんだが、屋敷の連中は探さなかったんだろうか?
(なぁ、屋敷のメイド達がタゥマを探したのか聞いてくれないか?)
もし探していたら、その範囲にいる可能性は低い。そうなると捜索範囲を広げる必要があった。
ロビンソンからあまり手を出すなと言われたが、ライナス達は聞くのに精一杯でこの質問が出なさそうだったので口を出すことにした。2人を成長させることは重要だが、依頼を達成するためにも最低限の情報は欲しい。
「あの、皆さんでタゥマを探しましたか?」
「屋敷の使用人に探させたが見つからなかった」
代表して執事が答える。リサちゃんが心配しているのを見かねた父親が命じたらしい。そして、屋敷全体を調べさせたが見つからなかったので、冒険者ギルドに捜索を依頼したそうだ。屋敷の外までは調べていないらしい。
(そうなると、俺達の捜索範囲は屋敷外のタゥマの縄張りだな)
その後、ライナス達が主に執事へ質問を投げかけるが、大した情報は得られなかった。こんなもんか。
とりあえずこれ以上はめぼしい情報を得られそうにないので、裏庭にある大きな木へ案内してもらうことにした。
「タゥマは私の大切な友達なの。だから必ず見つけてほしい」
最後に応接室を出るとき、リサちゃんが涙目でお願いをしてきた。
「ああ、任してくれ!」
「絶対に見つけるっすよ!」
これでライナスとバリーはやる気が出たらしい。お嬢ちゃんを強かと言うべきか、2人を単純と言うべきか……まぁ、男なら仕方がないとも言える。
スペンサー家の執事に連れられて、裏庭にある大きな木までやって来る。
「この木だ」
執事の声を聞きながら木を見る。高さはおよそ30アーテムくらいか。幹もなかなかに太い。そして、塀に向かって枝が確かに伸びていた。人間はともかく、子猫くらいなら渡れそうに見える。
そして、ここに来て重要なことを聞いていないことに気づいた。
(ライナス、他人の屋敷に捜索で入る許可は取ってあるのか聞いてくれ)
人間が猫の縄張りなんて知らないのと同じように、猫だって人間の土地所有の権利なんて知ったことじゃない。だから縦横無尽に往来しているはずなんだ。そうなると、もちろん俺達が捜索するときは他人の庭先にお邪魔することになるだろう。この辺りは金持ちばかりだ。無許可で侵入して盗賊と間違えられると大変なことになる。
さすがにこれは重要なことだったので急いで確認をさせた。こんなことで前科持ちになるわけにはいかない。
「とりあえず、この区画の他家には既に許可を取ってある。誰何されたときにこれを提示すれば問題ない。それと、この証明書は依頼の成否にかかわらず捜索を終了した時点で回収する」
と言って、2人に書類を1枚ずつ渡した。スペンサー家の家紋入り証明書だ。さすが執事、抜かりがない。まぁ、自分達の雇った冒険者が不法侵入で捕まるなんて恥をさらしたくないからなんだろうけどな。
「別区画に捜索範囲を広げる場合は一言言うように。そして、こちらが許可を取るまでは絶対に捜索しないこと」
当然だな。そのために執事が許可を取ってるんだから。ライナスとバリーも頷く。
「では、任せた。何かあったら連絡するように」
そう言い残すと、執事は戻っていった。
後にはライナス達と俺が残される。さて、これからが本番だ。
俺はスペンサー家のある区画を確認するために、いくらか上に上がった。周囲を見渡すと全部で6軒ある。1軒1軒が結構大きい。さすが金持ちだ。
なるほど、執事がとりあえず1区画分だけ許可をもらった理由がわかった。子猫の移動範囲としては妥当なところではないだろうか。気になる点があるとすれば、俺が猫の平均的な行動範囲など全くわからずに当てずっぽうで言っていることくらいだ。
(ライナス、バリー、どうするか決まったか?)
俺が上から周りを見ていた間、2人はこれからどうするのか相談していた。闇雲に探せるような場所ではないから、ある程度しっかりとした方針を立てる必要がある。
(捜索を使って探してみようと思う。この辺りは金持ちの住んでる場所だから野良猫が少ないだろうし、案外簡単に引っかかるかもしれないだろ?)
(いい案だと思うよ。更に子猫や鈴で調べたら一発で出てくる可能性だってある)
(うーん、俺の捜索はあんまり精度がよくないんだよな……)
(なら2人で調べよう。それで、見つかっためぼしいところを片っ端から探していこうか。そのときはバリーも頼むぞ)
(おう、任せとけ!)
