実用的な魔法の使い方
誤字脱字を修正しました(2016/01/27)。
より高度な魔法の使い方を教えてもらうために、再びジルを加えて教師3人体制で俺の教育が再開された。
「それでは、森に向かいましょうか」
「森ですか?」
この森は、かつてライナス達が冒険者ごっこで遊んでいたあの森のことだ。
「ええ、これからはライナスの夢に入るとき以外は、原則として森で訓練をします。これからは隠しきれないことが多くなりますから」
エディスン先生は当たり前のように説明をする。
今までも魔法を発動させるため、真夜中に村の外へ出て実験したことは何度もある。だから今回からの新しい訓練も同じようにするとばかり思っていた。それが、隠しきれないから森でするということは、結構派手なこともするんだろう。
「わかりました」
俺は頷くと、エディスン先生と共に森へと向かう。その後をジルとオフィーリア先生が続いた。
ちなみに、つい最近になってライナスが家にいても、森の中へ入ることができるようになった。まだそんなに奥まで入れないが、とりあえずは今のままでも用は足せる。
月さえも出ていない新月の晩に、明かりもなく俺達4人は森に向かって進む。人間だったら歩くことさえままならないが、幸か不幸か俺達4人の中に人間はいない。霊体である俺とエディスン先生はその特性上夜でも昼のように見える。初めて知ったときは本当に感動したなぁ。一方、ジルとオフィーリア先生は夜目が利くので問題ない。
「さて、この辺りでいいでしょう」
森の中へと入ってしばらくしたところでエディスン先生は止まった。周りは真っ暗だ。人間のときだったら絶対にこんなところへは近寄りたくないね。
俺が行動できるほぼ限界のところまでやって来ると、エディスン先生が俺に話しかけてくる。
「さて、今から訓練をしてもらうんですが、その前に事前準備をユージ君にしてもらいます」
「え、俺ですか?」
「はい、これも訓練の一環です」
そう言われると嫌とは言えないな。元々拒否権なんてないけど。
で、訓練のための準備だけど、何が必要なのか考えてみる。真っ先に思いつくのは防音だろう。うっかり音のする魔法を使って村まで届いたら森に異変ありと騒がれてしまうからな。次に防光だ。村人は全員寝ているとはいえ、たまに起きる人がいるかもしれない。そう考えるとこれも必要だろう。
「防音と防光の対策をすればいいんですか? そうなると、防音や防光が必要になりますね。問題はどの程度の規模の魔法をかければいいかですが」
俺ならそうするんだけどな。
「それですと防振対策も必要ですわね」
森と村の間にはだだっ広い畑が広がってるんだけど、それでも尚届くような振動ってなるとかなり大規模な魔法を使うってことになりますよ、オフィーリア先生?
「当面は防音と防光だけでいいでしょう。防振については今のところ必要ありません」
ですよね。まずは小さなことから始めるべきだと思うんだ。失敗したときの後始末も楽だろうしね。
「規模は、そうですね、10アーテム程度でいいでしょう」
規模に関してはごく標準的だ。俺は頷くと、防音と防光の呪文を唱える。これで魔法を解除しない限り、音も光も10アーテム以上に漏れることはない。必要な魔力量も大したことはないので一晩だけなら充分に持つ。
あれ、でもこれって……
俺が眉をひそめると、エディスン先生がにやりと笑った。
「気づきましたか? ユージ君は今、複数の魔法を並行して使っているんですよ」
「あれ、でもセンスが必要になるから難しくなるんじゃなかったんですか?」
オフィーリア先生が言ってたよな? 今、当たり前のように使ったけど。
「本当に難しくなるのは高位魔法や大規模魔法を組み合わせるときか、特殊な組み合わせをするときだけですよ。オフィーリア嬢が念頭に置いていたのはそういった魔法なのでしょう。複数の魔法を同時に使うということは意外と珍しくないんです」
「そういえば、オフィーリア先生って夏は水魔法と風魔法を使って暑さを凌いでましたし、冬は火魔法で暖をとってましたね」
まるで鬼火のように見えたから最初は驚いたもんだ。
「うっ、誤解させてしまったようですね。申し訳ありません」
「それで、あたしは何をすればいいのかな?」
オフィーリア先生が俺に謝罪している横で、次第にじっとしていることが我慢できなくなってきたジルがエディスン先生へ期待に満ちた目を向ける。
「複数の魔法を同時に使うのは今のようにやっていけばいいです。数を増やしたいなら必要なだけ発動させる魔法を増やせばいいですよ。自分の能力とその時々に何が必要となるのかを見極める力を身につけてください。こちらからもお題を出していきますから、まずはそれをこなすことから始めましょう」
とりあえずジルのことを後回しにしたエディスン先生は、俺に向かって説明をしてくれる。なるほどな、単に出来るようになるだけじゃなくて、発生した問題に適切に対処できるようになれということか。それができるだけの要領の良さを俺が体得できるかが勝負だな。
「そしてジル嬢は主に精霊魔法の複合魔法を、オフィーリア嬢は闇魔法と無属性魔法の複合魔法をユージ君に教えてください。私は四大属性を担当します」
「無属性魔法は私が担当するのですか?」
確か無属性はエディスン先生の専門だったよな。オフィーリア先生も不思議そうにしている。
