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王都に入るまで油断できない

 ロビンソン率いる一行は、宣言通り荷馬車を乗り継いで北上していった。馬を使っていた割には俺が思っていたよりもゆっくりとした歩みだったが、急いでいるわけではなかったので問題にはなっていない。むしろ、ライナスとバリーは旅をじっくりと楽しんでいたくらいだ。

 運良く荷馬車を引っかけられたり、逆にダメだった上に雨が降って足止めされたりしながらも3人は王都を目指していたが、不思議と盗賊の類いを見たことがない。町と町の間なんかには待ち構えているように思えたんだが、そこのところはどうなってるのかロビンソンに聞いてみる。


 (王都からライティア村までの一帯は、王国でも一番治安が良いんだ。この辺りは王国が最も早く征服して統治していたからな。滅多に盗賊なんていないぜ)


 だからライナス達の装備も新調しなかったんだな。ようやく納得できた。


 (けどよ、王都から北側は悲惨らしいぜ。魔王軍の侵攻をモロに受けたもんだから、事実上無法地帯になってるらしい。いつ魔族との戦争が終わるかわからんから、国もその辺り一帯の統治は諦めたって話もあるくらいだ)


 噂止まりの話なのでどこまで本当なのかわからないが、王国北部の3箇所で人間と魔族が戦っていることはエディスン先生から教えてもらっていた。

 ライナス達が明るい未来を思い描いている一方で、世の中にはきつい話が転がってる。そして、ライナス達は近い将来このきつい話に巻き込まれる……いや、俺達・・が巻き込むんだよな。まぁ、俺も巻き込まれた1人なんだけど。




 とりあえずそんな暗い話は置いておこう。

 ライティア村とレティスの町を含めた一帯は温帯地方なのだが、北上するにつれて次第に気候は乾燥したものに変わってゆく。それが王都一帯まで北上すると半乾燥地帯となるのだ。

 そしてある場所を境に農村の様子が変わる。灌漑設備が充実するのだ。今まで小川のようだった水路が、大きくしっかりとした──場所によっては石造りの──用水路となっていた。


 「すっげぇ、石でできた川だ!」

 「あれ、用水路っていうんじゃなかったっけ」

 「そうだ。王都にはたくさんの人間が住んでいるから、そいつらの胃袋を支える必要がある。この辺りの畑はそのためにあるんだよ」


 聞けばこの辺りは王都を支える穀倉地帯の1つだそうだ。見渡す限り畑が続いているのはなかなか壮観といえる。


 「さて、もうこの景色が見えるということは王都も近い。お前ら、すごすぎて腰を抜かすなよ?」


 にやにや笑いながらロビンソンがライナスとバリーに話しかけているのを見て、俺はふと思ったことを聞いてみた。


 (ロビンソン、王都の人口ってどのくらいなんだ?)

 (ん? ユージ、お前は前世で王都に行ったことはないのか?)


 あいにく地球生まれの日本育ちなんでさっぱりだ、なんて言えるはずもなく、どう言い返そうか考えているとロビンソンが勘違いをしてしゃべる。


 (なに、行ったことないからって恥ずかしがるこたぁねぇよ。世の中の大半は王都に行ったことがないんだからよ。聞いて驚け、少なくとも10万人以上はいるぜ)


 それを聞いたライナスとバリーは絶句する。今まで通過した町でも1万人を超えるところはなかったのだ。いきなり10倍以上となると想像できないだろう。その気持ちはわからんでもない。ないんだが、


 (10万人か……)

 (そうだ! これだけ集まってる都市なんて大陸中どこを探してもないぞ! さすが王都ハーティアってわけだ!)


 どうも俺の呟きを絶句したと勘違いしたらしい。

 まぁ、どう受け取ってもらってもいいんだが、10万ちょっとだとしたら、日本だとこぢんまりとした地方都市といったところか。確かにライティア村や他の町と比べると桁違いだが、俺の感覚からすると何とも思わないなぁ。


 (1辺3オリクの城壁に三方を囲われた王国の心臓部さ)

 (三方? あと1面は?)

