冒険者ギルドの施設案内と今後の方針
雄牛の胃袋亭でのささやかな宴会の翌日、ロビンソン達は宿り木亭で気持ちよく眠っていた。腹一杯になるまで飲み食いした後なので3人とも満足そうに寝ている。俺はいつも通りそれを横目に勉強に勤しんでいた。もうすっかりこの生活にも慣れたなぁ。
日が昇ってしばらくすると、3人はもそもそと起きてくる。いつもよりも遅い。しかし、今日の重要な予定は昼からなので俺は放っておいた。急かせることもないだろう。
「おはようございます」
「ぁあ~……おう」
「おはようっす……」
まだ眠気が取れない3人は微妙に眠そうだったが、いつも通り裏庭で湯を沸かして体を拭く。すると眠気はすっかりとなくなって完全に目が覚めた。
「ふう、さっぱりしたぜ」
「そうっすね!」
背伸びをして体をほぐしているロビンソンとバリーの横で、ライナスは3人分の衣類を洗濯していた。毎日順番に残り湯と薪のある限り沸かした湯で洗濯しているのだ。
しばらくして洗濯物が終わって主人のジェームズに干す場所を教えてもらうと、ライナスは洗い終わった下着や服を持って空いてる場所に干す。これについてはさすがに主人も取られないようにくらいは見ていてくれる。ただし、雨が降って台無しになっても文句を言わないというのが暗黙の了解だ。
「あ~、やっと終わったぁ」
「お疲れさん!」
洗濯が終わったライナスを労うバリーは笑顔で声をかけた。それに対してライナスも笑顔で返す。
3人は今、宿り木亭を出たところにいる。まだ春先なので寒いがライナスとバリーはお構いなしだ。
「さて、それじゃ今日の予定だが、午前中は冒険者ギルド内がどうなってんのか案内してやる。それが終わったら少しロビーで今後についての話をしよう。で、午後からは自由行動とする。晩飯も好きにしておけ。昨日行った雄牛の胃袋亭は安くてうまいぞ」
「ライナス、覚えてるか?」
「あー、うん、何とか」
宿り木亭の近所だから覚えてられたんだろうな。
「よし、それなら今から冒険者ギルドに行こうか」
「「はい!」」
ロビンソンの声に2人は元気よく反応した。
西門に通じる大通りに出て露天で朝飯を調達してから、3人は冒険者ギルドへ向かった。もちろんその香りに真っ先に釣られたのはバリーだ。
いくつかの食べ物を手に入れた後、食べながら冒険者ギルドに着くと、数多くの冒険者が出たり入ったりしているのが見えた。
「忙しそうっすね」
「仕事は基本的に早い者勝ちで手に入れることになるからな。開店と同時にみんなが押し寄せて仕事の取り合いになるんだよ」
「じゃぁ、俺達は出遅れたんですか?」
「今日は仕事をしないから関係ねぇよ。まぁ、明日から仕事をするつもりなんだが、当面はあいつらみたいに急ぐことはないな」
暢気に先程買った豚の串焼きを囓りながらロビンソンは解説をする。俺もそれを食いたい。
「さて、この寒空の中ぼさっと突っ立ってても寒いだけだ。中に入るぞ」
「「はい」」
口をもごもごと動かしながら3人は隅っこの方から冒険者ギルド内に入る。
中には完全装備の冒険者が数多くいるので、限られた空間では金属のこすれる音やぶつかる音があちこちからした。ごつい戦士風の男からフードを目深に被った正体不明の人物までいる。大通りを往来している人々とはまた違った意味で多種多様だ。
入り口の隅っこで固まっている3人は、そこから朝飯を食いながら中の様子を眺めていた。既に昨日1度見ているのでそれ程ではないものの、ライナスとバリーはその雰囲気にやや圧倒されている。
「目の前に見えるのは、仕事である依頼書が貼り付けられている掲示板群だ。ギルドで一番世話になる場所でもある。壁際には掲示板に貼りきれなかった依頼書が束になって置いてある。どちらにしろ、ここで仕事を選んで引き受けるわけだ」
