─幕間─ 呪術師アレブの事情
キムラユージという霊体との対話が終わると、わしは仕掛けていた術式を解く。起動していた魔方陣は輝きを失い、石室内は燭台の暗い明かりのみとなった。
「どうにも使えなさそうな奴だねぇ」
わしは今までのことを思い返しながら思案にふける。
魔王デズモンド・レイズの元に統一された魔族は、去年、大北方山脈を越えて王国に侵攻してきおった。それ以来、王国は総力を挙げて反撃しておるが状況は思わしくない。
わしも国王お抱えの呪術師としてできることは色々とやってきた。王国内に優れた者が埋没しておらんか占うのもその一端じゃ。そして先日、非常に強い霊魂を持った赤ん坊が生まれたことを発見した。それがライティア村のライナスじゃ。
霊魂の強弱とはそのままその人物の才能や運気の強弱に繋がる。霊魂が強ければ強いほどその人物は優秀というわけじゃよ。英雄と呼ばれる人間が皆揃って優秀なのはこの霊魂が強いからでもある。
他の者と比べて桁違いに強い霊魂を持つライナスは、正に魔王を討伐するために生まれたと言っても過言ではない。じゃが、色々と問題もある。
最大の問題はまだ生まれたての赤ん坊ということじゃろう。いくら将来優秀な若者に育つとはいうても、今は無力な赤子にすぎん。ここで下手につまらぬことで死なれては元も子もない。
そこで守護霊にその身を守らせようとしたんじゃが……
「まさかあのような奴が出てくるとはのう」
わしとしては、ライナスの守護霊として強力な精霊を召喚しようとしたのじゃが、実際に現れたのは異世界から引き込まれた人間じゃった。
慎重に召喚のための魔方陣を描き、入念に準備をしたのじゃが、まさか呪文を唱え終わる寸前に地震が起きるとはのう。この地震のせいでわしの集中力が乱れただけでなく、魔方陣にもわずかな傷がついたのが問題じゃった。
困ったことに今更やり直すわけにもいかぬ。
「ふん、ここ数百年もの間、地震など起きなかったが……全く、厄介なことになったわい」
起きたことは仕方ない。問題はこの後どうするかじゃな。
わしは魔方陣のある石室から出た。部屋の外も全て石造りの通路が続く。一定間隔で燭台が設置されておるので最低限の視界は確保されておる。もっとも、わしは暗闇でも問題ないがの。
それはともかく、ライナスとユージじゃ。このままでは頼りないのでいくらか手助けしてやる必要があろう。
ライナスについては予定通りでよかろう。そもそも赤子ゆえに色々と鍛えねばならぬ。
問題はユージの方じゃ。話を聞けば何の変哲もない異世界の平民らしい。特殊な能力を1つでも持っておればよかったのじゃが、どうもそのような気配もない。おまけにこちらの世界の知識も全くないときた。これではいないのと変わらぬ。
仕方なく、ユージについても仕込まねばならぬ。この世界の常識から教えねばならぬとはまるで赤子のようじゃ。手のかかる霊魂を呼び出してしまったものじゃわい。
そういえば帰る方法を聞いてきおったが探してやる必要はなかろう。ただでさえ役に立ちそうもない守護霊にそのような手間をかける義理もない。
「ともかく、まずは陛下にご報告をせねばの」
わしは独り言を暗い通路に響かせながら目の前の階段を上った。
石畳の階段を上った先に見えるのは青々と生い茂った木々じゃ。ここは王都ハーティアにあるハーティア城の一角。その広大な城の中にある森にわしは現れた。
そこでわしは呪文を唱える。ここから王宮までの道のりは年寄りには厳しいからの。瞬間移動の呪文で王宮手前までひとっ飛びじゃ。さすがに王宮の中までは入れん。断っとくが、決して能力不足ではない。警備上の問題で控えておるだけじゃ。
「さて、陛下はどこにおられるのか」
わしはしばらく瞑目する。今の時刻にいる可能性が高い場所や直近の予定を思い出しながら陛下の居場所を絞り込む。魔法での探索はできん。各種魔法対策が施してあるゆえに探索の魔法などで探れんようになっとるのじゃ。しかし断っておくが、わしくらいになると一応魔法を使った調査もできんこともない。
まぁ、しかるべき手続を踏んで面会を求めれば会えるのじゃが、それでは時間がかかるしの。
「ふむ、執務室かの」
要人と面会しておらぬ限りはいつもの場所じゃろう。わしは王宮内である程度の自由を許されておるから、そのせっかくの権利を使わねばな。
そうして、首尾良く王宮内の執務室で国王レイモンド二世陛下に拝謁できた。
陛下はわしから事の経過をお聞きになると、しばらく瞑目して考え込まれる。
「そうか、守護霊召喚の結果は思わしくなかったか」
「申し訳ありませぬ」
わしは殊更恐縮したように頭を垂れる。陛下の様子からお怒りではなさそうじゃが、礼儀は必要であろう。
「で、その召喚結果の悪影響はあるのか?」
「特にはございませぬ。あくまでも補助的な役目でしかありませぬゆえ。他の手段で補うとしましょう」
「他の手段とは?」
「赤子のおりますライティア村にしかるべき者を遣わせ、それとなく見守らせればよろしいでしょう」
陛下は「ふむ」と呟くとしばらく無言でわしを見つめられる。
「いっそ王宮で引き取ってはどうか?」
「教育するという意味では上策ですが、警護の面で問題があるでしょう」
「……国家存亡のときというのに、度し難いな」
ため息と共に陛下は天井を仰がれた。
わしもそう思う。
魔族が王国へと攻め込んできた今、国中が1つにまとまらねばならぬのじゃが、貴族共の一部は考えが違うらしい。以前、魔族を撃退したとある貴族のお抱え魔法使いがおったのじゃが、その功績を妬んだ誰かに暗殺されてしまったのじゃ。
そのため、腕の立つ者を競って囲い込むだけでなく、出し惜しみする気風が出てきてしもうた。残念ながら魔族との戦いにもその影響は暗い影を落としておる。
そのような理由で、ライナスを王宮へ召し上げるわけにはいかぬ。ひとたびその存在を知られてしまえば、必ずや悪意ある者の手にかかろう。逆に辺鄙な場所にあるライティア村は王国直轄領でもあるため、よそ者はあまり入っては来ぬからその分安全というわけじゃ。全く、何が幸いするかわからぬのう。
「できるだけ目立たぬように事を運びますゆえ、ご安心を」
「うむ、任せた」
そうして報告を終えたわしは執務室を出た。後は必要な手を打つのみじゃな。
(わしにとっても待ち望んだ逸材じゃ。何としても立派に育ててみせねばのう)
さて、しばらくは忙しくなりそうじゃな。
わしは頭に浮かぶ考えをまとめながら王宮の廊下を外に向かって歩いた。