ローラとの再会と今後の付き合い方
2年後に共闘すると誓った3人が盛り上がっているところを見ながら、俺は自分の存在をどう切り出すか悩んでいた。正直なところ、出そびれてしまったのだ。
出そびれたといえばライナスにすら姿を見せていないが、これはこのままでいいと思っている。姿を見せなくても話しかけられるし、魔法で支援することもできるからだ。むしろ、ライナスが多彩な魔法を使えると誤解してもらった方が今後は都合がいいだろう。
それはともかく、刻一刻と話しかけづらくなってきているので、共闘の話が一段落ついてから打ち明けることにした。
(ライナス、俺のことも紹介してくれ)
ということで、ライナスから紹介してもらうことにした。いきなり見えない相手から話しかけられても警戒されるだけだからだ。
(ただし、周囲にばれないように精神感応で)
(え? どうして?)
(ここにいる人以外に知られたくないからだよ)
ローラに対する対応を見ていると、光の教徒という教団はとても高潔な組織とは言いがたい。だから、可能な限り俺のことは伏せておきたいんだよ。部屋の中での会話が筒抜けという前提で話を進めるべきだろう。大神殿内に霊を感知する魔法なんてかけられてたら無意味なんだけど、できるだけ用心はしておきたい。
(そうだ、ローラ。実はもう1人紹介したい人……? うん、まぁいいや、がいるんだ)
(え? 誰? というか、どうしていきなり精神感応なの?)
(えっとね、ローラ以外には知られたくないからだよ。それで、紹介したい人っていうのはユージっていう俺の守護霊なんだ)
(は? 守護霊?!)
声を出さずに驚いてくれたのはさすがだと思う。これで守護霊って言葉を口にされてたら、ライナスの努力が水の泡になるところだった。
(こんにちは、ローラ。俺にとっては久しぶりなんだけど、初めましてって言った方がいいのかなぁ)
多少とぼけた挨拶になったが、嘘偽りない心境をそのまま吐き出している。微妙に挨拶が難しい。
(え、あ、初めまして……それで、どこにいるの?)
(ライナスの頭の上)
(俺も見たことないんだ)
(え、ライナスも?!)
かなり意外なことだったらしく、あからさまに驚いていた。まぁ、この辺は想定の範囲内だな。
(けど守護霊って……どうしてライナスを守ってるの?)
(それが、気がついたらライナスの守護霊になっててね、自分でもその理由がわからないんだよ)
うさんくさい理由だということは自分でもわかっているが、事実なのだから仕方ない。知ってるとしたらアレブのばーさんくらいなんだろうけど、そもそもばーさんの存在は誰にも明かしてないからな。
(うーん、姿が見えないからってのもあるけど、どうにも怪しいわね)
(うん、俺もローラの立場ならそう思う。それでもライナスに免じて信じてもらうしかないわけだけど)
どうしても怪しいところは残るから仕方ないか。
(2年後にパーティ戦をするっていうんだったら、ユージはかなり使えるぜ)
(えっと、ロビンソンさん?)
(村を出るまでにユージも含めた集団戦の修行もやってたんだが、魔法はかなりの腕だ。それはライナスとバリーの師匠である俺が保証する)
ロビンソンが2人の師匠でかなり強い魔法戦士だということを手紙で知っていたローラは、驚きながらも頷いた。
(そうなんだ。それなら当てにしていいってことなのよね?)
