宿屋の主人から聞いた最近の王都事情
誤字脱字を修正しました(2016/01/27)。
晴れて冒険者見習いとなることができたライナスとバリーは上機嫌だった。見習いとはいえ冒険者ギルドに認めてもらえたのだから、気分はもう一人前だ。
「よし、次は宿探しだ。王都まで来て野宿は嫌だからな」
「「はい!」」
ロビンソン達は冒険者ギルドの建物から出ると、更に西門に向かって進む。もちろんロビンソンが先導しているわけだが、すぐに通りの北側に宿屋が連なっているのが見えてくる。一方、通りの南側には露天商がひしめいていた。物売りの声が盛んに聞こえてくる。
しばらくすると、ロビンソンは大通りから北へのびている通路へ入る。幅5アーテムほどの道が続いているが、通路の両脇には宿屋がびっしりと並んでいた。
「どこも宿屋ばかりだな」
「そうだな。よくこんなにあるなぁ!」
「ここは宿屋街だからな。王都の西側にある宿屋はここに全て集まってんだ。それと、客引きに捕まんなよ」
次第に雑踏を歩く勘を取り戻してきたロビンソンは、客引きを躱しながら奥へと進んでゆく。それに対してライナスとバリーはついていくのがやっとだ。ロビンソンがゆっくりと歩いているから何とかなっているが、客引きを躱すのが大変そうに見える。
ロビンソンは道を右へ左へと曲がって進んでいるが、絶対ライナスとバリーはどこを進んでいるのかわからなくなってるぞ。俺は上に浮いて街全体を俯瞰すればすぐに把握できるけど、2人はそんなことできないからな。表情を見ると少し不安そうだ。
「着いた、ここだ」
と言うと、1軒の寂れた宿屋の前で立ち止まる。傷んだ看板には『宿り木亭』とあった。
「ここは?」
「俺達のような貧乏人に優しい宿だよ」
宿り木亭が面している通りは、更に北へ行くと歓楽街があるので人の往来はあるものの、その数は少ない。先程まで大通りを歩いていた2人にとっては随分と寂しく感じられるだろう。
「よぅ、おやっさん、いるか?」
中に入るなり人を呼びつけたロビンソンに俺をはじめ他の2人は驚く。ライティア村に来る前の馴染みの宿だったんだろうか。
「誰だ?」
返事をしたのは中年の男だった。体格に特徴はないが、浅黒で彫りの深い顔に皺が多数あることから苦労していることがうかがえる。
「ドミニクだ、ドミニク・ロビンソン……って、ジェームズか!」
「おお、ドミニク?! 久しぶりだなぁ! いつこっちに帰ってたんだ?」
けだるそうに声を返してきたジェームズという男は、相手がドミニクだと知ると劇的な反応を見せた。やっぱり知り合いだったんだな。
「今日王都に着いたばかりなんだ。それで、後ろの2人も合わせて3人でしばらく泊まりたい」
「いつも閑古鳥が鳴いてるうちに、2人も客を引っ張ってきてくれるなんて大した手土産をくれるもんだな! ここじゃそんな大したおもてなしはできんぜ?」
「なに、安いのが何よりのおもてなしさ」
「ははは、言ってくれるじゃないか!」
随分気安いな。そして、置いてけぼりの俺達は呆然とその様子を見ているしかない。
ひとしきりしゃべった後、ロビンソンはお互いにお互いを紹介した。
「ジェームズ、こっちがライナス、隣の奴がバリーだ。まだ13のガキで冒険者見習いになったばかりなんだぜ。で、お前ら、こいつはジェームズっていうこの宿の主人だ。ここにゃ、ライティア村に行く前に世話になってた。今日からここを拠点にするから、挨拶をしておけ」
「よろしくお願いします、ジェームズさん」
「よろしくっす、ジェームズさん!」
「ああ、こっちこそよろしくな。気楽にやってくれ」
ロビンソンの馴染みの宿ということもあって、主人のジェームズとはいきなり仲良くなれた。ロビンソンにとっては知ってるところの方がやりやすいし、王都は初めてのライナスとバリーにとってはゼロから探すよりも余程効率が良い。やるな、ロビンソン。