「あの、たまに揉めてる人がいるみたいなんですけど……」
「さっきも言ったが、仕事は早い者勝ちで手に入れるものだから、みんな必死なんだよ。のんびりしすぎてるといつまで経っても美味しい仕事は回ってこねぇぞ」
1枚の依頼書を巡って何人かが押し合ったり掴み合ったりしている。これはなかなか大変だなぁ。
「それで、手に入れた依頼書を受けるためには、昨日お前達も行った奥の受付カウンターで処理をしてもらわないといけない。ま、依頼書とカードを出してこれを引き受けるって言えばいいだけだ。」
ライナスとバリーは、昨日冒険者見習いの登録をした受付カウンターを思い出す。
「よし、次は2階だ。行くぞ」
「「はい」」
2人の返事を確認したロビンソンは近くにあった階段を上っていった。
2階は1階に比べてほとんど人がいないせいか、随分と静かだ。もっと人がいると思っていた2人はそのことに驚きながらも周囲をきょろきょろと見ている。
「2階は全体が資料室になってる。主に冒険者にとって必要な本があるぞ。持ち出しはできないが、冒険者ならば誰でも利用できるから積極的に使え」
とある部屋に入ると、そこには書架に数多くの本が収められていた。表紙の題名を見ると植物に関する本や動物に関する本のようだ。
その後、いくつかの本を手に取りながらどこにどういった本があるのかをロビンソンが教えてゆく。
「3階以上は、一介の冒険者には縁のないところだ。俺も入ったことはないからどうなってるのかは知らん」
2階の書籍について大体教えると、今度は3階へ続く階段の前にやって来た。しかし、そこには守衛が存在し、それ以上は無許可で行けないようになっている。
「とまぁ、今はこれだけ知っていればいい。後は追々教えてやる」
「「はい」」
1階へ続く階段を降りながらロビンソンはそう言った。意外と少ないな。もっと色々と使える施設があると思っていたのに。ライナス達がまだ見習いだから必要ないということか?
依頼書が貼り付けてある掲示板群を通り抜けてロビーに出ると、いくつものテーブルと椅子が置いてある。パーティで相談したり何らかの取引をしたりするために用意された席だ。
今は何組かのパーティが座っているが利用率は低い。もっとも、受付カウンターに向かったり離れたりする冒険者がひっきりなしに往来するので、ロビーそのものは慌ただしく感じられるが。
「さて、それじゃ今後のことを話すとしようか」
暢気な表情をしながらもロビンソンの目は真剣だったのに気づいた2人は、居住まいを正して次の言葉を待つ。
「明日から冒険者見習いとして働いてもらうんだが、その前に言っておくことがある。以前話したことがあると思うんだが、田舎から身を起こして冒険者になる場合だと、10歳までに都市へ出てきて日銭を稼ぎながら剣術なんかをかじって、15歳まで何とか生き抜くことになる。そして、運が良ければどこかの道場に入ったり弟子にしてもらったりしながら、成人を迎えて冒険者になるというパターンが多い」
確かにそんなことを言ってたな。ロビンソンがそうだったんだっけ。
「俺も10歳頃に王都へ出てきて、たまたま先輩に弟子入りできて冒険者になったクチだ。冒険者になる奴にはいろんな奴がいるが、どっちかって言うと俺は恵まれた方だ。非力なガキが右も左もわからないまま都会に出てきて安全なままなわけがないからな。俺が王都に出てきた頃に知り合った同年代で、無事大人になれたのは半分だけって事実を見てもそれはよくわかるだろ」
10歳未満なら病気なんかで半分くらいが死ぬんだが、それを超えても死ぬ確率が減るわけじゃないんだな。また別の危険が降りかかってくるわけだ。
