現実で魔法を使うことを想定した訓練
ライナスの件についてはとりあえず何とかなった。次は俺の方だ。ライナスと連携を取れるように模擬戦闘をすることになった。
いつものように日が沈んだ後に森の中で修行を行う。俺がいつものように防音と防振を掛けて準備を整える。
「さて、それでは最初に、相手を倒すことに慣れる訓練からしましょうか」
「慣れる、ですか?」
「余程好戦的か、戦い慣れていなければ、誰かを攻撃するという行為は意外とできないんですのよ。それが例え魔物や害獣であってもですわ」
「魔物や害獣だと、真っ正面から敵意を叩きつけられるから萎縮しちゃうってのもあるけどね~」
そうか、こっちが一方的に攻撃するわけじゃないんだから、相手の敵意や殺意に慣れておかないといけないんだ。
「最初は私が土人形を作りますからそれを魔法で壊してください」
そう言うと、エディスン先生は土魔法で土人形を1体作り出した。しかし、ただの木偶人形ではない。何かがりがりの小人みたいな姿だ。それが20アーテム先に現れた。
「先生、あれは?」
「姿はゴブリンに似せています。こういったものは実物に近い姿の方が訓練として有効ですからね」
射撃場の的の形を人型にしたら発砲率が上がったという話みたいなもんか? まぁ、訓練になるんだったら何でもいいや。
「では、倒してください」
エディスン先生のその言葉が合図となり、ゴブリン似の土人形は俺に向かってやって来る。うぉ、意外と怖いぞ。
「我が下に集いし魔力よ、炎となりて敵を討て、火球!」
突き出した手の先に現れた拳ほどの大きさの火の玉が、完成と共に疑似ゴブリンへと飛んで行く。そして、その火球は近くまでやって来ていた疑似ゴブリンにぶつかると爆発した。
「おお……!」
実は、実際に魔法を使って何かを攻撃したのは初めてだったりする。自分の放った攻撃で爆発四散した疑似ゴブリンを見て、ちょっと感動した。相手が魔物なせいか罪悪感は湧かない。
「まぁ、拳程度の大きさであれ程の威力なのですか。すごいですわね」
「あはは! ユージ、あんまり力みすぎちゃダメだよ。魔力を使いすぎるとすぐになくなっちゃうんだからね!」
「え?」
おかしいな。そんなに力を入れすぎた気はないんだが。あぁ、無意識に焦ってたのか?
「君、今の呪文詠唱中に焦ったり力んだりしましたか?」
「いえ、そんなことは……少なくとも意識している範囲ではないです」
「わかりました。では、もう1度ゴブリンを作りますので、今度はその半分くらい……いえ、4分の1程度の威力に調整してください」
エディスン先生はそう言うと、再度ゴブリン似の土人形を作り上げて俺にけしかけてくる。
「我が下に集いし魔力よ、炎となりて敵を討て、火球」
俺は言われた通りに火球の威力を調整する。今度は先程の4分の1程度の火の玉が疑似ゴブリンの中央に炸裂した。小さい割に爆発規模が大きくて少し驚く。その後、疑似ゴブリンは後ろにひっくり返って動かなくなった。先程とは違って疑似ゴブリンの姿は残ったが、倒すことはできたことに内心安心する。
「なるほど。どうやら君の魔法は通常の4倍の威力があるようですね。威力の調整にしばらく苦労するでしょう」
俺は言われたことがよくわからずに「はぁ」という間抜けな声しか出せなかった。あれ、もしかしてチート能力ってやつが開花しつつあるのか?
「ユージすごいじゃない! 魔法を覚えてたときはぱっとしなかったのにさ!」
やかましい。俺はやればできる子なんだよ!
「すばらしい才能をお持ちで羨ましいですわ。しかし、トーマス先生のおっしゃる通り、最初は苦労されるでしょうね」
「威力の調整でしたよね」
「何事も『過ぎたるは及ばざるがごとし』ですわ」
おお、こっちにもそのことわざがあるのか。
それはともかく、威力が強すぎて使えないっていう場合のことを言いたいんだろうな。具体的な場面は思いつかないけど、確かにそんなときは必ず来るだろう。
「はいは~い、それじゃ次はあたしにやらせて!」
ジルは俺達の前で元気よく手を挙げる。今のを見てやる気が出てきたようだ。
「わかりました。ではジル嬢、お願いします」
「それじゃいくわよ! それ!」
元気なかけ声と共にジルが指差した先に、俺の頭と同じくらいの大きさの火の玉が現れた。何やらゆらゆらと揺れているのだが、火球と違って向こうが透けて見える。
「火の精霊よん。かなりちっちゃいけどね~」
などと言いながらこちらに挑戦的な視線を向けてくるジル。火の玉っていうことは、下位精霊か。上位精霊なら人型とかになるしな。
別に倒すだけなら何とかなるんだろうけど、あの様子じゃ他にも何かあるな。普通なら火系統なんだから水魔法をぶつけると相殺できる……いや待て、火の精霊は精霊だ。水系統じゃ相殺できない。精霊は物理的な存在じゃないからな。なるほど、慣れてない俺をこれで引っかけようとしたのか。
それなら、これだな。
「我が下に集いし魔力を糧に、来たれ、水の化身」
俺の呼びかけに対して精霊はきちんと答えてくれたようで、ジルの召喚した火の精霊と同程度の水の精霊が現れた。
「水の精霊よ、火の精霊に体当たりしろ!」
俺がそう命じると、水の精霊は前に進み出し、そのまま火の精霊とぶつかる。その瞬間、2つの精霊はちかちかと輝きながら急速に小さくなってゆく。そして最後に、拳くらいの大きさの水の精霊が残った。
「へぇ、水魔法を使わなかったのはえらいわね~」
「ちょっと引っかかりかけたけどな」
目を細めて感心するジルに対して内心をばらす。それを聞いたジルは上機嫌に笑い出す。
「あははは、でもちゃんと気づいて火の精霊を消したんだから合格だよ。惜しむらくは水の精霊が少し残っちゃったことだね。でも、頑張ればきれいに相殺できるようになるよ!」
そう言うと、俺の周りをぐるぐる周りながら、よくできました~と褒めてくれた。
「それでは次に、私が問題を出しましょう」
今度はオフィーリア先生か。どんな問題なんだろう。
「我が下に集いし魔力よ、暗闇を照らせ、光明」
オフィーリア先生が呪文を唱えると、俺の前に見慣れた光の球が現れた。さて、これをどうすればいいんだろう?