「そういえば、おやっさんは?」
「親父は2年前に死んだよ。風邪引いてんのに無理したもんだからこじらせちまってよ」
「そっか……」
ロビンソンが最初に声をかけたのは、どうもジェームズの父親だったらしいことがここでわかる。後で話を聞いたところ、駆け出しの頃から随分世話になっていたらしい。まとまった金が入ったときでもここを使い続けていたのは、恩を感じていたからだそうだ。
「あ、この宿って1階に食堂はないんすか?」
ちょっとしんみりした雰囲気の中で、バリーは遠慮がちにジェームズへ質問をした。一応空気は読めたが我慢はできなかったらしい。
「ここら辺の安宿は泊まるところだけってところが多いよ。何か食べるなら露天で買ってくるか店で食べるんだな」
ジェームズは苦笑しながら答えてくれる。宿によって形態は色々あるということか。
「それで、ここを拠点にするってさっき言ってたが、また王都近辺で仕事をするつもりなのか」
「ああ。この2人を一人前にするためにな」
「そうか、なら王都の北側の依頼は受けない方がいいぞ」
真剣な表情でジェームズがロビンソンに忠告した。魔族が攻めてきて大変なことになってるということはロビンソンも言ってたが、宿屋の主人が警告するってことは相当噂が広がってるってことか。
「魔族が暴れててかなり大変ってことは噂で聞いていたが……」
「確かにそれもあるんだがな、北門の外に数年前から大量の難民が住み着いてるんだよ。それで治安が急速に悪化していて新人の生還率が大きく落ち込んでるらしい」
身ぐるみ剥がされた死体が毎朝堀に浮かんでいるそうだ。衛生上の問題から王国の警備兵が引き上げているが、その中に新人の冒険者が多数混じっているのだという。もう立派なスラムだな。
「王国は手を打ってないのか?」
「何せ数が多すぎる。わかってる範囲だけで数万以上の難民がいるんだ。別の地方に開拓団として送り込もうにも、そんな急にはできんからな」
「……都市1つ分ってか? たまんねぇな」
「それがまだ増えてるってんだからな。こっちは不安だよ」
南門から中に入るときに、高い入場料を取られると同時に警備兵が言ってたことを思い出した。あのときは全くの他人事としてしか受け止めてなかったが、別の人から同じ内容を詳しく聞くと、次第にその不安を自分も身近に感じるようになってしまう。
「ありがとよ。しかし、来て早々嫌な話を聞いたなぁ」
ロビンソンがぼやいているが、俺もそう思う。最初はのんびりと経験を積めると思っていたが、どうもそんな簡単にはいかないらしい。
「さて、それじゃ仕事に戻ろうか。部屋はどうすればいい?」
「そうだな。1人用と2人用を1部屋ずつ用意してくれ」
ライナスとバリーは相部屋か。妥当なところだな。
「期間はどのくらいだ?」
「とりあえず1ヵ月だ。何もなければ毎月払うぜ」
そう言ってロビンソンは3人分の宿代をまとめて支払った。基本的に先払いが当たり前だからな。
「確かに。部屋は2階の奥の部屋を使ってくれ」
「わかった。それじゃ行ってくる」
「ああ。何かあったら言ってくれ」
淀みなく手続を終わらせると、ロビンソンはライナスとバリーを連れてこれから使う部屋へ向かった。
部屋の中は特に言うことはなかった。安宿というとおり最低限のものしかない。それが確認できると再び1階の玄関に集まる。こういう安宿の治安なんてまず期待できないから荷物なんて置けないが、3人は身につけているもの以外はほぼないので関係なかった。
「よし、集まったな。それじゃこれからどうするかだが……」
ロビンソンがそこで言葉を区切る。もしかして何も予定がないのか?