「そして、やっとの思いで冒険者になれても危険がつきまとう仕事だ。いろんな原因で死んじまう。20歳になれる奴は更に半分なんだ。怪我で引退した奴も含めてな。そして30歳を迎えられるのは一握りだ。ま、逆に言うとおっさん冒険者ってのはそれだけで大したもんなんだが」
昨日冒険者になれたと無邪気に喜んでいたライナスとバリーだったが、今の話を聞いて呆然としている。
「周りを見てみろ、俺みたいな中年の冒険者なんてほとんどいないだろ? まぁ、20代で引退する奴も確かに多いんだが、同じくらい死ぬ奴も多いってことを覚えておけ」
俺も一緒になって改めて周囲を見てみた。日本人じゃないのでそうはっきりとわからないが、確かに若い冒険者が多いように思える。
「俺はライティア村で8年間お前達の相手をしていたんだが、今戻ってきても俺を知ってる奴はまずいない。昔はちったぁ名を知られてたんだが、今じゃ俺の噂すらもうないだろう。つまり、それだけ冒険者の入れ替わりが激しいってことだ」
2人はすっかり真剣な表情でロビンソンの話を聞いていた。
「お前達が冒険者になって何を望むのかなんてことは知らないし、興味もない。だがな、どうせ育てるんだったら、自分の願いを叶えられるような強い冒険者に育てたい。降りかかる火の粉を笑って振り払えるような奴にしたいんだ。これから2年間はそのためにお前達をしごく」
俺はロビンソンが思った以上に真剣に2人を育てていたことに驚いた。いや、8年も関わるつもりでいたんだったらそれくらいおかしくないんだろうけど、こう改めてその思いを知ると神妙な気持ちになった。
「今まで以上に辛いこともあるだろうが、耐えきったらお前達は15歳にしてベテランとなる。だから絶対についてこいよ」
「「はい!」」
2人の元気な返事に近くを通りかかった冒険者達が何事かと振り向くのが、俺としては少し恥ずかしい。しかし、今の話を聞いた2人は今までとは違った目の輝きを宿してロビンソンをみている。
「朝から重い話をしちまったが、良い返事だ。さて、それじゃこれから具体的な話をしよう。まず、これから2年間の生活費だが、自分達で稼げ。最初は安い依頼しか受けられないからかなりきついが、この経験はしておいて損はない。長く生きてりゃ苦しいときもある。そういったときにこの経験が活きるからな。武具に関しても同じだ。今はほとんど丸腰の状態だが、2年間で必要な武具を揃えられるように稼げよ」
今までのことを思えば確かに厳しいが、何の当てもない同年代の冒険者志願の子供は当たり前のようにやってることだ。できないとは言えない。
「それと、仕事に関してだが、最初はきっちりと教える。しかし、その後は原則として俺は何もしない。あくまでも自分達で解決しろ。どうしてもダメなときは相談に乗ったり手伝ったりするかもしれないがな」
(俺も一緒に仕事をしていいのか?)
そういえば、俺の扱いはロビンソンにとってどうなってるんだろう。重要なことなので聞いてみた。
(……できるだけ手伝わないでくれ。経験者のユージが出張ると意味がなくなるからな)
(わかった)
実は俺も初心者なんですけどね。確か前世は成り上がった魔法使いということになってたっけ。誤解を解いていないので勘違いしたままだ。今更言えないので黙ってるが。
「こんなところかな。さて、お前らから質問はあるか?」
このロビンソンの問いかけを皮切りに、ライナスとバリーは色々と質問を始める。やはり気になることはたくさんあるようだ。そして例としてロビンソンの話が出るようになると、次第に武勇伝へと話題が切り替わっていった。結局、昼近くまで話は続くことになる。
「ありゃ、もうそろそろ昼か。よし、それなら話はこれまでだ。今日はもうローラのところへ行っていいぞ」
「「はい!」」
そうして3人は立ち上がり、冒険者ギルドの建物から出た。
これより、ライナスとバリーの冒険者見習いの生活が始まるのだった。