(ああ。ここじゃ詳しく言えないけどな)
(わかったわ。とりあえず信用はしておくわね)
まぁ、こんな状態でいきなり信じろと言われても無理だから、今は敵対的でないだけでも良しとするしかないな。
「さてと、とりあえず会うことはできたわけだが、今後はどうするんだ?」
もし部屋の外から俺達の様子を窺われていたとしたら、不自然に間が空いたことがわかる。それをできるだけ取り繕うように年長者のロビンソンが言葉を発した。同時に、外に目を向ければかなり暗くなってきているので、もうそんなに長くいられないからそろそろ話を切り上げようというフリでもある。
「そうね……ライナスとバリーとはもっとお話をしたいから、明日の午後は空いているかしら? もう出発の用意はできてるから、午前中に挨拶回りを済ませた後に会いたいの」
「俺達は何もないよな!」
「えっと、ロビンソンさん……」
「これでダメって言えないだろ。午前中に冒険者ギルド内を案内するから、それからは好きにしろ。俺は俺で野暮用を済ませておくからよ」
苦笑しながらロビンソンが許可を出した。確かに、多少の用事なら後回しにしてでも時間を作らないとな。しかし、ロビンソンの野暮用ってなんだろう。
「あ、そうだ! 大切なことを忘れてた! 今度からライナス宛の手紙ってどこに送ればいいの?」
ローラの疑問に一瞬誰も答えられなかった。ライティア村にいたときはライナスの家という明確な場所があったものの、今は王都のとある宿屋だ。拠点にすると言ってたから長期滞在するんだろうが、いつまでいるかなんてわからない。そうなると、手紙の送り先が不明瞭となるので届かない可能性が高くなってしまう。
「うーん、宿り木亭になるのかなぁ」
「やめとけ。あんな寂れた宿屋にまで届けてくれる物好きなんていねぇよ」
ライナスの独り言にロビンソンが口を挟んだ。そしてそのまま口を動かす。
「大体、ジェームズがそんなのを受け取らないし、預からない。宿屋は人が泊まる場所であって物を預かる場所じゃないしな。それよりも、冒険者ギルドを利用した方がいいぞ」
「え、冒険者ギルドって手紙を預かってくれるんですか?」
「そのくらいだったら半年か1年くらいまでなら預かってくれるぜ。確かカードを出して名乗れば受け取れるはずだ。ああそうだ、たまに紛失することもあるから貴重品は預けるなよ」
ロビンソンが意外なことを教えてくれて3人は驚いた。冒険者ギルドがそんなサービスを提供しているとは思わなかったからだ。
「教会からでも手紙は出せるのかしら?」
「できるが、最寄りの冒険者ギルドに直接出した方が確実だな。各街のギルドは横のつながりがあるから、普通に手紙を出すよりも確実に届く。『王都の冒険者見習いライナス宛』って書いて出せばいいだろう。あとはライナスがその都度ギルドで確認すればいい」
「俺はどうしたらいいですか?」
「お前なら『ノースフォートの』……あー、ローラ、お前の行き先はどこなんだ?」
「ノースフォート教会よ。立場は修行中だから修道女見習いね」
「なら、『ノースフォート教会の修道女見習いローラ』だな。ただし、ローラは冒険者じゃないからローラ宛の手紙はタダで預かってはくれないぜ。そのまま自動的にお使いの仕事となる。そしてその依頼を引き受けた誰かが届けてくれるってわけだ」
「その依頼料は誰が支払うんですか?」
「手紙の差出人だ。お前だよ、ライナス」
おお、冒険者ギルドが郵便制度の代わりになってるのか。あんまり融通は利かなさそうだが利用する価値はありそうだ。問題はライナスがその依頼料を支払えるかどうかだな。
「手紙の配達ならそんな大した額じゃないから安心しな。年に数回やり取りするだけだろ? そのくらいは稼げるって」
「そうですか……」
ライナスはどうにも不安な様子だが、これはもう頑張って稼ぐしかない。甲斐性的に考えてな!