「今は昼下がりだから、日が落ちるまでそんなに時間があるわけじゃないんだよな。かといって、飯の時間にゃまだ早いしなぁ。2人とも、何かやりたいことはあるか?」
中途半端に時間が余ったのか。確かに、そろそろ西日が差しかかる頃合いだな。春先とはいえ日が没するのはまだまだ早い。
「俺、食べ歩きってやつをしたいっす!」
バリーが物怖じせずに発言した。今からがっつり食って晩飯に備えようってわけか。うん、色々おかしいよな。ロビンソンも苦笑してる。
「お前はそればっかだな。わかりやすくていいが。ライナスは何かあるか?」
水を向けられたライナスはしばらく考え込む。そして、遠慮がちに申し出た。
「えっと、王都には大神殿があるんですよね。なら、ローラに会いに行きたいです」
ローラか。7歳くらいの時に大神殿へ行った女の子のことだよな。あれから年何通か文通をしていたみたいだけど、そうか、今王都にいるんだから会いに行けるんだよな。
「ローラ……あー、毎日俺んところで勉強してた子か。そういえば今も文通してたんだよな?」
「はい、最後の手紙で今月に王都へ行くから、間に合ったら久しぶりに会おうって約束してたんです」
「間に合ったら?」
「ええ。実は予定よりも早く勉強が終わったんで、繰り上がりで僧侶としての修行をしているそうなんです。その一環で、今月中旬からノースフォートへ行くことになってるらしいんですよ」
手紙の内容では、6年かかる勉強を3年で修得し、更に6年かかるはずの僧侶としての修行も3年で終わらせたらしい。そこで、この春から地方都市に派遣されて実地研修することになってるそうだ。これが終わると今度は神官としての勉強が待っており、ゆくゆくは大神殿の幹部になる道が待っていると書いてあった。
どこからどう見てもエリートコース一直線なわけだが、困ったことに本人は出世を望んでいない。未だにライナス達と冒険することを諦めてはいないらしく、2年後に一緒に冒険できることを楽しみにしていると手紙に書いてあった。あの手作りの贈り物が心の支えになってるんだろうか。
というような感じで順風満帆の人生を歩んでいるローラは、現在研修の地になる予定のノースフォートへ向かう前か向かった後かという微妙な時期なのだ。
「そうか、だったら1度、すぐにでも大神殿に行っとくべきだな」
まだ中旬なので大神殿にいる可能性はある。余裕をかまして後でいいやなんて言ってたら、1日違いですれ違いましたなんてことになりかねない。だから俺もすぐに行くべきだと思う。
「よし、今から大神殿へ行こう。飯時までの暇つぶしとしてもちょうどいいしな。バリー、途中に露天があったら何か買ってやるから今日はそれで我慢しろ」
「「はい!」」
こうして俺達はローラがいるかもしれない大神殿へと向かった。
ライナス達が泊まっている宿り木亭から大神殿まで、ゆっくり歩いて約30分程度だとロビンソンは言っていた。人混みの中を歩いて行けばそれくらいかかるかもしれない。しかし、あまり使われない裏道なんかを辿ってゆくといくらか時間が短縮できるらしい。
しかし、西門近くにある宿屋街から大神殿へ行くためには最終的に大通りを通らないといけないので、期待しているほどには時間を短縮できなかった。なかなかうまくいかないものだ。
それでも雑踏に慣れていないライナスとバリーにとって、人が少ない分落ち着けたのは幸いといえるだろう。明らかに表情が違うのですぐにわかる。
「もう少しだぞ」
「「はい」」
宿のときに比べて明らかに元気がなくなっていた。現在は東の港に通じる大通りに入ったところだ。この辺りは大通りの南側が商人街で北側は光の教徒の施設群がある。往来する人々に光の教徒関係者がよく混じっていることからでもそれがよくわかった。
「お、着いたぞ。ここだ」
そう言って立ち止まったロビンソンが見上げたのはひときわ大きな神殿だ。白を基調とした荘厳な建物である。周囲の宗教施設とも調和が取れているように見えるので、ローマ建築に近いと言えるかもしれない。
「これは、すごいな……」
「……なんでどの建物もでっかいんだ?」
おお、圧倒されとる。宗教施設は来訪者に畏敬の念を抱かせるため、こうやって建物の偉容で相手を圧倒するようになっているらしい。そうか、清貧を旨とする宗教でも施設がやたらとでかかったり煌びやかだったりするのはそのせいか。
「ほら、ぼさっとしてないで中に入るぞ」
ロビンソンに促されて2人は大神殿の中に入ってゆく。
さて、ローラには会えるんだろうか。