「では、今だしました光明を相殺してください」
「え、光明を相殺するんですか?」
何だそんな簡単なことと思って俺は呪文を唱えようとして固まった。あれ、どうやって相殺すればいいんだ?
俺も最初は勘違いしていたが、光明は無属性魔法だ。魔力の塊を光るようにした代物である。魔法名からして光系統と一瞬思ってしまうが、別に神やその眷属の力を借りているわけじゃない。しかしそうなると、闇魔法で相殺するというわけにはいかないよな。
「あれ……?」
「ふふふ、どうでしょう?」
うっ、オフィーリア先生が怪しくも魅力的な笑みを浮かべてこっちを見ていらっしゃる。意外と嫌らしい問題を俺に突き出せてご満悦の様子だ。
できないというのは悔しいので、もう少し考えてみることにする。オフィーリア先生は相殺しろと言ってたから必ずその方法はあるはずだ。それじゃ、どうやって相殺すればいいのかだが、注目すべき点はどこだ? オフィーリア先生は今まで得た知識とその応用で解けると判断したから出してきたはず。
もう1度情報を整理してみよう。光明は無属性魔法だ。だから他の属性で相殺はできない。相反する属性がないからだ。そうなると、魔法そのものを消滅させるわけじゃない? なら、相殺っていうのはどういう意味で使ってるんだ? 光明は魔力の塊を光るようにした代物だ。光明の魔法を消滅させないでその効果を相殺せるとなると……って、そうか!
「あら、気づきましたか?」
嬉しそうにオフィーリア先生が話しかけてくる。
俺はそれに頷いた。たぶん、これのはずだ。
「我が下に集いし魔力よ、光を絡め取れ、暗闇」
俺が呪文を唱え終わると、俺の目の前に漆黒の球が発生する。そして、その発生した黒い球体を光の球にぶつける。すると、目の前にあった光の球の輝きが薄くなってゆき、やがて消えてなくなった。
「よくできました。気づいてくれて本当にうれしいですわ」
「一番難しかったです。まさか光明を相殺しろと来るなんて思いませんでしたよ。魔力分解とどちらを使うのか迷いました」
単純に光明を消すだけなら、同じ無属性魔法の魔力分解でもよかったんだけどな。けどこれだと、これを相殺っていうのは違和感があるだろう。
「相殺ではなく、消せと申し上げてましたら魔力分解を使っていたかと思います。しかし、それでは相殺になりません。また、一口に相殺と言いましても、相反する属性をぶつけるだけでなく、相反する効果を持つ魔法を重ねる方法もあります。今回、ユージに出した問題はその点を問いました。ふふふ、私の教えたことをきちんと理解していただいているようですわね」
魔法の特性を活かした相殺方法ってわけだ。思い出せて良かったよ。
「今日の訓練の趣旨とはいささか異なりますが、学習の成果が出ていることを確認できたので良しとしましょう」
ジルのはまだしも、オフィーリア先生のは敵を倒す訓練じゃないしな。エディスン先生はそのことを言ってるんだろう。
「あら、申し訳ありません」
「構いませんよ。ユージ君も本質を理解した上で解決手段を選択できることがわかりましたから。あまり加減をする必要もなさそうですね」
「ふふん、あたしはいつも全力よ!」
いえ、最大限手加減をしてください。皆さん、3対1だってことを忘れてませんか?
「あのですね、3対1で袋叩きって酷すぎませんか?」
「最終的にはそれを切り抜けられるようになってもらう予定ですよ」
「マジで?!」
申し訳ないですが、そんな自分を想像できません。あまり期待しないでいただきたい。
「あくまでも最終的にですよ。今は1つずつ順番に与えられた課題をこなしていってください」
「頑張ってください、ユージ」
「へへん、ビシバシしごいてあげるからね!」
あーもう、何かみんな楽しそうだなぁ。
これからこんな毎日が続くのかと思うと、気が重くなる俺であった。