「まぁ、いざとなったら俺がそのくらいは出してやるから、そんな顔するな」
「あ、はい、ありがとうございます」
ロビンソンが肩を叩いてライナスを安心させようとする。ロビンソンはすっかりライナスとバリーの保護者だな。
「よし、それじゃ今日はこれくらいにしようか。日も暮れたようだしな」
「そうね。それじゃ、明日の昼頃に来て。今度は普通に応接室へ案内してもらえるように話を通しておくから」
そうして応接室から出たローラはそこで立ち止まる。
「本当は大通りまで見送りたいんだけど、あたしがいると周りが騒がしくなっちゃうから、ここでごめんね」
「うん、わかったよ、ローラ」
「じゃぁな、また明日!」
申し訳なさそうに謝るローラに対して2人は快活に答えた。下手に有名になると大変だな。
そうして俺達は大神殿を後にした。
日はすっかりと没していた。こんな中世みたいな世界だと真っ暗なんじゃないのかとも思ったが、都会というのは場所と時代を超えて眠りにつくのが遅い点は同じらしい。大通りの両端に設置されている街灯のような物が、行き交う人々に明かりを提供していた。
さすがに馬車はほとんど見なくなったものの、仕事帰りの平民が家路や歓楽街へと向かっているのか、大通りの往来はまだまだ盛んだ。大神殿から出てきた俺達は、そんな大通りを西門に向かって進んでいた。
「さて、今から飯を食いに行くぞ!」
「「はい!」」
そういえば、結局バリーは露天で何も買ってもらえなかったんだよな。さぞかし腹を空かせているだろう。
ロビンソンは大神殿を出てから30分ほどかけて西に進み、やがて西の城壁近くにある1件の小さな店に入っていく。暗かったが、かろうじて看板に『雄牛の胃袋亭』と書いてあるのがわかった。
日没直後の稼ぎ時ということもあって店内はなかなかの盛況だ。大半の席が埋まってる。
「いらっしゃぁい……って、あんた、ドミニクかい?!」
「キャシー、覚えていてくれたのは嬉しいねぇ!」
給仕をしていた妙齢の女がロビンソンを見るなり驚いて近づいてくる。若く健康的な体を持つキャシーは、女盛りということもあって酒場にふさわしい色気を持っている。俺としては正に女将というように見えた。
「今忙しいからまた後でね。奥のあそこのテーブルに座っておくれ」
「わかった」
キャシーはそう伝えると忙しそうにその場を離れた。
ロビンソン達は指定されたテーブルに座る。
「さて、それじゃまずはがっつりと食うか!」
「「はい!」」
特にバリーが大きな返事をする。特に腹が減ってそうだもんな、お前。
「おーい、キャシー、こっちだー!」
「はいよ、何にするんだい?」
「俺はワイン、この2人にはエール、それと豚肉とソーセージを6人分だ」
「わかったよ、ちょっと待ってな」
キャシーを掴まえたロビンソンは手早く注文をした。メニューなど見ていない。というよりもそんなものはない。初めて入った店では何があるのか聞いて、大抵はお勧めの品を食べることになる。それから徐々に自分のほしいものを注文してあるやつを食べていくというのがこの世界の店での一般的な食べ方だった。初めて見たときに驚いたことをよく覚えている。
それよりも、この世界では子供でも酒を飲むのが当たり前だということを知ったときの方が衝撃的だった。とはいっても現代日本人の考えているような酒ではなく、一番搾り以降に何度か更に絞った酒を飲むらしい。これはアルコールがほとんど抜けているので、余程飲まないと酔っ払うことはないそうだ。沸騰させた水を飲まないのは、燃料として必要になる薪の量が無尽蔵に必要となってしまうためである。あと、アルコール消毒ができてる酒の方が安全だと信じられているからだそうだ。
そのため、ライナスとバリーが飲むエールもそういった類いのものだし、そもそも飲み慣れていたりする。俺としては開いた口がふさがらないんだが、とやかく言える立場じゃないのでその光景を受け入れるしかなかった。
「はい、ワインにエール、それにソーセージだよ。豚肉は今持ってくるからね」
「おう、ありがとう!」
料理が出されると、ロビンソンが代金を支払う。キャシーはそれを手早く計算すると豚肉を取りに行った。
「さぁ、飲んで食って、今日の疲れを落とそうぜ!」
「「はい!」」
ロビンソンが呼びかけ程度の挨拶を済ますと、3人は木製のジョッキに口を付けて酒を胃に流し込んだ。
「「「はぁ~うめぇ!」」」
3人の声がハモる。
やがて豚肉も届いて、3人とも今度は肉に取りかかる。手づかみだ。けどこれはライティア村でよく見かけていたのでもう慣れた。こう、この異世界は現代日本に比べて圧倒的に野性的なのだ。
はぁ、それにしてもこういうときは羨ましい。俺も飲み食いしたいなぁ。