 (豊穣の湖の岸に面している。反対側の副都エディセカルと湖を挟んで人や物資を湖上輸送してんだ)


 何でも豊穣の湖とは、王国に富をもたらすことからこの名前が付けられたらしい。南北約150オリク、東西約300オリクの平行四辺形に近い形をした湖だそうだ。湖の西の端に王都ハーティア、東の端に副都エディセカルがあるとロビンソンは教えてくれた。


 (ま、何にせよ、実際にその目で見れば王都の偉容がわかるってもんよ)


 何に納得したのか頷きながらロビンソンは話を締めた。




 王都の話だけでなく、他にも色々と雑談をしながら3人は荷馬車に揺られて進んでゆく。するとついに、ライティア村を出発して12日目の昼頃、目指す王都の城壁が見えてきた。同時に、そびえ立つ建物もだ。


 「ドミニクさん、もしかしてあれは王都の城壁ですか?!」

 「あぁ? おお、ついに見えてきたか」

 「あれかぁ。城壁から上にとんがった建物もあるな。何だありゃ?」


 緩やかに上下を繰り返す道の丘の部分に差しかかると、前方に石造りの壁らしきものが見えてきた。バリーが言ってるのは恐らく城のことだろう。

 そしてこの頃になると道の幅が広くなり、往来する馬車や人の数も増えてくる。ライナスやバリーにとってはこんなに広い道路は初めてだ。更に馬車や人の数もである。


 「おお、何だありゃ? キンキラキンに光ってんぞ?」

 「おい、バカ、指差すな! ありゃ貴族の馬車だ!」

 「いてぇ?!」


 王都へ入る前から厄介事に巻き込まれたくなかったロビンソンは、貴族の馬車を指差したバリーの頭をはたく。


 「キレやすい貴族だったらばっさりやられてんぞ!」

 「指差しただけなのにですか?」

 「貴族って生き物は、俺達とは何もかも違うんだよ。こっちの常識なんぞ通じると思うなよ」


 こちらを無視して去っていく馬車の後ろ姿を見ながら、ロビンソンは面白くなさそうに説明する。


 「うわぁ、めんどくせぇ。会いたくねぇなぁ」

 「できれば関わりたくないのはみんな同じだ」


 はたかれた頭をさすりながらバリーは感想を口にした。お話しだと物わかりの良い貴族がたくさんいるけど、実際はまずいないんだろうな。

 ただ気になるのは、アレブのばーさんが国王のお抱え呪術師ってことなんだよな。避けて通れないこともあるかもしれん。


 ライナス達が乗せてもらってる荷馬車が王都に近づくにつれて、道幅は更に広くなり、往来する馬車と人の数も増えていく。もはや川の流れみたいだ。しかし、その移動速度は王都に向かう側だけ次第に遅くなってゆく。


 「そろそろか」


 小さく呟くと、ロビンソンは半身を起こして前方をのぞき見る。遠くには巨大な城壁が左右にずっと続いており、遥か左手、豊穣の湖近くには巨大な城がそびえていた。本物、しかも現役の城なんて初めて見たぞ。これは感動ものだ。


 「どうしたんすか、ドミニクさん?」


 その様子を不思議そうに見ていたバリーが声をかける。俺もちょっと気になるな。


 「なに、もうすぐ入場検査の列に並ぶ頃だなって思ったんだよ」

 「え? でも門までまだかなりありますよ?」

 「周りを見てみな。こんだけの人があの中に入ろうとしてるんだ。検査待ちの行列もすごいことになると思わんか?」


 そう言われたライナスとバリーは改めて周囲を見てみる。確かに、2人にとって前を見ても後ろを見ても今まで見たこともないような人の山だ。これを捌くとなるとかなりの時間がかかるだろう。つまり、待ち行列もその分長くなるということはすぐに想像できた。


 「更にな、こういう大きい都市だと検査を馬車と人の2種類に分けてる。検査の効率を上げるためにな。だから、荷馬車は馬車の検査の列に並んで、俺達は人の検査の列に並ぶ必要がある」