「今のオフィーリア嬢は『教育実習生』ですからね。担当する系統を2つに増やしたんですよ」
「ああ! わかりました!」
納得のいったオフィーリア先生は笑顔で頷く。
「それじゃあたしは精霊魔法だけでいいんだね!」
「はい。四大属性の魔法との複合魔法が多いので、手伝ってもらうことが多くなる予定です」
「わかったわ! しっかり手伝ってあげるからね!」
ジルがうれしそうにふらふらと飛び回る。
これで準備は整った。いよいよ授業の始まりだ。
「それでは早速ですが、お湯を作ってみます。ジル嬢、この器にお湯を作って注いでください」
そう言うと、エディスン先生は土魔法で土器を作った。あまりにも自然すぎて手品で出したように見える。
「ふふん、ユージ、よく見てなさいよ!」
役割を与えられて喜んでいるジルは「えいっ!」っと呟くと、いきなり土器にお湯が満たされていた。
あー、あれだ、外国のドラマであった、奥様はなんとかというやつで魔法を使う場面が脳裏をよぎった。
「先生、お湯が現れたのはわかりましたが、それ以外はさっぱりです」
「ジル嬢、あなたが優秀な魔法の使い手だということはわかりました。次は、ユージ君にもわかるように1つずつ手順を踏んで再度お湯を注いでください」
少し苦笑いしたエディスン先生がジルにやんわりとやり直しを要求した。これで理解できるなら教える方も教わる方も楽でいいよな。
「あはは、そっか、いきなりすぎたね。ごめんごめん」
言われていることを理解したジルは、エディスン先生がお湯を捨てた後に再度お湯を注ごうとする。
今度は1つずつ手順を見せてくれた。まず、水魔法で球体型の水を土器の上に発生させ、次に火魔法でそれを温める。そして適温になったと思われるところで火魔法を止めて、最後にお湯となった球体を土器に注いで完了だ。
「どう、ユージ?」
「うん、よくわかった」
単純に火で水を湧かしていただけか。文明の利器を魔法で置き換えているだけのように見える。そういえば、四大属性と無属性の魔法って基本的に物理干渉する魔法だっけ。それなら、前の世界の知識を魔法で再現できるか確認してみるのもいいな。
「でも、今のは2つ魔法を並行して使っただけだよな? これが複合魔法なのか?」
「ジル先生は、原理を教えるためにわざと複合魔法を分解したんですわ。本来ですと1つに呪文をまとめてあるものなんですよ」
「あー、なるほど……あれ、そうなると、複合魔法って複数の魔法の寄せ集めなんですか?」
「そうですね。大半の複合魔法はそうですわ。ですから、今のように1つずつ分解することもできるんですよ。効率が悪すぎて誰も普段はしませんけれど」
ジルにした質問の回答をオフィーリア先生がしてくれた。
効率が悪いというのは、1つにまとめたときに重複する呪文を省略するからだそうだ。
「なら、俺も複合させる呪文を選んで重複する部分を省いたら、複合呪文を作ったり使えたりするんですか?」
「ええ、原則としてはそうですわ。色々試してみるといいでしょう」
おお、それは面白そうだな。
「組み合わせによっては意味がなかったり相殺されて消えたりするから注意するのよ!」
ジルもない胸を精一杯張って上から目線で忠告してくる。うん、ジルだけは先生としての威厳が全くないな。
「先程も言いましたが、まずはこちらが例を示しますので、それをまねできるようになってください」
複数の魔法を同時に使ったり複合魔法を作ったりするためのとっかかりを教えてくれるわけか。確かにないよりあった方がいいな。
そうして、主にジルとオフィーリア先生が例題を示して、それを俺が習得するという形式で授業が続いていった。最初に実例を見せてもらって、それから必要な魔法と省略する部分を教えてもらい、俺が実践するという流れだ。コツがわかってくると面白くなってくる。
以前とは違っていかにも魔法を使いこなせていますよ、というような気になれて俺はとても楽しい。ただ、調子に乗ると、エディスン先生をはじめとして教師陣3人の総突っ込みが入って痛い目に遭うこともあったが。
「ふふん、ユージはすぐ調子に乗っちゃうところがダメよね~」
「ジル、お前にだけは言われたくないセリフだな、それ」
などと言ったり言い返したりしながら、出題された問題を何とかして解いてゆく。
最初は単純に、土魔法で作った土の槍を風魔法で飛ばしてみよう、というようなお題だった。どの魔法を使えばいいのかわかっているので、後はどこを省略するのかという見極めとどれだけ上手に詠唱できるのかという練習だ。
しかし、3つ4つと扱う魔法が増えてくると、さすがに複合魔法であっても詠唱が長くなって実用的でないように思えた。
これについてエディスン先生に質問してみると、
「確かにユージ君の言うとおりです。そして、詠唱を短縮したり、無詠唱で魔法を発動したりする方法もありますが、それは後で教えます」
ということだった。最終的には俺にそこまでなってもらいたいらしい。
「はいはい。わかったら、次のお題をだすわよ~! オフィーリア、手伝って」
「はい、ジル先生」
最近はすっかり打ち解けたのか、ジルとオフィーリア先生は仲良くなっている。大抵はこの2人でお題を出し、エディスン先生がそれを支援するという形が定着してきた。
こうして、魔法の組み合わせを試行錯誤してゆく楽しい日々は瞬く間に過ぎていった。
 