せっかく魔法っていう便利な手段があるんだから、これを大いに利用しないとな。今回はやたらと足を踏み入れるのはまずいところが多いから、動かずに調べられるのはありがたい。
俺はライナスに今いる区画の形と大きさを教えると、2人で捜索を使って調べてみた。捜索範囲はこの区画、条件はライナスが鈴付き首輪をした猫を、俺はその子猫版を指定して呪文を唱えた。ライナスが子猫じゃなくて猫なのは、そこまで細かい指定ができないからだ。それと、本当はリサちゃんから教えられた特徴的な鈴付き首輪を指定しようとしたんだけど、今一つ想像しきれなかったから特徴的な部分は諦めた。
魔法が発動すると、指定した捜索範囲内の簡易地図が脳内に浮かび上がり、光点が3つ現れる。
(こっちは3つ見えた。ライナスはどうだ?)
(5つ見えた。思ったより多いな)
(周りの家も猫を飼ってんじゃないのか?)
バリーの言う通り、それしかないよな。
そして、地面に簡単な地図を描いてそこへ光点を付け足してゆく。すると、捜索地域の条件が絞られた。
(これか)
(ここだね)
(これしかねぇだろ)
俺とライナスの光点で重なるところが3箇所あり、そのうち2つは他家の屋敷の中だ。これは他の家で飼われている子猫だろう。そして残る1つは、敷地の境界線近くにいる。そうなると、こいつが迷子の子猫ちゃんの最有力候補だ。
(よし、ここへ行こうぜ!)
俺達はバリーに促されてその場所へ向かう。そこは1軒挟んだ区画の反対側の邸宅だ。ここの家主はフォード家なんだが、あの執事の言葉が本当なら許可証を見せると中に入れてもらえるはず。
ライナスとバリーが正面玄関から乗り込んで許可証を見せると、あの執事が言った通りすんなりと中に入れてもらえた。ただし、警備上の問題で1人は監視として付くとのことだったが、これは当然のことなので2人も了承する。しかしその3人の後ろ姿を見ていると、保護者とその子供というようにしか見えないけどな。
「で、どの当たりに子猫がいるんだ?」
ついてきたフォード家の護衛兵が2人に聞く。話は上司から回ってきているんだろうが、本当にいるのかどうかなんてわからないもんな。尋ねたくもなる。
「あの辺りっすよ!」
捜索の結果を頼りに場所の特定作業をしているライナスに代わって、バリーが大ざっぱな範囲を指差す。そこは、屋敷でも奥まったところだ。
「この辺りか。普段誰も来ないよな……」
護衛兵がぽつりと呟く。このフォード家は最近ここへ引っ越してきたらしいのだが、屋敷の大きさの割に人が足りていないらしい。だから、敷地の隅まで目が行き届いていないそうだ。
そして、その奥まったところにはがれきの小山が隠すように置いてある。とりあえず運び出すのが間に合わなかったので置いてあるらしい。工事が遅れていたのだろうか。その辺りはわからない。
「おい、この鳴き声は……」
がれきの小山に近づくにつれ、非常に軽やかで上品な音色と弱々しい子猫の鳴き声が聞こえてきた。間違いない、ここだ。
みんなでがれきの小山の裏手に回ると、そこにはがれきに後ろ足を挟まれた子猫が1匹いた。何とか抜け出そうともがいているが抜け出せないでいる。
「よし、バリー、助けよう」
「おう!」
こうしてリサちゃんの子猫タゥマはライナスとバリーによって救出された。
俺達は今、冒険者ギルドの受付カウンターにいる。今回の依頼を達成したという報告をすると共に、スペンサー家のサイン入り依頼書と交換に報酬をもらうためだ。依頼者は、冒険者ギルドに依頼を持ち込むと同時にその報酬を預けるのが慣例となっている。なので、余程の大金でない限りは冒険者は冒険者ギルドから報酬をもらうことになる。
「はい、これが今回の報酬です」
「ありがとうございます!」
「へへ、やったな!」
報酬を受け取った2人は、半分に分けた貨幣を嬉しそうに眺める。初めての仕事で得た初めての報酬だ。嬉しくないはずがない。
今回の依頼は2時間もかからずに解決したわけだが、さすがにこれにはスペンサー家の面々も驚いていた。まぁ、10代前半の子供2人が手早く問題を解決したということにも驚いていたようだが。
俺個人としても、魔法の便利さを改めて認識できた。これ、魔法なしだとかなり探し回らないといけなかったはずだ。
(しかしこれなら、捜索があれば捜索関連の仕事ってかなり楽だよな)
俺の意見にライナスとバリーも同意した。ロビンソンの朝の話だとなかなかうまくいかない場合も多いだろうが、仕事選びを間違わなければ、1日に複数の依頼をこなせる気がする。この辺りについては、今度ロビンソンに会ったときに聞いてみるとしよう。
とりあえず、初仕事を無事こなせてロビーで弛緩する面々であった。