 「ということは、次に馬車が止まったら降りるんですね」

 「そうだ」


 それを聞いたバリーは大きなあくびをひとつした。それを機に、3人は思い思いの姿でそのときを待った。


 次第に馬車は速度を落として進み、やがて完全に止まる。

 ロビンソンが改めて前を見ると、検査待ちの行列に並んだことがわかった。


 「お前ら、行くぞ」


 ライナスとバリーに声をかけるとロビンソンは荷馬車から降りる。そしてそのまま御者台まで歩いて行った。


 「やあ。ここまでのようだな」

 「ああ、そうだ。ここから先は自分で歩いてくれ」

 「世話になった。じゃぁな」


 軽く一礼をするとロビンソンは人の検査の待ち行列に向かう。ライナスとバリーも御者に礼をするとロビンソンに続いた。


 「いよいよ王都ですね!」

 「へへ、楽しみだなぁ!」


 2人は前を歩いていたロビンソンに追いつくと声をかけた。嬉しくて仕方ないといった様子だ。


 「ちゃんとついてこいよ。はぐれたらわからなくなるからな」

 「「はい!」」


 返事をした2人は改めて周囲の様子を見る。

 まず人だが、非常に多種多様だ。そもそも肌の色が白以外に黄色や茶色もあるなんて初めて見たようで、しばらく呆然としていた。もちろん、髪の毛や目の色も初めて見る色がある。他にも、自分達と同じように田舎から出てきたような感じのする者や、何か生まれ育ちが違う──俺の表現を使うと都会育ちで垢抜けてる──者など、ライティア村近辺では絶対にいないような人々も当たり前のようにいた。

 次に馬車だが、これはピンからキリまであった。ライティア村の農作業で使うような酷く汚れて壊れかけの荷馬車はさすがにないが、使い古した荷馬車はよく見かける。これがライナス達のすぐ横に並んでいる馬車だ。その更に奥には状態の良い馬車が並んでいる。貴族の馬車が待たされるとは考えにくいから、恐らく商人など裕福な階層の馬車ではないだろうか。

 見ていて飽きないのは俺も同じだが、俺の場合は前の世界である意味知ってることだったりするので驚きはそこまでない。しかし、ライナスとバリーは余程衝撃を受けたらしく、ひたすら熱心に周りを見ていた。

 そうやって暇を潰していると、次第に列が消化されて前へと進んでゆく。それに伴い遠くにあった王都の城壁が迫ってきた。


 「城壁は20アーテムもの高さだからな。真下から見たときは圧倒されるぜ」


 検査の順が近くなって城壁が目の前まで来ると、ロビンソンはライナスとバリーにそう説明した。

 城壁近辺を見ると、その前には幅10アーテムくらいの堀があった。もちろんその中にはしっかりと水が張ってある。これは豊穣の湖から引っ張ってきてるらしい。門は幅20アーテム、高さ8アーテムだ。交通量の割に入り口が狭いと思うのだが、軍事上の都合からわざとそうしているんだと思う。そして、堀の上には跳ね橋が架かっていて、その上を人々が往来していた。

 入場検査はその跳ね橋の手前で警備兵がやっていた。しかしなぜか、中には入れず追い返される人が結構いる。何やら金がないとか言ってるが、入場料でも取られるのか?

 そして、ついにライナス達の番がやってきた。ロビンソンが先頭になって1歩前に出るが、後ろの2人はやたらと緊張してる。


 「どこから来たんだ?」

 「ライティア村だ。ここから400オリク南にある村だよ」

 「ほう。で、王都に来た目的は?」

 「俺は村での護衛の仕事が終わって帰ってきたんだ。後ろにいる2人はここで冒険者になって一旗揚げるためさ」


 その説明を聞いた警備兵が鼻で笑う。苦笑いしてるところを見ると、そういう奴が多いんだろうなぁ。


 「それじゃ、1人頭銀貨2枚出してくれ」

 「いくら何でもそりゃ高すぎないか?!」

 「最近難民が多くてな、やたらと中に入れるわけにはいかんのだ。王都内の治安が悪くなるから貧乏人は入れたくないんだよ」


 道理でさっきから中には入れずはじき出される奴が多いわけだ。そりゃろくに金を持ってない旅人だっているよな。

 しかし、難民が多いのか。これも魔族が侵攻してきた影響なのかもしれない。


 「どうなってんだ、全くよ……ほら、銀貨6枚だ」

 「確かに。よし、通っていいぞ。ようこそ、王都ハーティアへ!」


 そう言うと、警備兵はようやくライナス達を迎え入れてくれた。

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